上 下
111 / 120
第八章 延長戦

その4 たとえ師が敵だとしても

しおりを挟む
 た……頼もしい仲間たちの様子を横目で見つつ、俺は自分の調理を進める。
 俺の隣のテーブルでは蘭子が大量の小型の鍋に豆乳を注ぎ、固形燃料で温めている。

 「は~い、どんどんもってきて~」

 蘭子の友人たちが手毬寿司を次々と持ってくる。
 そして蘭子は櫛を使って、豆乳鍋から白い膜を引き上げる。
 汲み上げ湯葉だ。

 「どんどん、いくよ~」

 湯葉は一枚引き上げると、次が出来るまで数分かかる。
 あの大量の鍋は切れ間なく湯葉を作るための物だ。
 
 「手作り湯葉の手毬寿司のできあがり~!」

 湯豆腐を思い出して欲しい。
 湯葉と米の相性は思った以上に良いものだ。
 
 蘭子の隣で油揚げと漬物を刻んでいるのが部長だ。
 いつもの部長なら『なぜかオラ、ワケもなくいなり寿司が好きなんだ! 1000個つくるぞー! うららー!』とでも雄叫びを上げそうだが、今回はしおらしく『これを食べさせたい人がいるの』と言っていた。
 誰なのだろう? うざ子……じゃないよな。

 そして、俺は味噌と山椒を混ぜている。
 これを塗って、トースターで焼いて大葉で挟めば完成だ。
 これは、うちの定番料理でもある。

 今回、俺がみんなに仕込んだ手毬寿司の作り方は簡単だ。
 コトコト飯と同じ作り方だ。
 飯をお椀に入れて、上から同じお椀を重ねて上下に振れば、中で丸おにぎりになる。
 古くは戦国時代から受け継がれる、おにぎりの早作りの技だ。
 それを酢飯で、小さい子供茶碗でやれば、手毬寿司の出来上がりだ。
 簡単で早く、そして難しい技術を必要としない。
 これをベースにする事で俺たちは大量生産を可能としているのだ。

 「これはスゴイ! 一口サイズの手毬寿司が脅威のメカニズムで量産されていくーぅ! そして、数々のバリエーションで埋められていくぅー! 一方の魚鱗鮨はどんな寿司で対抗するのかぁー!?」

 中央のビジョンに映し出された魚鱗鮨の調理台には大量の巻き簾まきすが置かれていた。
 巻き寿司か!?

 「ぐわーはっはっは! 儂らは太巻きで勝負よ!」
 「大量に用意された鮮魚と生鮮を絶妙のバランスで巻く! この黄金比は唯一無二よ!」
 「愛情もたっぷり巻きますっ!」
 
 あっちは太巻きで来るのか。
 俺たちの手毬寿司で勝てるかは分からない。
 だけど、もはや引き返せない。
 ただ、進むのみだ!

◇◇◇◇◇

 「タイムアーップ! さて、会場の紳士淑女のみなさま! いよいよ最後の対決となりました。あの激闘から24時間。心待ちにされた方も多いでしょう! 数は十分にあります! 押し合わず、走らず、そして節度を守って試食下さい! それでは延長戦! 審査開始です!」

 それが合図だった。
 飢えた一万人の軍勢が俺たちに襲い掛かって来たのだ。

 それからの1時間は思い出したくない。
 渡しても、渡しても、伸びて来る手。
 消えていく皿、積み上がる皿。
 ステージの一角から聞こえる『あーん、そんなにがっつかないでぇ!!』という声。
 だが、それでも、各所から聞こえる『うまい』の声が、俺を俺たちを奮い立たせた。

 「ひと段落したようだな」

 師匠が俺に声を掛けて来る。
 その手には師匠が作った手毬寿司があり、俺も自分の手毬寿司を持っている。

 「ではゆくか」
 「あたしも~」
 「私も行くわ」

 向かう先はただひとつ、寿師翁たちの所だ。

 寿師翁の周りにはみんながいた。
 ビッグバストブービーズ激辛辣火ファイヤーヒート、タベルト・ツクルト・ミンナト、三好・クイーンズ。
 みながみな、自らの最高料理フェイバリットを味わってもらいたかったのだ。

 「この鹿レバーは! これだけで活力が湧いてきそうだ! このセミの筋肉を集める手間を惜しまぬとは! ニワトリのエサすらも辛み付けにつかう徹底ぶり! 儂はボインちゃんが大好物じゃ!」

 次々とみんなの寿司を口に運び、ご満悦の様相を見せていた寿師翁だが、師匠と俺たちを見ると、その顔から笑みが消えた。  

 「やはり来たか」

 意を決したかのように寿師翁が言った。

 「ああ、すまんが道を開けてくれ」

 師匠がそう言うと、人の塊が割れ、そして道が出来た。

 「この裏切り者が! どの面を下げて!」と土御門が言う。
 「なぜ来たの!? こんなに苦しいのなら……悲しいのなら……愛などいらない!」と涙を流して安寿さんが言う。

