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第八章 延長戦
その4 たとえ師が敵だとしても
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た……頼もしい仲間たちの様子を横目で見つつ、俺は自分の調理を進める。
俺の隣のテーブルでは蘭子が大量の小型の鍋に豆乳を注ぎ、固形燃料で温めている。
「は~い、どんどんもってきて~」
蘭子の友人たちが手毬寿司を次々と持ってくる。
そして蘭子は櫛を使って、豆乳鍋から白い膜を引き上げる。
汲み上げ湯葉だ。
「どんどん、いくよ~」
湯葉は一枚引き上げると、次が出来るまで数分かかる。
あの大量の鍋は切れ間なく湯葉を作るための物だ。
「手作り湯葉の手毬寿司のできあがり~!」
湯豆腐を思い出して欲しい。
湯葉と米の相性は思った以上に良いものだ。
蘭子の隣で油揚げと漬物を刻んでいるのが部長だ。
いつもの部長なら『なぜかオラ、ワケもなくいなり寿司が好きなんだ! 1000個つくるぞー! うららー!』とでも雄叫びを上げそうだが、今回はしおらしく『これを食べさせたい人がいるの』と言っていた。
誰なのだろう? うざ子……じゃないよな。
そして、俺は味噌と山椒を混ぜている。
これを塗って、トースターで焼いて大葉で挟めば完成だ。
これは、うちの定番料理でもある。
今回、俺がみんなに仕込んだ手毬寿司の作り方は簡単だ。
コトコト飯と同じ作り方だ。
飯をお椀に入れて、上から同じお椀を重ねて上下に振れば、中で丸おにぎりになる。
古くは戦国時代から受け継がれる、おにぎりの早作りの技だ。
それを酢飯で、小さい子供茶碗でやれば、手毬寿司の出来上がりだ。
簡単で早く、そして難しい技術を必要としない。
これをベースにする事で俺たちは大量生産を可能としているのだ。
「これはスゴイ! 一口サイズの手毬寿司が脅威のメカニズムで量産されていくーぅ! そして、数々のバリエーションで埋められていくぅー! 一方の魚鱗鮨はどんな寿司で対抗するのかぁー!?」
中央のビジョンに映し出された魚鱗鮨の調理台には大量の巻き簾が置かれていた。
巻き寿司か!?
「ぐわーはっはっは! 儂らは太巻きで勝負よ!」
「大量に用意された鮮魚と生鮮を絶妙のバランスで巻く! この黄金比は唯一無二よ!」
「愛情もたっぷり巻きますっ!」
あっちは太巻きで来るのか。
俺たちの手毬寿司で勝てるかは分からない。
だけど、もはや引き返せない。
ただ、進むのみだ!
◇◇◇◇◇
「タイムアーップ! さて、会場の紳士淑女のみなさま! いよいよ最後の対決となりました。あの激闘から24時間。心待ちにされた方も多いでしょう! 数は十分にあります! 押し合わず、走らず、そして節度を守って試食下さい! それでは延長戦! 審査開始です!」
それが合図だった。
飢えた一万人の軍勢が俺たちに襲い掛かって来たのだ。
それからの1時間は思い出したくない。
渡しても、渡しても、伸びて来る手。
消えていく皿、積み上がる皿。
ステージの一角から聞こえる『あーん、そんなにがっつかないでぇ!!』という声。
だが、それでも、各所から聞こえる『うまい』の声が、俺を俺たちを奮い立たせた。
「ひと段落したようだな」
師匠が俺に声を掛けて来る。
その手には師匠が作った手毬寿司があり、俺も自分の手毬寿司を持っている。
「ではゆくか」
「あたしも~」
「私も行くわ」
向かう先はただひとつ、寿師翁たちの所だ。
寿師翁の周りにはみんながいた。
B・B・B、激辛辣火、タベルト・ツクルト・ミンナト、三好・クイーンズ。
みながみな、自らの最高料理を味わってもらいたかったのだ。
「この鹿レバーは! これだけで活力が湧いてきそうだ! このセミの筋肉を集める手間を惜しまぬとは! 鶏のエサすらも辛み付けにつかう徹底ぶり! 儂はボインちゃんが大好物じゃ!」
次々とみんなの寿司を口に運び、ご満悦の様相を見せていた寿師翁だが、師匠と俺たちを見ると、その顔から笑みが消えた。
「やはり来たか」
意を決したかのように寿師翁が言った。
「ああ、すまんが道を開けてくれ」
師匠がそう言うと、人の塊が割れ、そして道が出来た。
「この裏切り者が! どの面を下げて!」と土御門が言う。
「なぜ来たの!? こんなに苦しいのなら……悲しいのなら……愛などいらない!」と涙を流して安寿さんが言う。
3人も俺たちを待っていたようだ。
「フハハハハ! 久しぶりだな、ここに来た理由が聞きたいか?」
師匠が皿を手に体を捻ったポーズを決める。
「いや、よい。こやつの心など、寿司を食えばわかる」
「まあ、そうだな」
「ええ、寿司ほどに雄弁に語る存在はありませんもの」
えっ!? 本気で!?
