やはり、父になれず。

ヤマノ トオル/習慣化の小説家

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第一章 自由に生きられず

第3話 妻の家族と馴染めず

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世の中には、誰かと一緒じゃなきゃ生きられない人もいれば、一人の時間がなければ生きられない人もいる。

徹は断然後者である。

しかし子供の成長にとって、親以外の人と関わることはとても良いことだと思うので、結婚を機に妻の実家がある宮城へと越してきたのだった。

そのため徹は現在九人暮らしである。
山下家は徹、雪乃、灯、風花。
妻の母である美智子(みちこ)、妻の兄、妻の弟、妻の祖父母と共に暮らしている。

唯一、一人の時間を過ごせる場所は二階の寝室であるが、妻の家族の目があるため子供達を一階に放置して自由な時間を享受することは難しい環境だった。

子育ては向いていない、しかし良い父親のフリをしなければならない。
そうしなければ摩擦が起きる、他の家族というものは生きてきた文化が違うのだ。
異質なものが混ざると和が乱れ、空気が悪くなる。
この集団に属するためには徹が合わせるのが定石というものだろう。

徹の日々のルーティンは仕事に行き、帰宅後は一階にて良いパパを演じ続ける。
そして娘達が眠るのを待つ、それの繰り返しだ。

徹の実家は北海道にある、地元と東京に友達はいるが、もちろん宮城に知人はおらず、孤独な日々を過ごしていた。
当初はそれで良いと思っていた。
自分は一人が好きだということと、子供の成長と妻の負担を考えたら妻の地元に住むことが最良の選択だと確信していたからだ。

しかし、今はそうは思わない。

結婚をしたことや子供達に出会えたことを後悔しているわけではない。
心から家族を愛している。
それでも、こんな生活を望んでいたわけではない。

夢を追うことも難しく、ただただロボットのように仕事に行き生活費を稼ぎ、帰ってきてからは子供達の奴隷となる。
たまには一人で飲みにでも行こうか?たまには一人でギャンブルで散財しちゃおうか?
そんなことが頭をよぎるが、妻の家族の目を気にし、仕事終わりはいつも真っ直ぐに帰宅する。

子育てが終われば仕事が終わった後の時間は自由に過ごせるはずだ。
そう心の中で日々唱えながら耐え忍んでいる。
しかし、子育てが終わるのはいつなのだ?

妻の雪乃は三人目が欲しいと言っている。

徹は何とかその要望を断っているが、子供は三人欲しいと当初から言っていたことと、早く定職に就いてキャリアを積みたい雪乃の気持ちを考えると早いうちにその要望を叶えるべきだと思う。

まだまだ手がかかるとは思うが、経験上小学校に行くようになればある程度自立して過ごすようになるだろうか。
仮に三人目が来年生まれたとしたら、少なく見積もってもあと七年はこのルーティンが続くことになる。

実際はもっと長いかもしれない。

そう考えれば考えるほどに、自分の人生ってこんなはずじゃなかったなぁと思うのだ。

徹は無駄に長い風呂洗いを終えて、ようやくリビングへと戻る。
そもそも家事という職場に関しては妻の母である美智子がボスなので徹が手伝っても問題ないのは風呂洗いのみなのだ。

娘達がキッチンで遊び出し、イラついている美智子がいた。

雪乃が中学生の頃に美智子は離婚し、それからはシングルマザーで三人の子供を育て上げた。
仕事をしながら家事も掃除もその日のうちに終わらせる几帳面な人だ。

普段は娘達にとって優しいお婆ちゃんだが、時に空気をひりつかせる。
キッチンに邪魔が入るとそれが顕著に表れる。

「こら、危ない危ない!!キッチンに来ないで、今茶碗洗ってるんだから!!雪乃!!子供達何とかして!!」

別室で洗濯物を畳んでいる雪乃を呼ぶが、おそらく雪乃には聞こえていない。
目の前に徹がいたとしても美智子は徹を頼ることはない。
それはおそらく徹への気遣いなのだろうが、その気遣いが徹の心を騒つかせる。

「ほら、あーちゃんふーちゃん、あっちで遊ぼうよ」

徹の誘導を無視して灯はオタマを振り回し、風花はボウルを被ってはしゃいでいる。

「おいでおいで、こっちで遊ぼうよ。ほら見て!二人が好きなテレビ始まったよ」

イラついている美智子の表情を見て、徹は必死に娘達を誘導する。

しかし徹の努力も虚しく、遂に美智子が声を上げた。

「もう!邪魔!!あっち行ってて!!」

美智子の怒った声に風花は怯え、慌てて徹の元へと走ってきた。

しかし灯は反発するように美智子に食ってかかる。

「もう!怒らないで!!ばあばなんてもう知らない!!」

「知らなくて結構!!キッチンで遊ばないでください!」

灯、やめてくれ。

徹は心の中でそう呟いていた。

「あーちゃんはお姉ちゃんなんだからふーちゃんの見本にならなきゃいけないの!!あーちゃんがダメなことばかりするからふーちゃんもそれを真似するの、分かる!?」

美智子の言葉に徹は拳を握りしめる。
お姉ちゃんという責任はどこにもない、まるで全て灯が悪いような言い方に徹は異議を唱えたかった。
しかし、立場上それが出来ない。
この家では徹の立場はとても低い、妻の母が権力者であり次に妻の雪乃が実権を握っている。

もうやめてくれ、灯!!

徹は祈るように二人の言い合いを見ていた。

「あーちゃんは悪くない!!ふーちゃんが悪いんだから!!そんなこと言うならばあばなんて出て行って!!」

その言葉を聞き、洗い物の手を止めた美智子を見て、徹は叫んだ。

「灯!!ばあばになんてこと言うんだ!!謝りなさい!!」

徹の怒鳴り声に灯の目一杯に溜まっていた涙が溢れ出した。

「もういい!!知らない!!うわぁぁぁああ!!!」

灯は駆け出し、雪乃がいる別室へと向かった。

「うわぁあん!!あぁあああ!!」

姉が怒られている姿を見て悲しくなったのか、何故か風花まで泣きだし、灯を追いかけるようにリビングを出た。

心が締め付けられるように痛かった。

別に灯に対して怒りは全くない。
むしろ徹は美智子に怒りたかったのだ。
しかしそれが出来ないから、せめて美智子から灯を守るために灯を怒鳴りつけた。

情けない、そう思うが仕方ない。
灯に謝りたいが言葉が見つからない。
慰めてしまうと辻褄が合わなくなる、今徹は父親としてばあばに対する無礼について叱ったのだから。

そのうちに娘達と共に雪乃がリビングにやってきた。

「何があったか知らないけど、泣かせないでよ。面倒くさい」

雪乃は徹を見ることなく呟いた。

「いや、、、、ごめん」

言い訳はここで噛み殺すしかない。
それがこの家での自分の立場なのだ。

灯を守ったつもりだが、灯がそれを知るわけもなく、娘達はパパを睨みつけていた。

「ちょっとお腹痛いわ」

そんな嘘をついて、徹はトイレに逃げ込んだ。
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