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シャワーの中
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砂浜から引き上げた俺達。特に、取っ組み合った俺とイリナは、砂と海水でドロドロだった。
現に玄関ドアを開けたナザロフは、苦痛に顔を歪めて頭を抱えた。
二日酔いが治まってきた彼にとって、俺達が新たな頭痛の原因になったに違いない。
「……すまん」
「……とりあえず、エレナちゃんとイリナさん。一緒にシャワー入ってきてください。服は洗面台に置いておいてください」
「了解」
「……石田さんは、二人のシャワーが終わるまで、外で待っててください」
「あいよ」
水分補給にと水のボトルを一本渡され、俺はぼんやりと沈む夕日を眺めることにした。
砂と海水にまみれた服の感触が気持ち悪いが、ナザロフやエレナに文句は言えない。
それに砂浜で過ごした時間は、取っ組み合い含めて楽しかった。
心の底から、楽しかったと言える経験なんて、ものすごく久しぶりだ。少なくとも、傭兵時代はこんなに楽しんだことはない。
そんな感慨にふけると同時に、ある気持ちが湧いてきた。
(……エレナも、同じ気持ちだったらいいな)
自分一人だけはしゃいでエレナの気持ちを無視していたなんて、親として失格だ。
自分が楽しんだという事実は胸に手を当てて考えればハッキリするが、他人の気持ちはどうしても分からない。
だから、希望的観測を抱くしかないのだ。
日がほぼ沈み、暗くなった空に星が瞬き出した頃。
「石田さん。いいですよ」
「やっとか」
そう言いながら、服に付いた砂をはたき落として、家の敷居を跨ぐ。
一足先にサッパリした二人は、ナザロフの物であろう男物のTシャツと短パンを身に着けていた。
「先に飲んでるよん」
血色のいいイリナが、俺に見せつけるようにしてビールを飲んだ。
「あっ、ズルい」
「だったら、さっさと入ってきなよ」
その言葉に煽られる形で、シャワーに飛び込んだ。
熱いシャワーを頭から浴びる。身体の表面に膜を張っていた汚れやら汗やらが流れ落ちていく。
(生き返るな……)
人心地ついてから、足の指の間などにこびり付いた砂を洗い流す。黙々と砂を落としていると、あることが脳裏をよぎった。
(エレナの服、どうしよ)
俺やイリナは、一日くらいナザロフの服を着ればいいが、エレナはそうもいかない。
今から洗濯すれば、明日着る分には間に合うだろうが、それでは着た切り雀である。
今後、文化的な生活を送っていくのに、服を一丁しか持っていないのは由々しき事態だ。
(車借りて、街の方に行ってみるか)
その際なので、色んな物を買うのもありだろう。それに、エレナを人が多いところに慣れさせたい。
対人恐怖症の気はなさそうだが、人が沢山いる空間に慣れておかないこれからが大変だろう。学校とか仕事とか、色々と。
(明日あたり行くか)
そう思いながら風呂場から出て、ナザロフのシャツと短パンを借りる。
短パンはいいとしても、シャツは目が覚めるような赤のアロハシャツだ。
鏡の前で確かめてみる。これまでに、着たことのないタイプの服だ。イリナあたりに笑われやしないか、ヒヤヒヤしながら皆のところに行く。
すると、エレナが俺を見るなり。
「おじさん。その服、似合ってるね」
褒めてくれた。
しかも、イリナも「確かに、似合ってるじゃない」と言った。ふざけられるときはトコトンふざけるイリナの性格からして、冗談で言っているわけでもなさそうだ。
「……ちょっと派手すぎねぇか?」
「派手だけど、別にね」
「似合ってるよー」
イリナとエレナは本気で褒めてくれる。嬉しいには嬉しいが、この服は自分の持ち物じゃない。
自分の服も買おうと心に決めながら、俺はエレナに話しかけた。
「なぁエレナ」
「なに? おじさん」
「明日。服を買いに、街へ行かないか?」
「服?」
彼女は今着ているのにどうして、と言わんばかりの顔をする。
「エレナ、今洗濯に出してるあの服しか持ってないだろ」
「うん」
「だから、今みたいに洗濯してると、着る服が無くなっちゃうだろ。だから、もう何着か必要になる」
「うん」
「だから、買いに行くんだ」
「……別に、私は、服が無ければ、おじさんの服を着るよ。だから、私の服はいらない」
その発言は、俺をドキリとさせる。
彼女なりの遠慮の現れなんだろうが、オシャレしたい年頃のはずなのに、いらないと言い切る姿は胸を痛ませるには十分だった。
「……おじさんも、服は洗濯に出してるし、おじさんも新しい服が欲しいからさ、一緒に買いに行こうよ」
「いいよ、私の服は。いらないよ」
「いらなくないよ。学校とか行くのに、おじさんの服を着てたら変だろ」
「変かもしれないけど、私は大丈夫。お金とか沢山必要なんでしょ」
俺の懐事情に関しては、エレナに話すどころかここ数日は口にすらしていない。
ということは、お金云々の発想はデータに基づかないエレナ個人の考えだろう。
懐事情はあまり温かくないのは事実だが、子供服が買えないほど困窮している訳ではない。
