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ヘリの中
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二機の沿岸警備隊所属のHH-65ドルフィンが騒がしい音を立てながら、「リンカーン」の上に去来した。
封鎖されてがらんどうのプールサイドに、隊員が降り立つ。昨日からの混乱のせいか、船全体から活気が失われている。
(昨日の活気が嘘みたいだな……)
そんな事を思いながら、俺は隣にイリナを据えて子供を連れてオレンジ色の作業服を着る隊員の前に立った。
「合衆国沿岸警備隊第14管区所属、レッドフィールド上等兵曹です」
「同じく、ケネディ上等水兵です」
二名の隊員はビックリするほど綺麗な敬礼を見せつける。
「これはどうも」
それに合わせ、俺もお辞儀の最敬礼をする。イリナは普通に挙手の敬礼をした。彼女のそれを見て、俺は彼女が元軍人だったのを思い出した。
「子供達は?」
「全部で二十人です。……ヘリに乗りますかね?」
「ヘリは二機あるんで、子供は十人ずつに分けて乗せますよ。だから安心してください」
上等兵曹は無線で上空のヘリにテキパキと指示を出し、若い上等水兵の方は子供達に「二つに分かれて」と指示を出している。
手際の良さは流石本職と言うべきか。
あっという間に二人は二十人もの子供をヘリに乗せ、最後に俺達をヘリに乗せようと作業を始めた。抱きかかえる形で吊り上げられるのだ。ワイヤーの強度を信じない訳では無いが、初めてであるが故少し怖く感じる。
「怖ければ、目を瞑っていただいても大丈夫ですよ」
上等兵曹はそう言うが、四十八にもなって高い所が怖いと言うのは俺のプライドが許さなかった。
「ハハハ……」
だが、「大丈夫です」と言い切るだけの胆力は無く、愛想笑いでお茶を濁しロープやらハーネスやらを装着する。
兵曹に抱きかかえられ、いよいよ吊り上げられる。甲板から足が離れ、徐々にヘリに近づいていく。
鍛えられた腕や丈夫なハーネスが俺の身体を支えているものの、安定性が著しく下がった状態だ。
(中々、来るものが……)
見てはいけないと思いつつも、何処まで離れてしまったのかと下を覗く。
俺の身体は既に落ちたら助からないであろう高さまで上がっており、思わず身震いしてしまう。
「大丈夫ですよ」
兵曹がヘリのローター音に負けないくらいの声で、頼もしい笑顔も添えて言う。
「ハハッ……」
それに俺は、乾いた笑いしか出す事が出来なかった。下から目を逸らし、上を向こうと視線を上げようとした時、俺は青を見た。
かつて人類で初めて宇宙に行ったガガーリンは『地球は青かった』という言葉を残したそうだが、それが嘘偽りない本当の事だと実感する。
地平線なんて言うが、地球は丸い。正しくは地平曲線だ。
俺の目に映るのは、緩くカーブを描く海面、照りつける太陽、そして全てを受け入れる濃い紺色。その広大さから如何に自分がちっぽけであるかを思い知らされる。
でも、それは上から目線の傲慢ちきな知らしめ方ではなく、母親が悪ガキに対して優しく諭すような感じだ。
それは俺が見たかった、大海原だった。
(……旅の最後に、いいもの見れたな)
思いもよらない形であったが、本当に最後に目的が果たせてよかった。……結果論だが、あそこでイリナと共に首を突っ込まなければこうして海を見る事は出来なかったのだから、人生は分からない物である。
ヘリにいた隊員も慣れた手付きで俺と上等兵曹を引っぱり上げ、機内に誘う。
もう一機のヘリの方でも上等水兵を乗せた様で、無線の方から出発準備を完了したとの声が流れてくる。
隊員がドアを閉め、パイロット達が動き出す。いよいよ出発だ。
先にヘリに乗っていたイリナと一緒に窓の下の『リンカーン』を見下ろす。
「さっきまで、あそこにいたんだよね」
「ああ……」
『リンカーン』が汽笛を鳴らす。それと共に、ヘリも東へと動き出した。
数十分ほどヘリで進んでいると、右前方に船が見えてきた。豪華客船とは違い、軍船に近いフォルム。角ばったデザインや天へと背を伸ばすアンテナ類が目立ち、後部にはヘリポートらしきスペースもある。
「我が沿岸警備隊のバーソルフ級カッターです。ヘリはあの後ろ側に着陸します」
兵曹の解説が入る。
「豪華客船程じゃありませんが、最大で百人以上の水兵を乗せる事が出来るんですよ」
誇らしげに話す兵曹に「ほぉ」と相槌を打つ。豪華客船と比べると小さいが、そこらの漁船より遥かに大きい。
「ヘリから降りたら、貴方達を船で待っているFBIの捜査官の所まで案内します」
「……FBI? 公海上の事件なら、沿岸警備隊の管轄じゃなくて?」
イリナが兵曹の言葉を拾い、質問をする。
「勿論、我々の捜査官も同席します。ですが、今回のこの事件……思ったより根が深いようで」
「だからFBIが出張ってきたと?」
「その通りです」
真剣な面持ちで兵曹が頷く。
「人身売買だからなぁ……。出張るのもさもありなんだ」
むしろ、もっと禍々しい連中が出てこないだけマシなのかもしれない。
