戦う理由

タヌキ

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車の中

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 翌日。
 昼前になって俺達は出発の準備を始めた。準備といっても、日本から持ってきたボストンバックは船に置きっぱなしなので、俺が荷物と呼べるのはポケットに突っ込んだままの財布と携帯とパスポートだ。
 イリナも似たようなもので、彼女に至ってはパスポートを持っていない。
「密入国じゃねぇか」
 それを知った時、俺がそうツッコミを入れたら「怒られてないんだから、別にいいじゃん」と悪びれもしなかったのは、最早"あっぱれ"である。
tíoおじさん
 出発の準備を一足先に終えたエレナが俺達のところにやってくる。もっとも、俺達より荷物の無い彼女は洗濯された服に着替えただけだが。
¿Ya terminaste?終わったか?
うん
 エレナの返事を聞き、俺達は子供達がいる会議室を覗きに行った。
 彼等に別れを告げるのだ。
 扉を開けると「おじさん」や「お姉さん」や「お姉ちゃん」とあちこちから次々に俺達を呼ぶ声がした。
「元気か?」
「うん!」
 挨拶したり少し話したりする中、一人の子が俺達の雰囲気がこれまでと違うことを感じ取ったのか。
「おじさん達、何処か行くの?」
 などと質問してくる。英語を知らない子は疑問符を浮かべたが、英語を理解出来る子達にそれは波及し「何処行くの?」の大合唱になった。
 それに対し、俺かどう答えようか迷っていると、エレナは「みんなとは、ここでお別れなの」と正直に話した。
 今度は、スペイン語話者の子達の間で、なんでなんでの大合唱になる。
「おじさんと一緒に暮らすことになったの」
 そう説明するも、分かるのはスペイン語を知っている子達だけでその他の子はなにがなんだか理解出来ていない。
 なので、俺もエレナを引き取る旨を端的に伝えた。
「――だから、ここでお別れなんだ」
 無理矢理ながら、そう話を締める。
 彼等はその言葉に思いっきり落胆の色を浮かべたが、すぐに取り直し「そっか」と納得の声を出し、別れの挨拶を交わし始めた。
 子供というのは、俺が思っているより聡く、ドライで大人らしい。
「おじさんも、バイバイ」
「……ああ。バイバイだ」
 湿っぽいのかアッサリしているのか、よく分からない別れの会だ。
 そうしているうちに、会議室の扉を上等兵曹が開いた。
「石田さん。正門の方に、お迎えの方がみえてます」
 どうやら、時間が来たらしい。
「……今行きます」
 返事をしてから、改めて子供達の方に向き直る。そして、「じゃあな」と言って、手を振る。
 それに皆、揃って手を振ってくれた。
 涙を浮かべている子もいる。
「……達者でな」
 彼等は日本語は理解出来ない。それでも、俺が本音を伝えるには日本語が一番シックリくる。
 子供達が俺の言葉を理解出来ずとも、自分なりに区切りを付けるためだ。たった一人しか救おうと思えなかった酷い自分から目を逸らし、偽善と受け取られても仕方がない彼等の今後への祈りを込めて。
 これ以上、別れの言葉は言わずに俺達は背を向けた。

 正門前には、古いトヨタのハイラックスが止まっていた。
 カンカン照りの太陽の光を浴び、白いボディーが眩しい。輝きだけなら、三十年選手も新車に見える。
 俺達がデてくるのが見えたのか、運転席から若い男――ナザロフが出てきた。
「お久しぶりです!」
「久しぶり」
 硬い握手をし、お互いの顔を見つめ合う。
 三年前の面影を残しつつも、一人前の漢として成長していた。所々浮かんでいたニキビは消え失せ、日に焼けた顔は元からあった凛々しさを増さしている。
 タンクトップから伸びる腕は三年前より太くなっていた。
「ちょっと老けました?」
「ちょっとどころか、明日にでもポックリ逝っちまいそうだ」
「またまたご冗談を」
 それでも、気の良さは三年前から変わっていないらしい。
 対面での親交を深めていると、イリナが俺の後ろから手を上げた。
「よっ! 元気してる?」
「あれ? イリナさん? ……というか、そのお子さんは?」
 ここでナザロフはエレナの存在に気が付いたらしく、昨晩電話口で晒したような困惑ぶりを見せる。
「まぁ、詳しい話は……車でするよ。とりあえず、乗せてくれ。四人揃って日射病になっちまう」
「あ、ああ……。じゃあ、乗ってください」
 助手席には俺が、後部座席にイリナとエレナが座る。
 車が発進すると、警備に立っていた隊員が敬礼で見送ってくれた。
 車が高速に乗ったところで、俺はこれまでの経緯を簡単に説明する。
 傭兵を辞めてから、日本で事務員をしている事。
 長期休みを利用して豪華客船に乗った事。
 そこでイリナと再会した事。
 ひょんなことから、エレナと出会った事まで。
 時間にして小一時間程かけて、俺は話した。
「そうだったんですね……」
「だからまぁ、お前とこうしているのも、ある意味ではたまたまなんだよな」
 俺は後ろへ目線を向けた。の発端であるイリナは、自分がやったことを誇るように胸を反らす。
 結果的に犯罪を防ぐ事が出来たからよかったものの、下手すれば船の上で下手人に成り果ててた訳で。
 綱渡りにしてはあまりに危険過ぎだ。だが、その綱に俺も納得の上で乗ったのだから、俺の責任でもある。
「まったく……運が良かったよ」
 そんな気持ちを込めて、そう口にする。
 ふと窓の外を見れば、車は都市部を抜けて港湾エリアに入っていた。
 ふと目を港に向ければ、俺はそこに見覚えのある船体があるのに気が付いた。
「おい、アレ……」
 『リンカーン』が停泊していた。
「そっか、今日だったか」
 イリナ曰く、今日が到着予定日だったらしい。
「アレに乗ってたんですか?」
「……ああ」
 初めてあの船を見た時はワクワクが止まらなかったのに、今見るとなんだか汚らしく見えた。
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