つまり彼女は、俺に迷惑を掛けまいとしているのだろう。
愛想尽かされて、また捨てられないように。
現に玄関ドアを開けたナザロフは、苦痛に顔を歪めて頭を抱えた。
二日酔いが治まってきた彼にとって、俺達が新たな頭痛の原因になったに違いない。
「……すまん」
「……とりあえず、エレナちゃんとイリナさん。一緒にシャワー入ってきてください。服は洗面台に置いておいてください」
「了解」
「……石田さんは、二人のシャワーが終わるまで、外で待っててください」
「あいよ」
水分補給にと水のボトルを一本渡され、俺はぼんやりと沈む夕日を眺めることにした。
砂と海水にまみれた服の感触が気持ち悪いが、ナザロフやエレナに文句は言えない。
それに砂浜で過ごした時間は、取っ組み合い含めて楽しかった。
心の底から、楽しかったと言える経験なんて、ものすごく久しぶりだ。少なくとも、傭兵時代はこんなに楽しんだことはない。
そんな感慨にふけると同時に、ある気持ちが湧いてきた。
(……エレナも、同じ気持ちだったらいいな)
自分一人だけはしゃいでエレナの気持ちを無視していたなんて、親として失格だ。
自分が楽しんだという事実は胸に手を当てて考えればハッキリするが、他人の気持ちはどうしても分からない。
だから、希望的観測を抱くしかないのだ。
日がほぼ沈み、暗くなった空に星が瞬き出した頃。
「石田さん。いいですよ」
「やっとか」
そう言いながら、服に付いた砂をはたき落として、家の敷居を跨ぐ。
一足先にサッパリした二人は、ナザロフの物であろう男物のTシャツと短パンを身に着けていた。
「先に飲んでるよん」
血色のいいイリナが、俺に見せつけるようにしてビールを飲んだ。
「あっ、ズルい」
「だったら、さっさと入ってきなよ」
その言葉に煽られる形で、シャワーに飛び込んだ。
熱いシャワーを頭から浴びる。身体の表面に膜を張っていた汚れやら汗やらが流れ落ちていく。
(生き返るな……)
人心地ついてから、足の指の間などにこびり付いた砂を洗い流す。黙々と砂を落としていると、あることが脳裏をよぎった。
(エレナの服、どうしよ)
俺やイリナは、一日くらいナザロフの服を着ればいいが、エレナはそうもいかない。
今から洗濯すれば、明日着る分には間に合うだろうが、それでは着た切り雀である。
今後、文化的な生活を送っていくのに、服を一丁しか持っていないのは由々しき事態だ。
(車借りて、街の方に行ってみるか)
その際なので、色んな物を買うのもありだろう。それに、エレナを人が多いところに慣れさせたい。
対人恐怖症の気はなさそうだが、人が沢山いる空間に慣れておかないこれからが大変だろう。学校とか仕事とか、色々と。
(明日あたり行くか)
そう思いながら風呂場から出て、ナザロフのシャツと短パンを借りる。
短パンはいいとしても、シャツは目が覚めるような赤のアロハシャツだ。
鏡の前で確かめてみる。これまでに、着たことのないタイプの服だ。イリナあたりに笑われやしないか、ヒヤヒヤしながら皆のところに行く。
すると、エレナが俺を見るなり。
「おじさん。その服、似合ってるね」
褒めてくれた。
しかも、イリナも「確かに、似合ってるじゃない」と言った。ふざけられるときはトコトンふざけるイリナの性格からして、冗談で言っているわけでもなさそうだ。
「……ちょっと派手すぎねぇか?」
「派手だけど、別にね」
「似合ってるよー」
イリナとエレナは本気で褒めてくれる。嬉しいには嬉しいが、この服は自分の持ち物じゃない。
自分の服も買おうと心に決めながら、俺はエレナに話しかけた。
「なぁエレナ」
「なに? おじさん」
「明日。服を買いに、街へ行かないか?」
「服?」
彼女は今着ているのにどうして、と言わんばかりの顔をする。
「エレナ、今洗濯に出してるあの服しか持ってないだろ」
「うん」
「だから、今みたいに洗濯してると、着る服が無くなっちゃうだろ。だから、もう何着か必要になる」
「うん」
「だから、買いに行くんだ」
「……別に、私は、服が無ければ、おじさんの服を着るよ。だから、私の服はいらない」
その発言は、俺をドキリとさせる。
彼女なりの遠慮の現れなんだろうが、オシャレしたい年頃のはずなのに、いらないと言い切る姿は胸を痛ませるには十分だった。
「……おじさんも、服は洗濯に出してるし、おじさんも新しい服が欲しいからさ、一緒に買いに行こうよ」
「いいよ、私の服は。いらないよ」
「いらなくないよ。学校とか行くのに、おじさんの服を着てたら変だろ」
「変かもしれないけど、私は大丈夫。お金とか沢山必要なんでしょ」
俺の懐事情に関しては、エレナに話すどころかここ数日は口にすらしていない。
ということは、お金云々の発想はデータに基づかないエレナ個人の考えだろう。
懐事情はあまり温かくないのは事実だが、子供服が買えないほど困窮している訳ではない。
つまり彼女は、俺に迷惑を掛けまいとしているのだろう。
愛想尽かされて、また捨てられないように。
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