戦う理由

タヌキ

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電話の中

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 俺とエレナが本部の方に戻ろうとすると、ヤシの木の陰に人影が見えた。逃げる気配がないので、近づいてみたら案の定コッポラとイリナだった。
「……なにやってんだ」
「いや、まぁ……」
 愛想笑いを浮かべるコッポラに対し、似たような笑みこそ浮かべイリナの方はストレート球を投げてくる。
「いやらしいことをしないように監視してた」
「……この野郎」
「でもまぁ、よかったじゃない。いい返事貰えて」
 いい話風にして適当にごまかすイリナ。追求するのもアホらしく、流せるだけの機嫌もあるので、ため息一つで水に流す。
「……貰えてよかったよ」
「んで、どうするの?」
「そうさなぁ……」
 俺が腕を組み考えようとすると、コッポラが小さく手を上げた。
「お二方……まぁ、エレナちゃんも含めればお三方ですが、ちょっとよろしいですか?」
「なんだよ」
「改めて言いますが、石田さんとイリナさんは人身売買事件の重要参考人。エレナちゃんはその当事者です」
「そうだな」
「捜査が終わるまでとはいかなくても、一段落するまでハワイを離れるのは止めてほしいんですよ」
「あー……」
 コッポラの意見は至極真っ当だ。俺達には俺達の都合があるとはいえ、それが捜査の妨げになってしまうのは俺としても望むものではない。
 だからといって、ずっと沿岸警備隊の会議室に居座る訳にはいかない。
「そ・こ・で」
 この時、イリナに話の主導権が移る。
「ハワイにいる知り合いの家に、事件が一段落するまで居候させてもらうの」
「知り合い?」
「ナザロフよ」
 船のバーで、ナザロフがハワイに住んでいるとイリナが言っていたのを思い出す。
「アイツの家に転がり込む気か」
「それ以外に良い方法があるなら聞くけど」
「……………………」
 ハワイという未知の地に他の知り合いのアテはない。イリナの提案に賛成するしか道は無いのだ。
「……分かったよ」
 両手を上げ、『降参』と示す。
「素直でよろしい」
 満足げに頷くイリナだったが、すぐに真剣な表情になる。
「エレナちゃんとの生活の肩慣らしにいいんじゃない? 私もいるし、最悪の場合だって、日本に連れてってからじゃどうしようもないし」
 最悪の場合。この場合は、俺がエレナとの生活に馴染めなかった時のことだろう。手続きを踏んだ後に後悔しても、もう遅いということだ。
 ……個人的に、そんなことは起きないと思っているが。
「それも、そうだな」
 俺は納得したが、英語が通じないエレナは俺達三人の会話を理解出来ず、不安そうな顔で俺の顔を見上げている。
No te preocupes心配するな。大丈夫だ
 俺が出来ることは、ただそう声を掛け、自信満々に笑うこと。やっぱり、ビクビクしてては何も始まらないものだ。
 エレナも何かを感じ取ったのか、「Vale分かった」と頷いて笑ってくれた。

 本部に戻ってから、俺がまずしたことは。
「はい、これが番号」
「はいはい」
 イリナの携帯に映し出された番号を、自分の携帯でプッシュする。
 ナザロフへのアポを取るためだ。アポを取る段になって、イリナが俺にやれと言ってきたのだ。
 何故だと俺が問うと、イリナは「三年間連絡しなかったんだから、安否確認も兼ねて。それに、この件は亮平が主に動いてるし」などと、分かるような分からないような理論を捏ね、結局俺が電話を掛けることに。
 三年もの間、連絡を取っていない相手と何を話せばいいのか。答えの出ない問答に頭を悩ませながら、俺は通話ボタンを押した。
 短い接続音と、しばらくのコール音の後。
『はい』
 と懐かしい声がスピーカーから聞こえてきた。
「……ナザロフか?」
『えっと……。どちら様で?』
 声を聞いて一発で思い出してくれるとは思っていなかったが、思わず肩を落としてしまう。
「忘れちまったか。まぁ、無理もないか。三年も電話しなかったしな」
『………………あっ』
 長考して、ようやく思い出したようで間の抜けた声が聞こえてきた。
『亮平さん……?』
「ようやく思い出したか」
『ど、どうしたんですか? 急に? そ、それに、三年間何やってたんです?』
 慌てっぷりは三年経っても変わっていない。懐かしさがこみ上げてくる。
「まぁ、積もる話は後にしようや。本題に入るぞ」
『はぁ……』
「しばらくお前の家に泊めてくれないか?」
『え?』
 三年間音沙汰なかった人間が急に電話を掛けてきて、突然家に泊めてくれと頼んできたのだ。
 自分が元凶とはいえ、その困惑は推して知るべしだろう。
『……ちょっと、整理させてください』
「おう」
『……亮平さんは、今、何処に居るんですか?』
「ハワイ州ホノルルは沿岸警備隊の本部」
『はい?』
 俺の言葉で混乱に拍車が掛かったのが、声だけでも分かった。
「とにかく、そっちに泊ってもいいか? 詳しい話はその時にするから」
『まぁ……大丈夫ですけど』
「よっしゃ」
『と、とにかく、ホノルルの沿岸警備隊にいるんですね? だったら、明日の昼くらいに迎えに行きますから』
 どうやら、今ここで全てを聞くより一晩頭を冷やして明日にまとめて聞く事にしたらしい。
「助かるよ。ありがとな」
『その時に、話、絶対聞かせてくださいね』
 ナザロフはそう念を押し、三年ぶりの会話を終えた。
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