3 / 20
第一章 自由に生きられず
第3話 妻の家族と馴染めず
しおりを挟む
世の中には、誰かと一緒じゃなきゃ生きられない人もいれば、一人の時間がなければ生きられない人もいる。
徹は断然後者である。
しかし子供の成長にとって、親以外の人と関わることはとても良いことだと思うので、結婚を機に妻の実家がある宮城へと越してきたのだった。
そのため徹は現在九人暮らしである。
山下家は徹、雪乃、灯、風花。
妻の母である美智子(みちこ)、妻の兄、妻の弟、妻の祖父母と共に暮らしている。
唯一、一人の時間を過ごせる場所は二階の寝室であるが、妻の家族の目があるため子供達を一階に放置して自由な時間を享受することは難しい環境だった。
子育ては向いていない、しかし良い父親のフリをしなければならない。
そうしなければ摩擦が起きる、他の家族というものは生きてきた文化が違うのだ。
異質なものが混ざると和が乱れ、空気が悪くなる。
この集団に属するためには徹が合わせるのが定石というものだろう。
徹の日々のルーティンは仕事に行き、帰宅後は一階にて良いパパを演じ続ける。
そして娘達が眠るのを待つ、それの繰り返しだ。
徹の実家は北海道にある、地元と東京に友達はいるが、もちろん宮城に知人はおらず、孤独な日々を過ごしていた。
当初はそれで良いと思っていた。
自分は一人が好きだということと、子供の成長と妻の負担を考えたら妻の地元に住むことが最良の選択だと確信していたからだ。
しかし、今はそうは思わない。
結婚をしたことや子供達に出会えたことを後悔しているわけではない。
心から家族を愛している。
それでも、こんな生活を望んでいたわけではない。
夢を追うことも難しく、ただただロボットのように仕事に行き生活費を稼ぎ、帰ってきてからは子供達の奴隷となる。
たまには一人で飲みにでも行こうか?たまには一人でギャンブルで散財しちゃおうか?
そんなことが頭をよぎるが、妻の家族の目を気にし、仕事終わりはいつも真っ直ぐに帰宅する。
子育てが終われば仕事が終わった後の時間は自由に過ごせるはずだ。
そう心の中で日々唱えながら耐え忍んでいる。
しかし、子育てが終わるのはいつなのだ?
妻の雪乃は三人目が欲しいと言っている。
徹は何とかその要望を断っているが、子供は三人欲しいと当初から言っていたことと、早く定職に就いてキャリアを積みたい雪乃の気持ちを考えると早いうちにその要望を叶えるべきだと思う。
まだまだ手がかかるとは思うが、経験上小学校に行くようになればある程度自立して過ごすようになるだろうか。
仮に三人目が来年生まれたとしたら、少なく見積もってもあと七年はこのルーティンが続くことになる。
実際はもっと長いかもしれない。
そう考えれば考えるほどに、自分の人生ってこんなはずじゃなかったなぁと思うのだ。
徹は無駄に長い風呂洗いを終えて、ようやくリビングへと戻る。
そもそも家事という職場に関しては妻の母である美智子がボスなので徹が手伝っても問題ないのは風呂洗いのみなのだ。
娘達がキッチンで遊び出し、イラついている美智子がいた。
雪乃が中学生の頃に美智子は離婚し、それからはシングルマザーで三人の子供を育て上げた。
仕事をしながら家事も掃除もその日のうちに終わらせる几帳面な人だ。
普段は娘達にとって優しいお婆ちゃんだが、時に空気をひりつかせる。
キッチンに邪魔が入るとそれが顕著に表れる。
「こら、危ない危ない!!キッチンに来ないで、今茶碗洗ってるんだから!!雪乃!!子供達何とかして!!」
別室で洗濯物を畳んでいる雪乃を呼ぶが、おそらく雪乃には聞こえていない。
目の前に徹がいたとしても美智子は徹を頼ることはない。
それはおそらく徹への気遣いなのだろうが、その気遣いが徹の心を騒つかせる。
「ほら、あーちゃんふーちゃん、あっちで遊ぼうよ」
徹の誘導を無視して灯はオタマを振り回し、風花はボウルを被ってはしゃいでいる。
「おいでおいで、こっちで遊ぼうよ。ほら見て!二人が好きなテレビ始まったよ」
イラついている美智子の表情を見て、徹は必死に娘達を誘導する。
しかし徹の努力も虚しく、遂に美智子が声を上げた。
「もう!邪魔!!あっち行ってて!!」
美智子の怒った声に風花は怯え、慌てて徹の元へと走ってきた。
しかし灯は反発するように美智子に食ってかかる。
「もう!怒らないで!!ばあばなんてもう知らない!!」
「知らなくて結構!!キッチンで遊ばないでください!」
灯、やめてくれ。
徹は心の中でそう呟いていた。
「あーちゃんはお姉ちゃんなんだからふーちゃんの見本にならなきゃいけないの!!あーちゃんがダメなことばかりするからふーちゃんもそれを真似するの、分かる!?」
美智子の言葉に徹は拳を握りしめる。
お姉ちゃんという責任はどこにもない、まるで全て灯が悪いような言い方に徹は異議を唱えたかった。
しかし、立場上それが出来ない。
この家では徹の立場はとても低い、妻の母が権力者であり次に妻の雪乃が実権を握っている。
もうやめてくれ、灯!!
