やはり、父になれず。

ヤマノ トオル/習慣化の小説家

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第一章 自由に生きられず

第5話 妻の期待に応えられず

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「よし、終わった~!!」

徹は開放感に包まれていた。

水曜の午後、ようやく渾身の一曲が完成し、徹は曲名欄に[夢のトビラ]と打ち込んだ。

徹の仕事は水曜と日曜が休みである。

しかし日曜は娘達がいるので楽曲制作は出来ない、よって集中出来るのは水曜の夕方までだ。
何故なら夕方になれば小さな怪獣達が帰還するからである。

一息つく間もなく、SNSや動画投稿サイトに新曲を拡散する。

するとすぐに沢山のリアクションが返ってくる。

最初の頃は投稿せど投稿せど音沙汰もなかった。
しかし今となっては徹の楽曲を待ち望んでいる顔も知らない誰かがいる。

一通りのリアクションを確認して、徹は満足気にゲームの電源をつけた。

今日は新作のゲーム、アイドルキングダム3の発売日である。
もちろん無印からプレイしている徹はダウンロード版でダウンロード済みだ。
しかしプレイするためには曲を完成させなければならないというセルフ制限をつけて、この休日に突入した。

徹の作戦通り、見事楽曲制作をクリアしゲームの世界へと没頭することが出来る。

お祝いに酒でも飲もうか、徹は一階の冷蔵庫へと向かった。

酒好きの妻と違い、徹は基本的にお酒を飲まない。
酔うことによって脳のパフォーマンスが下がると思っているからだ。
毎日頭の中で考え事や作詞作曲をしている者にとって、脳のパフォーマンスの低下は致命的である。

しかし今日くらいはいいだろう、渾身の新曲が完成し、念願のゲームの発売日なのだから。

徹は適当に並んであるレモンサワーを手に取り、口を開けた。
そしてゴクゴクと長い一口を堪能する。

「くぅ~!!!最高!!!!」

ガツンと染み渡るこの感覚は悪くない。

徹はお酒を飲んでも基本的に変わらないが、雪乃は酒癖が悪く、お酒を飲むと機嫌が悪くなる。
最近は特にそれが顕著だ。

疲れているのは分かるが、少しは自制心を保ってほしいものである。

しかしそんなことは今はどうでもいい。

アイドルキングダムが俺を待っている。

アイドルキングダムは個性豊かな女の子達をトップアイドルに育て上げる、アイドル育成シュミレーションゲームである。

もちろんゲームとしても面白いのだが、何よりも曲が良い。
アイドルに歌わせる曲を選んでデビューさせるシステムなため、ライブのシーンや練習のシーンで何度も曲を聴くこととなる。
歌詞、メロディライン、コードや編曲も合わせてとても素晴らしい。

そう思っているのは徹だけではない。

アイドルキングダム2が発売した時には、日本の音楽再生数ランキングで、有名アーティスト達と並んでアイドルキングダムの曲がランクインしている時期があったほどだ。

今の時代はSNSの影響力が大きく、ゲームやアニメのバズり方は尋常じゃない。
一昔前までは音楽ランキングは歌手やバンドだけのものだった。
今は他の業界も狙える、なんなら一般人でさえバズりさえすればランクインすることがあるくらいだ。

徹もSNSで有名になることを夢見ていた。

実際今でもある程度の知名度を手にしている。
フォロワー数は一万人を超えているのだ。

ある程度の評価をもらえるが、バズったことはない。

今回完成した[夢のトビラ]という曲は、そんな自分の心境を書き殴った作品となっていた。

自分にはこれしかない、曲作りで有名になるしか道がない。

たった一度の人生だ、何者かになりたいんだ!!

