戦う理由

タヌキ

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感傷の中

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 俺達は同じデッキフロアにあった中華料理屋に入る。金を出して好きな物を食べられるレストランは他にも色々とあったが、中華料理というのは何処の国にもあって何処の国でも一定のクオリティーの飯が出される唯一の料理なので、味に関しては安心して食べられるのだ。
 そのせいか、晩飯にしては遅めの時間にも関わらず店内は割と賑わっていた。五分程待たされ、入り口近くの席に案内される。
「中華料理か……」
 席に座りメニューを眺めていると、ヴァンプがボソリと呟いた。
「嫌だったか?」
「いやいや。ただね、今の雇い主が中国の人だからさ」
「ばったり会うかもな」
「やめてよ縁起でもない」
 少しげんなりした顔で手を振る。彼女も彼女なりに苦労しているのだろう。
 メニューから大皿の料理を二・三品選び、主食を俺はチャーハン、ヴァンプはラーメンを頼んだ。酒が入ってフワフワする腹にガツンと何か入れたかったのだ。
 流石にナッツだけでは、酔いを軽くする事はできなかった。
 料理が来るまでの間、彼女の近況を聞いた。彼女は傭兵を辞めてから、アメリカに行って民間警備会社に再就職し、ロサンゼルスに住んでいるらしい。
「なんとかやってるみたいじゃないか」
「まぁね。体張ってる分、実入りはそこそこだけど……。でも、大して楽しくないし、こうして長期の仕事入ってないと毎日が退屈でさ」
「……そういうもんか?」
「そういうもんよ」
 退屈も日常の内と惰性に任せて押し流している身としては、彼女のその感想は何処か羨ましくもある。
「若いっていいねぇ」
「そう?」
「そうさ。お前は、まだまだこれからなんだからさ。何だってできる」
 我ながら爺臭いと思いつつも、若人に向けて励ましの言葉を口にする。
「亮平は?」
「俺はもう無理だよ。さっきも言ったろ、限界が見えたって。『老兵は死なず、ただ去るのみ』って事さ」
「……マッカーサーね」
「そうだ」
「でも、そのマッカーサーのその言葉って退陣せざるを得なくなっての、負け惜しみみたいなものでしょ。潔く去る気持ちとか、微塵もない気がするんだけど」
 鋭いパンチを喰らい、思わず押し黙る。この女は、戦闘時に関しては狂人の一言で済ませられるが、平時においては下手なインテリより鋭い事を言ったりする奴なのだ。
 冷や汗が額に滲み出るのを感じる。働きが悪くなってきた頭を必死に回しながら何か言おうと考えていると、丁度料理が運ばれてきた。
「ご注文の、チャーハンとラーメン。乾焼蝦仁エビチリと回鍋肉と棒棒鶏です」
 中国訛りの英語が聞こえて、内心ホッとする。
 ウェイターが料理が並べている間中、彼女は俺へ突き刺すような目線を向けていた。でも、仕事を終えたウエイターが去ると、僅かに表情を緩め「食べましょ」と言った。
「……怒らないんだな」
 手近にあった棒棒鶏を取り皿に取りつつ、ヴァンプの方を見る。
「怒ったところで、聞かないでしょ。傭兵辞めた時みたいに」
 中々痛い所を突かれた。否定出来ず、かと言って目を背ける事も出来ない現実だ。
 お互いの間に、何処か気まずい空気が流れ出した頃。
「イリナ君?」
 先程のウエイター程ではないにしろ、中国訛りのする英語が頭上に降りかかって来た。
 イリナ――ヴァンプの本名だ。それに興味を引かれ、俺が呼ばれた訳じゃないが顔を上げてみる。するとそこには、何処かで見たことのある中国人が二人のボディーガードを連れて立っていた。
リャンさん……」
 目の前の彼の名前らしき単語を、ヴァンプが口にする。
「晩御飯かい?」
「はい」
「……彼は?」
 梁と呼ばれた男が手で俺を指す。見たとこ三十くらいの男の割には、色が白く細い手だ。しかもその動きもそこはかとない優雅さが備わっていた。
 でも、別に失礼な物言いをされた訳でも指でさされた訳でもないのに、俺の彼に対する第一印象はいけ好かない奴だった。
「昔、傭兵をやっていた頃の戦友です。今日たまたま再会しまして」
「ああ……。昼頃、カジノで君が騒がしかったのは……もしかして?」
「ええ。あの時に」
 梁はその言葉に、人の良い笑みを浮かべながら反応を示す。
「なんだ、そうだったのかい」
 ヴァンプにまた笑顔を投げかけ、今度は俺に視線を向けてくる。
「貴方は……」
「石田と申します」
 会釈しながら簡単に自己紹介をする。
「日本の方でしたか、これはご丁寧に。私は、梁と申します。香港でちょっとした会社をやっております」
 ちょっとした。これは梁なりの謙遜のつもりなんだろうが、なんとなく気に障る言い方だ。
 生っちょろい手に柔らかい物腰は、彼の社会的立場とこれまで歩んできた人生を象徴している様な気がする。必要最低限の努力もしてこなかったような、薄っぺらさが透けて見える様な。
「ここには旅行で来ていましてね。イリナさん――正確には、イリナさんとその同僚の方々はその間のボディーガードなんですよ」
「……旅行なのに、ボディーガードを付けるんですね」
「ええ。物騒な世の中ですからね。いつ何処で危ない目に遭うか分からない以上、こういった備えは必要なんですよ」
 苦笑する梁。言葉に合わせて俺も愛想笑いを浮かべる。
 試しに横目でヴァンプを見て見ると、彼女は真顔になっていた。
(真顔?)
 一秒未満の困惑。ただ、先に彼女が俺の視線に気が付き、真顔を引っ込め代わりに愛想笑いを表情筋の引き出しから出した。
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