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第3章 夢よもういちど
3-23.逆転の一手 鈴成 凛悟
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駅から球場に向けて凛悟は走る。
エゴルトからの傍受を避けるため新規のスマホの契約は出来ない。
だが、WiFiを使ってネットの情報を収集するだけなら可能。
タブレットに表示される情報は球場が阿鼻叫喚の地獄絵図であることを彼に示していた。
ニュースサイトには『福岡ドームで大量変死! 局所的起きたら死ぬ病の再来か!?』とあり、ドームで大量の人が急性心不全で死亡していると伝えていた。
止まぬサイレンの音、行き交う救急車、それらを横目に彼は走った。
大丈夫、生きているはずだ。
この先で待つ仲間が彼の希望。
それなくしてはこの惨劇をどうにかすることは出来ない。
救急と警察で大混乱の球場の中で凛悟は一点を目指し、探し人を見つけた。
その男は、湊 藤堂は救護テントの片隅でタオルを肩にかけ震えていた。
「よかった。無事だったか藤堂」
「……リンゴはんか。ああ、生きとうよ、生きとう」
下を向き、地面を眺める藤堂の指が少し先のブルーシートの群れを指す。
少し盛り上がったそれの下は何があるか、それは説明不要だった。
「あれはテルやん、あっちはハレはん、そこのはリッちゃん、みんなワイの友達、同士やった」
「……そうか。でも藤堂が助かって良かった」
「よかった? きさん、今、何をいっちょる!? もういちどいってみい! なにがよかとね!?」
凛悟の胸倉をつかみ、涙で真っ赤になった目でにらみながら、藤堂は叫ぶ。
「藤堂が俺を信じてくれたことだ。約束を守ってくれたことだ。勝ちが確定する条件が整うまで”祝福”を使わなかったことにだ」
冷静に、諭すように、真っ直ぐな目で凛悟は藤堂の顔を見る。
「はっ、なんやきさん。これでまだ何か出来るちゅうんか? ミッコはんはどこにおる? 連絡が取れんみたいやけど?」
「蜜子なら東京だ。エゴルトの下にいる」
「つまり囚われのお姫様ちゅうわけか」
「そういう、ことになる」
ほんの少し、凛悟の声に震えが入る。
だがそれが逆に藤堂の心を落ち着かせた。
「なんや、リンゴはんもちっとは動揺しちょっとね」
「当たり前だ。俺もここまでの惨劇は想定していなかった。だから教えてくれ、ここで何があったのかを」
凛悟の真剣な目に応え、藤堂は説明を始める。
コンサートで起きた謎の爆発、銃声と思われる音、ヘリの乱入と機銃掃射。
それを受けてもなお、実はピンピンしていて、夜空を舞う女神のようだったことを。
「……女神はちょっと誇張しすぎじゃないか?」
「しぇからし。あの時、ファンがバタバタ倒れていくなかでもワイは思ってしまったんや。やっぱ実ちゃんは綺麗やって」
「そうか……」
これ以上のツッコミは良くないと感じたのか、凛悟は口を止め藤堂からの情報を整理し始める。
「藤堂、ひとつ質問いいか?」
「なんや?」
「犠牲者はファンだけか?」
「全部知っとるわけやなかけど、ファンばっかや」
「警備員とかスタッフは?」
「倒れた警備員の姿は見んかったな。スタッフは何人か倒れたやつがおったと思うで」
藤堂の答えに凛悟はまた考え込む。
「大体予想が付いた。実の願いは誰かと命を共有する系の願いだろう。いや、命だけではなく他にも色々共有しているな。その命を使って彼女は死を免れている」
「三只眼吽迦羅の无みたいなやつか? 三只眼吽迦羅が死なない限り无も死なないっちゅう」
「……それが何かは知らないが、微妙に違うな。命には限りがある。おそらく、この死んだファンの数だけ実は死んでいる」
「ああ、ハガレンタイプね。わかってきたわ。そっか……、ワイらは実ちゃんに捧げられたんやね」
「俺の予想が当たっていれば、そうだ」
藤堂は再び腰を下ろし、並べられたブルーシートの数々を見る。
「今の”祝福”の状況はどうなっちょる? ”本”でわかるんやろ」
「”本”はエゴルトに奪われた。藤堂を除いた全ての”祝福者”もエゴルトの下だ。きっと実もそこへ向かっている」