 3人も俺たちを待っていたようだ。

 「フハハハハ! 久しぶりだな、ここに来た理由が聞きたいか?」

 師匠が皿を手に体を捻ったポーズを決める。

 「いや、よい。こやつの心など、寿司を食えばわかる」
 「まあ、そうだな」
 「ええ、寿司ほどに雄弁に語る存在はありませんもの」

 えっ!? 本気マジで!? 
 本当に分かり合えるの!?
 そして、3人は師匠の寿司を手に取る。

 「こっこれは!?」
 「なんて美しさなの! 米粒すら透けて見えるわ!」
 「ほほう、やるではないか」

 師匠が作ったのはウマヅラハギの手毬寿司。
 だが、その技の次元が違う。

 「これは!? まさか4枚引き!?」
 「そうだ! これが拙者の『薄氷うすごおり』よ!」

 フグに代表される弾力のある白身魚には、2枚引きという技法がある。
 切り取った刺身に、さらに包丁を入れて、蝶のように開かせるのだ。
 師匠は開いた左右にさらに包丁を入れ、4枚に開かせた。
 それを笠のように手毬寿司に乗せている。
 『薄氷』、その名の通り、氷を思わせる透明な美しさを持つ寿司だ。

 「だがっ! 肝心なのは味よ! 寿司はただの包丁自慢ではないっ!」

 そして、3人は『薄氷』を口にする。
 
 「ああっー! これはー! 憎しみや悲しみ、恨みや怒り、忌むべき感情が! 負の感情を全く感じない澄んだ心!」
 「ああっ! 感じる! 愛を感じる! 満たされた! あたしは、今、初めて満たされたぁー!!」
 「見事な出来前よ、また、腕を上げたようだな」

 3人が師匠の寿司に感嘆の声を上げる。
 本当にわかりあってる!!

 「でもなぜ!? なぜ裏切ったのです、兄貴!」
 「そうよ兄さん! どうして!? どうしてなの!?」

 土御門と安寿さんが師匠に問いかける。

 「まだわからぬのか。こやつは最初から裏切っておらぬ」

 そう、師匠は裏切ってなんかいない。

 「こやつはな……儂らに寿司を作らせたかったのよ」
 「へ? し、師匠……お言葉ですが、寿司なら毎日握っているではありませんか!」
 
 寿師翁の言葉に土御門が異を唱える。

 「未熟だぞ! 土御門!」
 「だから貴様はアホなのだぁ!!」
 「ふえぇ……」

 ふたりの叱責の前に土御門が涙目になる。

 「儂らはな。確かに昨年の大会で優勝した」
 「そう、料理して……料理して……料理し抜いて『超絶・オブ・ザ・ 悶絶』の称号を手にした」

 うわぁ、なんて欲しくない称号なんだ。

 「そして、優勝して、ふと振り返ってみたのよ……そうしたら、見えてきたのだ……とある真実が」
 「……と、とある真実とは!?」

 土御門が唾を飲みこんで問いかける。

 「「そういえば! 俺たち一度も大会で寿司を作ってない!!」」
 「あーっ! そう言われてみれば!!」

 うん、やっぱり土御門はちょっとお馬鹿さんだな。

 「そう! 拙者たちが優勝したのは確かに嬉しい! だが、敬愛する師匠の素晴らしい寿司の腕前を披露できなかった事が心残りだった! そして、第二回大会の招待状が届いた時、拙者は思ったのだ『このままでは、また寿司を作らずに優勝してしまう!』と」

 実際に魚鱗鮨は、今大会でも寿司を握らずに決勝まで来た。
 師匠の懸念は当たっていたのだ。

 「だから拙者は考えた! 魚鱗鮨からのメンバー参入依頼を『後進に譲る』と断ったのはそのためだ! 拙者のような心残りを抱えて優勝などして欲しくない。お前たちの鍛え上げた寿司の技を、大会という大舞台で披露したいと! そのために魚鱗鮨と『寿司』で戦ってくれるチームを、チームメイトを探した!」
 「そ……そんな、全てがわたしたちへの愛のためだったなんて!!」
 「だが、メンバー探しは困難を極めた。当然だ、どの料理店も『自分の得意料理で勝負したい』、『自分の店の看板メニューを披露したい』、そう思うのが当然だ。寿司で勝負してくれる料理人など見つからなかった」
 「な、なら、寿司職人と組めば! いや、理由を話してくれれば、俺がネオ魚鱗鮨のチームメイトとして!」
 「それではダメなのだ、それでは、月に一度の魚鱗鮨での品評会の延長にしかならぬ。馴れ合いになってしまうのだ」

