やはり、父になれず。

ヤマノ トオル/習慣化の小説家

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第四章 やはり、何者にもなれず。

第17話 やはり、妻には敵わず。

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心療内科から帰る道中、運転をしながら雪乃は浮かない顔をしていた。

「何か言われた?」

徹は気になって問いかけた。

「話を聞いてあげてくださいね、って」

「そうか」

確かに雪乃には仕事の話も趣味の話もすることはなかった。
というのも、昔は仕事の話をしたかったが雪乃が乗り気ではないように思えたので、いつからかしなくなった。

趣味の話や曲作りの話も興味がないことは分かっている。

そもそも互いに何か話そうとしても娘達が割り込んできて、話の腰を折られることがほとんどである。

娘達が生まれる前は、夜に二人で映画を観てゆったりと話しながら過ごしたものだった。

その頃は徹も曲作りに意欲的ではなく、時間を楽しむことに使っていた。

必要なものを必要な分だけ集めながら生きるのも悪くないんじゃない?

結婚前に、SNSで曲を投稿しても伸び悩んでいた徹が「夢を諦める」と口にした時、雪乃が言った言葉だ。

その言葉通り、平穏に、幸せに過ごしていた時期もあった。

しかしいつからか、必要のないものばかりを追いかけ、必要なものを見失っていた。

「ごめん、俺は父親になれていなかった」

気付けばそう呟いていた。

それを聞いた雪乃は答える。

「父親になろうとしなくても父親なんだから、もっと気楽にいれば良いじゃん」

確かに雪乃の言う通りである。

別に自分が何をしても、何をしなくても、娘達にとって徹が父親であることに変わりはない。

「やっぱり雪乃には敵わないよ」

「私だって母親としてはまだ新米だし、本当はもっと良いお母さんになれたら良いなとは思うけど、実際は無理なもんは無理よ。私は私として娘達と向き合っているつもりだよ、もちろんあなたともね」

「そうか」

あー、、、

東京で夢を追っていた頃は何者でもなかった。

結婚をして宮城に引っ越して来てからは雪乃の夫として家族と世間に馬鹿にされないように生きてきた。
仕事では主任になり、SNSで知名度が上がってからは作曲家だ。
そして娘が生まれ、父親となった。

徹はいつも自分が何者かでなければならないと思っていた。
何者かでいなきゃ価値がないと思っていた。
でも実際はどうだ?
ただ怖かっただけなんじゃないか?

そう、山下徹として生きることから逃げていただけなんじゃないか?

その疑問が自分自身の心を打ち抜いた。

身体中に衝撃が走った。

「俺は、、」

自分は何者でもない、価値がないと思っていた。
しかし最初から俺は山下徹であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

雪乃が愛してくれていたのは、旦那としてカッコつけた男でもなく、父親として苦虫を噛みながら苦悩する男でもなく、山下徹その人なのだ。

「何者でもなくて、良いのか?」

助手席から空を見上げ、ぼんやりと呟く。

「何者になろうとしなくても、何者かになっちゃってるんだから、あなたらしくいれば良いじゃない?昔から私はあなたの考えていることは小難しくて理解出来ないけどさ、後先なんて考えずに歌っていたあなたは生き生きとしていたことだけは覚えてるよ」

「そうか」

心に溜まっていた何かが、スッと消えていくのを感じた。

「これからも色々と面倒をかけると思うけど、よろしく頼む」

「それはお互い様でしょ」

流れ落ちる涙が、処方箋の袋を濡らしていた。
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