「八方ふさがりやないか。ミッコはんは敵の手の中。エゴルトはきっと金で他のヤツを買収しとるんやろ。せめて実ちゃんがエゴルトを倒してくれれば、あとはワイの愛の力でなんとかなるかもしれへんけど」
ハハハと力なく笑いながら藤堂は言う。
「そうしてくれるといいのだが。最悪、ふたりが手を組む可能性もある」
「実ちゃんは優しゅうてしっかりしとうから、金で水に流すってのもないっちゃぁ言い切れんのが悲しいな」
長年ファンを続けていれば黒い噂のひとつやふたつ聞くことがある。
藤堂は実がファンに向けている純粋で天真爛漫な姿だけではないことを知っていた。
「なあ、凛悟はん。前に言ったよな」
「どのことだ」
「ひとつ祝福があれば逆転可能って言ったことや」
「ああ」
「あれ、本当やよな。凛悟はんならこれ何とか出来るよな。ワイはもう無理やと思うけど、凛悟はんならやってくれる、よな」
その台詞には揶揄と懇願と、そして諦めが入り混じっていた。
だから藤堂は次の台詞を聞いた時、本当に、心から驚いた。
「出来る。藤堂が俺を信じて”祝福”を温存してくれていたから」
「本気か!?」
「真剣だ! 聞いてくれ、俺の作戦には信頼できる仲間と十分な説明が必要だ」
凛悟はこの窮地にあっても約束を守った藤堂を信頼した。
藤堂はこのピンチにあっても揺るがない勝利の意志を持つ凛悟に期待した。
「藤堂、頼みがある。俺を絶対に信用してくれ。俺は実の」
「実ちゃんや」
「実ちゃんの願い、その詳細に心当たりがある。それが真実なら、作戦はギリギリまで俺の心に留める必要がある」
真剣な目で凛悟は藤堂を見る。
そして、藤堂は……。
「わあった。こうなったら最後まで一蓮托生や。最後まで凛悟はんを信じたる」
「ありがとう、この恩は必ず返す。俺が藤堂を幸せにしてやる」
「いやぁ、それはちょっと遠慮したいわ」
男み見つめられる趣味はないとばかりに藤堂は目を逸らす。
「だから最初に力を貸して欲しい。”祝福”ではなく藤堂個人の伝手と金が必要なんだ」
「おう、いくらでもやっちゃる。それでいくら要ると?」
藤堂の職業はトレーダー。
しかも億り人の。
金なら任せろとばかりに藤堂は胸を叩く。
「ざっくり手付で1億円くらいだ」
藤堂はちょっぴり後悔した。
エゴルトからの傍受を避けるため新規のスマホの契約は出来ない。
だが、WiFiを使ってネットの情報を収集するだけなら可能。
タブレットに表示される情報は球場が阿鼻叫喚の地獄絵図であることを彼に示していた。
ニュースサイトには『福岡ドームで大量変死! 局所的起きたら死ぬ病の再来か!?』とあり、ドームで大量の人が急性心不全で死亡していると伝えていた。
止まぬサイレンの音、行き交う救急車、それらを横目に彼は走った。
大丈夫、生きているはずだ。
この先で待つ仲間が彼の希望。
それなくしてはこの惨劇をどうにかすることは出来ない。
救急と警察で大混乱の球場の中で凛悟は一点を目指し、探し人を見つけた。
その男は、湊 藤堂は救護テントの片隅でタオルを肩にかけ震えていた。
「よかった。無事だったか藤堂」
「……リンゴはんか。ああ、生きとうよ、生きとう」
下を向き、地面を眺める藤堂の指が少し先のブルーシートの群れを指す。
少し盛り上がったそれの下は何があるか、それは説明不要だった。
「あれはテルやん、あっちはハレはん、そこのはリッちゃん、みんなワイの友達、同士やった」
「……そうか。でも藤堂が助かって良かった」
「よかった? きさん、今、何をいっちょる!? もういちどいってみい! なにがよかとね!?」
凛悟の胸倉をつかみ、涙で真っ赤になった目でにらみながら、藤堂は叫ぶ。
「藤堂が俺を信じてくれたことだ。約束を守ってくれたことだ。勝ちが確定する条件が整うまで”祝福”を使わなかったことにだ」
冷静に、諭すように、真っ直ぐな目で凛悟は藤堂の顔を見る。
「はっ、なんやきさん。これでまだ何か出来るちゅうんか? ミッコはんはどこにおる? 連絡が取れんみたいやけど?」
「蜜子なら東京だ。エゴルトの下にいる」
「つまり囚われのお姫様ちゅうわけか」
「そういう、ことになる」
ほんの少し、凛悟の声に震えが入る。
だがそれが逆に藤堂の心を落ち着かせた。
「なんや、リンゴはんもちっとは動揺しちょっとね」
「当たり前だ。俺もここまでの惨劇は想定していなかった。だから教えてくれ、ここで何があったのかを」
凛悟の真剣な目に応え、藤堂は説明を始める。
コンサートで起きた謎の爆発、銃声と思われる音、ヘリの乱入と機銃掃射。
それを受けてもなお、実はピンピンしていて、夜空を舞う女神のようだったことを。
「……女神はちょっと誇張しすぎじゃないか?」
「しぇからし。あの時、ファンがバタバタ倒れていくなかでもワイは思ってしまったんや。やっぱ実ちゃんは綺麗やって」
「そうか……」
これ以上のツッコミは良くないと感じたのか、凛悟は口を止め藤堂からの情報を整理し始める。
「藤堂、ひとつ質問いいか?」
「なんや?」
「犠牲者はファンだけか?」
「全部知っとるわけやなかけど、ファンばっかや」
「警備員とかスタッフは?」
「倒れた警備員の姿は見んかったな。スタッフは何人か倒れたやつがおったと思うで」
藤堂の答えに凛悟はまた考え込む。
「大体予想が付いた。実の願いは誰かと命を共有する系の願いだろう。いや、命だけではなく他にも色々共有しているな。その命を使って彼女は死を免れている」
「三只眼吽迦羅の无みたいなやつか? 三只眼吽迦羅が死なない限り无も死なないっちゅう」
「……それが何かは知らないが、微妙に違うな。命には限りがある。おそらく、この死んだファンの数だけ実は死んでいる」
「ああ、ハガレンタイプね。わかってきたわ。そっか……、ワイらは実ちゃんに捧げられたんやね」
「俺の予想が当たっていれば、そうだ」
藤堂は再び腰を下ろし、並べられたブルーシートの数々を見る。
「今の”祝福”の状況はどうなっちょる? ”本”でわかるんやろ」
「”本”はエゴルトに奪われた。藤堂を除いた全ての”祝福者”もエゴルトの下だ。きっと実もそこへ向かっている」
「八方ふさがりやないか。ミッコはんは敵の手の中。エゴルトはきっと金で他のヤツを買収しとるんやろ。せめて実ちゃんがエゴルトを倒してくれれば、あとはワイの愛の力でなんとかなるかもしれへんけど」
ハハハと力なく笑いながら藤堂は言う。
「そうしてくれるといいのだが。最悪、ふたりが手を組む可能性もある」
「実ちゃんは優しゅうてしっかりしとうから、金で水に流すってのもないっちゃぁ言い切れんのが悲しいな」
長年ファンを続けていれば黒い噂のひとつやふたつ聞くことがある。
藤堂は実がファンに向けている純粋で天真爛漫な姿だけではないことを知っていた。
「なあ、凛悟はん。前に言ったよな」
「どのことだ」
「ひとつ祝福があれば逆転可能って言ったことや」
「ああ」
「あれ、本当やよな。凛悟はんならこれ何とか出来るよな。ワイはもう無理やと思うけど、凛悟はんならやってくれる、よな」
その台詞には揶揄と懇願と、そして諦めが入り混じっていた。
だから藤堂は次の台詞を聞いた時、本当に、心から驚いた。
「出来る。藤堂が俺を信じて”祝福”を温存してくれていたから」
「本気か!?」
「真剣だ! 聞いてくれ、俺の作戦には信頼できる仲間と十分な説明が必要だ」
凛悟はこの窮地にあっても約束を守った藤堂を信頼した。
藤堂はこのピンチにあっても揺るがない勝利の意志を持つ凛悟に期待した。
「藤堂、頼みがある。俺を絶対に信用してくれ。俺は実の」
「実ちゃんや」
「実ちゃんの願い、その詳細に心当たりがある。それが真実なら、作戦はギリギリまで俺の心に留める必要がある」
真剣な目で凛悟は藤堂を見る。
そして、藤堂は……。
「わあった。こうなったら最後まで一蓮托生や。最後まで凛悟はんを信じたる」
「ありがとう、この恩は必ず返す。俺が藤堂を幸せにしてやる」
「いやぁ、それはちょっと遠慮したいわ」
男み見つめられる趣味はないとばかりに藤堂は目を逸らす。
「だから最初に力を貸して欲しい。”祝福”ではなく藤堂個人の伝手と金が必要なんだ」
「おう、いくらでもやっちゃる。それでいくら要ると?」
藤堂の職業はトレーダー。
しかも億り人の。
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