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砂浜の中
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太陽の盛りは過ぎたが、光は衰えることなく砂浜と海を照らしていた。
砂浜には人の気配は無い。俺達三人が独占出来るのだ。
その輝きに俺は目を細め、少し立ち止まる。
エレナは歓声をあげながら海へと走りだした。
「あっ、こら! 勝手に行かないの!」
イリナもその後を追う。だが、彼女も海を前にして興奮しているのが声で分かった。
離れてはいけないと思い、俺も砂浜に足を踏み出す。
アスファルトや土の地面とは違う感触が、サンダル越しに伝わる。
もう一歩踏み出せば、サンダルの中に砂が流れ込んできた。
温かく流動性の高い砂は意外にも気持ちよい。
テレビの旅番組で砂風呂の特集を観た時は、何がいいのかサッパリだったが今なら分かる。
柔らかく、こそばゆい、そんな妙な感覚。
クセになりそうだ。
感覚を愉しみながら、砂の上に己が足跡を刻みつつ、二人の元へ向かう。
二人は早速波打ち際まで行き、キャッキャッと足首まで来ては引いていく水を楽しんでいた。
「おじさんも来なよ!」
エレナに声を掛けられる。
「おう!」
返事をして、数メートルもない距離を走る。
あと一歩で海というところまで来た瞬間、顔面に液体をぶっかけられた。
濡れた顔を拭い、試しに少し舐めてみる。
塩辛い。舌が痺れるくらいだ。
顔を上げてみれば、イリナが腹を抱えて爆笑していた。よく見れば、その手は濡れている。
エレナは、不安げに俺とイリナへ交互に視線を送っている。
俺が怒りだすかもしれない。そんな不安に駆られているのだろうか。
だが、イリナとは腐っても何年の付き合いである。こんなことで一々腹を立てる必要はない。
俺はにっこりとしながら、もう一歩前へ出て、水をすくう。
「喰らえ!」
そして、彼女の顔面目掛け、腕を振り上げた。
手にすくわれた海水は、散弾よろしく散らばり、イリナの顔面に命中した。
彼女の顔が笑ったまま固まる。
「ざまぁみやがれ!」
ガキみたいだが、これでおあいこだ。
「……おじさん」
呆れ口調でエレナが言う。
「最初にやったのは、イリナだ」
「……………………」
俺の言い分に、エレナが冷めた目を向けてくる。大人げないが、知ったことではない。
「へぇ……。亮平がその気なら……」
イリナの声がしたと同時に、俺の身体が宙を舞った。
「え?」
思わず口から出たのは、マヌケな声だった。
高いところから落ちる時の浮遊感。
視界いっぱいに広がる青空。
エレナの悲鳴。
それら三つが一拍ずつ遅れてやってきて、最後には背中全面を衝撃が襲う。
「ゴッフッ!」
気を失いそうになるも、波がちょうどやって来て冷水を顔にひっかけていく。
口や鼻に海水が遠慮なく侵入してきて、危うく死にかける。
急いで転がり、波打ち際から脱する。そして、盛大にむせる。
喉も鼻も痛い。今こうして、呼吸するので精いっぱいだ。
「おじさん!」
エレナが駆け寄り、俺のびしょ濡れな背中をさする。
「大丈夫?」
「……おうよ」
なんとか正常な呼吸が出来るまで回復し、イリナを見上げる。
「……私に不意打ちかけるなんて、いい度胸してるじゃない」
彼女は綺麗なドヤ顔を浮かべ、仁王立ちをしていた。おおかた、俺を投げ飛ばして悦に入っているのだろう。
「……先にやったのは、オメーだろ」
「アレはちょっとしたスキンシップよ」
「そうかいそうかい。……ならっ!」
足払いをかけ、イリナを転ばす。彼女も受け身を取らないまま、波打ち際にすっ転んだ。
「これもスキンシップだぜ」
だが若さ故か、彼女のダウンからの復帰は俺の何倍も早く、飛び跳ねるようにして立ち上がった。
顔に貼り付く髪を額に戻し、イリナは獰猛な光を目に宿らせると、口角を上げた。
「やるじゃない」
「それほどでも」
お互いに威嚇の意味も込めて見つめあい、激しいスキンシップを始めた。
でも、殺し合いじゃない。
エレナも最初こそ泣きそうになっていたが、俺とイリナの軽口の応酬と殺気の無さに気がついたのか、ホッとしたような呆れたような表情になった。
結果、息切れを起こした俺が白旗を振って、スキンシップの時間は終わった。
「参った!」
そう宣言し、砂浜に倒れ込む。
身体は汗か海水か分からない液体で濡れ、海に投げられた時と状態はそう変わっていない。
「私に勝とうなんて、百年早い!」
イリナも勝利宣言をしながらも、久しぶりのスキンシップは疲れたようで、俺の隣で横になる。
「私も!」
すると、エレナも俺の隣に寝転がった。
一人だけ立つのは、仲間外れなようで嫌らしい。
しばらくの間呼吸を整え、だいぶ落ち着いてからエレナの方を向いた。
「エレナー。こんな大人になっちゃダメだぞー。スキンシップってのは、もうちょい平和的なものだからな」
疲れ果て、もはや大人っぽい話し方をする元気すらない。
でも、エレナは最初から気にしていないようで。
「分かってるよ」
おどけた調子で返事をした。
「そっかー。分かってたかー。エレナは物知りだなぁ……」
「そうだねー」
脱力したイリナも話に入ってくる。
エレナ指導のスペイン語学習で、話の雰囲気は感じ取れるようになったらしい。