本当に分かり合えるの!?
そして、3人は師匠の寿司を手に取る。
「こっこれは!?」
「なんて美しさなの! 米粒すら透けて見えるわ!」
「ほほう、やるではないか」
師匠が作ったのはウマヅラハギの手毬寿司。
だが、その技の次元が違う。
「これは!? まさか4枚引き!?」
「そうだ! これが拙者の『薄氷』よ!」
フグに代表される弾力のある白身魚には、2枚引きという技法がある。
切り取った刺身に、さらに包丁を入れて、蝶のように開かせるのだ。
師匠は開いた左右にさらに包丁を入れ、4枚に開かせた。
それを笠のように手毬寿司に乗せている。
『薄氷』、その名の通り、氷を思わせる透明な美しさを持つ寿司だ。
「だがっ! 肝心なのは味よ! 寿司はただの包丁自慢ではないっ!」
そして、3人は『薄氷』を口にする。
「ああっー! これはー! 憎しみや悲しみ、恨みや怒り、忌むべき感情が! 負の感情を全く感じない澄んだ心!」
「ああっ! 感じる! 愛を感じる! 満たされた! あたしは、今、初めて満たされたぁー!!」
「見事な出来前よ、また、腕を上げたようだな」
3人が師匠の寿司に感嘆の声を上げる。
本当にわかりあってる!!
「でもなぜ!? なぜ裏切ったのです、兄貴!」
「そうよ兄さん! どうして!? どうしてなの!?」
土御門と安寿さんが師匠に問いかける。
「まだわからぬのか。こやつは最初から裏切っておらぬ」
そう、師匠は裏切ってなんかいない。
「こやつはな……儂らに寿司を作らせたかったのよ」
「へ? し、師匠……お言葉ですが、寿司なら毎日握っているではありませんか!」
寿師翁の言葉に土御門が異を唱える。
「未熟だぞ! 土御門!」
「だから貴様はアホなのだぁ!!」
「ふえぇ……」
ふたりの叱責の前に土御門が涙目になる。
「儂らはな。確かに昨年の大会で優勝した」
「そう、料理して……料理して……料理し抜いて『超絶・オブ・ザ・ 悶絶』の称号を手にした」
うわぁ、なんて欲しくない称号なんだ。
「そして、優勝して、ふと振り返ってみたのよ……そうしたら、見えてきたのだ……とある真実が」
「……と、とある真実とは!?」
土御門が唾を飲みこんで問いかける。
「「そういえば! 俺たち一度も大会で寿司を作ってない!!」」
「あーっ! そう言われてみれば!!」
うん、やっぱり土御門はちょっとお馬鹿さんだな。
「そう! 拙者たちが優勝したのは確かに嬉しい! だが、敬愛する師匠の素晴らしい寿司の腕前を披露できなかった事が心残りだった! そして、第二回大会の招待状が届いた時、拙者は思ったのだ『このままでは、また寿司を作らずに優勝してしまう!』と」
実際に魚鱗鮨は、今大会でも寿司を握らずに決勝まで来た。
師匠の懸念は当たっていたのだ。
「だから拙者は考えた! 魚鱗鮨からのメンバー参入依頼を『後進に譲る』と断ったのはそのためだ! 拙者のような心残りを抱えて優勝などして欲しくない。お前たちの鍛え上げた寿司の技を、大会という大舞台で披露したいと! そのために魚鱗鮨と『寿司』で戦ってくれるチームを、チームメイトを探した!」
「そ……そんな、全てがわたしたちへの愛のためだったなんて!!」
「だが、メンバー探しは困難を極めた。当然だ、どの料理店も『自分の得意料理で勝負したい』、『自分の店の看板メニューを披露したい』、そう思うのが当然だ。寿司で勝負してくれる料理人など見つからなかった」
「な、なら、寿司職人と組めば! いや、理由を話してくれれば、俺がネオ魚鱗鮨のチームメイトとして!」
「それではダメなのだ、それでは、月に一度の魚鱗鮨での品評会の延長にしかならぬ。馴れ合いになってしまうのだ」
