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操舵室の中
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階段を上がろうと手すりに手を掛けた。が、手すりと手すりの間を縫うようにして弾丸が飛んできた。
「クッ!」
撃ち返す真似はせず、子供達に手すりに近づくなと伝える。
だが、言ってから気が付いた反射的に英語で言ってしまった事を。すぐさま言い換えようと脳のチャンネルを切り替えようとする。
しかし、驚くべき事に子供達は俺が何を言ったかを理解こそ出来ないだろうが察したようで、手すりの近くにいた子達は皆離れた。
彼等も彼等なりに、生き延びようと必死になっている証拠だ。
大人であり、彼等を生かそうとした責任者である以上、俺も一秒たりとも気が抜けない。
「走れ!」
徐々に迫りくる敵の気配を背中で感じた。相手も必死なのが気配だけで分かる。
たった一階分の階段を上がっただけだが、相手との差はかなり縮まっている。
「早く!」
「分かってる!」
イリナがノブを回し、扉を蹴って身体を晒さない様にして扉を開けた。
待ち伏せの気配は無い。
彼女を先頭にして、子供達が列を成して外に出て行く。
扉の外はちょっとした庭みたいになっていて、奥の方には昨日見たプールがあった。
泳いでいた人々は、銃を持ち幾人もの子供を引き連れている俺達を目の当たりにして、呆然としている。
俺達の動きに合わせ、彼等の首は左から右へと動く。
手を叩いている人も中にはいた。どうやら、俺達の行動を見世物だのショーの一部だと思っているらしい。
それならそれで構わない。
俺達は俺達がすべきことをするだけだ。
「こっちだ!」
俺のすぐ後ろからウェイター軍団の怒鳴り声が聞こえてくる。
試しに後ろを振り向いてみると、俺達が出てきた扉からワラワラと銃を手にした男達が出てきたが、撃ってくる様子は無い。
おそらく、というか絶対だがこの場所には関係ない客が大勢いるからだろう。騒ぎになってネットにでも投稿されたら大事だし、流れ弾が他の客に当たろうものなら目も当てられない事になるからだ。
向こうにとっては不利だが、こっちにとっては好都合だ。弾に当たることを気にせず、ただ走ればいいだけになったのだから。
プールを抜け、ラウンジを抜け、通路に出て『運航関係者以外立入禁止』の文字と、人型に赤の斜線の絵が印されたプレートが貼られた扉をくぐる。
操舵室に入って、酸素を欲する本能のまま息を吸った瞬間、扉一枚隔てた空間の空気があまりにも違っていることに気が付いた。
プールやラウンジの浮かれた空気とは異なり、規律によって引き締められた硬い空気が肺を通ってまた口から出てきた。
操舵室には五人の男がいた。
「誰だ君達は」
その内の船長らしき恰幅のいい初老の男が前に出る。
「見て分からない? ベビーシッターよ」
イリナがしゃあしゃあと言ってのける。
「……馬鹿な事言ってないで、退け。扉見てろ」
俺の息は切れ切れだったが、彼女に話させるよりかは幾らかマシだ。
「すまないが、近くの港まで連絡を付けてくれないか?」
「何?」
「警察なりなんなりに連絡を付けろって言ってるんだ!」
「自首か?」
「まさか、その逆だよ。告発さ」
そう言い、入ってきた扉の方を見た。
ウェイター軍団が入ってくる気配は無い。向こうの頭に血が登ってなければ、このまま入ってくる事はないはずだ。
客達にショーだと思われているのは、向こうからしても好都合だろう。だが、ひとたび銃撃戦が始まればそれは瓦解する。
捜査の手が伸びれば、破滅は免れない。
今どきは携帯一つで映画が撮れる時代だ。おまけに証拠映像がネットにアップロードされれば、たちまちに拡散され、どんなに上手い言い訳も言い訳の体すら成さない可能性すらある。
客に死人が出れば尚更だ。
出来れば、ほとぼりが冷めるまで……いつ冷めるか分かったものではないが、放っておくのが最適解だと向こうもそのうち気が付くはずだ。
「……ここにいる子供達は、全員、厳重に閉じられた扉の先にあった檻の中に閉じ込められてたんだ」
「はぁ?」
「そうなるのも分かる。だが、ひとまず話の続きをさせてくれ」
「……………………」
机らしき場所に手を付き、また呼吸を落ち着かせる。
「更に言うと、俺達がもってる銃器は、自前じゃなくて、この船のウェイターから奪った代物だ」
「ウェイターから?」
この時、初めて船長以外の船員が口を開いた。その声は震えており、不安そうなのが透けている。
「ああそうだ。嘘じゃねぇ」
「……にわかにゃ信じられんな」
しかし、船長は落ち着き払った態度で俺達を睨んだまま、一秒たりとも視線を外さない。だが、頭ごなしに否定する様な人間でもないらしい。
「この子達がなによりの証拠さ。乗員名簿でも監視カメラでもなんでも使って確かめればいい。俺地が誘拐してきた訳でもないって」
ここまで言うと、乾ききった喉に痰が絡みつき、激しく咳き込んだ。
咳を落ち着かせようと、深呼吸に努めようとした時。
「……そうか」
威厳に満ちた声を発し、船長は俺達に背を向けると幾つもある棚の一つ、そこの引き出しを開け、大きな折りたたみ式のアンテナが付いた一昔前の携帯を出した。
「番号を教えてやる。自分で説明するんだな」
「……ありがとうございます」
