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第二章 夢のために
第8話 未来のために
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曲作りに時間を使いたいが、仕事には行かなければならない。
今日も徹は出勤していた。
徹は精神疾患を持つ方々の職業指導員として働いている。
今日も利用者と共に清掃作業を行うのであった。
六人の利用者を引き連れて、企業から委託されたビルの清掃を行っていると、一人の利用者に声をかけられた。
「山下さん、俺思うんですけど、人生に意味なんてないと思うんです」
そう言ったのは40歳の義幸(よしゆき)さんだ。
義幸さんは利用者の中でも一番よく働き、周りが見えていて頭も良いので職員からも信頼されている人物だ。
しかし、ギャンブル依存症でパチンコが辞められず、負けてお金がなくなると自暴自棄モードに突入することが多々ある。
「急にどうした?」
拭き掃除をしながら横目で義幸さんを見た。
モップの手を止めて眉間に皺を寄せながら一点を見つめている。
そして言葉を続けた。
「パチンコも、今やってるこの仕事も結局意味ないんですよ。俺達精神障害者の未来に希望なんてないんですから」
この台詞は状態が悪くなった義幸さんの定番の台詞だった。
いつもなら受け止めて傾聴を続ける徹だったが、今日の徹は違った。
「自分の未来に希望がないと思っている奴に、たまたまラッキーで希望が訪れるわけないだろ」
義幸さんはその言葉を聞き、驚いた様子だった。
「どういうことですか?」
「変化を恐れて今の生活に甘んじてる奴の未来が良いものに変わるわけないだろってことよ」
義幸さんは戸惑っている様子だった。
おそらく想像とは違う言葉が返ってきたからだろう。
少しの沈黙の後、義幸さんが口を開いた。
「やっぱり精神障害者の未来に希望なんてないってことですよね」
捻くれた様子の義幸さんに徹は本心を言おうか迷ったが、決心した。
「確かに健常者よりも不利な部分はある。でも実際、障害の有無は関係ない。自分の人生をどうしたいか、そうなるために今どうすべきか、変化を恐れずに努力を続けた人だけが望む未来を手に入れることが出来る。健常者でもそれが出来ない人は多いし、そういう人達は現状にブツブツ文句を言いながら寿命を迎える。もちろん精神に病を抱えている人達は病状の安定が最優先だから目指す未来に到達するのが遅れる可能性はある。でも遅れるだけで、不可能ではない。手を伸ばさなきゃ、希望なんてない」
流石に言い過ぎたか?
言い終えたのと同時に少しだけ後悔した。
だが、義幸さんは頷きながら作業を再開した。
「分かってるんですけどね、多分皆分かってるんですけど怖いんですよ」
「怖い怖いと怯えていたら、未来は何も変わらない、時には立ち向かわなければ」
「山下さんは怖くないんですか?」
「同級生達が就職する中、音楽の道を選んだイカれた男だよ、恐怖なんてものはとうの昔に捨てた」
「凄いですよね、山下さんって」
「いや、凄くないんだよ、まだ何者にもなれていない。ミュージッククリエイターになろうとはしてるけど、まだなれないし、父親にもなりきれない、中途半端な男よ」
「いや、凄いですよ。子供を育てながら仕事もして夢を追う勇気もある。俺こそ何者でもないですよ、家族もいないし、こうやって就労支援を受けながらパチンコで金を溶かすだけですから」
義幸さんは深くため息をついた。
「義幸さんはさ、この先の自分の人生をどうしていきたいの?例えば誠司さんはこのままグループホームで生活保護をもらいながらゲームを楽しめればそれで良い、とにかくストレスがないように生きたいってこないだ言ってたじゃん?義幸さんはあの時何も言ってなかったからさ」
誠司さんという人は義幸さんとよく一緒に作業をする利用者である。
人はそれぞれどう生きていきたいかが違う、就労訓練として通所している利用者も全員が一般就労を目指しているわけではない。
