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駐車場の中
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景色の流れがスローモーになる感覚は、何度か味わったことがある。
どれも死にそうになった瞬間だ。
ゆっくりと流れる時間の中で、エレナへと目を落とす。
彼女は迫りくるワーゲンに呆気に取られていた。
このまま何もしなければ、撥ねられる。
(守らなければ)
そう思った瞬間には俺は彼女を抱きしめたまま、横へ飛んでいた。
俺達は見知らぬ誰かのレクサスのフロントガラスの上に着地し、ワーゲンはタイヤを鳴らしながら側面を剝き出しにして停まる。
「クソッたれ……」
痛む身体を無理矢理動かし、なんとか上半身を持ち上げる。
ワーゲンの方を見ると、バラクラバの男が運転席から拳銃を手に降りてきた。男と目が合ったかと思えば、瞬時に銃を構えた。
「クソッ!」
咄嗟にエレナを庇う。
銃声が駐車場に響き渡ったのと、俺の右肩に焼き付くような痛みが走ったのはほぼ同時だった。
撃たれ、肩に被弾したのだ。見るまでもないが試しにジクジクと痛む左手で肩を撫でると、真っ赤な血がべっとりと付いた。
「おじさん!」
「……掠っただけだ」
死ぬほど痛いが、弾は掠っただけだ。ギリギリ致命傷ではない。
痛みを堪え、なんとか逃げようとしたが。
「動くな」
バラクラバの男が俺達の前に立ち、拳銃の銃口をこちらへ向けていた。身に着けている装備は、これまでの連中と同じだ。
「……嫌だと、言ったら?」
「なぶり殺しにしてやる」
男はあくまでも冷静だった。それなりに修羅場をくぐっているらしい。
「……それじゃあ、大人しく従っときますか」
「そうしてくれるとありがたいです。ついでにもう一つ」
「……なんだよ」
「そのお嬢さんをこちらに寄こしてください」
「断る」
こればかりは即答する。当然だが男のお気には召さなかったようで、眉根を寄せ一気に不機嫌面へと変貌する。
「なぜ」
「エレナは、俺の娘だからだ」
俺がそう答えると、男は不機嫌面から一転して吹き出した。
「血の繋がりが無いのに?」
人を小馬鹿にしたような口ぶりは、彼の了見の狭さを物語っているようだった。
それでも、俺は正直に考えを話す。
「血の繋がりがなくとも、家族になれるさ」
しかし、本音を真面目に話しても、世界観から根本から異なっている人間には通じない。
「馬鹿馬鹿しい……」
男は鼻で笑い、引き金にかかる指に力を掛ける。お喋りの時間は終わりらしい。
だがそれは、こちらも同じことだ。撃たれる先に俺は男の腹を蹴った。
腹――正確に言えば胴体だが。そこには大量の臓器が詰まっている。
心臓。肺。肝臓。胃。腎臓。小腸。大腸。
パッと思いつくだけでも、胴体にある臓器は七つもある。そしてどれも、生命維持には欠かせないものだ。
そんな大切なモノが詰まった場所を蹴れば、どうなるかは簡単に想像がつくだろう。
男は腹にたまった空気を異音と共に吐き出し、地面をのたうち回る。
彼は防弾ベストを身に着けているが、それはあくまでも銃弾が体内に侵入するのを防ぐ装備であり、衝撃からは身を守れないのだ。
俺は肩の痛みを堪えながら、レクサスのボンネットから降りた。そして、男が落とした拳銃――SIG P228を拾う。
このまま弾倉を抜き、薬室にあるであろう弾も抜いて逃げようとしたが、すぐ後ろから扉の開く音がした。
「おじさん!」
エレナが叫ぶ。やってきたのは、俺達を追いかけて来ていた連中だ。
