戦う理由

タヌキ

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甲板の中

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 イリナはまずトイレでのエレナの様子を語った。
「エレナちゃん。うずくまって、震えてたわ。まるで、何かに怯えているみたいだった」
「……怯えてる」
「そう。だから、聞いたの。『何に怯えてるの? 何が怖いの?』って」
「そしたら?」
「『一人になるのが、怖い』って返してきたの」
「……一人」
「そう。一人」
「独りぼっち……」
 『ひとり』と何度も呟き、俺はゆっくりと首を上へと傾けた。そこには雲一つ無い瑞々しい青が広がっている。しかし、そこに答えは書かれていない。
「……あの子、親はどうなんだろうな」
 そう口にした後、俺はエレナと最初に出会った時の事を思い出した。
『私達は売られたり、攫われたりした』
 とあの子は言っていた。
「……いや、望み薄か」
 すぐにそう言って、先程の発言を相殺する。
 攫われたならいいが、売られたとしたら希望もへったくれもあったものではない。第一、どんな理由があろうが子を売る親なんて、親と呼ぶ事すら許されない奴だ。というか、それ以前に人間として失格だ。
「味方となってくれる人もいない。せっかく知り合った同じだったり、似た様な境遇の仲間もいずれは……」
 俺の呟きから察したようで、イリナも天を仰ぐ。
 今思えば、あの年相応でない大人びた雰囲気も彼女なりの、処世術。正確に言えば、生存戦略だったのだろう。一人で生きていくには全てが厳しい状況下で、早くに大人になって生きようとしたに違いない。
 しかし、エレナの風貌から考えて歳の方は行ってて十歳だ。だが、ここにきて年相応の脆さが現れてしまったのだろう。
「独りぼっち、か」
 その気持ちは分からないでもない。ここ数日は起きていないが、発作が起きた時は嫌でもそんな気分にさせられるる。自分一人しか味わっていない苦しみという点と、その瞬間は強制的に外部との交流を閉ざされるからだ。
「……助けになってやりたいけど、いったいどうすりゃあいいのか」
 俺の言葉に対し、イリナは即座に言葉を返してきた。
「独りぼっちにさせないって事なら、あの子を養子にするって方法があるけど」
 養子。結婚と並んで、血の繋がりの無い他人を家族に出来る数少ない方法である。だが、結婚と違ってペラ紙一枚に名前書いてハンコ押して終わりじゃないのが養子縁組だ。
 詳しい訳じゃないが、あれには大変な諸々の手続きがあったはずだ。それに、本人の意思も重要だろう。
「……簡単に言ってくれるよ」
「あら。結構、良い案だと思ったんだけど」
「ほざけ。こんな奴が女の子と養子縁組したいなんて言ってみろ、一発で犯罪者扱いだ」
 手続きを踏んでいるだけ人身売買の買い手よりいくらかマシだが、何も知らない他人からしたらロリコンと思われてもおかしくはない。
 しかし、イリナは冷静に。
「……他人がどう思おうが、それは他人の勝手であってアンタには関係なくない?」
 そう言いながら、真面目な顔で俺を見詰めてきた。本質を突いたその言葉に、俺は「そうだな」と肯定の意を示すしかなかった。
「でしょ? だったら、つべこべ言わずに動いてみればいいじゃない。私も、出来ることならやるからさ」
「お前……」
 俺がイリナを見つめ返すと、彼女も今度は得意げな笑みを浮かべた。
「やるだけやってみようよ。やっちゃいけないってルールもない事だしさ」
 俺はもう一度、首を上へ傾けた。相も変わらず空には何も書かれていない。それなのに何故、誰に言われたでも教えられたでもないのに、天を仰いでしまうのか。
「……そう、だな」
「でしょ? 当たって砕けろの精神で、やってみれば」
「……砕けちゃ駄目だろ」
「ハハハッ。それもそうだね」
 イリナは笑みを強め、次には声に出して笑いだした。
 たまに、コイツが馬鹿なのか頭良いのか分からなくなる時がある。今がその時だ。
「ま、とにかく。やってみようよ」
「話は分かった。ただ……もう少し考えさせてくれ」
 正直なところ、今はこれで精一杯だった。
「……あれ? 船の時はあっさりと乗ってくれたのに」
「あの時とは状況も何も違い過ぎるんだよ」
 船の時は俺とイリナの二人だけで敵地に突っ込んでいくだけだったが、養子云々は突っ込んでいくだけでは済まない。
 人一人の人生を背負うのだ。傭兵時代とは違う。殺し殺され、死ぬ時は一人寂しく路傍に打ち捨てられるのみ。要は一人で世話が済んでいた。
 だが、どうだ。人を一人育てる苦労は育てたものにしか分からぬものであり、結婚すらしたことの無い俺には想像すら及ばない。それに、生きる目的すらあやふやで、鏡に映る姿は、まさに死にぞこないのそれ。
 そんな奴に、果たして子供を立派に育てられるのか。
 十人中十人が「NO」と答えるだろう。正直なところ、自分でも自信が無い。
「……まぁ、時間はまだあるし。相談にも乗るからさ」
 俺の顔が曇りに曇っているのを見て、イリナも押すのを一度止めて置きにきた。やはり、ただの猪突猛進の馬鹿女ではない。
 そして俺も、そういった気遣いが分からない男ではない。
「ありがとうな」
 ぎこちない笑いしか作れなかったが、彼女には伝わったようで小さく頷いた。
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