そう、師匠は悩んでいた。
このままでは、チームが組めず、魚鱗鮨は再び寿司を握らずに優勝してしまうだろうと。
「そんな時、現れたのがボスだ」
そう言って、師匠は部長を指差す。
「そう、私よ。私は昨年大会のビデオを見て、先生と同じ考えに至ったわ。そして、きっと先生は店や料理に囚われないチームを求めていると。そして私たちは、どんな料理を作ってでも勝ちたいという気持ちがあったの。利害が一致したのね」
「そう、ボスは拙者に会うなりこう言った『史上最弱の女が史上最強の男をさそいにきた。魚鱗鮨と組んだのも一度なら、私と組むのも一度。機会が二度、君のドアをノックすると考えるな』と」
おい待て、1000万パワー。
「そして、拙者はボスと手を組んだ。ただのひとつの報酬を条件として」
「そう、私からの報酬は『もし魚鱗鮨と戦う事になったら、寿司をお題として戦う』、これだけよ。それと引き換えに私は、私たちを優勝に導くようコーチをお願いしたの」
そう、部長が蘭子とのアメリカン和菓子対決で『私が勝ったら大会期間中の指示や方針は私に従ってもらうわ』と言ってたのは、この為だったのだ。
「そして、拙者は覆面を被り謎の忍者料理人”食影”として『料理愛好倶楽部』に協力した。覆面をしていたのは、お前たちに本気で戦ってもらうためだ。馴れ合いにならないようにだ」
俺が一昨日の晩に語った、師匠が俺たちに協力してくれる理由。
それが、今、目の前で語られていた。
「そ、そんな! 俺は今になって初めて兄貴の悲しみを知った! なのに俺は、あんたに張り合う事だけを考えていた! 話を聞こうともしなかった! なのに兄貴は最初から最後まで俺たちの事を……」
「わ、わたしも、あなたの愛を疑って……ごめんなさい! にいさん! あなた兄さんよ! やっぱり、あたしの兄さんよ!」
「拙者も、拙者も、つらかった! 言えずに、つらかったぞ!」
「「にいさーん!」」
3人は抱き合い、涙を流した。
「ぐふっ!!」
寿師翁が口を押さえ、膝を着く。
それを、3人が支え、服をゆるめる。
「すまぬ、みんな、もっと食いたいのだが……儂の胃には一片たりとも空きがのこってないのだ」
「くいすぎなのよ! くいすぎだと言ったのにぃ!」
安寿さんが心配そうな声を掛ける。
「ああ……山田、お前が新宿店にいかなければ」
「料理バトルなんぞに参加しなければ、こんな嬉しくて悲しい事にはならなんだのに……」
うん、美味しい料理が残っているのに満腹なのは悲しいよね。
そして、4人は笑顔で寿司を食べている1万人の群衆を見る。
「うつくしいなぁ……」
「はい、とてもうつくしゅうございます」
そして、4人は拳を握りしめる。
「ならば!」
「流派! 東京!魚鱗鮨は!」
「大道りの傍よ!」
「全品!!」
「鮮烈!!」
「天麩羅!!」
「共演!!」
「見よ! 当店は! 紅い看板がめじるしぃー!!!!」
そして、4人はカメラ目線で決めポーズを取った。
うん、店の宣伝も重要だよね。
俺の隣のテーブルでは蘭子が大量の小型の鍋に豆乳を注ぎ、固形燃料で温めている。
「は~い、どんどんもってきて~」
蘭子の友人たちが手毬寿司を次々と持ってくる。
そして蘭子は櫛を使って、豆乳鍋から白い膜を引き上げる。
汲み上げ湯葉だ。
「どんどん、いくよ~」
湯葉は一枚引き上げると、次が出来るまで数分かかる。
あの大量の鍋は切れ間なく湯葉を作るための物だ。
「手作り湯葉の手毬寿司のできあがり~!」
湯豆腐を思い出して欲しい。
湯葉と米の相性は思った以上に良いものだ。
蘭子の隣で油揚げと漬物を刻んでいるのが部長だ。