徹は祈るように二人の言い合いを見ていた。
「あーちゃんは悪くない!!ふーちゃんが悪いんだから!!そんなこと言うならばあばなんて出て行って!!」
その言葉を聞き、洗い物の手を止めた美智子を見て、徹は叫んだ。
「灯!!ばあばになんてこと言うんだ!!謝りなさい!!」
徹の怒鳴り声に灯の目一杯に溜まっていた涙が溢れ出した。
「もういい!!知らない!!うわぁぁぁああ!!!」
灯は駆け出し、雪乃がいる別室へと向かった。
「うわぁあん!!あぁあああ!!」
姉が怒られている姿を見て悲しくなったのか、何故か風花まで泣きだし、灯を追いかけるようにリビングを出た。
心が締め付けられるように痛かった。
別に灯に対して怒りは全くない。
むしろ徹は美智子に怒りたかったのだ。
しかしそれが出来ないから、せめて美智子から灯を守るために灯を怒鳴りつけた。
情けない、そう思うが仕方ない。
灯に謝りたいが言葉が見つからない。
慰めてしまうと辻褄が合わなくなる、今徹は父親としてばあばに対する無礼について叱ったのだから。
そのうちに娘達と共に雪乃がリビングにやってきた。
「何があったか知らないけど、泣かせないでよ。面倒くさい」
雪乃は徹を見ることなく呟いた。
「いや、、、、ごめん」
言い訳はここで噛み殺すしかない。
それがこの家での自分の立場なのだ。
灯を守ったつもりだが、灯がそれを知るわけもなく、娘達はパパを睨みつけていた。
「ちょっとお腹痛いわ」
そんな嘘をついて、徹はトイレに逃げ込んだ。
徹は断然後者である。
しかし子供の成長にとって、親以外の人と関わることはとても良いことだと思うので、結婚を機に妻の実家がある宮城へと越してきたのだった。
そのため徹は現在九人暮らしである。
山下家は徹、雪乃、灯、風花。
妻の母である美智子(みちこ)、妻の兄、妻の弟、妻の祖父母と共に暮らしている。
唯一、一人の時間を過ごせる場所は二階の寝室であるが、妻の家族の目があるため子供達を一階に放置して自由な時間を享受することは難しい環境だった。
子育ては向いていない、しかし良い父親のフリをしなければならない。
そうしなければ摩擦が起きる、他の家族というものは生きてきた文化が違うのだ。
異質なものが混ざると和が乱れ、空気が悪くなる。
この集団に属するためには徹が合わせるのが定石というものだろう。
徹の日々のルーティンは仕事に行き、帰宅後は一階にて良いパパを演じ続ける。
そして娘達が眠るのを待つ、それの繰り返しだ。
徹の実家は北海道にある、地元と東京に友達はいるが、もちろん宮城に知人はおらず、孤独な日々を過ごしていた。
当初はそれで良いと思っていた。
自分は一人が好きだということと、子供の成長と妻の負担を考えたら妻の地元に住むことが最良の選択だと確信していたからだ。
しかし、今はそうは思わない。
結婚をしたことや子供達に出会えたことを後悔しているわけではない。
心から家族を愛している。
それでも、こんな生活を望んでいたわけではない。
夢を追うことも難しく、ただただロボットのように仕事に行き生活費を稼ぎ、帰ってきてからは子供達の奴隷となる。
たまには一人で飲みにでも行こうか?たまには一人でギャンブルで散財しちゃおうか?
そんなことが頭をよぎるが、妻の家族の目を気にし、仕事終わりはいつも真っ直ぐに帰宅する。
子育てが終われば仕事が終わった後の時間は自由に過ごせるはずだ。
そう心の中で日々唱えながら耐え忍んでいる。
しかし、子育てが終わるのはいつなのだ?
