祝福ゲーム ──最初で最後のただひとつの願い──

相田 彩太

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第2章 夢からさめても

2-6.第11の願い エゴルト・エボルト

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 エボルトテック社のCEO室、その部屋の主、エゴルトはノートとPCを交互に見つめ深い溜息を吐く。

「出来た……」
「おめでとうございます。CEO」
「苦労したよ、なにせ夢の記憶はおぼろげだからね」

 エゴルトが夢の中から取り出した情報。
 ”祝福者”の国籍、性別、年齢、顔、犯罪歴……。
 それらをデータベースに入れ、さらに各国のソーシャルカメラの情報と突き合わせる。
 絞り込みまでは部下やAIに任せてもいい。
 だが、最後に判断するのは自分自身でなくてはならない。
 彼は今までもそうしてきたし、これからもそうするつもりだった。
 結果、彼の前に出来上がったのは”祝福者”のリスト。
 それもほぼ全てを網羅したものだ。

「幾人かは欠けているが、これだけあれば十分だろう。進捗しんちょくはどうかね」

 エゴルトがレイニィに問いかけたのはの状況。
 彼の問いかけにレイニィは笑顔で答える。

「先にリストアップして頂きましたターゲットには既にエージェントを向かわせています。”祝福者”が特に多い日本には先行してグッドマンを送り出しました。わたしも間もなく出立します」
「見事だ。やはり君は優秀な僕のパートナーだな」
「お褒め頂き光栄です。CEOはこれからどうなされますか?」
「僕も少し遅れて日本へ行くよ。あそこは極東の大きな拠点があるからね。それにまだ見つかっていない”祝福者”を探すロケーションとしても適している」
「差支えなければ未発見の”祝福者”の特徴を教えて頂けないでしょうか?」
「かまわない。見つかっていないのは子供だよ。まだスマホも持っていないくらいのね」
「なるほど。それは厳しいですね」

 世界有数のIT企業であるエボルトテック社には各国のユーザー情報が集められている。
 だが、そこにも全く引っかからない者も存在する。
 スマホを持たない子供はその最たるものである。
 だけどエゴルトは憶えていた。
 神の座には子供が、それも複数いたことを。

「心配はいらないよレイニィ。捕捉出来ない”祝福者”はいるが僕のプランは出来上がった。今、捕捉しているリストで十分実行出来る。それにこれから”祝福ゲーム”が大きく動き出すだろう。静観は悪手だと気付いたからね」

 キングの願った『世界中のみんなに愛されるキングになりたい』。
 それは”祝福者”たちにある種の危機感を与えていた。
 思考がコントロールされる願いは危険だと。
 
「だから僕も動くとするよ。この”祝福”を使ってね」
「もうお使いになられるのですか?」
「僕の勘が告げているのさ。ここで使っておくべきだと」
「願いの中身を聞いてもよろしいでしょうか?」

 レイニィの問いにエゴルトはニヤリと笑って答えた。

「ルールを変えるのさ。僕が”祝福”を独り占め出来るようにね」

 そしてエゴルトは左手の聖痕スティグマに意識を集中させた。

◇◇◇◇

 明るい闇の中、エゴルトは光の人型、”神”の前に姿を現す。

「待たせてすまなかった。先客がいたものでな。さあ、願いを聞こう」

 その言葉がエゴルトの頭に違和感を覚えさせる。
 だがそれは、左手の聖痕スティグマを見て解消した。

「なるほど、先客か。僕とほぼ同時に願った”祝福者”がいたようだな」
「その問いに答えよう。その通りだ。あっちの方が数秒だが早かった。前の願いを処理した後に次の願いは処理するべきだからな」

 左手の文字は”14”、夢の後、自分が初めて願いを叶えることにならなかったことにエゴルトは軽く舌打ちをする。

「さあ、君の願いは何かな? どんな願いでも叶えよう」
「残っている”祝福”を全て自分のものにしたいという願いは可能か?」
「もちろん可能だ。その願いでよいかね?」

 これが24の願いの最初の願いであったら、彼は迷わずそう願っただろう。
 もし、夢の後の最初の願いであったら、彼はそう願ったかもしれない。
 しかし彼はそんな甘い誘惑に乗るような男ではなかった。
 何度も栄光と挫折を繰り返した彼の人生経験がそうさせなかった。