いつもの部長なら『なぜかオラ、ワケもなくいなり寿司が好きなんだ! 1000個つくるぞー! うららー!』とでも雄叫びを上げそうだが、今回はしおらしく『これを食べさせたい人がいるの』と言っていた。
誰なのだろう? うざ子……じゃないよな。
そして、俺は味噌と山椒を混ぜている。
これを塗って、トースターで焼いて大葉で挟めば完成だ。
これは、うちの定番料理でもある。
今回、俺がみんなに仕込んだ手毬寿司の作り方は簡単だ。
コトコト飯と同じ作り方だ。
飯をお椀に入れて、上から同じお椀を重ねて上下に振れば、中で丸おにぎりになる。
古くは戦国時代から受け継がれる、おにぎりの早作りの技だ。
それを酢飯で、小さい子供茶碗でやれば、手毬寿司の出来上がりだ。
簡単で早く、そして難しい技術を必要としない。
これをベースにする事で俺たちは大量生産を可能としているのだ。
「これはスゴイ! 一口サイズの手毬寿司が脅威のメカニズムで量産されていくーぅ! そして、数々のバリエーションで埋められていくぅー! 一方の魚鱗鮨はどんな寿司で対抗するのかぁー!?」
中央のビジョンに映し出された魚鱗鮨の調理台には大量の巻き簾が置かれていた。
巻き寿司か!?
「ぐわーはっはっは! 儂らは太巻きで勝負よ!」
「大量に用意された鮮魚と生鮮を絶妙のバランスで巻く! この黄金比は唯一無二よ!」
「愛情もたっぷり巻きますっ!」
あっちは太巻きで来るのか。
俺たちの手毬寿司で勝てるかは分からない。
だけど、もはや引き返せない。
ただ、進むのみだ!
◇◇◇◇◇
「タイムアーップ! さて、会場の紳士淑女のみなさま! いよいよ最後の対決となりました。あの激闘から24時間。心待ちにされた方も多いでしょう! 数は十分にあります! 押し合わず、走らず、そして節度を守って試食下さい! それでは延長戦! 審査開始です!」
それが合図だった。
飢えた一万人の軍勢が俺たちに襲い掛かって来たのだ。
それからの1時間は思い出したくない。
渡しても、渡しても、伸びて来る手。
消えていく皿、積み上がる皿。
ステージの一角から聞こえる『あーん、そんなにがっつかないでぇ!!』という声。
だが、それでも、各所から聞こえる『うまい』の声が、俺を俺たちを奮い立たせた。
「ひと段落したようだな」
師匠が俺に声を掛けて来る。
その手には師匠が作った手毬寿司があり、俺も自分の手毬寿司を持っている。
「ではゆくか」
「あたしも~」
「私も行くわ」
向かう先はただひとつ、寿師翁たちの所だ。
寿師翁の周りにはみんながいた。
B・B・B、激辛辣火、タベルト・ツクルト・ミンナト、三好・クイーンズ。
みながみな、自らの最高料理を味わってもらいたかったのだ。
「この鹿レバーは! これだけで活力が湧いてきそうだ! このセミの筋肉を集める手間を惜しまぬとは! 鶏のエサすらも辛み付けにつかう徹底ぶり! 儂はボインちゃんが大好物じゃ!」
次々とみんなの寿司を口に運び、ご満悦の様相を見せていた寿師翁だが、師匠と俺たちを見ると、その顔から笑みが消えた。
「やはり来たか」
意を決したかのように寿師翁が言った。
「ああ、すまんが道を開けてくれ」
師匠がそう言うと、人の塊が割れ、そして道が出来た。
「この裏切り者が! どの面を下げて!」と土御門が言う。
「なぜ来たの!? こんなに苦しいのなら……悲しいのなら……愛などいらない!」と涙を流して安寿さんが言う。
3人も俺たちを待っていたようだ。
「フハハハハ! 久しぶりだな、ここに来た理由が聞きたいか?」
師匠が皿を手に体を捻ったポーズを決める。
「いや、よい。こやつの心など、寿司を食えばわかる」
「まあ、そうだな」
「ええ、寿司ほどに雄弁に語る存在はありませんもの」
えっ!? 本気で!?