熱くなった気持ちのまま、4K画面に映し出されるアイドル達を育てるのであった。

四時間後

スマホの着信が鳴り、画面を確認すると[雪乃]と表示されていた。

ゲームに没頭していた徹にとっては数十分の感覚だったが、もう四時間も経過していたらしい。

徹はスマホを手に取り通話ボタンを押した。

「はいはい、どーした?」

「ちょっと残業になりそうで、あーちゃん達のお迎え行ける?」

雪乃は近所のスーパーでレジ打ちのパートをしている。
パートで残業ってどういうこと?そんなことを思いながら徹は時計を見た。

確かにもう小さな怪獣達が帰還する時間である。

「あー、ごめん。昼間から珍しく酒飲んじゃってて、運転出来ないわ」

曲の完成祝いにお酒を飲んでしまったことを思い出した。
迎えに行けないという事実を聞き、少しの間、雪乃は沈黙していた。

「、、、はーい、了解です」

ブチ

明らかに機嫌が悪くなったことを把握したが、お酒を飲んでしまったという事実は消せないのでお迎えには行けない。

「ふぅ~、、、俺が悪いのか?」

徹は大きくため息をついた。

そしてまた悪者になった気分になり、罪悪感に襲われる。

この状態になると何も行動することが出来なくなってしまう。
先程まで全力で楽しんでいたゲームもやる気が起きず、徹は人をダメにするクッションに横になり、ただ天井を眺めていた。

何分こうしていただろうか?

玄関のドアが開く音がして、怪獣達の駆ける足音が響き渡る。

徹は嫌々階段を降り、父親業務を開始する。

「おかえり、お迎えに行けなくてごめんね」

子育てという仕事において上司である雪乃に謝罪をする。

「大丈夫」

雪乃は徹と違って、腹が立ったことを引きずるタイプではない。
電話越しのあからさまなため息が嘘のように、雪乃は答えた。

「パパただいま!!」

すぐに可愛い怪獣達に囲まれ、熱い抱擁を交わす。

この時間が永遠に続けば良いのにと、この一瞬だけは思う。

しかしすぐに地獄はやってくる。

「お菓子食べたい!!」

灯の一言に風花も賛同し出す。

「ふーちゃんも、お菓子、食べたーい!!」

「ご飯食べてからにしたら?」

決まり文句を言い放つも、こんな言葉では奴等を撃退することは出来ない。

「えー!!だってママが良いって言ってたよ!」

「あ、そうなの?じゃあ良いよ」

上司からの許可が降りているのであれば、それを拒否する権限は自分にはない。

「やったー!!!」

灯はお菓子のありかを知っているのだろう。
真っ先にキッチンへと走り出した。
その後ろを追いかけるように風花も走り出す。

別室からリビングへとやってきた雪乃がその光景を見て口を開いた。

「お菓子はご飯食べてからでしょ!」

その言葉を聞いて灯はまさかの反論をする。

「だって、パパが食べて良いって言ってたよ!!」

「ダメに決まってるでしょ!ご飯食べてからにしなさい」

雪乃は徹を睨みつけた。

「いやいや、ママが食べて良いって言ってたって言うから」

「言うわけないでしょ」

まんまと嵌められた徹は上司からも見放されてしまう。

「え~嫌だ嫌だ!お菓子食べたい~!あぁ~!」

「ふーちゃんも食べた~い!」

願望叶わず、二体の怪獣は咆哮をあげる。

ネガティブな空気を一気にリビングに撒き散らし、雪乃の怒りゲージと徹の絶望ゲージは一気に高まる。

「あーもう、面倒くさいことになった!」

雪乃はあたかも徹が悪いかのように言い放ち、夕飯の支度を始めた。

このままキッチンで怪獣が暴れることによって、準備が捗らず、雪乃を中心に爆弾が投下されることだろう。
それだけは避けねばならぬ!