グループホームという複数人の利用者とお世話人さんが常駐している守られた空間で過ごすことが心地良いと思っている人は多い。
就労訓練で得た収益は、大体皆ジュース代で消える。
義幸さんの場合はせっかく稼いだお金をパチンコに溶かしてしまう。
本人がその生き方で満足しているならそれで良い、だがもし本当は違う生き方をしたいのであれば、応援したかったし、彼なら違う生き方が出来ると確信していた。
「俺も本当は一般就労して、一人暮らしをして、あわよくば結婚して、普通の人としての暮らしをしたいです」
「じゃあそこを目指そうぜ、今から」
義幸さんはモップの手を止め、徹を見た。
「いや~でも、生活保護が切れるのは怖いし、今は就労訓練ということでたまに静養しても許される状況ですけど、、、それに、もしおかしくなったとしても山下さんがいるから大丈夫っていう安心感もあるんです。この環境から抜け出すのは怖いですね」
新しい環境に飛び込むのは誰だって怖い。
自分も一人で東京に飛んだ時、結婚して宮城に引っ越した時は怖かった。
それでも現状を変えるには不安だらけでも飛び込むしかなかった。
「今のまま死ぬまでぬるま湯に浸かることを否定してるわけじゃない、そういう人生もアリだと思うし、傷付くくらいならそのまま生きたいっていう気持ちは誰もが分かると思う。でも、現状を変えたいなら挑むしかない!他に方法があれば良いけど、誰もが今を変える時、すなわち未来を変える時は自分と戦うことになるんだ」
熱い演説が義幸さんの心に響いたかは分からない。
それでも彼は頷き、モップをかけ始めた。
「俺は一般就労したいです。一人暮らしをして普通の生活をしたい」
少し熱くなりすぎたか、そう思った徹だったが義幸さんの言葉を聞いて安堵した。
「良いね、人生はいつだってこれからよ。互いに夢を叶えよう」
気がつくと二人は握手を交わしていた。
今日も徹は出勤していた。
徹は精神疾患を持つ方々の職業指導員として働いている。
今日も利用者と共に清掃作業を行うのであった。
六人の利用者を引き連れて、企業から委託されたビルの清掃を行っていると、一人の利用者に声をかけられた。
「山下さん、俺思うんですけど、人生に意味なんてないと思うんです」
そう言ったのは40歳の義幸(よしゆき)さんだ。
義幸さんは利用者の中でも一番よく働き、周りが見えていて頭も良いので職員からも信頼されている人物だ。
しかし、ギャンブル依存症でパチンコが辞められず、負けてお金がなくなると自暴自棄モードに突入することが多々ある。
「急にどうした?」
拭き掃除をしながら横目で義幸さんを見た。
モップの手を止めて眉間に皺を寄せながら一点を見つめている。
そして言葉を続けた。
「パチンコも、今やってるこの仕事も結局意味ないんですよ。俺達精神障害者の未来に希望なんてないんですから」
この台詞は状態が悪くなった義幸さんの定番の台詞だった。
いつもなら受け止めて傾聴を続ける徹だったが、今日の徹は違った。
「自分の未来に希望がないと思っている奴に、たまたまラッキーで希望が訪れるわけないだろ」
義幸さんはその言葉を聞き、驚いた様子だった。
「どういうことですか?」
「変化を恐れて今の生活に甘んじてる奴の未来が良いものに変わるわけないだろってことよ」
義幸さんは戸惑っている様子だった。
おそらく想像とは違う言葉が返ってきたからだろう。
少しの沈黙の後、義幸さんが口を開いた。
「やっぱり精神障害者の未来に希望なんてないってことですよね」
捻くれた様子の義幸さんに徹は本心を言おうか迷ったが、決心した。
「確かに健常者よりも不利な部分はある。でも実際、障害の有無は関係ない。自分の人生をどうしたいか、そうなるために今どうすべきか、変化を恐れずに努力を続けた人だけが望む未来を手に入れることが出来る。健常者でもそれが出来ない人は多いし、そういう人達は現状にブツブツ文句を言いながら寿命を迎える。もちろん精神に病を抱えている人達は病状の安定が最優先だから目指す未来に到達するのが遅れる可能性はある。でも遅れるだけで、不可能ではない。手を伸ばさなきゃ、希望なんてない」
流石に言い過ぎたか?
