喋る犬のネコ

おじいさんの友達

　喋しゃべる犬いぬのネコとおじいさんはいつも仲良なかよし。
　でも、盲目もうもくのおじいさんは、ネコが犬いぬであることを知しりません。
　
　なぜなら、ネコは、『ワンワン』とは鳴なかず、『ニャ～ニャ～』と鳴なくからです。
　
　ネコは日々ひび、おじいさんを観察かんさつしています。
　時折ときおり、老人ろうじんについて考かんがええたりもします。
「ふむ……彼かれは、どんな生いき方かたをしてきて、どんな過去かこがあるのだろう？　これだけ立派りっぱな家いえを持もっているのに、なぜ誰だれも寄よりつ付つかないのだろう？」

　ネコから見みる人間にんげんは、みんな群むれで暮くらしています。
　その群むれから外はずれたおじいさんのことを、ネコは不思議ふしぎに思おもいました。
　そして、それがとても気きになりました。

　ネコはある日ひ、老人ろうじんの家いえにある書斎しょさいにコッソリと潜もぐり込こみました。
　そこは埃ほこりまみれで、何年なんねんも人ひとが立たち入いった形跡けいせきがありません。

　ネコは音おとを立たてないように、慎重しんちょうに行動こうどうします。
　
　興味本位きょうみほんいで、近ちかくに置おいてある本ほんを開ひらいてみました。
　残念ざんねんながら、ネコには、人間にんげんの言葉ことばが理解りかいできても、人間にんげんの使つかう文字もじまでは理解りかいできません。
　
　――埃ほこりまみれの机つくえには鍵かぎのかかった引ひき出だし。
　引ひき出だしが気きになったネコは、鍵かぎを探さがしてみましたがどこにも見当みあたりません。
　
　ネコは引ひき出だしを開あけるのを諦あきらめて、机つくえの上うえで埃ほこりをかぶって並ならんでいる日記にっきを、一冊いっさつだけ持もち出だすことに決きめました。
　丁寧ていねいに引ひっ張ぱり出だし、埃ほこりを払はらってから、その日記にっきを口くちに咥くわえて、コッソリとおじいさんのところまで持もって行いきます。
　
「にゃ～ん」

　ネコは、おじいさんに気きがついてもらえるよう、甘あまい鳴なき声ごえを出だしました。

「おお、どうした、ネコや。なんだい、これは？」

　おじいさんは、ネコの持もってきたものを手てで探さぐっています。
　
「これは確たしか、書斎しょさいに置おいてあった私わたしの日記にっきではないかね？　どうしてこんなものを……」

「にゃ～ん……」

「私わたしの目めが、まだちゃんと見みえていた頃ころはよく日記にっきを書かいていてね――妻つまがね、いつも言いっていたんだよ……『たとえ、私わたしの記憶きおくが失うしなわれてしまっても、貴方あなたの日記にっきを毎日まいにち読よむことで、私わたしは貴方あなたの記憶きおくを取とり戻もどします』とね」

　ネコは、おじいさんの話はなしを聞きいて、なんだか胸むねの奥おくがズキズキと痛いたむのを感かんじました。

　ネコがまだ小《ちい》さかった頃ころは、仲間なかまの野良犬のらいぬたちと一緒いっしょに暮くらしていました。
　季節きせつの流ながれと共ともに、一匹いっぴき、また一匹いっぴきと仲間なかまが減へっていき、やがて、ネコは独ひとりぼっちになりました。
　ネコは、そんな仲間なかまたちとの思おもい出でが、懐なつかしいと感かんじていました。

　――その日ひ、ネコはおじいさんの気持きもちに『共感きょうかんする』ということを学まなんだのです。
　
　日記にっきを手てに取とって、ただ、じっと動うごかないおじいさんはこう呟つぶやきます。

「ああ、もう一度いちど、妻つまの日記にっきを読よみたい……」

　――ネコは考かんがえました。
　老人ろうじんのために、人間にんげんの文字もじを覚おぼえよう、と。

　その日ひから、ネコはコッソリと家いえを抜ぬけ出だしては、小ちいさな子供こどもの住すむ家いえから本ほんを少すこしだけ借かりてくるようになりました。
　そうして、ちょっとずつ、ちょっとずつ、人間にんげんの文字もじを理解りかいすることができるようになっていったのです。
　
　もちろん、読よみ終おえた本ほんはちゃんと元もとの家いえに返却へんきゃくしに行いくのでした。
　
　こうしてネコは、本ほんを読よめるようになりました。
　
　次つぎは、老人ろうじんに本ほんをどう読よみ聞きかせてあげるかを考かんがえました。
　
　――そうだ、友達ともだちになろう。
　
　そう思おもい立たったネコは、手始てはじめに、おじいさんの家いえのドアをノックしました。
　
「はい、どちら様さまかな？　」

　おじいさんが出でてきました。
　
「にゃ～ん」

　ネコは猫ねこの声こえを出だします。

「おや、ネコじゃないか」

　おじいさんがネコの声こえを聞きいたところで、すかさずネコは人間にんげんの言葉ことばで話はなします。

「ご老人ろうじん、おたくの猫ねこで間違まちがいないでしょうカナ？　迷子まいごになっておったのでネ、ワタクシが直々じきじきに連つれてきたのでゴザイマス」

　ネコは精一杯せいいっぱい、聞ききかじった言葉ことばを使つかいながら状況じょうきょうを伝つたえました。
　おじいさんは、おかしな喋しゃべり方かたをする客まろうどだと思おもったに違ちがいありません――

「それは、それは、わざわざありがとうございます。さあ、中なかに入はいってお茶ちゃでも召めし上あがっていってください」

「それデハ、お言葉ことばに甘あまえ仕つかまつる」

　ネコはおかしな言葉ことばを喋しゃべりながらも、人間にんげんのふりを続つづけました。

「はて、やけに身軽みがるな方かたですな？　足音あしおとを全まったく立たてずに歩あるけるのは感心かんしんいたします」

「ワタクシ、とても細ほそくて、とても小柄こがらなニンゲンでしてね。靴くつもトクチュウなので足音あしおとが出でないのですヨ」

「なるほど、それは失礼しつれいいたしました」

　――はたして、ネコとおじいさんは、ちゃんと友達ともだちになれるのでしょうか？