本当に分かり合えるの!?
そして、3人は師匠の寿司を手に取る。
「こっこれは!?」
「なんて美しさなの! 米粒すら透けて見えるわ!」
「ほほう、やるではないか」
師匠が作ったのはウマヅラハギの手毬寿司。
だが、その技の次元が違う。
「これは!? まさか4枚引き!?」
「そうだ! これが拙者の『薄氷』よ!」
フグに代表される弾力のある白身魚には、2枚引きという技法がある。
切り取った刺身に、さらに包丁を入れて、蝶のように開かせるのだ。
師匠は開いた左右にさらに包丁を入れ、4枚に開かせた。
それを笠のように手毬寿司に乗せている。
『薄氷』、その名の通り、氷を思わせる透明な美しさを持つ寿司だ。
「だがっ! 肝心なのは味よ! 寿司はただの包丁自慢ではないっ!」
そして、3人は『薄氷』を口にする。
「ああっー! これはー! 憎しみや悲しみ、恨みや怒り、忌むべき感情が! 負の感情を全く感じない澄んだ心!」
「ああっ! 感じる! 愛を感じる! 満たされた! あたしは、今、初めて満たされたぁー!!」
「見事な出来前よ、また、腕を上げたようだな」
3人が師匠の寿司に感嘆の声を上げる。
本当にわかりあってる!!
「でもなぜ!? なぜ裏切ったのです、兄貴!」
「そうよ兄さん! どうして!? どうしてなの!?」
土御門と安寿さんが師匠に問いかける。
「まだわからぬのか。こやつは最初から裏切っておらぬ」
そう、師匠は裏切ってなんかいない。
「こやつはな……儂らに寿司を作らせたかったのよ」
「へ? し、師匠……お言葉ですが、寿司なら毎日握っているではありませんか!」
寿師翁の言葉に土御門が異を唱える。
「未熟だぞ! 土御門!」
「だから貴様はアホなのだぁ!!」
「ふえぇ……」
ふたりの叱責の前に土御門が涙目になる。
「儂らはな。確かに昨年の大会で優勝した」
「そう、料理して……料理して……料理し抜いて『超絶・オブ・ザ・ 悶絶』の称号を手にした」
うわぁ、なんて欲しくない称号なんだ。
「そして、優勝して、ふと振り返ってみたのよ……そうしたら、見えてきたのだ……とある真実が」
「……と、とある真実とは!?」
土御門が唾を飲みこんで問いかける。
「「そういえば! 俺たち一度も大会で寿司を作ってない!!」」
「あーっ! そう言われてみれば!!」
うん、やっぱり土御門はちょっとお馬鹿さんだな。
「そう! 拙者たちが優勝したのは確かに嬉しい! だが、敬愛する師匠の素晴らしい寿司の腕前を披露できなかった事が心残りだった! そして、第二回大会の招待状が届いた時、拙者は思ったのだ『このままでは、また寿司を作らずに優勝してしまう!』と」
実際に魚鱗鮨は、今大会でも寿司を握らずに決勝まで来た。
師匠の懸念は当たっていたのだ。
「だから拙者は考えた! 魚鱗鮨からのメンバー参入依頼を『後進に譲る』と断ったのはそのためだ! 拙者のような心残りを抱えて優勝などして欲しくない。お前たちの鍛え上げた寿司の技を、大会という大舞台で披露したいと! そのために魚鱗鮨と『寿司』で戦ってくれるチームを、チームメイトを探した!」
「そ……そんな、全てがわたしたちへの愛のためだったなんて!!」
「だが、メンバー探しは困難を極めた。当然だ、どの料理店も『自分の得意料理で勝負したい』、『自分の店の看板メニューを披露したい』、そう思うのが当然だ。寿司で勝負してくれる料理人など見つからなかった」
