戦う理由

タヌキ

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センターの中

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 ペイズリー男は反射的に銃を構えようとしたが、それを躊躇した。
 何故かと思い、視線を下に向ける。銃口が狙う先にはエレナがいた。
(……なるほど)
 男のその行動を見て、俺は武装集団の正体を察した。
 ガリルの引き金から男が指を離したのと同時に、俺の頭突きが男の顔に命中し、鼻を潰した。
 軟骨をへし折る、嫌な感触を頭蓋骨で味わう。
 絶叫する男の身体を突き飛ばし咄嗟に銃を奪おうとしたが、おもちゃ屋の二人が追ってきたのが横目に見えた。
 銃を奪っている間に撃たれる。そう判断し、出入口へと身体を向けた。
「おじさん!」
「掴まってろ!」
 お姫様だっこされたエレナは、俺のシャツの胸元を握りしめ怯えていた。
 ショッピングセンター内は突然の凶行にパニック状態となっている。
 出口へと走る人。その場で伏せる人。まだ状況が飲み込めず、キョロキョロと周囲を見回している人。少数だが、銃を持つ連中を撮影しようとする馬鹿もいた。
 出口は逃げ惑う人々でごったがえし、怒号と悲鳴が飛び交う地獄絵図となっていた。
(くっそ……)
 人と人の間を縫うようにして、俺はとにかく前へと進もうとした。
 しかし、出口にこれまでの連中と同じ武装した男が二人、出現したことで状況は一変する。
 出口へと殺到していた人々がこれによって、一斉に方向を変えたのだ。しかも、前の状況を知らない人達はまだ出口が安全だと思い、こちらへやってきている。
 二方向からの流れに巻き込まれてしまったら、とてもじゃないが逃げられないだろう。
 俺はエレナを庇いながら、人波に抗った。身体のあちこちを色んな所にぶつけながらも、火事場の馬鹿力とでもいうべき普段では考えられない力で人を押し退け、波を抜ける。
 エレナは無事だ。
 素早く周囲へ目を走らせ、敵がいない方向を探る。幸い、出口に殺到する人と、その他逃げ惑う人々が大勢いるので、それに紛れられば見つからずに逃げられそうだった。
 出入口以外で外に通じているのは駐車場しかない。
 なので、そこを目指して走る。何度も足をもつれさせながら、必死に。
「おじさん?」
 体勢を崩しかける度にエレナが不安げな声を発する。それに対し俺は。
「大丈夫だ……。少し、疲れただけだ……」
 と答える。
 本当は少しどころの話ではなかったが、エレナの手前こう言うしかない。
 喉がひりつき、肺が痛い。腕も足も既にパンパンだ。
 二十キロは優にあるエレナを抱きかかえて全力疾走しているのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
 脳ミソは酸欠でロクに考えられないが、襲ってきた敵に関して思考を巡らせる。
 敵はおそらく、人身売買組織の回し者。
 おもちゃ屋でイスラム国がどうだかと、ご丁寧にアラビア語でがなっていたが、それはカムフラージュだろう。
 バラクラバから覗く肌の色は白人のそれで、数いる人間の中からピンポイントで俺を狙い、なおかつエレナを撃とうとしなかった。
 証拠は揃っている。
「……畜生」
 小さく日本語で悪態をつく。
 相手は少人数であることを上手く使い、逃げ道を意図的に絞らせ、追いたてて、その先で場所で仕留める。キツネ狩りという手法取ってきた。
 この時点で腕が立つのが分かる。
 それに、イスラム過激派のフリをするのも悪くない判断だ。
 俺のような見る人が見ればすぐに分かる物真似だが、パンピーの観光客相手なら十分に誤魔化せる。
 何も知らない人間からすれば、アラビア語を喋って銃をぶっ放してれば、イスラム過激派に見えるだろう。人身売買組織からも目を逸らさせ、捜査をかく乱逸できる。
 悪知恵が働く連中だ。
「……畜生」
 同じ悪態をつきながら、舌の下に溜まった唾を飲み込む。
 とてもじゃないが、丸腰かつ一人で、エレナを守りながら戦える相手じゃない。
 内臓に色々な所の筋肉が限界を叫んでいるが、なんとか駐車場へと続く鉄戸へとたどり着いた。後ろを見てみると、数人の敵がこちらへと向かってきているのが見える。
 焦りからノブを捻るというより、半ば体当たりみたいな形で扉を開けた。
 駐車場はセンター内と打って変わって、静まりかえっていた。
 逃げ出す車の音も、パトカーのサイレンも聞こえない。センター内のパニックが外まで伝播してないのだろう。
 それはそれで好都合だ。
 我先にと逃げ出す車に轢かれたらたまったもんじゃないし、混乱が最小限の内に外部の助けを求めた方がいい。警察などに通報が殺到すると、向こうも対応出来なくなってしまうからだ。
 俺はエレナを降ろし、少し呼吸を整えた。彼女をこれ以上抱えたまま走るのは、体力的に難しい。
「走れるか?」
「……うん」
 襲ってくる敵との扉という物理的な隔たりが出来たからか、エレナも心に少し余裕が出来たようだった。
「よし……」
 彼女の手を引き、EXITと示される矢印に従って、また走り出す。
 しかし、進行方向からけたたましいスキール音が聞こえてくる。一度足を止め、音の発信源を探ろうとしたが、その必要はなかった。俺達のすぐ前に、ワーゲンのバンが飛び出してきたからだ。
 逃げる客が運転しているのかと思ったが、俺達目掛けて一直線に向かってきた。運転しているのも、バラクラバを被った男だ。
(マズい!)
 このままでは撥ねられる。その瞬間、全ての景色がスローモーに流れ始めた。
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