 そう、師匠は悩んでいた。
 このままでは、チームが組めず、魚鱗鮨は再び寿司を握らずに優勝してしまうだろうと。

 「そんな時、現れたのがボスだ」

 そう言って、師匠は部長を指差す。

 「そう、私よ。私は昨年大会のビデオを見て、先生と同じ考えに至ったわ。そして、きっと先生は店や料理に囚われないチームを求めていると。そして私たちは、どんな料理を作ってでも勝ちたいという気持ちがあったの。利害が一致したのね」
 「そう、ボスは拙者に会うなりこう言った『史上最弱の女が史上最強の男をさそいにきた。魚鱗鮨と組んだのも一度なら、私と組むのも一度。機会が二度、君のドアをノックすると考えるな』と」

 おい待て、1000万パワー。

 「そして、拙者はボスと手を組んだ。ただのひとつの報酬を条件として」
 「そう、私からの報酬は『もし魚鱗鮨と戦う事になったら、寿司をお題として戦う』、これだけよ。それと引き換えに私は、私たちを優勝に導くようコーチをお願いしたの」

 そう、部長が蘭子とのアメリカン和菓子対決で『私が勝ったら大会期間中の指示や方針は私に従ってもらうわ』と言ってたのは、この為だったのだ。

 「そして、拙者は覆面を被り謎の忍者料理人”食影”として『料理愛好倶楽部』に協力した。覆面をしていたのは、お前たちに本気で戦ってもらうためだ。馴れ合いにならないようにだ」

 俺が一昨日の晩に語った、師匠が俺たちに協力してくれる理由。
 それが、今、目の前で語られていた。

 「そ、そんな! 俺は今になって初めて兄貴の悲しみを知った! なのに俺は、あんたに張り合う事だけを考えていた! 話を聞こうともしなかった! なのに兄貴は最初から最後まで俺たちの事を……」
 「わ、わたしも、あなたの愛を疑って……ごめんなさい! にいさん! あなた兄さんよ! やっぱり、あたしの兄さんよ!」
 「拙者も、拙者も、つらかった! 言えずに、つらかったぞ!」
 「「にいさーん!」」
 
 3人は抱き合い、涙を流した。

 「ぐふっ!!」

 寿師翁が口を押さえ、膝を着く。
 それを、3人が支え、服をゆるめる。

 「すまぬ、みんな、もっと食いたいのだが……儂の胃には一片たりとも空きがのこってないのだ」
 「くいすぎなのよ! くいすぎだと言ったのにぃ!」

 安寿さんが心配そうな声を掛ける。

 「ああ……山田、お前が新宿店にいかなければ」
 「料理バトルなんぞに参加しなければ、こんな嬉しくて悲しい事にはならなんだのに……」

 うん、美味しい料理が残っているのに満腹なのは悲しいよね。
 そして、4人は笑顔で寿司を食べている1万人の群衆を見る。

 「うつくしいなぁ……」
 「はい、とてもうつくしゅうございます」

 そして、4人は拳を握りしめる。
 
 「ならば!」
 「流派! 東京!魚鱗鮨ぎょりんずしは!」
 「大道りおうどおりそばよ!」
 「全品ぜんぴん!!」
 「鮮烈せんれつ!!」
 「天麩羅てんぷら!!」
 「共演きょうえん!!」
 「見よ! 当店は! あかい看板がめじるしぃー!!!!」
 
 そして、4人はカメラ目線で決めポーズを取った。
 うん、店の宣伝も重要だよね。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

6年3組わたしのゆうしゃさま

はれはる
キャラ文芸
小学六年の夏 夏休みが終わり登校すると クオラスメイトの少女が1人 この世から消えていた ある事故をきっかけに彼女が亡くなる 一年前に時を遡った主人公 なぜ彼女は死んだのか そして彼女を救うことは出来るのか? これは小さな勇者と彼女の物語

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

太夫→傾国の娼妓からの、やり手爺→今世は悪妃の称号ご拝命〜数打ち妃は悪女の巣窟(後宮)を謳歌する

嵐華子
キャラ文芸
ただ1人だけを溺愛する皇帝の4人の妻の1人となった少女は密かに怒っていた。 初夜で皇帝に首を切らせ(→ん?)、女官と言う名の破落戸からは金を巻き上げ回収し、過去の人生で磨いた芸と伝手と度胸をもって後宮に新風を、世に悪妃の名を轟かす。  太夫(NO花魁)、傾国の娼妓からのやり手爺を2度の人生で経験しつつ、3度目は後宮の数打ち妃。 「これ、いかに?」  と首を捻りつつも、今日も今日とて寂れた宮で芸を磨きつつ金儲けを考えつつ、悪女達と渡り合う少女のお話。 ※1話1,600文字くらいの、さくさく読めるお話です。 ※下スクロールでささっと読めるよう基本的に句読点改行しています。 ※勢いで作ったせいか設定がまだゆるゆるしています。 ※他サイトに掲載しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

処理中です...