昨晩のイリナの言葉を借りるなら、お互いがお互いを育てるのも、なんだか家族らしいと、俺は思った。
砂浜には人の気配は無い。俺達三人が独占出来るのだ。
その輝きに俺は目を細め、少し立ち止まる。
エレナは歓声をあげながら海へと走りだした。
「あっ、こら! 勝手に行かないの!」
イリナもその後を追う。だが、彼女も海を前にして興奮しているのが声で分かった。
離れてはいけないと思い、俺も砂浜に足を踏み出す。
アスファルトや土の地面とは違う感触が、サンダル越しに伝わる。
もう一歩踏み出せば、サンダルの中に砂が流れ込んできた。
温かく流動性の高い砂は意外にも気持ちよい。
テレビの旅番組で砂風呂の特集を観た時は、何がいいのかサッパリだったが今なら分かる。
柔らかく、こそばゆい、そんな妙な感覚。
クセになりそうだ。
感覚を愉しみながら、砂の上に己が足跡を刻みつつ、二人の元へ向かう。
二人は早速波打ち際まで行き、キャッキャッと足首まで来ては引いていく水を楽しんでいた。
「おじさんも来なよ!」
エレナに声を掛けられる。
「おう!」
返事をして、数メートルもない距離を走る。
あと一歩で海というところまで来た瞬間、顔面に液体をぶっかけられた。
濡れた顔を拭い、試しに少し舐めてみる。
塩辛い。舌が痺れるくらいだ。
顔を上げてみれば、イリナが腹を抱えて爆笑していた。よく見れば、その手は濡れている。
エレナは、不安げに俺とイリナへ交互に視線を送っている。
俺が怒りだすかもしれない。そんな不安に駆られているのだろうか。
だが、イリナとは腐っても何年の付き合いである。こんなことで一々腹を立てる必要はない。
俺はにっこりとしながら、もう一歩前へ出て、水をすくう。
「喰らえ!」
そして、彼女の顔面目掛け、腕を振り上げた。
手にすくわれた海水は、散弾よろしく散らばり、イリナの顔面に命中した。
彼女の顔が笑ったまま固まる。
「ざまぁみやがれ!」
ガキみたいだが、これでおあいこだ。
「……おじさん」
呆れ口調でエレナが言う。
「最初にやったのは、イリナだ」
「……………………」
俺の言い分に、エレナが冷めた目を向けてくる。大人げないが、知ったことではない。
「へぇ……。亮平がその気なら……」
イリナの声がしたと同時に、俺の身体が宙を舞った。
「え?」
思わず口から出たのは、マヌケな声だった。
高いところから落ちる時の浮遊感。
視界いっぱいに広がる青空。
エレナの悲鳴。
それら三つが一拍ずつ遅れてやってきて、最後には背中全面を衝撃が襲う。
「ゴッフッ!」
気を失いそうになるも、波がちょうどやって来て冷水を顔にひっかけていく。
口や鼻に海水が遠慮なく侵入してきて、危うく死にかける。
急いで転がり、波打ち際から脱する。そして、盛大にむせる。
喉も鼻も痛い。今こうして、呼吸するので精いっぱいだ。
「おじさん!」
エレナが駆け寄り、俺のびしょ濡れな背中をさする。
「大丈夫?」
「……おうよ」
なんとか正常な呼吸が出来るまで回復し、イリナを見上げる。
「……私に不意打ちかけるなんて、いい度胸してるじゃない」
彼女は綺麗なドヤ顔を浮かべ、仁王立ちをしていた。おおかた、俺を投げ飛ばして悦に入っているのだろう。
「……先にやったのは、オメーだろ」
「アレはちょっとしたスキンシップよ」
「そうかいそうかい。……ならっ!」
足払いをかけ、イリナを転ばす。彼女も受け身を取らないまま、波打ち際にすっ転んだ。
「これもスキンシップだぜ」
だが若さ故か、彼女のダウンからの復帰は俺の何倍も早く、飛び跳ねるようにして立ち上がった。
顔に貼り付く髪を額に戻し、イリナは獰猛な光を目に宿らせると、口角を上げた。
「やるじゃない」
「それほどでも」
お互いに威嚇の意味も込めて見つめあい、激しいスキンシップを始めた。
でも、殺し合いじゃない。
エレナも最初こそ泣きそうになっていたが、俺とイリナの軽口の応酬と殺気の無さに気がついたのか、ホッとしたような呆れたような表情になった。
結果、息切れを起こした俺が白旗を振って、スキンシップの時間は終わった。
「参った!」
そう宣言し、砂浜に倒れ込む。
身体は汗か海水か分からない液体で濡れ、海に投げられた時と状態はそう変わっていない。
「私に勝とうなんて、百年早い!」
イリナも勝利宣言をしながらも、久しぶりのスキンシップは疲れたようで、俺の隣で横になる。
「私も!」
すると、エレナも俺の隣に寝転がった。
一人だけ立つのは、仲間外れなようで嫌らしい。
しばらくの間呼吸を整え、だいぶ落ち着いてからエレナの方を向いた。
「エレナー。こんな大人になっちゃダメだぞー。スキンシップってのは、もうちょい平和的なものだからな」
疲れ果て、もはや大人っぽい話し方をする元気すらない。
でも、エレナは最初から気にしていないようで。
「分かってるよ」
おどけた調子で返事をした。
「そっかー。分かってたかー。エレナは物知りだなぁ……」
「そうだねー」
脱力したイリナも話に入ってくる。
エレナ指導のスペイン語学習で、話の雰囲気は感じ取れるようになったらしい。
昨晩のイリナの言葉を借りるなら、お互いがお互いを育てるのも、なんだか家族らしいと、俺は思った。
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