そのまま逃げても背中から撃たれるだけだし、拳銃一丁でどうにかなる相手でもない。僅かな逡巡の後、俺は反吐を撒き散らして地面に倒れている男を起こし、反吐と涎でぐちゃぐちゃになった口にP228を突っ込んだ。
「動くなぁ!」
俺は叫び、連中の方に身体を動かした。
彼等は仲間が人質にとられたことに目を見張ったようだが、すぐに何事もないように銃を向けてきた。
「動くんじゃねぇぞ……」
アサルトライフルの銃口を睨みつけながら、今度は低い声で威圧するように言う。
「このまま、俺達を見逃せ。そうしたら、こいつは五体満足で返してやる」
「…………………………」
男達は何も言わず、銃口を向け続ける。
試しに一歩下がってみるが、男達も一歩進んできた。
逃がす気はないらしい。
「……お互いに、損はしたくないだろ?」
説得しながら後ずさるが、何も言わずに男は一定の距離を保ってくる。
俺が人質兼盾にしている男がまだぐったりとしているのが、不幸中の幸いだ。ここで暴れられたら、撃ち殺すしかない。ほんの僅かな優位性を自ら捨てる真似をしたくはない。
緊張感に冷や汗を浮かべていると、突然、男達が歩みを止め一人が俺の足元を狙ってガリルを発砲した。
「動かないでください」
俺は人質を見せつけるようにして、止まった。迂闊に動いて、蜂の巣にされたくなかったからだ。
しかし男達は顔色を変えず、ガリルを撃った髭の男が口を開いた。
「そちらのお嬢さんを、こちらに寄こしてください」
口調こそ丁寧だったが、言った内容はヤクザの恫喝と大した違いは無い。武力をちらつかせて脅して、相手を従わせる。
なんなら、直接的に脅してくるヤクザの方が良心的まである。
勿論、俺に従う気はさらさらなく、覆す気も無い。
「……このお兄ちゃんにも言ったんだがな。断るって」
俺が言い終わってから少し間を空けて。
「そうですか」
男達の持つガリルの銃口が一斉にこちらへ向けられた。
どれも死にそうになった瞬間だ。
ゆっくりと流れる時間の中で、エレナへと目を落とす。
彼女は迫りくるワーゲンに呆気に取られていた。
このまま何もしなければ、撥ねられる。
(守らなければ)
そう思った瞬間には俺は彼女を抱きしめたまま、横へ飛んでいた。
俺達は見知らぬ誰かのレクサスのフロントガラスの上に着地し、ワーゲンはタイヤを鳴らしながら側面を剝き出しにして停まる。
「クソッたれ……」
痛む身体を無理矢理動かし、なんとか上半身を持ち上げる。
ワーゲンの方を見ると、バラクラバの男が運転席から拳銃を手に降りてきた。男と目が合ったかと思えば、瞬時に銃を構えた。
「クソッ!」
咄嗟にエレナを庇う。
銃声が駐車場に響き渡ったのと、俺の右肩に焼き付くような痛みが走ったのはほぼ同時だった。
撃たれ、肩に被弾したのだ。見るまでもないが試しにジクジクと痛む左手で肩を撫でると、真っ赤な血がべっとりと付いた。
「おじさん!」
「……掠っただけだ」
死ぬほど痛いが、弾は掠っただけだ。ギリギリ致命傷ではない。
痛みを堪え、なんとか逃げようとしたが。
「動くな」
バラクラバの男が俺達の前に立ち、拳銃の銃口をこちらへ向けていた。身に着けている装備は、これまでの連中と同じだ。
「……嫌だと、言ったら?」
「なぶり殺しにしてやる」
男はあくまでも冷静だった。それなりに修羅場をくぐっているらしい。
「……それじゃあ、大人しく従っときますか」
「そうしてくれるとありがたいです。ついでにもう一つ」
「……なんだよ」
「そのお嬢さんをこちらに寄こしてください」
「断る」
こればかりは即答する。当然だが男のお気には召さなかったようで、眉根を寄せ一気に不機嫌面へと変貌する。
