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ヘイスレイブ王国編
第26話 ツグルの秘密
しおりを挟む目を開けると、そこは小さな木の家だった。
ガラス瓶や大釜には謎の液体がグツグツと煮えている。壁いっぱいの本棚には読めない文字の本が隙間なく敷き詰められていた。
ムー「ようこそ僕の城へ」
ヘイスレイブ城の玉座の間から転送魔法で飛んできたのは、どうやらムーの住処らしい。
城というには小さすぎる、ただの木の家だ。
ムー「ここでは自由に過ごすといい。だがひとつだけ絶対に守ってもらうルールがある」
ムーはユラユラと宙に浮いたまま、独り言のようにつぶやく。
ムー「実験器具に触れるな、本に触れるな、とにかく散らかすな。埃ひとつ見つけ次第てめぇらを殺す。分かったな?」
とてつもない殺気に当てられ、三人は返事をすることすら出来なかった。
ツグルを背負うモモは危うく体制を崩しかける。
少しの沈黙の後
ダイス「ひとつじゃねぇじゃん」
ダイスがモモに耳打ちをした。
余計なこと言わないでと言わんばかりにモモは眉間に皺を寄せ、睨みつける。
ムー「なんか言ったか?」
ダイス「何も言っていません!」
ムー「まぁ好きに過ごせ、僕はやることがある。その褐色の坊やをそこに寝かせろ」
指を指す方向を見ると、そこには血だらけのベッドがあった。鎖や金具による拘束具も完備してある所謂実験用ベッドのようなものだ。
セリア「あの、、、ツグルに何をする気ですか?」
三人の表情は強張っている。
ムー「そう構えるな、そいつは僕の助け無しじゃそのまま死んじまうぜ?」
ダイス「え!ツグル死ぬのか!?やっぱりツグル死んじまうのか!?おい!!!」
ムー「黙れクソガキ、僕が助けてやるって言ってんだ。おいポッチャリ、さっさとその怪物をそこに寝かせろ」
ポッチャリと呼ばれたモモは不服ながらもツグルをベッドに寝かせた。
ムー「さっさと始めちまうか」
ムーがそう言い指を鳴らすと、拘束具が一斉に動き出した。
口には鎖が、手足には手錠がなされ、無抵抗なツグルを縛り付ける。
セリア「本当に大丈夫なのでしょうか」
ムー「さぁな」
ムー「こいつが纏う魔力の色は明らかに異常だ、過去に何かしらの実験をされたに違いない。それで五体満足に動けてんのが更に異常だ」
ムーは数センチ宙に浮いたまま淡々と話す。
ムー「この僕ですら両足と左手を失ってるってのに」
ダイス「失ってる??」
失ってると言うものの、長いローブに包まれる両足と手は目視出来ない。
ムー「正確には無くなったわけじゃない、ただ、腐って動かねぇんだ。ほら見せてやる」
ムーはそう言いながら、右手で左の袖を捲った。
セリア「!、、、、」
三人は言葉を失った。
ムーの左腕は褐色を通り越して真っ黒であった。
ユラユラと揺れる身体に合わせてぶら下がっているだけだ。
ムー「いいか、こいつの肌の色は日焼けによるものなんかじゃねぇ。闇属性の狂化によるものだ」
ダイス「何を言ってるか分からないんですけど」
ムー「僕の独り言さ。ところで友達の諸君、この怪物の行動で妙だと思うことはなかったか?」
モモ「ボーッとしたり、何を考えてるのか分からないことがよくありました」
セリア「昔から身体が弱くて、いつも決まった時間に薬を飲んでいます」
ムー「ほぅ、その薬とやらを見せてくれ」
セリアはツグルのウェストポーチから液体がたっぷりと入っているガラス瓶を取り出し、ムーに差し出す。
ダイス「これ補充しなくても時間が経てば溜まるんだよな~不思議だよな」
ムーはガラス瓶を見つめながら、深刻な表情で言葉をかける。
ムー「中の石みたいなものは、なんだ?」
ダイス「それが水を出すんだとさ、ツグルが前に言ってた」
ムー「石はガラス瓶の入り口よりも大きく、取り出すには割るしかなさそうだ。だがしかしこのガラス瓶もただのガラスじゃない」
ムーはそういうとガラス瓶を持つ右手を開いた。
ガシャーーーーーーン!!!!