「な、なら、寿司職人と組めば! いや、理由を話してくれれば、俺がネオ魚鱗鮨のチームメイトとして!」
「それではダメなのだ、それでは、月に一度の魚鱗鮨での品評会の延長にしかならぬ。馴れ合いになってしまうのだ」
そう、師匠は悩んでいた。
このままでは、チームが組めず、魚鱗鮨は再び寿司を握らずに優勝してしまうだろうと。
「そんな時、現れたのがボスだ」
そう言って、師匠は部長を指差す。
「そう、私よ。私は昨年大会のビデオを見て、先生と同じ考えに至ったわ。そして、きっと先生は店や料理に囚われないチームを求めていると。そして私たちは、どんな料理を作ってでも勝ちたいという気持ちがあったの。利害が一致したのね」
「そう、ボスは拙者に会うなりこう言った『史上最弱の女が史上最強の男をさそいにきた。魚鱗鮨と組んだのも一度なら、私と組むのも一度。機会が二度、君のドアをノックすると考えるな』と」
おい待て、1000万パワー。
「そして、拙者はボスと手を組んだ。ただのひとつの報酬を条件として」
「そう、私からの報酬は『もし魚鱗鮨と戦う事になったら、寿司をお題として戦う』、これだけよ。それと引き換えに私は、私たちを優勝に導くようコーチをお願いしたの」
そう、部長が蘭子とのアメリカン和菓子対決で『私が勝ったら大会期間中の指示や方針は私に従ってもらうわ』と言ってたのは、この為だったのだ。
「そして、拙者は覆面を被り謎の忍者料理人”食影”として『料理愛好倶楽部』に協力した。覆面をしていたのは、お前たちに本気で戦ってもらうためだ。馴れ合いにならないようにだ」
俺が一昨日の晩に語った、師匠が俺たちに協力してくれる理由。
それが、今、目の前で語られていた。
「そ、そんな! 俺は今になって初めて兄貴の悲しみを知った! なのに俺は、あんたに張り合う事だけを考えていた! 話を聞こうともしなかった! なのに兄貴は最初から最後まで俺たちの事を……」
「わ、わたしも、あなたの愛を疑って……ごめんなさい! にいさん! あなた兄さんよ! やっぱり、あたしの兄さんよ!」
「拙者も、拙者も、つらかった! 言えずに、つらかったぞ!」
「「にいさーん!」」
3人は抱き合い、涙を流した。
「ぐふっ!!」
寿師翁が口を押さえ、膝を着く。
それを、3人が支え、服をゆるめる。
「すまぬ、みんな、もっと食いたいのだが……儂の胃には一片たりとも空きがのこってないのだ」
「くいすぎなのよ! くいすぎだと言ったのにぃ!」
安寿さんが心配そうな声を掛ける。
「ああ……山田、お前が新宿店にいかなければ」
「料理バトルなんぞに参加しなければ、こんな嬉しくて悲しい事にはならなんだのに……」
うん、美味しい料理が残っているのに満腹なのは悲しいよね。
そして、4人は笑顔で寿司を食べている1万人の群衆を見る。
「うつくしいなぁ……」
「はい、とてもうつくしゅうございます」
そして、4人は拳を握りしめる。
「ならば!」
「流派! 東京!魚鱗鮨は!」
「大道りの傍よ!」
「全品!!」
「鮮烈!!」
「天麩羅!!」
「共演!!」
「見よ! 当店は! 紅い看板がめじるしぃー!!!!」
そして、4人はカメラ目線で決めポーズを取った。
うん、店の宣伝も重要だよね。
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