戦う理由

タヌキ

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ショーウィンドウの中

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 俺達三人は、ショッピングセンターを満喫していた。
 俺はアロハシャツと短パンを何枚か購入し、イリナもブラウスやスラックスの合わせとは真逆のラフな服を買った。
 早速、買った服に彼女は着替える。楽しそうなのが、漂わせる空気から伝わってきた。
 エレナの方は、服を買いに来たという目的を忘れ、あっちへフラフラこっちへフラフラ、右へ左へと動き回った。
 目に映る全てが珍しいらしく、気になればその方へ向かっていき、俺やイリナに「アレはなに?」と質問を投げかけてくる。
 純粋な質問に応えないという選択肢は無く、俺達は聞かれれば必ず答えた。
 何十年と生きてきた身、それもその人生の大半を戦場で過ごした身でも知っている物も、エレナは知らないのだ。
 無邪気に質問するその様子が、言葉や態度に出さずとも憐れみの感情を湧かせたのは言うまでもない。
 それでもエレナがこの時間を謳歌しているのは紛れもない事実であり、俺達はその感情をフォローするだけだ。
 俺達はそれぞれの服を買うと、クレープやらハンバーガーやらを買い食いしたり、イベントに足を止めてみたりして、ショッピングセンターでの時間を楽しんだ。
 こうして、本来の目的を済ませた俺達は最後にスーパーに向かった。
 酒やつまみ、食料品を買った。泊まらせてもらっている分際で、これ以上ナザロフが買った食料を食い荒らすのは気が引けたからだ。
 少なくとも、自分達が食う分は自分達が買う。そうイリナと話して決めた。
 スーパーを出た時には、俺は買った物が詰まった袋を両手に持ち、イリナは右手でエレナの手を握って左手で服屋の紙袋を持っていた。エレナも手を繋いでない方の手には、買ったばかりの自分の服が入った紙袋を持っている
 これで後はバスに乗って終わり。
 そんなふうに思っていたら、先を歩いていたエレナが足を止めた。それに伴い、イリナも足を止める。
「どうした?」
 声を掛けると、エレナは遠慮がちに俺の方を見た。
「……おじさん」
「どうした? トイレか?」
 天井から提げられた案内には、トイレがすぐ近くにあると示されている。
「ううん。……アレ」
 エレナの視線の先には、おもちゃ屋のショーウィンドウ。その中には、ぬいぐるみが幾つか陳列されていた。
「……ぬいぐるみか?」
 俺の確認に、エレナは無言で頷く。
 ぬいぐるみは王道のクマから、犬に猫にフクロウもいる。
「欲しいの?」
 エレナはまた無言で頷く。それに俺とイリナは顔を見合わせた。お互いに財布の中の金が少ないのを知っているからだ。
 全く無い訳では無いが、ここで使いすぎると後々困る。ホノルルにいつまで滞在するのか分からない以上、無駄遣いは出来ない。
「……亮平。クレジットカードとか持ってないの?」
 エレナに気取られないためか、イリナが英語で話しかけてきた。
 しかし、最近流行りのキャッシュレス決済にもノータッチを決め込んでいるのに、クレカだけを都合良く持っているはずもなく。
「作ってすらない。作るような用事も無かったしな。そういうお前は?」
「……亮平と同じ」
 ぬいぐるみの一つ、買ってあげたいのは山々だが、無い袖は振れない。しかし、エレナをがっかりさせたくない。
 その気持ちはイリナも一緒なようで。
「何かないの?」
 そう俺に問うてくる。しかも、その口調も普段の彼女らしくない真剣ながらも柔らかい。本気でエレナに感情移入しているらしいのが、ひしひしと伝わってくる。
「……無いことも無い」
「本当?」
「日本から持ってきた鞄に、予備として……というか旅先で盗られた時の為に用意しておいた金がある」
「それなら……」
「鞄は船に置きっぱなしだ」
「ああ……そうだった」
 なりゆきで船を途中で降りることになったので、荷物など持って行けなかった。俺のボストンバックは部屋に置かれたままだ。
「取りに行くにしても、色々とあるだろ。直で行ったとしても、入れてくれるか分からないし」
「……そうだね」
「だから、コッポラにでも話を通してもらわなきゃな。そうなると、鞄が手に入るのは、早くとも明日ってところだな」
「……こればかりはしょうがないか」
 今、イリナが口にした通り、こうなった以上はどうしようもない。
「ここは、エレナに我慢してもらおう」
 イリナの無言の肯定を見てから、俺はエレナに向き直った。
「……エレナ」
「なに?」
「おじさんの手、どうなってる?」
「荷物持ってる」
「お姉ちゃんの手は?」
「荷物持ってる」
「じゃあ、エレナの手は?」
「……荷物持ってる」
「これじゃあ、ぬいぐるみ、持てないよな」
「……うん」
 屁理屈なのは重々承知だが、思い付いたのがこれしかない。
「今度、買ってあげるから、選んどきな」
 世の親の中には買う気が無いのにこんなことを言う奴がいるらしいが、俺は買う気がある。なんて、言い訳を心の中でしながら、胸の痛みを少しでも和らげる。
「分かった」
 エレナは寂しそうな顔をしながらも納得してくれたようで、イリナを引っ張ってショーウィンドウの前まで移動した。
 プラスチックのつぶらな瞳の動物から熟考の末に彼女が選んだのは、クマのぬいぐるみだった。
 ぬいぐるみとしては大きいが、その分、抱き心地がよさそうなクマだ。
「そのクマだな」
「このクマがいい」
「よっしゃ。じゃあ、クマさんに言っときな。『また会おうね』って」
「分かった」
 エレナは持っていた紙袋を一度置いて、クマへ手を振る。
「また会おうね」
 絶対に会わせてやるからな。エレナを眺めながら、俺は硬く誓った。
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