戦う理由

タヌキ

文字の大きさ
上 下
24 / 70

医務室の中

しおりを挟む
 沿岸警備隊の捜査官はほとんどお飾りだった。
 コッポラが主立って質問をし、警備隊の方の捜査官は人の良さそうな、悪く言えば曖昧な笑みを浮かべながら隣に座っているだけだった。
 どうやら、捜査の主導はFBIが握っているらしい。
 俺とイリナがウェイターの不審な点に気が付いてから操舵室に駆け込むまでの全てを話し終えると、コッポラはそれまで取っていたメモを止め、軽く咳払いをした。
「ありがとうございました。……まぁ、不法侵入など色々とありますが、今は、いいです」
 ということは、いずれ言及される時が来るのだろうか。散々暴れておいてアレだが、日本に帰る頃に無職になっているのは嫌だな。
 などと思っているとコッポラがメモを閉じ、「ご協力ありがとうございました」と言った。
「とりあえず、今回はこれくらいで。また何かあれば、連絡します」
「……もう、いいのか?」
「今日のところは、これで大丈夫です。……子供達にも、話を聞きたいですし」
「そうか」
「何かあったら、連絡しますんで」
「……分かったよ」
 冷めて不味さが増したコーヒーの残りを飲み下し、俺は席を立った。コーヒーには手を付けなかったが、イリナも同じく席を立つ。
「医務室は何処だ?」
 沿岸警備隊の捜査官は、俺の言葉が自分に対して向けられた事にしばらく経ってから気が付いたようで、「ああ」と酷く間の抜けた声を出し説明を始めた。

 医務室の前の廊下は、子供達でごった返していた。
 子供達は俺達の姿を認めると、それぞれの言葉で「おじさん」と「お姉さん」と声にする。随分と懐かれたものだ。ハイタッチをしたり、頭をポンポンしたりしながら医務室に入る。
 甲板で子供達を迎えに来ていた女性隊員が、小さな患者相手に問診をしていた。俺が声を掛けると、奥の方から白衣の男が現れた。
「この子達を保護した方ですね」
 首から提げた聴診器を外しながら、彼は言った。
「はい」
「皆、少し瘦せていたり、栄養状態がよくなかったり、不安な点は多いですが……なにもすぐに命に関わる様な症状が出ている子はいませんでした」
「……そうですか」
 それを聞いて心の底からでは無いが、子供達に関してはひとまず安心することが出来た。
「あと一時間もすればホノルルの基地に戻れますから、そこで食事を取らせますよ。勿論、貴方達の分もありますよ」
「そりゃありがたい」
「昨日の昼から、何にも食べてないからね」
 イリナの発言を聞いたことで、腹が減ってる事を意識させられる。軍隊のメシと言えばクソ不味いレーションが思い浮かぶが、往々にして基地のメシは美味いものだ。何処の国の元軍人も、口を揃えてそう言う。
 ならば、期待してもいいだろう。
「……そういえば、あの子は?」
 イリナが俺の肩を叩きながら訊ねてくる。
「あの子?」
「エレナって娘」
 言われてからザッと部屋を見回してみるが、あの子の姿は無い。
「ああ。言われてみれば、見えないな」
 俺とイリナが揃って首を左右に捻っていると、女性隊員が「あの子なら、トイレに行ったはずですよ」と教えてくれた。
「そうですか」
「……でも、少し遅いですね。そこそこ時間経ってると思うんですけど」
 彼女の言葉で一気に不安になった。
「それなら、私、探してきましょうか?」
 イリナが手を上げる。この場で手一杯らしい医官と女性隊員は、その申し出にありがたいと頭を下げた。部外者に船内をうろつかせていいものかと一瞬思ったが、隊員がいいと言ったのならいいのだろう。
 トイレの場所を教えてもらい、二人で向かう。だが流石に、女子トイレに入るのはイリナだけだ。
 彼女がすぐに出てこなかったので、俺は壁に寄りかかり欠伸を一つかいた。欠伸で漏れた涙を拭っていると、イリナがエレナを連れてトイレから出てくる。
「用足しは済んだのか?」
「……うん」
 小さな声を共に頷くエレナ。
「医務室に戻ろう。それに、あと少ししたら港に着くみたいだから、そこでメシが食べられるぞ。……腹、減っただろ?」
「……うん」
 見るからにテンションが低い。俺がそれに困惑していると、見かねたイリナが口を出してきた。
「あとで話すから。医務室に戻ろう」
「お、おお……」
 言われるがまま、医務室に引っ張られていく。そして、エレナをそこに預けると、再びイリナに連れられて甲板に出た。そこには乗ってきたヘリコプターが二機並んでいて、周囲で整備員らしき作業服を着た何人かが忙しなく動き回っている。銃器とはまた違う、油と鉄の匂いが漂っていた。
 作業中のところ、うろついていいんだろうか。コックと整備員を怒らすとロクな事にならないと、経験上知っている。しかし、そんな事お構いなしに柵の方まで俺を引っ張って行く。
 この時、動いていく景色を前にこの船を動いているのを実感した。船医の言葉からこの船が動いているのを理解してはいたが、それを意識するのはここにきて初めてだった。
「で? 聞かせてくれるんだろうな」
 柵を背に、手すりの部分にもたれ掛かる。
「勿論。そのつもりで、ここまで連れてきたんだもん」
 イリナは手すりに腕を置き、視線を海に向け、目を細めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...