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朝日の中
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ハワイの警察当局の番号を教えてもらい、そこに電話を掛けた。事情を説明するのにかなり難儀したが、アメリカ人も多く乗っている豪華客船に不法な銃器が山のようにあると伝えると、「すぐにヘリを向かわせる」との返事をしてくれた。
電話が切れたと同時に、身体からフッと力が抜ける。無理していた分の疲れが、ここに来てドッと押し寄せてきたのだろう。
衛生電話を船長に返し、俺は計器類にもたれかかると足を伸ばした。
「スマン。……少し、休ませてくれ」
身体が重い。腕を上げるのもダルく、酷く億劫に感じる。ゆっくりと息を吐いて、強張った身体から力を抜いていく。
目を閉じると、意識が沈み込むまま眠りに落ちた。
一体、どれだけの時間が経っただろうか。
一瞬だけだった気がするし、何年も寝ていたような気もする。天地がひっくり返ったような気もする。
ここが果たして何処なのかも分からない。曖昧な意識の中、点々と思い出すのは駆け巡ってきた戦場の記憶である。
中東の砂漠で、イスラム過激派のテクニカルに追いかけ回されて死にかけた事。
黒海に面する半島の街で、敵を目の前に銃が弾切れを起こした事。
太平洋に浮かぶ豪華客船の中で、サブマシンガンをぶっ放した事。
「…………ん?」
若干セピアがかった記憶の中に確かにある、総天然色の記憶。
目をゆっくりと開けてみると、見覚えのある少女が俺の顔を覗き込んでいた。誰かが掛けてくれたのか、毛布が俺の身体に掛けられている。
「ん……。ああ……くそ、寝てた……」
目をこすり、腕時計を見る。時刻は午前九時。今この船が太平洋の何処を航行しているか分からないので、時差とかも計算出来ない。正確な時刻は分からないけれど、とにかく窓から差し込む光やそれによって出来た影から、今が間違いなく午前中なのは理解した。
硬い床に硬い背もたれで寝ていたせいで、痛む身体をさすり立ち上がった。
隣に目を向けると、イリナも毛布に包まってスヤスヤと寝息を立てている。本当に大人しくしていればモデルでもなんでも務まりそうな顔をしているのに、こんな商売を好き好んでやっているのだから世界ってモノはよく分からない。
その流れで周囲を見てみると、連れてきた子供達も毛布に包まっていて安らかな寝息を立てている。
「起きたみたいだな」
船長が奥の扉から現れる。その手にあるお盆には、結露で濡れている水差しとコップが何個かあった。
「下は混乱状態だ。プールで走っただけでもかなりのインパクトがあったみたいで、何人かの客が何にも知らない運営側に問い詰めたらしい。それで、色々と騒がしい事になったみたいだな」
船長は水差しからコップに水を注ぐと、彼はそれを俺に差し出してきた。
「……ども」
俺はそれを受け取り、冷たい液体を胃に流し込んだ。五臓六腑に染みわたる。よく考えれば、昨日の夕方から飲まず食わずで動いている。染みわたるはずだ。
口元を拭い冷たい液体が口の中を通り過ぎる余韻に震えていると、船長が椅子に腰掛けながら口を開いた。
「アンタの話、最初は信じられなかったが……。事情が変わった。この船で人身売買が行われていたのは本当の様だな」
俺はゆっくりと船長の方を向いた。船長の顔からは昨日あった疑いの眼差しは無く、俺を一人の人間として真剣に見ていた。
「……どうして、急にそんな事を?」
俺の返しに、彼は「いやな、あの姉さんには言ったんだけどさ」と前置きをして話を始めた。
「昨日の夜、何人かのウェイターが姿を晦ましたようだ。奴等の荷物と救命ボートも一隻、消えていたそうだ」
「……逃げた?」
「十中八九そうだろう。エンジン音を聞いた奴もいるらしいから、原動機を救命ボートに着けて、即席のモーターボートにしたんだろうな」
船長の話を聞く限り、連中の手際がやけに良い。やはり、それなりの訓練を受けた連中なのだろう。
元軍人か、この撤収の速さから勘繰るに案外俺やイリナと同じ経歴なのかもしれない。元傭兵の再就職先なんて、たかが知れている。
俺みたいに全く関係ない職種で働く事なんてそもそも稀だ。イリナみたいに昔取った杵柄とばかりにその経験と経歴を活かして、一つの場所に収まるか……もしくは方々で暴れ回るか、その二択しかないものだ。
要は警備員かヤクザ的な危ない自営業、という事だ。
仮に連中が前者ならまだ追跡のしようがあるだろう。しかし、後者ならこの事件を追うのは一気に難しくなるだろう。
俺が捜査する訳じゃないが、それでもこの事件を追う奴には気の毒な話である。
「アンタが寝ている間にそこの姉さんに聞いて、ガキンチョが閉じ込められてたって場所に行ってみたら……閉じ込められてたらしい檻やら、ドンパチに使わなかったらしい幾つかの銃器が残されてたよ」
「……昨日、言っただろ」