三人「!!!」
三人は奇妙な光景を目の当たりにする。
ガラス瓶は割れ、液体は床に広がった。
中の石はコロコロと転がったように見えた。
だがしかし、すぐさまそれはガラス瓶の形に戻ったのであった。
ムーが落とす前の、液体がたっぷりと入ったガラス瓶に。
ムーも目を丸くしていた。
ムー「このガラス瓶を割った瞬間、この石からは聖属性の魔力を感じた。その証拠に見ろよ、反応してやがる」
ムーの左手はプルプルと奇妙に動いている。
三人は言葉を発さずにムーの話を真剣に聞いていた。
ムー「このガラス瓶はおそらく魔力を断つんだ。そして中の石は今まで見たこともないような強さの聖属性の何かでガラス瓶ごと一瞬で超再生しやがる。要するに完成体だ、中から石を取り出すことも、ガラスを割ることも不可能。石の効力はガラス瓶にしか行き届いていない。いや、待てよ、水は取り出せるか」
ムーはそう言うとガラス瓶の中の液体を試験管に移そうと試みた。
ムー「ふーん、このガラス瓶の製作者は禁術をふんだんにつかってやがるな」
液体は試験管にポトポトと落ちたように見えたが、試験管には何も溜まらない。
ガラス瓶の中の液体の量も相変わらず瓶一杯に入っていた。
ダイス「俺たちは手品でも見せられてるのか!」
モモ「液体が移らない!?」
セリア「でもツグルはそれをゴクゴクと毎日飲んでますよ!」
ムー「だろうな、試しにこの怪物に飲ませてみな。お嬢さん」
ムーからガラス瓶を受け取り、セリアは恐る恐るツグルの口元へガラス瓶を近づける。
ゆっくりと口の中へ注ぐと、ガラス瓶の中の液体は減った。
ツグル「ごほっ!ごほっ!」
ダイス「ツグル!!大丈夫か!?」
咳き込むツグルだがまだ意識はないようだった。
セリア「減りました」
ムー「そうだ、このガラス瓶の液体には禁術がかけられている。所有物を特定する束縛の類の魔法だ」
ダイス「束縛って、恋かよ」
ムー「もちろん人にも使える、だから禁術なんだ」
ダイス「え!!マジかよ!怖っ」
モモ「てことはこの液体はツグルが飲むためだけにしか使えないってことですか?」
ムー「そーゆーことだ」
セリア「突然怪物になったり、ただの薬だと思ってたガラス瓶が魔法瓶だったり、、、ツグルは何者なの?」
セリアは心配そうに横たわるツグルを見つめる。
ムー「あの突然変異は魔法によるものじゃない」
何かを思い出すように宙を見上げている。
ムー「僕の仲間の一人に内側から身体能力を高める力を待つ奴がいる。この褐色の少年もきっと似たようなもんだろうな」
ムーは右手をツグルの心臓に当てる。
ムー「奴と違うところは、こいつに使われている狂化するための材料が闇属性の魔力ってところだ」
セリア「ツグルは、助かるんでしょうか」
ムー「ああ、簡単に助かるね。でも彼を助けられるのはこの世界に君と僕だけだ」
セリア「私の、声ですか」
ムー「ああ、だからって今歌わないでくれよ?家ごと漆黒の騎士に吹き飛ばされちゃ困るから」
右手が紫色に光り始める。
ムー「少し吸うだけなら余裕だ。生まれてからこの方、闇と共に生きてきた僕にしか出来ないことさ」
ツグルの心臓から黒いツブツブした何かが吸い上げられ、ムーの右手へ入っていく。
ほんの数秒それが続いた後。
ムー「明日の朝には元どおりだろうさ。起きたら目覚めの一杯で薬を飲ませてやれ、僕は少し出かける」
そう言い残し、ムーは宙に浮いたままユラユラと外に出ていった。
ツグルの拘束具は外されていた。
気が付けばもう深夜である。
ヘイスレイブ領の森の中、聞きなれない獣の鳴き声や木々のざわめきに怯えながら、四人は木の小屋に取り残されるのであった。。。。
ダイス「なんか話が全然分からなかったし、腹減ったけど食べ物無さそうだし、物色したら怒られそうだしで最悪だ!!!」
モモ「私は理解出来たよ!でも話の理解度とお腹の減り具合が反比例するようだ、、、私は先にいくよ、、、さらばだ、友よ、、」
モモは床に倒れこむ素ぶりをして戸棚にぶつかった。
危うくムーの私物を落としそうになり、慌てて立ち上がった。
セリア「本当にツグルは大丈夫なのかな」
ダイス「まぁ大丈夫だべ~、だってあのローブの人、、えーと、マー?ミー?ムーさん??かなり説得力あったし。全然何喋ってるか分からなかったけど」
モモ「ヘイスレイブ城ではどうなることかと思ったけど、私たちなんだかんだで生きてるよ」
ダイス「なんかもう、タクティスさん不意打ち作戦あたりから全く休息をとってない気がするんだ。疲れたよ。。でもこんな小屋のどこで寝れば良いんだ?野宿しても良いけど、さっきから聞こえる外の奇声やら遠吠えはなんなんだよぉー!!怖ぇよ!」
モモ「とりあえず休もう、本当私たち頑張ったよ。ぶつからない範囲で横になろう」
とは言うものの、この家には毛布や布団が見つからなかった。そもそもベッドもなく、あるのは禍々しい拘束具のついた実験台のみである。
セリア「ムーさんはどこで寝てるんでしょうか」
ダイス「なんか常に浮いてるし、闇のなんちゃら吸えるし、実はあの人も怪物なんじゃね?寝なくても良いんじゃね?」
モモ「ちょっと!!どこで聞いてるか分からないよ!だってあのときのコウモリだって、コウモリを通して全部分かるみたいに言ってたじゃん!、、あ、あのときのコウモリ」
あのときのコウモリはムーの作業台に横たわっていた。
ダイス「おわた、、、、明日俺は殺されるんだぁぁ、ああぁぁああ!!ツグルが目覚め次第こんな小屋抜け出しちまおうぜ!!」
モモ「賛成!とにかく今日はもう寝よう!」
セリア「でもツグルが目覚めたらお礼をしなくちゃ」
モモ「お礼とはいえ命は捧げられぬ!おやすみ!」
三人はジメジメしたヘイスレイブの樹海の中、ギチギチの小屋の中、身体をくの字にして硬い木の板の上で眠るのであった。。。。
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