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第1章 夢のおわり

1-3.第3の願い ミラ・ミュラー

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 ミラは読書家だった。
 物語を愛する若い女性だった。
 神話から歴史、寓話から伝記、SFにファンタジー、空想に妄想、恋愛からビジネス。
 おおよそ人の想像力が生み出した物語が大好きだった。
 もちろん媒体は小説に留まらず、漫画やアニメ、映画に戯劇ぎげき
 どんなものでも楽しめ、そして喜びを見い出す女性だった。
 だから神から”祝福”を与えられた時、彼女は少し迷った。
 彼女は現状に不満を持っていなかったし、その願いで世界中の人々を救おうといったこころざしも持ち合わせていなかったから。
 いて言えば、今のままの日常が続くことが彼女の望みだった。
 数分の迷いの後、彼女の心は決まった。

「ようこそ神の座へ、Missミス.ミラ。我は貴女あなたの来訪を歓迎する」
「あら、わたくしのことを存じていらっしゃるのかしら?」
「その問いに答えよう。もちろんだとも、とてもよく知っているさ」

 神はそう言うと、朗々と語り始める。

「ミラ・ミュラー、27歳のアメリカ人。職業はライター。生まれはメリーランド、ルーツはドイツブレーメン。家族構成は両親と兄と弟とペットのダックスフント。趣味は読書に観劇に映像鑑賞。鑑賞系なら何でもウェルカム。好きな食べ物はピザにポテトフライ、それをチョップスティックで食べるのが最近のトレンド。箸で食べるようになったのは日本のアニメの影響。好きなシェイクスピア作品は”お気に召すまま”。好きなSF作品は”プロジェクト・ヘイル・メアリー”。好きなアニメはディズニーの”アラジン”と日本の”機動警察パトレイバー the Movie”。これは1作目だな。今まで一番見た映画は”スーパーサイズミー”。これはダイエットの時に必ず見るからであって好きだからではない。口調がお嬢様なのは『先祖はゲルマン貴族でしたの』と自称したことがきっかけ」

 全部合っている。
 それはミラがいつも頭の中で考えていた自分のプロフィールと完全に一致していた。

「なるほど、神を自称するだけあって全て知ってらっしゃるということですね」
「その問いに答えよう。そうではない、我は全知とは程遠い」
「あら、それではわたくしの願おうとしていることもご存知ないのですか」

 神は珍しく『その問いに答えよう』とは続けず、沈黙を保った。

「あら、ご存知ないのですね。なるほど、この物語の行方ゆくえ貴方あなたにもわからないということですか」
「その問いに答えよう。その通りだ、直近まではわかるが、行方ゆくえはわからぬ。だから我はあえて聞こう。貴女あなたの願いを」

 神の声を受け、ミラは胸を張り、真っ直ぐに神とその隣の虚空に向かって宣言する。

「わたくしの願いは『この願い事による因果から完全に外れて、おもしろおかしくこの物語の顛末てんまつを見届けたい』ですわ」

 その願いは最初から彼女が考えていた願い。
 彼女は物語が好きだった。
 だけど、物語の主人公になりたいわけではなかった。
 目の前を駆け抜けていく物語を感じるのが好きだった。
 彼女が神の座で”祝福ゲーム”の説明を聞いた時、彼女は思った。
 ”自分は幸運である”と。
 それは祝福者に選ばれたからではない。
 彼女は自分が置かれた状況を正しく理解していたから。
 これは”バトル・ロワイヤル”や”ハンガーゲーム”といったデス・ゲームものだと。
 そして、確信してもいた。
 早々に何とかしないとろくなことにならないと。
 だから、彼女の願いを端的に言えば……。

 ”傍観者になりたい”

 この一言ひとことに尽きる。
 
「その願いを叶えよう! 君の席はここに用意してある。食べ物もドリンクも、温かいベッドから各種アメニティまで、鑑賞に必要なものは何でも用意しよう、さあ楽しみたまえ!」

 神の隣の闇にスポットライトがあたり、そこにサイドテーブル付のソファーが浮かび上がる。
 スカートをひるがえしてソファーにポフッと座ると、彼女の隣のソファーから「よろしければどうぞ」とトレイにのったドリンクとフードが提供サーブされた。
 ミラは先客がいたことに少し驚くが、すぐに平静を取り戻す。
 当然といえば当然、彼女の左手の数字は消えてしまったが、願う直前の数字は”22”。
 既にふたりの願いが叶えられているのだから、その中に自分と同じ願いを願った人がいてもおかしくない。

「ありがとう、あなたも見物組ですの」
「ええ、それがわたくしの心からの願いですから」

 暗がりの中に光が射し、ミラは隣に座った女性の姿を見る。
 そして再び驚きの感情に支配された。
 隣に座っていた人物はミラと全く同じ姿をしていた。

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