妻の雪乃は三人目が欲しいと言っている。
徹は何とかその要望を断っているが、子供は三人欲しいと当初から言っていたことと、早く定職に就いてキャリアを積みたい雪乃の気持ちを考えると早いうちにその要望を叶えるべきだと思う。
まだまだ手がかかるとは思うが、経験上小学校に行くようになればある程度自立して過ごすようになるだろうか。
仮に三人目が来年生まれたとしたら、少なく見積もってもあと七年はこのルーティンが続くことになる。
実際はもっと長いかもしれない。
そう考えれば考えるほどに、自分の人生ってこんなはずじゃなかったなぁと思うのだ。
徹は無駄に長い風呂洗いを終えて、ようやくリビングへと戻る。
そもそも家事という職場に関しては妻の母である美智子がボスなので徹が手伝っても問題ないのは風呂洗いのみなのだ。
娘達がキッチンで遊び出し、イラついている美智子がいた。
雪乃が中学生の頃に美智子は離婚し、それからはシングルマザーで三人の子供を育て上げた。
仕事をしながら家事も掃除もその日のうちに終わらせる几帳面な人だ。
普段は娘達にとって優しいお婆ちゃんだが、時に空気をひりつかせる。
キッチンに邪魔が入るとそれが顕著に表れる。
「こら、危ない危ない!!キッチンに来ないで、今茶碗洗ってるんだから!!雪乃!!子供達何とかして!!」
別室で洗濯物を畳んでいる雪乃を呼ぶが、おそらく雪乃には聞こえていない。
目の前に徹がいたとしても美智子は徹を頼ることはない。
それはおそらく徹への気遣いなのだろうが、その気遣いが徹の心を騒つかせる。
「ほら、あーちゃんふーちゃん、あっちで遊ぼうよ」
徹の誘導を無視して灯はオタマを振り回し、風花はボウルを被ってはしゃいでいる。
「おいでおいで、こっちで遊ぼうよ。ほら見て!二人が好きなテレビ始まったよ」
イラついている美智子の表情を見て、徹は必死に娘達を誘導する。
しかし徹の努力も虚しく、遂に美智子が声を上げた。
「もう!邪魔!!あっち行ってて!!」
美智子の怒った声に風花は怯え、慌てて徹の元へと走ってきた。
しかし灯は反発するように美智子に食ってかかる。
「もう!怒らないで!!ばあばなんてもう知らない!!」
「知らなくて結構!!キッチンで遊ばないでください!」
灯、やめてくれ。
徹は心の中でそう呟いていた。
「あーちゃんはお姉ちゃんなんだからふーちゃんの見本にならなきゃいけないの!!あーちゃんがダメなことばかりするからふーちゃんもそれを真似するの、分かる!?」
美智子の言葉に徹は拳を握りしめる。
お姉ちゃんという責任はどこにもない、まるで全て灯が悪いような言い方に徹は異議を唱えたかった。
しかし、立場上それが出来ない。
この家では徹の立場はとても低い、妻の母が権力者であり次に妻の雪乃が実権を握っている。
もうやめてくれ、灯!!
徹は祈るように二人の言い合いを見ていた。
「あーちゃんは悪くない!!ふーちゃんが悪いんだから!!そんなこと言うならばあばなんて出て行って!!」
その言葉を聞き、洗い物の手を止めた美智子を見て、徹は叫んだ。
「灯!!ばあばになんてこと言うんだ!!謝りなさい!!」
徹の怒鳴り声に灯の目一杯に溜まっていた涙が溢れ出した。
「もういい!!知らない!!うわぁぁぁああ!!!」
灯は駆け出し、雪乃がいる別室へと向かった。
「うわぁあん!!あぁあああ!!」
姉が怒られている姿を見て悲しくなったのか、何故か風花まで泣きだし、灯を追いかけるようにリビングを出た。
心が締め付けられるように痛かった。
別に灯に対して怒りは全くない。
むしろ徹は美智子に怒りたかったのだ。
しかしそれが出来ないから、せめて美智子から灯を守るために灯を怒鳴りつけた。
情けない、そう思うが仕方ない。
灯に謝りたいが言葉が見つからない。
慰めてしまうと辻褄が合わなくなる、今徹は父親としてばあばに対する無礼について叱ったのだから。
そのうちに娘達と共に雪乃がリビングにやってきた。
「何があったか知らないけど、泣かせないでよ。面倒くさい」
雪乃は徹を見ることなく呟いた。
「いや、、、、ごめん」
言い訳はここで噛み殺すしかない。
それがこの家での自分の立場なのだ。
灯を守ったつもりだが、灯がそれを知るわけもなく、娘達はパパを睨みつけていた。
「ちょっとお腹痛いわ」
そんな嘘をついて、徹はトイレに逃げ込んだ。
20
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
じゃあ、苺のパフェで!
まりあ
恋愛
高校卒業し、高校からの彼氏も
いて順風満帆に見えた茜だが
製菓学校に進学し
ある日、あの場所で
「じゃあ、苺パフェで!」
と言ったその瞬間から同じ学校の湊くんの魅力と闇を感じていく。
紀尾井坂ノスタルジック
涼寺みすゞ
恋愛
士農工商の身分制度は、御一新により変化した。
元公家出身の堂上華族、大名家の大名華族、勲功から身分を得た新華族。
明治25年4月、英国視察を終えた官の一行が帰国した。その中には1年前、初恋を成就させる為に宮家との縁談を断った子爵家の従五位、田中光留がいた。
日本に帰ったら1番に、あの方に逢いに行くと断言していた光留の耳に入ってきた噂は、恋い焦がれた尾井坂男爵家の晃子の婚約が整ったというものだった。

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
伊緒さんのお嫁ご飯
三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。
伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。
子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。
ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。
「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。
「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる