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第3章 夢よもういちど

3-19.第16の願い 逸果 実

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 その男は覚悟を決めてここに来た。
 だが、その覚悟とは日本の警察に捕まる程度のものでしかない。

「ファ〇ク! なぜ死なない!!」

 再び彼の手から銃弾が放たれ、ターゲットの、みのりの脳天を吹き飛ばす。
 間髪入れずにもう一発。
 次弾は胸に直撃。
 右腕と胸の半分が無くなる。
 だが……。

「じゃじゃーん! ドキドキだいせいこー!!」

 ターゲットの肉がゴワゴワゴワと膨れ上がり、再び人の姿を取る。
 覚悟していない。
 化け物を相手にする覚悟なんてしていない。

「あれれー! おいたするこはだーれだっ!?」

 見つかるはずはない、スポットライトの中心にいるあの化け物からはこっちは見えないはずだ。
 車のライトを真正面から受けると、車体が見えなくなるように。
 男はそう考え、次の行動に移る。
 次の行動とは撤収。
 男は優秀である。
 作戦失敗も想定のうちで、こんな時であっても冷静に対処する。
 証拠を残さぬようライフルをバッグに乱雑に詰めようと動き出す。
 だが、彼は間違っていた。
 証拠なんて気にしている場合ではなかった。

「ふたりともみーつけたっ!!」

 ふたりともだと!?
 狙撃は通常ツーマンセルで行われる。
 観測手と射撃手である。
 射撃手である自分が見つかるのはわかる、だが観客にまぎれているアイツまで見つかるのはなぜだ!?
 それがその男の最後の思考だった。

「おかえし! すとれーとー!!」

 ターゲットの手から放たれた瓦礫のひとつが高速で飛来し、男の頭を吹き飛ばした。

「つぎは! キミだっ! とぉっ!!」

 ジャンプ1番とばかりにみのりはステージから跳び、ゆるい放物線を描いてひとりの観客の前に着地する。
 まるでワイヤーで吊られているかのような軌道だが、誰の目にもワイヤーなど見えない。

「きてくれてありがとー! おめがねさん!」

 観測手の男も冷静だった。
 ターゲットを前にして、に行動出来た。

 サクッ

 みのりの胸の中央から少し右、肋骨の隙間を抜くようにナイフが突き刺さる。

「いったーい! おさわりはダメだってば!!」

 ここにきて観測手の男は自分は常識の慮外りょがいにいることを理解した。
 男はナイフから手を放し、数歩あとずさる。

「はーい! いったいけど死にませーん!! でも、そろそろ死ぬかな? ナイフを抜いて全力バタンキュー!!」

 みのりが自身の胸に刺さったナイフを引き抜くと、そこから鮮血が溢れ出す。
 そのままクルクルと血潮を噴水のようにまき散らしながらみのりは倒れる。
 ファンも流石に異常だと感じたのか、彼女から距離を取り始めた。

「ふっかーつ! えへへ、みんな大丈夫だよ。みのりはこれくらいじゃ死にませんっ! はい、はくしゅー! パチパチパチー」

 立ち上がりながら拍手をするみのりの視線の先で観測手の男がパタッと倒れた。
 のに倒れた。
 こんな異常な事態なのに筋金入りのファンはいるものである。
 まばらな拍手の中、みのりは思い出していた。
 エゴルトとの会話の後、今から1時間ほど前の神の座での出来事のことを。

 ◆◆◆◆

 明るい闇の中、みのりは神の前に立つ。

「おひさー! 元気だった?」
「その質問に答えよう。いつもと変わらない。元気というのが万全の状態を指すのであれば、我はいつもそうだ」
「いいですねー!」
「ここに来たということは願いを叶えに来たのだろう。さあ、願いを言え。どんな願いでもひとつだけ叶えてやろう」

 神の口ぶりにみのりはフフフと笑みをこぼす。

「フフフ、あなたって面白いのね。どこかの神の龍みたい」
「こういう言い方が気に入る人がいるのであろう。我はサービス精神が旺盛おうせいなのだ」
「なるほど、あたしのこともよく知っているってわけね」

 こういった昔の漫画やアニメの話をすると喜ぶ人間は一定数いる。
 彼女の周りにはファンやパトロンも含め特に多い。
 みのりはそういう人を喜ばせるために色々勉強したが、それ自体は別に嫌いではなかった。
 むしろ好きな方である。

「あのね、あたし考えてみたの。あたしが他の人より一番優れていて、一番持っているものって何かって。世界で一番っていえるほどのものを。なんだかわかる?」
「その問いに答えよう。わからぬ。君は優れた才能と実力を持っているが、世界一のものは無いのではないか」
「そっか、神様でもわからないことがあるのね。安心したわ」

