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第二章 夢のために

第6話 チャンスのために

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徹はいつものように感情を殺した冴えない毎日を過ごしていた。

この世の中の人々は皆レールの上を走っている。

大学に行き、就職して結婚して、子育てをして、楽に時間を潰せる趣味に勤しみ死んでいく。

そんな可能性も面白味もないレールの上なんて真っ平ごめんだ!と思っていた徹だったが、何度脱線しようとも常識というレールの引力に引き戻されてしまう。

このレールに乗っているのも楽ではない、日々肉体と精神をすり減らしながら過ごし、疲弊して眠る。

意識して脱線しなければおそらく自分もこのレールに乗ったまま死んでいくのであろう。

だからこそ最後の抵抗として徹は曲を作り続けるのだ。

もしかしたら何者かになれるかもしれないという可能性に期待してコツコツ努力を積み重ねる日々を過ごす。

例え疲労がピークに達し、レールの上で甘んじて眠ってしまいそうになったとしても。

ピロン

スマホの通知音で目が覚める。

どうやら曲作りの最中にいつの間にか居眠りをしていたようだ。

友達も知り合いも少ない徹のスマホにメールが届くこと自体が珍しい。

聞き覚えのない通知音に身体が反応して起きたのだろう。

徹は霞む視界に突き刺さるブルーライトを受けながら、メールを開いた。

そこに書かれていたのは、アイドルキングダム3の追加コンテンツとなる楽曲の制作依頼だった。

徹は迷惑メールじゃないかと何度も見返した。
送信元についても調べた。

しかし正真正銘の本物である。

内容としては、こないだ作った楽曲[夢のトビラ]が制作依頼のキッカケになったとのことだった。
依頼したい曲数は五曲、曲のイメージなどもつらつらと書かれていた。

「一曲、25万!?」

正直、作詞作曲編曲でお金を貰ったことがない徹にとって、曲の相場は分からない。
しかし、この金額はとても高いように思えた。

25万という数字は今の仕事の月収を上回っていたからである。

もし今回の案件で認められれば、継続して仕事を貰える可能性がある。
そうなれば夢のミュージッククリエイターとして生きるという未来に手が届く。

その可能性が見えただけでも徹の心は踊っていた。

夢に向かってコツコツと努力を積み重ねてきて良かった。
誰にも理解されなかった、誰も理解しようとしてくれなかった、仕事に行き、金を稼ぎ、父親としての職務を全うすること以外許されないこの世の中で、自分は異端者だった。
その孤独に耐え続け、それでも未来に手を伸ばした、可能性に手を伸ばし続けた。

それがようやく報われた気がした。

ざまぁみろ!今までバカにしてきた者達よ。
その中には妻の雪乃、妻の家族も含まれていた。

この案件を受けないわけがない、ようやく命をかけて挑戦したいものが見つかったのだから。

それに、アイドルキングダムは昔からファンとしてプレイしていた。
自分の大好きな作品に関わることが出来るなんて、これ以上に幸せなことはない。

徹は迷いなくメールを返信した。

やることが明確になった。

何を差し置いてでも曲を作らなければならない。

鳥籠の扉が開いたような気分だった。

大空を羽ばたいて良いのだ、もう閉じ込められながら目的もなく生きる必要はない。

自由な時間がない生活を送っていた徹にとって、作曲の時間というのはごく僅かだった。

他の作曲家は作曲で金を稼ぎ、時間を存分に注力することが可能である。

しかし、このちっぽけな翼でも、他の怪鳥達のように高みを目指す必要がある。

飼い主がどんなに高級な餌を用意しようと振り返らないと心に決めていた。

大空へと飛び立ったヒヨッコ徹は小さな翼で懸命に羽ばたいた。

鳥籠の中を飛ぶよりも、外の世界はずっと難しかった。

今までは自由に作りたい曲を作っていたが、今は違う。
作るべき曲の雰囲気やコンセプトがあり、お金を貰うという重圧から細部までこだわる必要がある。

今までの曲作りよりも時間をかける必要があり、集中する必要があった。

「ただいま~!」

鳥籠の方から声が聞こえる、ということはもう夕方か。
二体の怪獣達がヒヨッコを喰らおうと思索していることだろう。
しかしそれは叶わない。
何故なら徹は空にいるからだ!

徹はすぐに自室の鍵をかけ、地上(一階)からの音をシャットダウンした。

悪いが俺は仕事中だ、邪魔をするな。

頭の中にメロディと歌詞が降りてくる、どうやら空の彼方で待っている神様すらも味方をしてくれているようだ。

徹は冷め切ったコーヒーを一気に飲み干し、PCのキーボードを叩いてコードを打ち込んだ。

作詞作曲というお金にならない活動を続けていて本当に良かったと心から思った。

これまで自分を認めてくれたSNSのファンの皆、オファーをくれたアイドルキングダムの関係者の方々、元を辿ればアイドルキングダムを好きになるキッカケをくれたオタクの友人、かつて音楽というものを切磋琢磨し合った音楽仲間達。

全てに感謝の気持ちが湧き上がってきた。

必ず良いものを作って有名になってやる。

そうすれば雪乃も子供達も、雪乃の家族も自分を認めてくれるに違いない。
そして大金を手にして褒めてもらおう。

そんなことを考えていたら、尚更モチベーションが高まった。

音楽を作るのは楽しい、心からそう思えた瞬間だった。
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