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食後の中
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予想した通り、用意されたスプーンやフォークをエレナは使いこなせず、物をこぼしたりした。
イリナはもう慣れた様で、タオルでエレナの口を拭ってやったりする。俺もときおり補助をしたりお手本を見せてやるが、初めて見たナザロフは目を丸くして俺達の行動を見ていた。
「美味いか?」
「うん」
エレナが一番気に入ったのは、冷凍食品のマカロニ&チーズ。アホみたいにカロリーが高い代物だが、普段からロクな飯を食べていない子供には滋養の塊である。気に入るのも不思議な話ではない。
でも、個人的に冷凍食品を好物にしてしまうのは、情操教育上よろしくないと思うのだが、生憎とこの家には自炊できるだけの生鮮食品は置いていなかった。
明日にでも車を借りて買い物にでも出かけた方がいいのかもしれない。そんな事を思いながら、俺は脂っこいピザを口に押し込んだ。
食べるだけ食べた女性陣は早々にテーブルを離れ、リビングに移動した。
イリナは付け焼き刃のスペイン語でエレナとコミュニケーションを取ろうとし、エレナの方はそんなイリナを見てニコニコしている。その様子から、同性同士、男には分からない信頼関係が既に築かれていることが伺えた。
俺達の方はというと、ビール片手にとりとめのない話をしていた。
「……色々とありましたけど、自分的にはかなり満足してるんですよ」
ナザロフはかなり酒が回っているようで顔を真っ赤にしながら、俺が知らない三年間を語る。
どうやら、クリミア半島で実質的な終戦宣言である停戦合意を聞いた時、本気で故郷を捨てる覚悟を決めたらしい。
彼は田舎の農家の三男坊。継ぐような財産も家柄も無く、学校卒業と同時に口減らし同然に軍隊に入れられた。
そういった事情も理解していたので親を恨む様なことはないらしいが、自らがふっかけた喧嘩に無様に負け、国内経済も底なし沼に落ちたみたいな有様の故郷に戻っても、学も才もコネも無い身としては良くてホームレスという展望しか描けなかった。
ならばいっそ、別の国に移住してしまおうと思ったらしい。
幸い義勇軍に所属していたことがプラスに働き、敵国出身の人間ながらハワイに居を構えられることが出来たのだ。
「……そういえば、本書いたとか聞いたけど」
「書きましたよ。最初は生活費稼ぐ為に、なんかないかなと思って書き始めて、書けた文書を出版社に送り付けてたのが始まりで……。それが想像以上にウケて、トントン拍子で、本まで出すことになって」
「凄いことじゃないか。文才があったってことだろ?」
「みたい……ですね。だからまぁ、思うんですよ。大学行ってたら、また違った人生だったんじゃないかって」
文脈から考えるにナザロフの大学に行ってたらは、もし軍隊に入らなかったらということなんだろう。
過去は変えることが出来ないが、人は違う過去を歩んでいたらと思ってしまうものである。かくいう自分もそうだ。あの時、ああしていればと思うから、発作が出るに違いない。
俺がそんなことを思っていると、ナザロフがポツリと呟いた。
「……親、恨んでるわけじゃないんですけどね」
誰が聞いても、恨んでいるなというのが分かる声色だった。
その後、酔い潰れたナザロフをベッドにイリナと二人で放り投げ、エレナに歯磨きなどの身支度をさせて寝かせた。
エレナが寝息を立て始めたのを確認して、俺も毛布に包まろうとすると、イリナが肩を叩いた。見てみれば、真顔でこちらから目を離そうとしない。
「……なんだよ」
思わず出した声は硬い。彼女が口を開くと同時に身構え、唾を飲みこむ。
「飲み足りないから付き合って」
「………………」
身構えて損をした。
「……早く寝ろ。寝ないと育たないぞ」
「もう成長止まったからいいもーん」
人間的な成長だよ。と言ってやりたかったが、彼女の事だ。それも子供じみた「いいもーん」の一言で流すことだろう。
諦めの溜息を一つ付いて、俺は包まった毛布を取った。
酒もビールしかないが、夜更かしする為のアルコールならそれで十分だ。冷蔵庫から本日何本目かのバドワイザーの缶を取り出し、一本をイリナに投げる。
「ありがと」
「どういたしまして」
自分もプルタブを開け、溢れる泡を啜り、冷たいビールを味わう。
船で飲んだハイボールもビールも美味かったが、一日の終わりを噛み締めるように飲む缶ビールの方が何倍も美味い。
「やっぱ、これよね」
「……だな」
思えば、傭兵時代も仕事終わりにビールを飲んでいた。戦闘で死んだ仲間への感慨や漠然とした不安をホップの苦さで押し流し、脳を鈍らせるアルコールで不安の残滓をも忘れさせる。
もっとも、そうしていたのは若い時だけ。三十を過ぎたあたりで達観にも似た域に達し、四十を過ぎてそれが感情が麻痺していただけだと理解した。
だが、今はどうだ。怠惰に死を待つのみとすら思っていた節すらあったのに、一人の女の子の親になろうとしているのだから。
「今日一日、どうだった?」
