戦う理由

タヌキ

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夜更かしの中

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 卓上のランプが発する明かりが俺達を照らす。その仄かな灯は、全てを照らさぬ代わりに別の何かを見透かしているようだった。
 横で頷く、オレンジ色の顔をしたイリナを横目で捉えながら、俺は話を続ける。
「エレナの世話している時さ、言葉じゃ表しにくいけど、なんか嬉しさと一緒に込み上げてくるものがあってな」
 俺がそれに気が付いたのは、エレナがマカロニ&チーズを頬張っているのを眺めていた時だ。
 込み上げてくるものの正体は、俺にはよく分からなかった。でも、悪いものじゃないのは感覚的に分かったのだ。
「そうすると、段々胸が温かくなってきてさ。おまけに色々と考えちゃうんだよ。冷凍食品ばかり食わすのはどうかとか、偏食になりはしないかとかな」
 あんなに胸が温かくなるのは、正直初めてだ。自分でもこんな人間らしい感情があったのかと、驚きを禁じ得ない。
「なんなら、もう一度味わってみたいとも思う。更に言えば、そう思えるのも嬉しく感じるんだ」
 そうして、話を締めくくる。
 雰囲気とアルコールが俺の想像以上に口を軽くしてくれた。素面だったら、今までの言葉は言えなかっただろう。
 それから、ソファーの座るところを背もたれにして、身体から力を抜き、ビールを一口飲んだ。ちょいと首を傾ければ、眠るエレナが見える。
 前見た時も安らかな顔という感想を抱いたが、こうして見るとまた違う趣がある。女の子を持つ親というのは、こういう感情を抱くものなのか。
 心休まるひと時。それに浸っていると、イリナは話し出した。
「……私も思ったことがあってさ」
 その声はやけに湿っぽく、彼女らしくない声だった。
「なんだよ」
 身体を前後に揺らしながら、「んー……」と少し間を置いて、イリナは続きを話す。
「ゴミを捨ててた時、ふと思ったんだ。なんだか、家族みたいだなって」
「なんだよそれ……」
「いやね、一緒に何かをするって、家族みたいだなぁって」
 今にも消え入りそうなイリナの声。思えば、彼女の過去を俺はあまり知らない。
 元軍人。育ちは悪くない。狂ってるのかそのフリをしているのか、よく分からない奴。
 そんなことしか知らない。というか、ほとんど知らないと言い換えてもいい。
「……低いハードルだな。それに、その理論なら、俺とお前はとっくに家族だ」
 ありえないことを口にして、無理にでもふざけられるように言葉のボールを投げる。
 しかし。
「……だよね」
 彼女はそのボールを受け取り、投げ返すことなく、地に落ち転がるさまを眺めていた。
 ランプに照らされたその顔には陰影がつき、普段の明るい顔とは対称的になっている。
「……………………」
 彼女のおふざけに「ウザい」と対応してきた身として、なんだか心細くなってきた。
「……私の家は、そんなことなかったからさ」
 そうして缶の中身を呷るでも、味わうように啜るでもなく、イリナはただ口を湿らすようチビリとビールを飲んだ。
 こんなとき、どんな反応を示せばいいのか。四十八年の人生を振り返っても、最適解が見つからない。
 だが、幸か不幸かイリナは間を開けずに話の続きを始めてくれた。
「……私の親さ、あんまり私に興味なかったみたいなんだよね」
「興味?」
「うん。世間体とかがあるから、私一人を作るだけ作って、義務は果たしたって面して、あとはベビーシッターとかに全部押しつけて、知らんぷり」
「……なんだよ、それ」
 子供を産むことをその子供自身が、と言っているのが両親からの愛情が無かったのを、端的に表している。
「だから、家族で一緒に何かするって事がなかったんだよね。旅行も、一緒にご飯食べたりとかもしなかった。それ以前に、まともに話すらしなかったけどね」
 壮絶な話だ。エレナの場合は文字通りの育児放棄であったが、イリナの場合も形を変えた育児放棄だ。
「そのくせ、要所要所で口を挟んできてさ。この学校に行けとか、そこをトップクラスの成績で卒業したら、この会社に行けとか。最悪だったわ」
 苦々しい顔をして声も上ずってきた。
 彼女がここまで激しく感情を表にするなんて、傭兵時代を含めても初めてだ。
 傭兵時代を回想すると共に、もう一つ思うことがあった。
 彼女の隙あらば人にちょっかいを出す性格は、この子供時代が関係しているのかもしれないと。
 人に満足に構ってもらえなかったから、構ってもらう経験に飢えており、なおかつ構ってもらう方法を知る術もなく、ちょっかいを出すしかない。
 そう、考えるだけ考えたが、口にはしないことにした。
 話はまだ続く。
「……だから、嫌になって、ハイスクールを卒業したら、家を出てった」
「……それで軍隊に?」
「うん。まぁ、そこでも、散々な目にあったけどね。でも、家を出るって決めた判断は、間違ってなかった」
「親とはそれきり?」
「うん。家族なんて、もういい。……そう思ってた」
 そこで一度言葉を切り、エレナの頭を優しく撫でる。
「でもね、エレナちゃんと触れてて。その気持ちが、なんか変わってきてさ」
 彼女の顔からは、寂しさが消え、目の前の少女に向けた慈愛の表情があった。
「……血の繋がりもないし、ついこの前までお互いに存在すら知らなかった。なのに、凄く、愛おしいというか」
 そう言うと、イリナは心に残る嫌な気持ちを振り切るようにビールを一気に飲み干し、またいつもの憎たらしげな、不敵な顔に戻った。
「だから、さ、私にも手伝わせてよ。……出来ることしか出来ないけどさ」
 それに対し、俺もぬるくなったビールを飲み干して、笑い返した。
「じゃんじゃん手伝ってくれ」
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