徹は先頭に立つ騎士が如く、二対の怪獣のヘイトを請け負うため声を上げた。

「二人とも~パパと遊ぶか~」

感情のこもっていない弱々しい声では怪獣達は見向きもしない。

「絵本読むかぁ!」

未だに怪獣達の咆哮は止まない。

「もう、うるさい!YouTube見てて!」

雪乃の言葉に怪獣達は鎮まり、テレビの前へと走り出した。

どんな言葉をかけても泣き止まなかったのに、YouTubeというワードを聞いて一瞬で泣き止んだ。

子供達にとってはパパとの遊びよりもYouTubeが上なのである。

「あーちゃんがやるの!」

「ふーちゃん、やるの!」

次はリモコンの奪い合いが始まる。

実際には風花はまだリモコン操作が出来ない、しかし姉の灯と同じことが出来ると思っていて真似をしているのだ。

「もう、知らない!ふーちゃんはあっちいって!」

姉の力に負け、風花は泣きながらその場に倒れ込んだ。

「うわぁー!あぁ~あ~!」

泣き叫ぶ風花を抱き上げ、灯に注意をする。

「乱暴に奪い取らないで、順番に見たいの見れば良いじゃない?」

「、、、、、」

灯は聞こえていないフリをしているのか、テレビに集中していて本当に聞こえていないのか返事はない。

「まぁいいや、ふーちゃんはパパと絵本読むか」

「うん」

本はまだ良い。
子供向けの絵本とはいえストーリーがあって面白い。
我が強い灯とは違い、風花は穏やかな性格である。

徹にも我が強い姉がいた。
生まれた瞬間から常に姉の下にいて、自分の主張よりも姉の横暴が優先された。

親になった今、二番目の娘に贔屓するわけではないが、自分のような悲しい想いはさせないようにしようと思っていたが、それがなかなか難しい。

長女という生き物は親が制御できる生物じゃないのだ。

四歳にしてこの家族の女王として君臨していると言っても過言ではない。

風花と絵本を読んでいる。

しかし二歳の風花は文章よりも絵が気になるようでどんどんページをめくっていく。

「すると、鬼は、、、あぁ、ふーちゃんまだ読んでないよ」

ページを戻そうとするも風花は怒り、ページを先へと進ませる。

ビリビリ!

二歳の力でも絵本のページは簡単に破けてしまう。

「あ!壊れちゃった!」

風花の目に涙が溜まっていく。

「まぁいいよ、文章を読む必要がないならパパが一緒に読まなくても良いよね」

徹はソファへと移動しようと立ち上がった。

「ダメ!絵本読むの!」

風花は怒り、絵本を投げつけて来た。

二歳とは思えないナイススローにより、硬い絵本の角が徹の眼鏡に直撃する。

パキッ

鋭い音を立てて、眼鏡にヒビが入った。

「、、、、いいかげんにしろよ」

心の声が小さな肉声となって放たれる。

しかしその声は誰にも聞こえていない。

風花は泣きながら違う絵本を持って来た。

風花の泣き声に腹を立てた灯が声を荒げる。

「うるさい!聞こえない!」

そもそも絵本を読むことになったのはお前がリモコンを独占したからだろ。

沸々と怒りが湧き上がる。

心があってはもたない。

心を殺すべきだ、徹は心からそう思った。

それからは感情をゼロにして風花との絵本見学の時間を過ごすのだった。

どれくらいの時間が経ったか、とても長い時間が経ったように思える。

テーブルには夕食が並べられ、雪乃が声をかける。

「はい、ご飯出来たよ」

風花は読んでいた絵本を投げ捨て、テーブルへと駆け出す。

徹は投げ捨てられた絵本を片付け、灯に声をかける。

「灯、ご飯だからそろそろ終わりにしよう」

「嫌だ」

「ご飯の時はテレビにするっていう約束でしょ?」

「だって観たいんだもん!」

「じゃあもうYouTubeは禁止にします」

「えー!嫌だ!パパなんて嫌い!」

「嫌いでもいい、ルールはルールだ」

灯は嫌々リモコンを操作して地上波の番組を流し、椅子に座った。

「いただきます」

静かに夕食の時間を過ごせると思ったのも束の間、灯が口を開く。

「ジュースは!?」

「はいはい」

徹は女王様の命令に従い、冷蔵庫からジュースを取り出し、二つのコップに注ぐ。

「ふーちゃんも!」

そう言われるのは分かっている。

「ふーちゃんのも用意したよ」

二人のコップをテーブルに置き、早速食べ始めようとしたその時、女王様がまた口を開く。

「え~ふーちゃんの方が多いじゃん!」

決して多くはない、風花のコップの方が細いのでそう見えるだけである。

「多くないよ、同じだよ?」

そう言っても理解してもらえるはずがない。

「ズルい!あーちゃんもいっぱい飲みたいのに!」

灯は風花のコップを取ろうとした。
しかし自分の物を取られまいと風花もコップをしっかりと掴んでいる。

「分かったからやめて!灯のジュースを足せば良いんでしょ?」

徹の必死の制止も虚しく、案の定コップはひっくり返り、ジュースがテーブルや床にぶち撒けられた。

一部始終を見ていた雪乃がため息をつき、口を開いた。

「もう、何やってんの」

おそらくその言葉は娘達に対してではなく、徹に対して放たれたということを分かっていた。

「、、、、ごめん」

徹はグッと言葉を飲み込み、怒りを鎮め、ベタベタになった床を拭き始めた。



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