「なぜ」
「エレナは、俺の娘だからだ」
俺がそう答えると、男は不機嫌面から一転して吹き出した。
「血の繋がりが無いのに?」
人を小馬鹿にしたような口ぶりは、彼の了見の狭さを物語っているようだった。
それでも、俺は正直に考えを話す。
「血の繋がりがなくとも、家族になれるさ」
しかし、本音を真面目に話しても、世界観から根本から異なっている人間には通じない。
「馬鹿馬鹿しい……」
男は鼻で笑い、引き金にかかる指に力を掛ける。お喋りの時間は終わりらしい。
だがそれは、こちらも同じことだ。撃たれる先に俺は男の腹を蹴った。
腹――正確に言えば胴体だが。そこには大量の臓器が詰まっている。
心臓。肺。肝臓。胃。腎臓。小腸。大腸。
パッと思いつくだけでも、胴体にある臓器は七つもある。そしてどれも、生命維持には欠かせないものだ。
そんな大切なモノが詰まった場所を蹴れば、どうなるかは簡単に想像がつくだろう。
男は腹にたまった空気を異音と共に吐き出し、地面をのたうち回る。
彼は防弾ベストを身に着けているが、それはあくまでも銃弾が体内に侵入するのを防ぐ装備であり、衝撃からは身を守れないのだ。
俺は肩の痛みを堪えながら、レクサスのボンネットから降りた。そして、男が落とした拳銃――SIG P228を拾う。
このまま弾倉を抜き、薬室にあるであろう弾も抜いて逃げようとしたが、すぐ後ろから扉の開く音がした。
「おじさん!」
エレナが叫ぶ。やってきたのは、俺達を追いかけて来ていた連中だ。
そのまま逃げても背中から撃たれるだけだし、拳銃一丁でどうにかなる相手でもない。僅かな逡巡の後、俺は反吐を撒き散らして地面に倒れている男を起こし、反吐と涎でぐちゃぐちゃになった口にP228を突っ込んだ。
「動くなぁ!」
俺は叫び、連中の方に身体を動かした。
彼等は仲間が人質にとられたことに目を見張ったようだが、すぐに何事もないように銃を向けてきた。
「動くんじゃねぇぞ……」
アサルトライフルの銃口を睨みつけながら、今度は低い声で威圧するように言う。
「このまま、俺達を見逃せ。そうしたら、こいつは五体満足で返してやる」
「…………………………」
男達は何も言わず、銃口を向け続ける。
試しに一歩下がってみるが、男達も一歩進んできた。
逃がす気はないらしい。
「……お互いに、損はしたくないだろ?」
説得しながら後ずさるが、何も言わずに男は一定の距離を保ってくる。
俺が人質兼盾にしている男がまだぐったりとしているのが、不幸中の幸いだ。ここで暴れられたら、撃ち殺すしかない。ほんの僅かな優位性を自ら捨てる真似をしたくはない。
緊張感に冷や汗を浮かべていると、突然、男達が歩みを止め一人が俺の足元を狙ってガリルを発砲した。
「動かないでください」
俺は人質を見せつけるようにして、止まった。迂闊に動いて、蜂の巣にされたくなかったからだ。
しかし男達は顔色を変えず、ガリルを撃った髭の男が口を開いた。
「そちらのお嬢さんを、こちらに寄こしてください」
口調こそ丁寧だったが、言った内容はヤクザの恫喝と大した違いは無い。武力をちらつかせて脅して、相手を従わせる。
なんなら、直接的に脅してくるヤクザの方が良心的まである。
勿論、俺に従う気はさらさらなく、覆す気も無い。
「……このお兄ちゃんにも言ったんだがな。断るって」
俺が言い終わってから少し間を空けて。
「そうですか」
男達の持つガリルの銃口が一斉にこちらへ向けられた。
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