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第3章 夢よもういちど

3-24.怪物の接見 逸果 実

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 リムジンに揺られること約12時間、みのりがエボルトテック・ジャパンの東京本社に着く。

「本社なのにガランとしているのね。ら~、ら~、声がよく響きそう」

 吹き抜けの隅々まで声を通らせながらみのりはエントランスの中心に立つ。
 
「社員には本日は臨時休業と伝えてあります。普段は社員や来客が数多くございます。間もなく迎えの者が参ります」

 リムジンからずっとみのりをもてなして来た執事風の男が軽く礼をしながら説明する。

「そう、ワクワクするわねパーカー」
「はい、お嬢様。わたくし羽賀はがでございますが」

 さすが世界有数のIT企業の部下ね、エスプリも一流だわ。
 ウィットにとんだ執事の返しにみのりは笑みをこぼす。
 ここは彼女が憧れたスターの終着点。
 場末のライブハウスが彼女のスタート地点だとすると、ここの最上階に上がることは文字通りを意味していた。

 ポーン

 エレベータの鐘が鳴り、中から秘書風の女性が現れる。

「ご苦労様、羽賀さん。初めましてみのりさん、秘書のレイニィです」
「こんにちはー! 元気ですかー!?」
「あなたの甲高い声を聞いたら、頭が痛くなりました」
「うわー、しんらつぅー! それで、ダーリンは?」
「その呼び方を続けるならお帰り願います。CEOとお呼びなさい」
「やな言い方、ミンチン先生みたい」
「ミンチになりたいのですか?」
「やってみなさいよ、やれるのならね」
 
 ふたりがにらみ合い、剣呑けんのんな空気が充満する中、一歩引いたのはレイニィの方だった。

「客人相手に失礼でしたね、謝罪します。ですが、呼び方には気を付けるよう」
「わかったわ、喧嘩をしに来たわけじゃないしね。素直にCEOって呼ぶわ」
「理解があって助かります。では、ご案内します」

 羽賀に見送られながらふたりはエレベータに乗り、最上階のひとつ下、レセプションルームに到着する。
 広々とした室内、壁には長いテーブルとチーフィングディシュにのった料理の数々。
 カウンターにはドリンクとシャンパンが用意され、立食パーティの様相を見せていた。

「あら、今日は何かのパーティかしら?」
「お祝いのパーティだよ。僕たち”祝福者”のね」

 パーティ用のスーツに身を包み、エゴルトがみのりに近づく。
 少し離れた所には同じくパーティの装いの男女が見えた。
 
 手袋をしている者もいれば、素手の者もいるわね。
 素手の男の左手に文字が見えるところをみると、おそらく”祝福者”。
 1,2,3……、明らかなウェイターと秘書女を除くと、エゴルトを含めて6人。
 残りの”祝福”は8。
 ここにいない”祝福者”のひとりはあたしのATMファンの藤堂。
 所在不明なのがひとり。
 つまり……、あとふたりで残り全ての“祝福者”がそろう。
 さて、このパーティは最初からクライマックスになるかしら。

 会場内の人物を見渡しみのりは冷静に残りをカウントする。

「あとひとりだよ。ここにいないのは」

 みのりの視線に気づいたのか、エゴルトが口を開く。

「あらやだ、あたしサトラレになっちゃってた?」
「その意味はわからないが、君の考えくらい読める。ここにいない”祝福者”はみなと 藤堂とうどうただひとりだ」

 みのりは少し怪訝けげんな顔をした。

「計算が合わないって顔だね。答えはこれさ」

 おもむろに手袋を取りエゴルトはその数字を見せる。
 ”8”と”8”の数字を。

「なるほそ、貴方はとっくにを捨ててるってわけね」
「ん? 僕が童貞バージンだったのは20までさ」

 意味が分かっていないのね。
 あまり面白い男じゃなさそう。
 それが実際に対峙して感じた彼女の印象だった。

「それで、あたしからのお願い、考えてくれたかしら」
「まあ待ちたまえ、今はパーティを楽しもうじゃないか」
「そんな気分じゃないわ。”本”を見せてくれないと……、あばれちゃうぞっ」

 今ならドラゴンにだってまたがれそうと思いながら、みのりはてへっと舌を出す。

「それは困るな。本当は場が盛り上がった時にしようと思っていたのだが……」

 少しもったいつけるような仕草でエゴルトは”本”を取り出す。

「あら、素直じゃない」
「約束してくれ、この本の中身は決して口外しないということを」
「いいわ。あたしは上も下の口もキツキツだから」

 ふたりを遠巻きに見ていた”祝福者”のひとりがブゥーとドリンクを吹くが彼女は気にしない。
 それよりもこっちが優先だとみのりがエゴルトに近づこうとした時、給仕のひとりがその間に割って入る。
 
「エゴルト様、侵入者です」

 タブレットを手にその男はエゴルトに報告する。
 
「警備の者は?」
「本日は特務チームの者だけ、警備はこの女とここを重点的にということでしたので……」

 男の報告にエゴルトはしばし考えこむ。

「レイニィ、行ってくれ」
「その女を野放しにしてよろしいので?」
「彼女は猛獣じゃない、ちゃんとしたレディだよ。少なくとも手を出さないさ」

 その言葉通りみのりは今は手を出す気はなかった。
 ATMファンの身体能力を搾取すれば、力づくで奪うことは出来るかもしれない。
 だがエゴルトがふたつの”祝福”を有していること、”本”の確認が優先であることが、彼女にそれを思い留まらさせていた。
 
「わかりました。侵入者の現在位置と情報を」
「1分前に正面入り口から侵入、今はC非常階段を上層階に向け昇っています。身元はおそらく……」

 レイニィの視線を受け、男はタブレットの画面を向ける。

鈴成すずなり 凛悟りんごかと」
 
 ドリンクを吹いた女が喜びの声を上げた。
 
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