「何処かの大陸の国に、『百聞は一見に如かず』っていう言葉がある。それが俺の信条なんだ。海の上じゃあ、リアリズムが無ければ生きていけないもんでね」
「……そうですかい」
頭を掻きながら、船の男も戦場の男も似たり寄ったりだとぼんやりと思った。
電話が切れたと同時に、身体からフッと力が抜ける。無理していた分の疲れが、ここに来てドッと押し寄せてきたのだろう。
衛生電話を船長に返し、俺は計器類にもたれかかると足を伸ばした。
「スマン。……少し、休ませてくれ」
身体が重い。腕を上げるのもダルく、酷く億劫に感じる。ゆっくりと息を吐いて、強張った身体から力を抜いていく。
目を閉じると、意識が沈み込むまま眠りに落ちた。
一体、どれだけの時間が経っただろうか。
一瞬だけだった気がするし、何年も寝ていたような気もする。天地がひっくり返ったような気もする。
ここが果たして何処なのかも分からない。曖昧な意識の中、点々と思い出すのは駆け巡ってきた戦場の記憶である。
中東の砂漠で、イスラム過激派のテクニカルに追いかけ回されて死にかけた事。
黒海に面する半島の街で、敵を目の前に銃が弾切れを起こした事。
太平洋に浮かぶ豪華客船の中で、サブマシンガンをぶっ放した事。
「…………ん?」
若干セピアがかった記憶の中に確かにある、総天然色の記憶。
目をゆっくりと開けてみると、見覚えのある少女が俺の顔を覗き込んでいた。誰かが掛けてくれたのか、毛布が俺の身体に掛けられている。
「ん……。ああ……くそ、寝てた……」
目をこすり、腕時計を見る。時刻は午前九時。今この船が太平洋の何処を航行しているか分からないので、時差とかも計算出来ない。正確な時刻は分からないけれど、とにかく窓から差し込む光やそれによって出来た影から、今が間違いなく午前中なのは理解した。
硬い床に硬い背もたれで寝ていたせいで、痛む身体をさすり立ち上がった。
隣に目を向けると、イリナも毛布に包まってスヤスヤと寝息を立てている。本当に大人しくしていればモデルでもなんでも務まりそうな顔をしているのに、こんな商売を好き好んでやっているのだから世界ってモノはよく分からない。
その流れで周囲を見てみると、連れてきた子供達も毛布に包まっていて安らかな寝息を立てている。
「起きたみたいだな」
船長が奥の扉から現れる。その手にあるお盆には、結露で濡れている水差しとコップが何個かあった。
「下は混乱状態だ。プールで走っただけでもかなりのインパクトがあったみたいで、何人かの客が何にも知らない運営側に問い詰めたらしい。それで、色々と騒がしい事になったみたいだな」
船長は水差しからコップに水を注ぐと、彼はそれを俺に差し出してきた。
「……ども」
俺はそれを受け取り、冷たい液体を胃に流し込んだ。五臓六腑に染みわたる。よく考えれば、昨日の夕方から飲まず食わずで動いている。染みわたるはずだ。
口元を拭い冷たい液体が口の中を通り過ぎる余韻に震えていると、船長が椅子に腰掛けながら口を開いた。
「アンタの話、最初は信じられなかったが……。事情が変わった。この船で人身売買が行われていたのは本当の様だな」
俺はゆっくりと船長の方を向いた。船長の顔からは昨日あった疑いの眼差しは無く、俺を一人の人間として真剣に見ていた。
「……どうして、急にそんな事を?」
俺の返しに、彼は「いやな、あの姉さんには言ったんだけどさ」と前置きをして話を始めた。
「昨日の夜、何人かのウェイターが姿を晦ましたようだ。奴等の荷物と救命ボートも一隻、消えていたそうだ」
「……逃げた?」
「十中八九そうだろう。エンジン音を聞いた奴もいるらしいから、原動機を救命ボートに着けて、即席のモーターボートにしたんだろうな」
船長の話を聞く限り、連中の手際がやけに良い。やはり、それなりの訓練を受けた連中なのだろう。
元軍人か、この撤収の速さから勘繰るに案外俺やイリナと同じ経歴なのかもしれない。元傭兵の再就職先なんて、たかが知れている。
俺みたいに全く関係ない職種で働く事なんてそもそも稀だ。イリナみたいに昔取った杵柄とばかりにその経験と経歴を活かして、一つの場所に収まるか……もしくは方々で暴れ回るか、その二択しかないものだ。
要は警備員かヤクザ的な危ない自営業、という事だ。
仮に連中が前者ならまだ追跡のしようがあるだろう。しかし、後者ならこの事件を追うのは一気に難しくなるだろう。
俺が捜査する訳じゃないが、それでもこの事件を追う奴には気の毒な話である。
「アンタが寝ている間にそこの姉さんに聞いて、ガキンチョが閉じ込められてたって場所に行ってみたら……閉じ込められてたらしい檻やら、ドンパチに使わなかったらしい幾つかの銃器が残されてたよ」
「……昨日、言っただろ」
「何処かの大陸の国に、『百聞は一見に如かず』っていう言葉がある。それが俺の信条なんだ。海の上じゃあ、リアリズムが無ければ生きていけないもんでね」
「……そうですかい」
頭を掻きながら、船の男も戦場の男も似たり寄ったりだとぼんやりと思った。
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