言い終えたのと同時に少しだけ後悔した。
だが、義幸さんは頷きながら作業を再開した。
「分かってるんですけどね、多分皆分かってるんですけど怖いんですよ」
「怖い怖いと怯えていたら、未来は何も変わらない、時には立ち向かわなければ」
「山下さんは怖くないんですか?」
「同級生達が就職する中、音楽の道を選んだイカれた男だよ、恐怖なんてものはとうの昔に捨てた」
「凄いですよね、山下さんって」
「いや、凄くないんだよ、まだ何者にもなれていない。ミュージッククリエイターになろうとはしてるけど、まだなれないし、父親にもなりきれない、中途半端な男よ」
「いや、凄いですよ。子供を育てながら仕事もして夢を追う勇気もある。俺こそ何者でもないですよ、家族もいないし、こうやって就労支援を受けながらパチンコで金を溶かすだけですから」
義幸さんは深くため息をついた。
「義幸さんはさ、この先の自分の人生をどうしていきたいの?例えば誠司さんはこのままグループホームで生活保護をもらいながらゲームを楽しめればそれで良い、とにかくストレスがないように生きたいってこないだ言ってたじゃん?義幸さんはあの時何も言ってなかったからさ」
誠司さんという人は義幸さんとよく一緒に作業をする利用者である。
人はそれぞれどう生きていきたいかが違う、就労訓練として通所している利用者も全員が一般就労を目指しているわけではない。
グループホームという複数人の利用者とお世話人さんが常駐している守られた空間で過ごすことが心地良いと思っている人は多い。
就労訓練で得た収益は、大体皆ジュース代で消える。
義幸さんの場合はせっかく稼いだお金をパチンコに溶かしてしまう。
本人がその生き方で満足しているならそれで良い、だがもし本当は違う生き方をしたいのであれば、応援したかったし、彼なら違う生き方が出来ると確信していた。
「俺も本当は一般就労して、一人暮らしをして、あわよくば結婚して、普通の人としての暮らしをしたいです」
「じゃあそこを目指そうぜ、今から」
義幸さんはモップの手を止め、徹を見た。
「いや~でも、生活保護が切れるのは怖いし、今は就労訓練ということでたまに静養しても許される状況ですけど、、、それに、もしおかしくなったとしても山下さんがいるから大丈夫っていう安心感もあるんです。この環境から抜け出すのは怖いですね」
新しい環境に飛び込むのは誰だって怖い。
自分も一人で東京に飛んだ時、結婚して宮城に引っ越した時は怖かった。
それでも現状を変えるには不安だらけでも飛び込むしかなかった。
「今のまま死ぬまでぬるま湯に浸かることを否定してるわけじゃない、そういう人生もアリだと思うし、傷付くくらいならそのまま生きたいっていう気持ちは誰もが分かると思う。でも、現状を変えたいなら挑むしかない!他に方法があれば良いけど、誰もが今を変える時、すなわち未来を変える時は自分と戦うことになるんだ」
熱い演説が義幸さんの心に響いたかは分からない。
それでも彼は頷き、モップをかけ始めた。
「俺は一般就労したいです。一人暮らしをして普通の生活をしたい」
少し熱くなりすぎたか、そう思った徹だったが義幸さんの言葉を聞いて安堵した。
「良いね、人生はいつだってこれからよ。互いに夢を叶えよう」
気がつくと二人は握手を交わしていた。
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