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15. 治療
しおりを挟む俺はローズと呼ばれた青年と小屋の中に取り残されていた。
シュナイダー副隊長はというと、ウィルを連れて早々にどこかへ行ってしまった。話したいことや聞きたいことは沢山あったけど話す時間が貰えるわけもなく、ウィルは心配そうな顔でちらりと俺を見て、促されるまま副隊長の後をついて行った。あとでゆっくり話せると良いんだけど。
そんなことを考え押し黙っていた俺に、横からおずおずと声がかけられた。
「ええと、ルカくん、だったかな?」
「はい。ルカ・フォーゲルです」
副隊長の話していたことから察するに、彼は衛生班に所属している衛生兵ということだろう。背は俺より少しだけ低くて、あまり筋肉がついているように見えない。穏やかそうな見た目から、一目で非戦闘要員であることが見て取れた。少し癖のある金髪から覗く大きな青い目がまるで猫のようだ。
「俺はフィリックス・ローズ。フィリって呼んで。シュナイダー副隊長から君の教育係に任命されてるから、分からないことがあったらなんでも聞いてくれ」
「よ、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
フィリさんは人懐っこい笑みを浮かべ、俺に向かって右手を差し出した。俺が騎士団に入るだなんてまだ全然実感が出来ていないけど、とりあえず先輩には礼儀正しくしなくちゃ、と慌ててその手を握る。
すると、フィリさんが大きな目を更に大きく見開いて口をぽかりと開いた。
「ルカくん。これ、なに?」
「なんのことですか?」
「君、魔力は持ってないよね? なんかの特殊能力持ち?」
特殊能力、と言われてシュナイダー副隊長に言われたことを思い出した。血を吸われたとき、確か「どういう能力だ」と聞かれていた。
そうは言われても俺としては能力の心当たりなどまるで無い。魔力もなければ武術も出来ない、平々凡々な一般人だ。
「副隊長にも聞かれたんですけど、俺、何の能力も無いですよ」
「うーん。無自覚タイプかぁ」
「フィリさんには何か分かるんですか?」
「俺レベルじゃ詳しくは分からないけど……副隊長に血液検査しろって言われてるから、あとでちゃんと調べてみよう」
フィリさんに案内され、小屋を出て衛生班の詰め所がある医療棟へ向かう。フィリさんはにこにことよく喋る人で、衛生兵とはいえ、騎士団に所属しているとは思えないくらい愛嬌のある人だった。
「そっか、ルカくんのお家は診療所なんだ。そしたらきっとすぐ戦力になれるね」
「俺は薬の調合ばかり手伝ってたので、怪我の手当てとかはそこまで得意じゃないですよ」
「ううん、経験がないよりよっぽど良いよ! それに薬の知識がある人は貴重だからありがたいな」
話しているうちに気付いたが、フィリさんは前向きで優しい言葉をたくさん掛けてくれている。いきなり連れてこられて有無を言わさず騎士団に入れられた俺を励まそうとしてくれているのかもしれない。
「さあ着いた。ここが医療棟だよ」
そう言ってフィリさんが指さしたのは、大きな四階建ての建物だった。
「一階に診察室と倉庫があって、二階が詰め所ーー事務所のような部屋になってる。三階と四階が寮になってて、君の部屋も用意してあるよ」
建物に入り、廊下を歩きながら説明を受ける。後ろを歩きながらきょろきょろと辺りを見回すと、色々な服装の人たちが忙しなく行き交っていた。さすがは騎士団の隊舎といったところで、隊服姿の人や白衣を羽織った人が多い。
「部屋は後で案内するから、ひとまずその傷を手当てさせてね」
そう言ってフィリさんは俺をいくつかある診察室のうちひとつへ招き入れた。
「そこ、座って」
促されるまま、診察室の中央に置いてある丸椅子に座った。棚から救急セットを持ち出したフィリさんが俺の正面に座る。デスクの下から踏み台のようなものを引き出すと、そこに左足を乗せるように言われた。足枷は小屋を出る時に外してもらえたので、今は足枷のあった場所の擦り傷と打撲して腫れた部分が剥き出しになっている。
「痛そう……この状態で歩かせてごめんね」
「いえ、歩けない程ではなかったので大丈夫です。それに、フィリさんゆっくり歩いてくれてましたよね」
「足引き摺ってるのは分かったからね」
フィリさんは手慣れた手つきで傷を消毒し、腫れた部分に手を当てた。
「俺の医療魔術じゃ完全に治してあげられないと思うけど……試してみてもいいかな?」
「フィリさん、医療魔術が使えるんですね。できればお願いしたいです」
彼の青い目は魔力の証だったようだ。魔術の中でも医療魔術は適性がないと使うことができなくて、術者はとても少ないと聞いたことがある。
フィリさんは足首にそっと手を置いたまま、口の中でぶつぶつと何かを呟いた。彼の手がぽうっと光ったかと思うと、足首がじんわりと暖かくなり痛みがどんどん引いていく。
「すごい……もう全然痛くないですよ」
「ほんと? ちょっと見てみるね」
そう言ってフィリさんは椅子から降りて俺の左足をまじまじと眺めた。
「ほんとだ。治っちゃった」
「治っちゃった、って治してくれたんじゃないんですか?」
「うちの隊って医療魔術が使える隊員が俺含めて三人いるんだけど俺はその中でも一番魔力が弱くて、こういう怪我もいつも完全には治してやれない。立場も、俺だけ"医術師見習い"なんだよね」
そう言って、眉を下げながら俺を見上げた。俺は自分の足首を一瞥して、彼に向かって口を開いた。
「でも、もう全然痛くないですよ。擦り傷も治ったし」
「そこなんだよ。俺の本来の実力じゃ絶対こうはならない」
「どういうことですか?」
フィリさんは立ち上がり、俺の両肩をがしりと掴んで言った。
「君には、魔力を増幅させる特殊能力があると思う」
またしても告げられた"特殊能力"という言葉に、俺は頭にはてなを浮かべて首を傾げた。
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