「いや、そうは願わないよ。『誰かの”祝福”を奪った者は死ぬ』という願いが叶えられているかもしれないからね」
「そうか、では何を願う?」
「僕が望むのはルール変更だ。”祝福者”が願いを叶える権利を行使せずに死んだ場合、ランダムで人類の誰かに”祝福”が移るのではなく、この僕に移るように。これなら『奪った』ことにはならないだろう?」

 知恵の浅い者なら安易に『奪う』願いを願うかもしれない。
 なら、その1歩先を行くべきだ。
 そう考えてエゴルトは神に問う。

「その問いに答えよう。その通り『奪った』ことにはならない。なぜならルールに沿った自然な流れだからだ。ただし──」

 エゴルトはその響きに少し身構える。

「”祝福”を持ち得るものは生者だけだ。もちろん”祝福”を使えるのも。君が死んでいた場合は”祝福”は君へ移らず、前のルールの通り、生きている人類にランダムに移ることになる。それでもよいかな」
「なんだ、そんなことか。構わないよ。僕が死んだ後のことなんてね」
 
 この程度は想定の範囲内とばかりにエゴルトは快諾かいだくする。

「よろしい。では君の願いを叶えよう。今、この時から”祝福者”が死んだなら、その”祝福”は君へと移るようになった」

 神が手を広げ、ポーズを取るとエゴルトの視界が明るくなり見慣れたオフィスへと戻る。

「CEO、そのルール変更とは具体的にはどのような願いですか?」

 彼の目の前にはいつもと変わらないレイニィの姿。
 時計の時刻も神の座に赴く前と同じ。

「レイニィ、僕はずっとここにいたかい?」
「CEO……どうかされたのですか?」

 いつもなら質問に質問で返すようなことはない。
 CEOの異変を秘書は感じていた。

「ひょっとして……」
「ああ、僕は願いを叶えてきたよ。どうやらでは時間が止まるらしい」
「なるほど、わたしは体験していませんので実感がありませんが、”神”とは常識を超越しているようですね」
「そのようだ。さて、君の質問に答えようか」

 執務テーブルに肘を着き、顎の下で手を組んでエゴルトは口を開く。

「話は単純だよ。君は僕に従わない”祝福者”を始末してくれればいい。そうすれば……」

 エゴルトは願いを具体的に説明しなかった。
 だが──。

「なるほど、そうすれば”祝福”は全てCEOのものになると」

 長年のパートナーであるレイニィにはそれだけで十分だった。

◇◇◇◇

 凛悟が手に入れた”本”、それは祝福者が願った内容が自動更新される。
 ”本”はその役割の通り第11の願いをつづっていく……。
 その一言一句を見逃すまいと凛悟と蜜子は”本”に集中した。

「あ、センパイ。エゴルトのページですよ! きっとみんなを幸せにしてくれるような願いかも!?」

 期待を胸に蜜子は”本”を指差す。

 ・第11の願い エゴルト・エボルト
 望むのはルール変更。”祝福者”が願いを叶える権利を行使せずに死んだ場合、ランダムで人類の誰かに”祝福”が移るのではなく、この僕に移るように。
 注)ただし、祝福の移動先が死亡していた場合は従来のルール通りランダムに移る。


……
………

「だめだー! この人、ワルじゃん! これって”祝福者”を殺して自分に権利を渡るようにするってやつ!」

 蜜子は頭を抱え、凛悟はまあそうだろうなと肩を落とす。

「どうしますセンパイ」
「そこの対処は後だ、それよりも前に俺たちは会わなきゃならない人がいる」

 凛悟はスマホで少し調べると何か納得したような仕草を見せた。

「何を調べているんです?」
「この本の最初のページの”祝福者”だ」
「どれどれ」

 蜜子がページをめくると、そこには初老の男性の写真が載っていた。
 そして願いも。

・第0の願い グンマー・ニューデン(新田 群馬)
 25年前に戻って、人生をやり直したい。

 本のページには彼の職業は日本画家兼能筆家とある。
 凛悟のスマホには彼の書が拡大されていた。
 筆の筆跡は10年前からの手紙のものと酷似していた。

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