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おじいさんと犬
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人間のふりをしたネコは、おじいさんからお金の仕組みや、貴族との付き合い方、経営の基礎など、様々な上流階級の知識を学び、様々な教養を身に付けていきました。
――そんなある日、おじいさんはネコに、金貨のたくさん入った袋を差し出しました。
「君は、これからの世界情勢の変化を見越して、貿易にでも手を出してみたらどうかね? 私が君の出資者になってあげよう。私も、君も、そろそろ、いい頃合いだと思うのだよ」
ネコはこれ以上、おじいさんに嘘はつけないと考え、本当の事を話す決心をしました。
「ご老人、申し訳ないのだケド、本当のことを言わなケレバならないのダ……」
――ネコは、おじいさんの手に前足を乗せて言いました。
「実を言うと、何を隠そうワタクシは、ご老人の友人でもアルが、人間の言葉が話せる犬でもアリ、ご老人と一緒に暮らしている猫のネコでもアルのダ。ズット黙っていて、申し訳ナイ」
おじいさんは、しばしの沈黙の後にゆっくりと口を開き、ネコにこう告げます――
「実を言うとな、私も君に隠し事をしていたのだよ――ネコよ、お前さんが人間のふりをしていることも、猫のふりをしていることも、犬であることも、全部、分かっていたのだよ。私は視力を失って以来、視覚以外の五感が鋭くなっているからね。もちろん、直感も、な」
おじいさんはそう言ってから軽く微笑みました。
――ネコは、おじいさんがどうして騙されているふりをしていたのかを考えます。
ネコは、考えても、考えても、どうしても答えが出ないので、おじいさんに直接聞いてみることにしました。
「老人よ、なぜ黙っていたのだ。吾輩が犬であることを知りながら、なんの疑問も持たずに、ずっと、猫として、人間として、こんなにも滑稽な吾輩に、そんな吾輩にいつも優しく接してきてくれたというのか」
「ネコよ、考えすぎるな。私は、ずっと一人で寂しい思いをしていたのだ。だから、犬でも猫でも人間でも、その容姿なんていうのはどうでもよかったのだよ。犬と会話している姿は、傍から見たら愚かで滑稽に見えるのかもしれない――だが、それよりも、形にとらわれてその真価を見落とすということは、もっと、もっと愚かだ」
おじいさんはネコの返事を待たず、そのまま語り続けました――
「ネコ、お前には私の知識のすべてを与えてきた。そして、次は私の財産のすべてを与えよう。お前にとって、金貨は人間社会への架け橋となるだろう。そして、ネコ、貴方は、いずれ上流階級へと昇りつめ、世界の常識を覆していくことだろう」
ネコの頭にそっと手を置き、少し息継ぎをしたおじいさんは、力強い声で叱咤激励を続けます――
「ネコ、貴方がどれほどの才能を持っていたとしても、貴族たちからは忌み嫌われ、蔑まれることになるでしょう。なぜなら、貴方の種族、容姿、境遇、すべてにおいて、人間社会では通用しないものだからです――それでも私は、君を信じている。気高く、賢い貴方なら……その知恵と教養、そして、類まれなる才能を持つ、ネコ、貴方なら……人間社会でも貴方の尊厳や権利を勝ち取れる日が必ずくる、私はそう信じているよ」
ネコは考えました――
人間の友として、おじいさんと偉業を成し遂げるか――
飼い猫として、おじいさんと平凡な日々を送るか――
孤独な野良犬として、自由気ままに生きるか――
――そうして深く考えた末、ネコは答えに辿り着きました。
犬として偉業を成し遂げ、飼い猫のようにおじいさんと共に貿易商を営みながら、人間の友として世界中を旅して人間社会で成功を収めること――
――こうして、おじいさんと喋る犬のネコは、おじいさんが手配したとても大きな機帆船に乗って世界中を回る旅に出ました。
おじいさんが旅先で語る妻の話は、人々の心の奥深くに根差し、おじいさんの妻は世界中の人々の記憶の中で生き続けています。
世界中を旅する、おじいさんと喋る犬のネコ。その物語は、旅先で出会う多くの人々の記憶に残り、ずっと、ずっと、未来永劫、語り継がれていくのです。
――心優しいおじいさん、そこから始まった小さな親切が野良犬の乾いた心を癒し、ネコという小さな花を咲かせました。