「……自分から警察に掛けろって言ったり、肝心な時に咳き込むテロ屋はいないからな」
そう言って船長はニヤリと笑った。
「クッ!」
撃ち返す真似はせず、子供達に手すりに近づくなと伝える。
だが、言ってから気が付いた反射的に英語で言ってしまった事を。すぐさま言い換えようと脳のチャンネルを切り替えようとする。
しかし、驚くべき事に子供達は俺が何を言ったかを理解こそ出来ないだろうが察したようで、手すりの近くにいた子達は皆離れた。
彼等も彼等なりに、生き延びようと必死になっている証拠だ。
大人であり、彼等を生かそうとした責任者である以上、俺も一秒たりとも気が抜けない。
「走れ!」
徐々に迫りくる敵の気配を背中で感じた。相手も必死なのが気配だけで分かる。
たった一階分の階段を上がっただけだが、相手との差はかなり縮まっている。
「早く!」
「分かってる!」
イリナがノブを回し、扉を蹴って身体を晒さない様にして扉を開けた。
待ち伏せの気配は無い。
彼女を先頭にして、子供達が列を成して外に出て行く。
扉の外はちょっとした庭みたいになっていて、奥の方には昨日見たプールがあった。
泳いでいた人々は、銃を持ち幾人もの子供を引き連れている俺達を目の当たりにして、呆然としている。
俺達の動きに合わせ、彼等の首は左から右へと動く。
手を叩いている人も中にはいた。どうやら、俺達の行動を見世物だのショーの一部だと思っているらしい。
それならそれで構わない。
俺達は俺達がすべきことをするだけだ。
「こっちだ!」
俺のすぐ後ろからウェイター軍団の怒鳴り声が聞こえてくる。
試しに後ろを振り向いてみると、俺達が出てきた扉からワラワラと銃を手にした男達が出てきたが、撃ってくる様子は無い。
おそらく、というか絶対だがこの場所には関係ない客が大勢いるからだろう。騒ぎになってネットにでも投稿されたら大事だし、流れ弾が他の客に当たろうものなら目も当てられない事になるからだ。
向こうにとっては不利だが、こっちにとっては好都合だ。弾に当たることを気にせず、ただ走ればいいだけになったのだから。
プールを抜け、ラウンジを抜け、通路に出て『運航関係者以外立入禁止』の文字と、人型に赤の斜線の絵が印されたプレートが貼られた扉をくぐる。
操舵室に入って、酸素を欲する本能のまま息を吸った瞬間、扉一枚隔てた空間の空気があまりにも違っていることに気が付いた。
プールやラウンジの浮かれた空気とは異なり、規律によって引き締められた硬い空気が肺を通ってまた口から出てきた。
操舵室には五人の男がいた。
「誰だ君達は」
その内の船長らしき恰幅のいい初老の男が前に出る。
「見て分からない? ベビーシッターよ」
イリナがしゃあしゃあと言ってのける。
「……馬鹿な事言ってないで、退け。扉見てろ」
俺の息は切れ切れだったが、彼女に話させるよりかは幾らかマシだ。
「すまないが、近くの港まで連絡を付けてくれないか?」
「何?」
「警察なりなんなりに連絡を付けろって言ってるんだ!」
「自首か?」
「まさか、その逆だよ。告発さ」
そう言い、入ってきた扉の方を見た。
ウェイター軍団が入ってくる気配は無い。向こうの頭に血が登ってなければ、このまま入ってくる事はないはずだ。
客達にショーだと思われているのは、向こうからしても好都合だろう。だが、ひとたび銃撃戦が始まればそれは瓦解する。
捜査の手が伸びれば、破滅は免れない。
今どきは携帯一つで映画が撮れる時代だ。おまけに証拠映像がネットにアップロードされれば、たちまちに拡散され、どんなに上手い言い訳も言い訳の体すら成さない可能性すらある。
客に死人が出れば尚更だ。
出来れば、ほとぼりが冷めるまで……いつ冷めるか分かったものではないが、放っておくのが最適解だと向こうもそのうち気が付くはずだ。
「……ここにいる子供達は、全員、厳重に閉じられた扉の先にあった檻の中に閉じ込められてたんだ」
「はぁ?」
「そうなるのも分かる。だが、ひとまず話の続きをさせてくれ」
「……………………」
机らしき場所に手を付き、また呼吸を落ち着かせる。
「更に言うと、俺達がもってる銃器は、自前じゃなくて、この船のウェイターから奪った代物だ」
「ウェイターから?」
この時、初めて船長以外の船員が口を開いた。その声は震えており、不安そうなのが透けている。
「ああそうだ。嘘じゃねぇ」
「……にわかにゃ信じられんな」
しかし、船長は落ち着き払った態度で俺達を睨んだまま、一秒たりとも視線を外さない。だが、頭ごなしに否定する様な人間でもないらしい。
「この子達がなによりの証拠さ。乗員名簿でも監視カメラでもなんでも使って確かめればいい。俺地が誘拐してきた訳でもないって」
ここまで言うと、乾ききった喉に痰が絡みつき、激しく咳き込んだ。
咳を落ち着かせようと、深呼吸に努めようとした時。
「……そうか」
威厳に満ちた声を発し、船長は俺達に背を向けると幾つもある棚の一つ、そこの引き出しを開け、大きな折りたたみ式のアンテナが付いた一昔前の携帯を出した。
「番号を教えてやる。自分で説明するんだな」
「……ありがとうございます」
「……自分から警察に掛けろって言ったり、肝心な時に咳き込むテロ屋はいないからな」
そう言って船長はニヤリと笑った。
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