祝福ゲーム ──最初で最後のただひとつの願い──

相田 彩太

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第3章 夢よもういちど

3-9.虚実の逃亡 花畑 蜜子

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 ギュリリッリと音を立てて車のタイヤが悲鳴を上げた。

「センパイ! ちょっとどうしたんですか!?」

 快適なドライブから一転、峠を攻め始めた凛悟ドライバーに蜜子は驚きの声を上げる。

「会話はゆっくりと、舌を引くのを意識するんだ。でないと舌を噛む」
「らから、どうして急にスピートを上げて!?」
「答えはバックミラーの中だ」

 バックミラーに映った車はどこにでもありそうな紺色のキャンピングタイプの乗用車。
 ただひとつ違うのは、フロントガラスも含め全てマジックミラー張りであること。

「……えへと、あれってエロい車じゃないですよね?」
「そうだったら山への道に入ってこないだろうよっ、と」

 ふたりの乗る車は県道を外れ、山へと続く観光道路に入る。
 マジックミラー号もそれに続く。

「ひょぉとして、野外露出エロプレイカーだったりしません?」
に乗ってみたいか?」
「遠慮しときます。あたしは清純派なので」
「妄想はそれくらいにして現実を見たほうがいいな。スピードを上げるぞ」

 蜜子が背中にGを感じながらミラーを見ると、マジックミラー号と少しずつ距離が離れていく。

「やりましたよ! 後ろの車を振り切っています!」
「ああいう車は防弾で重いからな。カーブの多い昇りの山道なら小回りの利く方が有利さ」
「さっすがぁ! あの車ってやっぱりエゴルトさんの刺客でしょうか?」
「間違いないな。普通に交渉するなら『蜜子と”本”を渡せ』だなんて要求はしないだろう。最初っから奪うつもりなのさ」

 蜜子は思い出す。
 凛悟とエゴルトの会話の中で、エゴルトが”本”だけでなく自分も要求したことを。
 そして凛悟は即座に断ったことも。
 少し嬉しかったことも。

「でもなんで街じゃなく山に逃げるんですか? この道は山頂近くで行き止まりですよ?」

 地図アプリを見ると、この道は山頂の手前の駐車場で終わっている。
 そこから見える景色は風光明媚ふうこうめいびであることは間違いないが、このままだと最後には追い付かれてしまうだろう。

「街に逃げないのは追手を見分けるためだ。街中だと一般人か扮装ふんそうしたエージェントかわからないだろ」
「なるほど、じゃあどんづまりに逃げるのは?」
「組織力は相手が上だ。いつまでも逃げきれない。だから隠れるしかないのさ。どこかから山道に入って隠れるぞ。数日隠れ通せれば藤堂かグッドマンさんが協力者を説得してくれる。そうすれば俺たちの勝ちだ」
「でもどうやって? スマホがないと連絡できませんし、スマホがあるとGPSで居場所がバレちゃいますよ。エゴルトってスマホから位置情報抜いてるんでしょ」

 世界的なIT企業エボルトテック社ならそれくらいやりかねない。
 いや、やっているとふたりは確信していた。

「俺の願いを忘れては困るな。スマホは捨てる。だが”本”があれば誰がいつどんな願いをしたかがわかる。ふたりには伝えてある。協力をとりつけたら、まずは”ルール撤廃”を願ってくれと。グッドマンさんがケビン君を説得できたら、それが合図。ぴったり3分後に蜜子が”死者復活”を願う。この間隔がキモさ。そうすれば藤堂は手の聖痕スティグマの変化で合図だとわかる。藤堂でフィニッシュだ」
「藤堂さんがみのりちゃんを説得した場合は?」
「そっちはもっと簡単さ。ふたりが連続して願えば”本”が知らせてくれる。蜜子、お前がフィニッシャーだ」
「すっごい! カンペキですっ!」

 改めて蜜子は”本”の願いがこんなにも強力であることを感じていた。
 これなら負けるはずがない。
 センパイの頭脳は世界的CEOにだって負けないとも。
 だが、そう思えたのは数秒の間だけ。
 
 ガフンン

 何か堅いものに乗り上げたような感覚の後、車のスピードがガクンと落ちる。

「スパイクだ! やられた!」

 乗り上げたのは海外で車の侵入防止に使われるスパイク。
 タイヤをパンクさせ機動力を奪うためのもの。

「センパイ、追いつかれちゃいますよ!」
「いや、前だ! 読まれてた! 待ち伏せだ!」

 プロに言わせれば、所詮は平和な国での真似事。
 世界各国に足を広げ、時には武装テロリストも相手取るテック企業の特命部隊からすれば、凛悟たちの行動を読むことは容易。
 いや、取りうる行動の全てに網をはることなど造作もないことだった。

「引き返して適当な所で山に入るぞ!」

 パンクしても少しなら走行は可能。
 Uターンをして進み出した車の上から、ふたりに絶望の音と光が降ってきた。
 バリバリとしたヘリのローター音とサーチライトの光が。

「センパイ、どうします!? すぐに山に入りますか?」
「あ、ああ。山に…、いやヘリに追跡されながらだと……、少しでも目を背けさせれば……」

 蜜子は見た。
 凛悟の顔が今までにない焦燥しょうそうに駆られていることを。
 そして気付いてしまった。
 このままだと負けると。
 だから決断した。

「センパイ、急ですけど。あたしセンパイのこと嫌いになりました!」
「は!?」

 助手席から伸びた手がハンドルを揺らし、車は大きく曲がってガードレールに衝突する。
 
「蜜子、何を!?」
「あたし、裏切ります!」

 凛悟が体勢を立て直す前に蜜子はシートベルトを外し、車外に躍り出る。
 その手に”本”を握って。
 サーチライトの光が彼女を照らし、蜜子は駆け足で道を下り始めた。
 だが1分も経たないうちに立ちふさがったマジックミラー号に足を止められる。
 ミラー号から金髪の女性が出てきた時、蜜子は感じた。
 この女がリーダだと。
 理由は自信のありそうな美人で、偉そうな歩き方をしていたから。
 つまり直感であるが、それは正しかった。

「あなたがエゴルトさんの使いの人」
「そうよ。特別秘書のレイニィ」
「レイニィさん、エゴルト社長に伝えて。あたし寝返りますって。これは手土産」

 レイニィに向けて蜜子は手に持った”本”を掲げる。

「見せてもらってもいいかしら」
「どうぞ」

 ”本”を受け取ったレイニィはそれをパラパラとめくる。
 そして、とあるのページで手が止まった。
 蜜子は大体の位置からそれが凛悟のページだとわかった。
 そして安堵した。

「なるほど。追い回すのは悪そうね。谷にでも落ちて死なれると困るわ」

 そのページを見たレイニィがインカムから指示を出し、そこからにストップという音を拾ったから。
 
「どう、いい手土産でしょ。お高いわよ」

 蜜子の問いにレイニィは顔を逸らし、インカムをトントンと叩いて誰かと会話する。
 数秒の間をおいて、

「いいわ、乗りなさい」

 半身を傾け、レイニィはそう言って蜜子を車へといざなった。

「わーい、あたしこういう車、一度乗ってみたかったの」

 レイニィに誘われるまま、蜜子はマジックミラー号へと進んでいった。
 ヘリからのサーチライトの光が、スポットライトのように彼女を照らしていた。
 
 
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