小さな花のネコは、海を越え、山を越え、世界中に慈愛という名の種を蒔き、やがては、人々の、荒んだ心という果てしなく続く渇いた大地に、親切の花を咲かせ続けていくことでしょう――
――そんなある日、おじいさんはネコに、金貨のたくさん入った袋を差し出しました。
「君は、これからの世界情勢の変化を見越して、貿易にでも手を出してみたらどうかね? 私が君の出資者になってあげよう。私も、君も、そろそろ、いい頃合いだと思うのだよ」
ネコはこれ以上、おじいさんに嘘はつけないと考え、本当の事を話す決心をしました。
「ご老人、申し訳ないのだケド、本当のことを言わなケレバならないのダ……」
――ネコは、おじいさんの手に前足を乗せて言いました。
「実を言うと、何を隠そうワタクシは、ご老人の友人でもアルが、人間の言葉が話せる犬でもアリ、ご老人と一緒に暮らしている猫のネコでもアルのダ。ズット黙っていて、申し訳ナイ」
おじいさんは、しばしの沈黙の後にゆっくりと口を開き、ネコにこう告げます――
「実を言うとな、私も君に隠し事をしていたのだよ――ネコよ、お前さんが人間のふりをしていることも、猫のふりをしていることも、犬であることも、全部、分かっていたのだよ。私は視力を失って以来、視覚以外の五感が鋭くなっているからね。もちろん、直感も、な」
おじいさんはそう言ってから軽く微笑みました。
――ネコは、おじいさんがどうして騙されているふりをしていたのかを考えます。
ネコは、考えても、考えても、どうしても答えが出ないので、おじいさんに直接聞いてみることにしました。
「老人よ、なぜ黙っていたのだ。吾輩が犬であることを知りながら、なんの疑問も持たずに、ずっと、猫として、人間として、こんなにも滑稽な吾輩に、そんな吾輩にいつも優しく接してきてくれたというのか」
「ネコよ、考えすぎるな。私は、ずっと一人で寂しい思いをしていたのだ。だから、犬でも猫でも人間でも、その容姿なんていうのはどうでもよかったのだよ。犬と会話している姿は、傍から見たら愚かで滑稽に見えるのかもしれない――だが、それよりも、形にとらわれてその真価を見落とすということは、もっと、もっと愚かだ」
おじいさんはネコの返事を待たず、そのまま語り続けました――
「ネコ、お前には私の知識のすべてを与えてきた。そして、次は私の財産のすべてを与えよう。お前にとって、金貨は人間社会への架け橋となるだろう。そして、ネコ、貴方は、いずれ上流階級へと昇りつめ、世界の常識を覆していくことだろう」
ネコの頭にそっと手を置き、少し息継ぎをしたおじいさんは、力強い声で叱咤激励を続けます――
「ネコ、貴方がどれほどの才能を持っていたとしても、貴族たちからは忌み嫌われ、蔑まれることになるでしょう。なぜなら、貴方の種族、容姿、境遇、すべてにおいて、人間社会では通用しないものだからです――それでも私は、君を信じている。気高く、賢い貴方なら……その知恵と教養、そして、類まれなる才能を持つ、ネコ、貴方なら……人間社会でも貴方の尊厳や権利を勝ち取れる日が必ずくる、私はそう信じているよ」
ネコは考えました――
人間の友として、おじいさんと偉業を成し遂げるか――
飼い猫として、おじいさんと平凡な日々を送るか――
孤独な野良犬として、自由気ままに生きるか――
――そうして深く考えた末、ネコは答えに辿り着きました。
犬として偉業を成し遂げ、飼い猫のようにおじいさんと共に貿易商を営みながら、人間の友として世界中を旅して人間社会で成功を収めること――
――こうして、おじいさんと喋る犬のネコは、おじいさんが手配したとても大きな機帆船に乗って世界中を回る旅に出ました。
おじいさんが旅先で語る妻の話は、人々の心の奥深くに根差し、おじいさんの妻は世界中の人々の記憶の中で生き続けています。
世界中を旅する、おじいさんと喋る犬のネコ。その物語は、旅先で出会う多くの人々の記憶に残り、ずっと、ずっと、未来永劫、語り継がれていくのです。
――心優しいおじいさん、そこから始まった小さな親切が野良犬の乾いた心を癒し、ネコという小さな花を咲かせました。
小さな花のネコは、海を越え、山を越え、世界中に慈愛という名の種を蒔き、やがては、人々の、荒んだ心という果てしなく続く渇いた大地に、親切の花を咲かせ続けていくことでしょう――
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