 みのりはそう言って胸をなでおろす。
 そして、神も驚かす台詞を吐いた。

「だって、神さまでも知らないことだってわかったんだもの、絶対的に優位なあのエゴルトだって出し抜けるはずよ、あたしの一番は」
「それは興味深いな。その、とどろくような一番とは何かな? そして君の願いにも関心がある」
「ええ、じゃあ願うわ」

 決意を固めるように軽く息を吸い、みのりはその願いを口にする。

「あたしは、あたしと結婚した相手のものを一方的に共有したい。それはお金であったり、コネであったり、力であったり、若さだったり、命だったり、とにかく色々たくさん」
「なるほど、一方的とはつまり君は搾取する側ということかな」
「いいかたー、でもそうよATMみたいにね。逆はないわ。相手があたしのものを引き出すのはNGよ」
「理解した」
「結婚の条件は簡単よ。どちらかが結婚の申し込みをして、相手が了承すればそれでいいの。口でも書面でもいくらでもどんとこいよ」
「いくらでもとは重婚も当然OKということだな」
「もちのロンよ。さらにこれは過去や夢の中のことでも適用されるわ。ああ、時間改変とかがあっても有効だから。そこんとこヨロシク」

 指をピッと動かし、みのりはポーズを決める。

「なるほど、一番とは結婚した相手の数ということか。君がいつもやっているパフォーマンス『結婚してー! いいよー!』でも成立しているということだな」
「わかってるじゃないの。ちなみに命を搾取……、じゃなくて共有するってことはあたしが死ぬような怪我をしても、自動的に相手の命を使ってよみがえるってことも可能よね。超人がゴワゴワゴワってなるみたいに」
「その問いに答えよう。にすれば可能だ」
「じゃあ、それで。あ、でも誰のを使うかは自分で決めたいな。あとはこの人の命だけは後回しにしたいとかもできないかしら?」
「無論、にすれば可能だ。君の頭の中に優先リストが浮かぶようにしておこう」
「すってきー! 流行りのステータスオープンとかパラメーター変更とかってやつね。うん、それがいいわ筋力とか器用さとかも奪え……、ちょっと借りれるようにしたいなー、もちろん合算可能で。でっきるかな? でっきるかな?」
「はてはてほほー! とまあ冗談はそのくらいにして、その問いに答えよう」

 そしてその場に数秒の沈黙が流れ、

「「にすれば可能だ」でしょ」

 ふたりの声がハモった。

「神さまってサイコーね。あとひとつ、いやふたつ、いやいやみっつ付け加えていいかしら」
「なにかね?」
「あたしのこの願いが叶うタイミングはあたしが死亡する直前で、他の人の”祝福”や超常の能力で無効化されず、さらにこの内容は鈴成凛悟が”祝福”で手に入れた”本”には載らないようにできないかしら?」

 流石にこれはやり過ぎではないかとみのりは思った。
 ここまで何でもありだとゲームとして成り立たないと判定されるのではないかとも。
 だが、彼女は運がよかった。
 こういう後付けには前例があったのだ。

「欲しがり屋さんだな」
「だってあたしは欲張りなアイドルだもの」
「だが、その問いに応えよう。ありだとも」
「ヒュー。こいつはいいわね。惚れちゃいそうだわ。結婚してくれない?」
「その問いには、断じてNoだ」
「ちぇー、ノリでひっかからなかったか。まあいいわ。これで終わりよ」
「そうか、願いは叶えた。では、さらばだ」
 
 最後までノリを崩さない神にみのりは軽く手を振るとクルリと後ろを向き、

「ああ、あとそれと、これは当然のことだと思うけど……」

 最後にみのりは神の方を振り返って言った。
 
「もちろん、結婚相手の”祝福”も一方的に搾取できるから」
 
 みのりはもはや取り繕うこともしなかった。

 ◆◆◆◆
 ◇◇◇◇

 福岡ドームの屋根は開閉式になっていて、イベント上、問題がなければ開かれている。
 そこにバリバリバリと音を立て、一台のヘリが現れた。
 もう彼女の周囲にファンはいない。
 みな、遠巻きに見つめるだけ。
 たったひとりみのりはドームのセンターに立つ。

「あら、お迎えのヘリかしら。約束通りね。やっほー! こっちですよー!」

 そのヘリは迎えのヘリだった。
 彼女の言う通りのヘリだった。
 
 ドゥルルルルルッルバババババババ

 回転音を響かせヘリの機関砲が火を噴く。
 弾丸のシャワーを浴びる度にみのりの身体は崩れ、そして再生を繰り返す。
 それを遠巻きに見つめるファンたちがバタバタと倒れていく。
 
 ……ヘリからの掃射が終わってもみのりは平然と立っていた。
 死屍累々ししるいるいのファンの中、立っていた。
 
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