それを見透かしたように、イリナがそんな事を問いかけてきた。
「悪くなかった」
俺はイリナの言葉から間を空けずして、そう答えた。
イリナはもう慣れた様で、タオルでエレナの口を拭ってやったりする。俺もときおり補助をしたりお手本を見せてやるが、初めて見たナザロフは目を丸くして俺達の行動を見ていた。
「美味いか?」
「うん」
エレナが一番気に入ったのは、冷凍食品のマカロニ&チーズ。アホみたいにカロリーが高い代物だが、普段からロクな飯を食べていない子供には滋養の塊である。気に入るのも不思議な話ではない。
でも、個人的に冷凍食品を好物にしてしまうのは、情操教育上よろしくないと思うのだが、生憎とこの家には自炊できるだけの生鮮食品は置いていなかった。
明日にでも車を借りて買い物にでも出かけた方がいいのかもしれない。そんな事を思いながら、俺は脂っこいピザを口に押し込んだ。
食べるだけ食べた女性陣は早々にテーブルを離れ、リビングに移動した。
イリナは付け焼き刃のスペイン語でエレナとコミュニケーションを取ろうとし、エレナの方はそんなイリナを見てニコニコしている。その様子から、同性同士、男には分からない信頼関係が既に築かれていることが伺えた。
俺達の方はというと、ビール片手にとりとめのない話をしていた。
「……色々とありましたけど、自分的にはかなり満足してるんですよ」
ナザロフはかなり酒が回っているようで顔を真っ赤にしながら、俺が知らない三年間を語る。
どうやら、クリミア半島で実質的な終戦宣言である停戦合意を聞いた時、本気で故郷を捨てる覚悟を決めたらしい。
彼は田舎の農家の三男坊。継ぐような財産も家柄も無く、学校卒業と同時に口減らし同然に軍隊に入れられた。
そういった事情も理解していたので親を恨む様なことはないらしいが、自らがふっかけた喧嘩に無様に負け、国内経済も底なし沼に落ちたみたいな有様の故郷に戻っても、学も才もコネも無い身としては良くてホームレスという展望しか描けなかった。
ならばいっそ、別の国に移住してしまおうと思ったらしい。
幸い義勇軍に所属していたことがプラスに働き、敵国出身の人間ながらハワイに居を構えられることが出来たのだ。
「……そういえば、本書いたとか聞いたけど」
「書きましたよ。最初は生活費稼ぐ為に、なんかないかなと思って書き始めて、書けた文書を出版社に送り付けてたのが始まりで……。それが想像以上にウケて、トントン拍子で、本まで出すことになって」
「凄いことじゃないか。文才があったってことだろ?」
「みたい……ですね。だからまぁ、思うんですよ。大学行ってたら、また違った人生だったんじゃないかって」
文脈から考えるにナザロフの大学に行ってたらは、もし軍隊に入らなかったらということなんだろう。
過去は変えることが出来ないが、人は違う過去を歩んでいたらと思ってしまうものである。かくいう自分もそうだ。あの時、ああしていればと思うから、発作が出るに違いない。
俺がそんなことを思っていると、ナザロフがポツリと呟いた。
「……親、恨んでるわけじゃないんですけどね」
誰が聞いても、恨んでいるなというのが分かる声色だった。
その後、酔い潰れたナザロフをベッドにイリナと二人で放り投げ、エレナに歯磨きなどの身支度をさせて寝かせた。
エレナが寝息を立て始めたのを確認して、俺も毛布に包まろうとすると、イリナが肩を叩いた。見てみれば、真顔でこちらから目を離そうとしない。
「……なんだよ」
思わず出した声は硬い。彼女が口を開くと同時に身構え、唾を飲みこむ。
「飲み足りないから付き合って」
「………………」
身構えて損をした。
「……早く寝ろ。寝ないと育たないぞ」
「もう成長止まったからいいもーん」
人間的な成長だよ。と言ってやりたかったが、彼女の事だ。それも子供じみた「いいもーん」の一言で流すことだろう。
諦めの溜息を一つ付いて、俺は包まった毛布を取った。
酒もビールしかないが、夜更かしする為のアルコールならそれで十分だ。冷蔵庫から本日何本目かのバドワイザーの缶を取り出し、一本をイリナに投げる。
「ありがと」
「どういたしまして」
自分もプルタブを開け、溢れる泡を啜り、冷たいビールを味わう。
船で飲んだハイボールもビールも美味かったが、一日の終わりを噛み締めるように飲む缶ビールの方が何倍も美味い。
「やっぱ、これよね」
「……だな」
思えば、傭兵時代も仕事終わりにビールを飲んでいた。戦闘で死んだ仲間への感慨や漠然とした不安をホップの苦さで押し流し、脳を鈍らせるアルコールで不安の残滓をも忘れさせる。
もっとも、そうしていたのは若い時だけ。三十を過ぎたあたりで達観にも似た域に達し、四十を過ぎてそれが感情が麻痺していただけだと理解した。
だが、今はどうだ。怠惰に死を待つのみとすら思っていた節すらあったのに、一人の女の子の親になろうとしているのだから。
「今日一日、どうだった?」
それを見透かしたように、イリナがそんな事を問いかけてきた。
「悪くなかった」
俺はイリナの言葉から間を空けずして、そう答えた。
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