「……そうだ、子供達はどうするんです?」
「ああ。船医に診てもらうので、ヘリから降りたらそこで一旦お別れです」
「……そうか」
ヘリは着陸態勢に移っていた。
封鎖されてがらんどうのプールサイドに、隊員が降り立つ。昨日からの混乱のせいか、船全体から活気が失われている。
(昨日の活気が嘘みたいだな……)
そんな事を思いながら、俺は隣にイリナを据えて子供を連れてオレンジ色の作業服を着る隊員の前に立った。
「合衆国沿岸警備隊第14管区所属、レッドフィールド上等兵曹です」
「同じく、ケネディ上等水兵です」
二名の隊員はビックリするほど綺麗な敬礼を見せつける。
「これはどうも」
それに合わせ、俺もお辞儀の最敬礼をする。イリナは普通に挙手の敬礼をした。彼女のそれを見て、俺は彼女が元軍人だったのを思い出した。
「子供達は?」
「全部で二十人です。……ヘリに乗りますかね?」
「ヘリは二機あるんで、子供は十人ずつに分けて乗せますよ。だから安心してください」
上等兵曹は無線で上空のヘリにテキパキと指示を出し、若い上等水兵の方は子供達に「二つに分かれて」と指示を出している。
手際の良さは流石本職と言うべきか。
あっという間に二人は二十人もの子供をヘリに乗せ、最後に俺達をヘリに乗せようと作業を始めた。抱きかかえる形で吊り上げられるのだ。ワイヤーの強度を信じない訳では無いが、初めてであるが故少し怖く感じる。
「怖ければ、目を瞑っていただいても大丈夫ですよ」
上等兵曹はそう言うが、四十八にもなって高い所が怖いと言うのは俺のプライドが許さなかった。
「ハハハ……」
だが、「大丈夫です」と言い切るだけの胆力は無く、愛想笑いでお茶を濁しロープやらハーネスやらを装着する。
兵曹に抱きかかえられ、いよいよ吊り上げられる。甲板から足が離れ、徐々にヘリに近づいていく。
鍛えられた腕や丈夫なハーネスが俺の身体を支えているものの、安定性が著しく下がった状態だ。
(中々、来るものが……)
見てはいけないと思いつつも、何処まで離れてしまったのかと下を覗く。
俺の身体は既に落ちたら助からないであろう高さまで上がっており、思わず身震いしてしまう。
「大丈夫ですよ」
兵曹がヘリのローター音に負けないくらいの声で、頼もしい笑顔も添えて言う。
「ハハッ……」
それに俺は、乾いた笑いしか出す事が出来なかった。下から目を逸らし、上を向こうと視線を上げようとした時、俺は青を見た。
かつて人類で初めて宇宙に行ったガガーリンは『地球は青かった』という言葉を残したそうだが、それが嘘偽りない本当の事だと実感する。
地平線なんて言うが、地球は丸い。正しくは地平曲線だ。
俺の目に映るのは、緩くカーブを描く海面、照りつける太陽、そして全てを受け入れる濃い紺色。その広大さから如何に自分がちっぽけであるかを思い知らされる。
でも、それは上から目線の傲慢ちきな知らしめ方ではなく、母親が悪ガキに対して優しく諭すような感じだ。
それは俺が見たかった、大海原だった。
(……旅の最後に、いいもの見れたな)
思いもよらない形であったが、本当に最後に目的が果たせてよかった。……結果論だが、あそこでイリナと共に首を突っ込まなければこうして海を見る事は出来なかったのだから、人生は分からない物である。
ヘリにいた隊員も慣れた手付きで俺と上等兵曹を引っぱり上げ、機内に誘う。
もう一機のヘリの方でも上等水兵を乗せた様で、無線の方から出発準備を完了したとの声が流れてくる。
隊員がドアを閉め、パイロット達が動き出す。いよいよ出発だ。
先にヘリに乗っていたイリナと一緒に窓の下の『リンカーン』を見下ろす。
「さっきまで、あそこにいたんだよね」
「ああ……」
『リンカーン』が汽笛を鳴らす。それと共に、ヘリも東へと動き出した。
数十分ほどヘリで進んでいると、右前方に船が見えてきた。豪華客船とは違い、軍船に近いフォルム。角ばったデザインや天へと背を伸ばすアンテナ類が目立ち、後部にはヘリポートらしきスペースもある。
「我が沿岸警備隊のバーソルフ級カッターです。ヘリはあの後ろ側に着陸します」
兵曹の解説が入る。
「豪華客船程じゃありませんが、最大で百人以上の水兵を乗せる事が出来るんですよ」
誇らしげに話す兵曹に「ほぉ」と相槌を打つ。豪華客船と比べると小さいが、そこらの漁船より遥かに大きい。
「ヘリから降りたら、貴方達を船で待っているFBIの捜査官の所まで案内します」
「……FBI? 公海上の事件なら、沿岸警備隊の管轄じゃなくて?」
イリナが兵曹の言葉を拾い、質問をする。
「勿論、我々の捜査官も同席します。ですが、今回のこの事件……思ったより根が深いようで」
「だからFBIが出張ってきたと?」
「その通りです」
真剣な面持ちで兵曹が頷く。
「人身売買だからなぁ……。出張るのもさもありなんだ」
むしろ、もっと禍々しい連中が出てこないだけマシなのかもしれない。
「……そうだ、子供達はどうするんです?」
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