戦う理由

タヌキ

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図の中

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 誰にも見つかる事無く、入ってきた扉の所まで戻ってくることが出来た。そして分かった。この空間はエリアというより、従業員がフロアを行き来する為の通路に近い。
 通常のフロアを使って移動すると、必然的に客の邪魔になるし遠回りになる事もある。それを防ぐ為の通路だろう。
 がしかし、一つだけ気になる点が。通路の奥の奥、これまた明らかに死角を狙って造られたであろう場所に、カードキーリーダーが付いた鉄戸があった。
 扉には『階段』と書かれたプラスチックのプレートが貼られていたのだが、正直言ってこれはおかしい。
 階段は目に見える位置にあったし、死角に造る必要も無い。更に言えば、カードキーなんて付けてスムーズな行き来の邪魔になる。
 勿論、俺等みたいな悪意ある人間は別としても、こんな所に入る奴はそうはいない。船側も想定していないに違いない。この通路への扉にも鍵が掛かっていなかったのが何よりの証拠だ。
 なのにどうしてその扉だけ、わざわざ人目に付かない様にかつ厳重に閉められているのか。
 答えは一つ。見つけてほしくないし、簡単に開けてほしくないからだ。
 何かやましい物があると、勘繰るのが普通だろう。
「……カードキーかぁ」
「ぶち壊す訳にもいかないし……」
 と同時に、突破方法を考えるのも自然な事だろう。
 一番簡単な方法としては、特定のウェイターからカードキーを拝借する方法だ。
 だがそれはしくじれば一発で荒事に突入する。今回の俺達の行動はあくまで好奇心から来るものであり、最初から戦いに来た訳ではない。
 一番簡単だが、実行するには勇気がいる。
 次はハッキングなりクラッキングなりで機械的に解除する方法。
 これが一番スマートな方法だが、唯一にして最大の問題は、俺もイリナもそういった専門的な技術も道具も持っていないという事だ。なのでこれはナシ。
 残された方法としては、物理的な手段を用いて扉を破壊する手段だ。バールか何か適当な工具を盗んできて、一気にぶっ壊す。
 俺達でも出来る簡単な方法だが、後が一番面倒臭い。上手く事を切り抜けられたらいいが、万が一俺達の仕業だとバレたらエライ事になるのは火を見るより明らかだ。
 ただの鉄戸でも、俺の給料より高いなんて事があり得るかもしれない。
 ……もっとも、それだけで済むなら万々歳だろう。
「どうする?」
「まぁ、まずはリサーチだわな。せめて、階段の先の目星くらいは付けておきたい」
「……という事は?」
「一旦、退散だ。……酒は?」
「やる」
「決まりだな」
 昨晩と同じバーに入るとカウンターではなく、内緒話するにおあつらえ向きな奥まったテーブル席に付いた。
 ウェイターにビールを注文し、ここに来る際に貰ってきた船内の案内図を広げる。俺は先程までいたフロアに指を置き、専用エリアへの扉の位置までなぞった。
「ここから先が、専用エリア……まぁ、通路って呼ぶが」
 もっとも図上の専用エリアの場所は線の一本も引かれておらず、完全な空白だが。
「……てことは、あのカードキーの場所はここね」
 イリナが空白の隅の方に指を置く。このタイミングで注文したビールがお通しサラミと一緒に運ばれてきた。
 一度図から指を離すと、お互いにビールを口に流し込み喉と口を潤す。
「……美味いな」
「……変わった味ね。でも、美味しい」
 俺はビールの銘柄をウェイターに尋ねようとした。しかし、これらを運んできたウェイターはとっくに裏に引っ込んでいた。
 少しだけ寂しさを味わいつつも、俺はもう一度、図を見下ろす。
「『階段』の扉がそこなら……」
 イリナが指を置いていた場所を確認するように自分も指を置き、そこと重なる場所を図で確かめる。
 一つ上はバルコニーというか中庭的な場所があるので、上に階段は伸びていないはずだ。
 なので、下の方の図を見る。
 一つ下のフロアのではその地点は空白。通路か専用フロアだろう。
 二つ下は劇場。ちょうど今の時間、ダンスショーだかが行われている大きな劇場だ。
「空白と劇場、か……」
 顎に手をやり、頭を見せてきた髭を掻く。
「下の方は?」
 イリナがそう指摘する。
「案内図に無いから何とも言えないけれど……倉庫とか、機関室の類じゃないか?」
「……載ってないって事は、そもそも見せる所じゃないって事?」
「そうだろうな」
 専用フロアの空白と理論は一緒である。
「肝になるのは、一つ上の空白と二つ上の劇場ね」
「んだな」
 もう一度ビールを口に含み、唇を湿らせる。
「何が出るか分かったもんじゃないな。刃物が出るかもしれないし、下手すれば鉄砲が出てくる」
 イリナもビールを飲むと、おどけた調子で口を開いた。
「何が出てきても、私達なら大丈夫でしょ」
 能天気、というより無神経とも取れる彼女の発言に俺は呆れてしまった。これまでどうにかなっていたからと言って、これからもそうなるとは限らないのが世の常だ。
 なのに、イリナはそんな事知った事ではないと言わんばかりの顔をしている。
(……これが、若さってヤツなのか?)
 俺が呆然としていると、イリナは更に畳みかけてきた。
「なんだかんだ、生き残ってきたんだから。大丈夫だよ」
「……おう」
 半ば押し切られる形で、俺は返事をしてしまう。返事をしてすぐは複雑な心境だったものの、少し経ってからだと悪い気はしなかった。
(……不思議な女だ)
 サラミを齧っているイリナを見つつ、俺はグラスに残ったビールを呷った。
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