やはり、父になれず。

ヤマノ トオル/習慣化の小説家

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第一章 自由に生きられず

第1話 忙しい日常に慣れず

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4Kテレビのブルーライトが眼鏡に反射している。
日曜の昼間からカーテンを閉め切り、幻想的な世界が目の前に広がっている。

山下徹(やましたとおる)は二階の自室にて、長い時間遊んだテレビゲーム[神殺しの怪物と六人の約束]をプレイしていた。

いくつもの困難を乗り越え、ラスボスを倒し、感動のムービーシーンの最中、突如下の階から娘の声が響き渡る。

「パパー!!!!早く下に来て!!」

ああ、耳障りだ。
そう心の中で呟きながら、この瞬間しか味わうことの出来ない物語のクライマックスに集中していた。

「うわぁぁーーん!!うわぁあ!!!!」

「もう!!ふーちゃんが悪いんでしょ!!」

テレビ画面に集中したいが娘達の声により集中が途切れる。
どうやら下の階では二人の姉妹が喧嘩をしているようだ。

4Kテレビには苦楽を共にした仲間達が抱擁するシーンが映し出されている。

徹は心から込み上げる言葉に出来ない感情が溢れ出し、目に涙を浮かべていた。

その時、下の階から妻の声が響く。

「うるさい!!あんた達が騒ぐから何も手につかない!!」

その怒鳴り声を聞いて、目に溜まっていた涙は一瞬で引いていった。

「はぁ、、、」

徹は深くため息をつき、本来ならば号泣する予定だった感動のクライマックスをただ眺めていた。

もう二度とこの感動を味わうことはないだろう。

仲間達との絆、手に汗握るラスボスとの戦い、そしてようやく倒した後の感動のムービーシーン。

結末が気になっていたが、絶対にYouTubeで検索することはしなかった。

この感動を味わうためだ。

しかし、その感動も現実の喧騒に掻き消される。

「はいはい、俺のせいですよね」

徹は虚しく流れるエンドロールをそのままに、下の階へと降りた。

「パパ!!遅い!!何回も呼んだのに何で来ないの!?」

体全身を使いながら怒りを露わにしているのは長女の灯(あかり)である。

「ごめん、聞こえなかった」

そう言い訳をするも、灯の怒りは収まらない。

「うわぁあん!!!パーパ~!!!」

泣きついてきたのは次女の風花(ふうか)だ。

「ふーちゃんはなんで泣いてるの?」

徹の問いかけに風花は覚えたての日本語で頑張って説明を開始する。

「あーちゃんが、、、ふーちゃんのおもちゃ、とったの!!」

その言い分に姉の灯はたかだか二歳差のアドバンテージを存分に使い、鬼の形相で風花へと距離を詰める。

「いっつもふーちゃんが使ってるから良いでしょ!!だって!!、、だってふーちゃんがぁあああ!!!!」

話しながら、遂に灯も泣き出した。

「うわぁあああああん!!!!!」

ネガティブな感情を撒き散らした轟音の合唱が突如として始まる。

「はぁ、、、、そんな理由で俺のたった一度の感動を奪ったのか」

徹はその後言葉を発さず、リビングへと歩き出した。

そこへ洗濯物を畳み終えた妻の雪乃(ゆきの)がやってきた。

雪乃の眉間には皺が寄り、今にも苦言を発しそうな雰囲気である。

「いや~ゲームがいいところでさ、なかなかやめられなかったんだ」

事実ながらも苦し紛れの言い分を聞き、雪乃は明白なため息をついた。

雪乃は何も言わずに子供達の昼食の用意を始める。

先程までゲームを楽しんでいた自分は、今ここで子供達を落ち着かせなければならない。
そんな義務感と罪悪感を感じながら、徹は子供達をあやし始めた。

あやしながらも心の中で疑問を唱える。

この義務感は何なのだ?
この罪悪感は何なのだ?
たまにやりたいことをやることが悪なのか?
自分は悪者なのか?

あやしているうちにいつものことながら、娘達の矛先は何故か徹へと向かう。

「もう、うるさい!パパあっちいって!!!」
「パパ嫌い!!」

灯の真似をして風花にまで敵対視される。
そして二人は先程まで喧嘩していたにも関わらず、突然仲良く遊び出すのだ。

「仲直り出来たなら良いか」

そう呟いてリビングのソファに腰掛けると、雪乃は不満気に徹を睨んでいた。

その視線を感じ、徹はゆっくりと立ち上がる。

おそらく一緒に遊んであげろというメッセージなのだろう。
しかし二人は仲良く遊んでいる。
先程二人に暴言を吐かれた徹としては、悪役を演じ、平和が訪れ、クランクアップしたつもりだったのだ。

「遊ぶかぁ」

徹の言葉に娘達は嬉しそうに駆け寄って来た。
先程の敵対視はどこに行ったのだろうか?
彼女達の情緒はどうなっているのだろうか?
先程暴言を受けたことを覚えている自分はどう対応したら良いのだろう?

様々な疑問が頭を巡りながら、徹は娘達とおままごとを開始した。

おままごとは徹にとって一番苦手な遊びである。
何故ならゴールと目的がないからだ。
絵本の読み聞かせならば読み切るというゴールがある、積み木ならば如何に上手く積むか、考える余地がある。

おままごとは難しい、役柄を真剣に考えて演じても、小さな監督に違うと言われる。
永遠に与えられる食べ物やら飲み物を「美味しい」と言いながら頬張るだけの役なのだ。
しかし頬張るだけの役として手を抜いて演じては、監督からの演技指導が入る。
表情豊かに心から「美味しい!!」と言う必要がある。
それを何十回、何百回と同じシチュエーションを繰り返すのだ。

「美味しい!!」

口ではそう言い、それっぽい表情をしているが、心の中ではいつも、この時間には何の意味があるのだろうか?と自分に問いかけている。

一日は二十四時間だ、定職に就いている人は毎日十時間近くの時間を労働に使っている。
子供がいる親達は帰宅後数時間子育てに時間をとられる。

子供が寝てから自由時間、山下家ではそれが大体PM10時からだ。

そこから趣味と夢のために時間を注ぎ込む。
そんな毎日では満足出来るわけがない、時間が圧倒的に足りない。

「パパはちょっとゲームやってくる」

夜は音楽制作に集中したい、この時間は娘達の遊びに付き合うのではなく、自分の趣味を楽しみたい。

そう思って立ち上がると、娘達は一斉に泣き出し、徹は嫌々役者に戻るのであった。
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