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第七章 決勝

その9 ガンバレーのマーチ

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 「いよいよ最後の戦いとなりましたぁ! 圧倒的優位と思われた『魚鱗鮨』、ですが、蓋を開けてみれば拮抗した好勝負ぅ! これは歴史に残る大会になるのは明白です!」

 ステージの中央で両手を腰だめ構え、『よしっ』『よしっ』と気色ばむ蘭子の前に、は颯爽登場! 銀河美壮年! とばかりに現れた。
 ホント、50代の動きかよ。

 「ぐわっはっはっ! よくぞここまで来たものよ! だが、それもここまでよぉ、この儂がキサマを叩きのめし、連覇王者となりて、東西・南北・中央総武線! スーパーアクセス魚鱗鮨を建ててくれるわぁっ!」


 魚鱗鮨のトレードマークでもある、紅い旗と暖簾のれんをたなびかせ、寿師翁が叫ぶ。
 あー、やっぱり師匠のお師匠さんだ。
 優勝したら地下鉄東西線と南北線、中央総武線が乗り合わせている飯田橋駅に3号店を建てるって言っているのか。

 「まけないよー! あたしは、今、すっごく、燃えているんだからぁ!」

 蘭子も負けてはいない! やる気なら十二分だ!

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★料理愛好倶楽部 所属
 料絶 蘭子(りょうぜつ らんこ)選手
 料理:A
 体力:A
 発想:C
 財力:B
 特殊:A 

★魚鱗鮨 所属
 寿師翁(じゅしおう)選手
 料理:S
 体力:A
 発想:A
 財力:S
 特殊:S

 ※特殊は得意料理を示す
--------------------------------------------------------------------------------

 前評判によるステータスでは勝っている所がないが、あれはあくまでも目安だ。
 だが、間違いとも言い切れない。
 だから俺たちは工夫する。
 今までそうして来たように。

 「さて、ではイニシア……」
 「まったー! だんごうを申し込むよー!」

 蘭子が胸を震わせながら叫ぶ。

 「ほほう、それは面白い。話を聞こうではないか」

 余裕を持った表情で寿師翁が言う。
 だが、その余裕の表情もここまでだ。

 「あたしはー! あなたと! 『料理:江戸前改め、東京前寿司』で勝負がしたい!」
 「バカな! この儂と!?」

 虚を突かれたのか、寿師翁が初めて頬の汗を拭う。
 会場からも、『おい、大丈夫かよ、あの娘』『負ける気か!?』といった声が聞こえる。

 「これはぁ!? なんという事でしょう! 蘭子選手は、相手の土俵で勝負を持ちかけましたー!? これに、どんな戦略が練られているのでしょう」

 戦略なんか練ってないよ。
 俺はひとり、ステージ横の控え席で呟く。
 師匠も部長も居ない。
 俺、ひとりだ。

 「よかろう! その談合、乗った! ならば、もうひとつのお題もそっちが決めて良いぞ。このままでは勝負にならんからな」
 「だめだよー、ちゃんと決めてー。ああ、でも先攻はもらいたいな」
 「よかろう! ならば『テーマ:自由』でどうじゃ。お主がどんな作戦を立てておるかは分らぬが、これならば、作戦の邪魔になる事はあるまい。全ての戦法と戦術と戦略をって、儂に挑めい!」
 「いいよー! きまりねー! じゃあ、いっくよー!」
 「談合が成立しましたぁ! お題は『料理:江戸前改め、東京前寿司』『テーマ:自由』だぁー! 圧倒的に不利と思われるお題を、選んだ蘭子選手の意図はどこにあるのか!? フードコンピューターが出した調理時間は2時間! それでは勝負スタートです!」

◇◇◇◇◇

 勝負が始まった。

 「おいおい、大丈夫か!? あの嬢ちゃんは。師匠に寿司で挑むなんて無謀と絶望を混同していないか?」
 「そうですね。父さんに挑むのなら、寿司は避けて、父さんが苦手そうな料理か、自分が最も愛を込められる料理にするべきです」

 隣の土御門も安寿さんの感想は、この会場に居る人と同じだろう。
 だが、俺は、俺たちは違う。
 蘭子の実力を最大限に活かせるやり方は別にある。
 蘭子は俺や部長とは違う、素直で、優しくて、心が豊かで、胸も豊かで、ちょっと黙れ桃闇ピンクダーク
 良い人たちに囲まれて育った、良い子なんだ。
 だから、彼女は部長のような戦い方は出来ない。
 出来るのは実力で正面から戦う戦法、でもそれでは寿師翁に勝てない。
 ならば、ひとりではなく、みんなで戦う!
 負けるな蘭子! お前は今ひとりじゃない!
 いつ、どこにあろうと、共に戦う仲間がいる!

 ガラガラガラ

 何やら大きな箱のような物が運ばれてくる。

 「お待たせしました! ご注文の寿司マシィーンをお届けに参りました! 設定セットアップ済です!」

 搬入してくるのは、お化けの宅Q便の制服に着替えた部長だ。

 「ありがと~、じゃあ、はっじっめるよ~」

 蘭子はお米を研いでいる手を止める。
 そして、ザルで水切りして寿司マシーンにセットした。
 続けて水も。

 「このお米は、東京産のお米で~、水は東京水だよ~」

 東京水とは東京都水道局が販売している水のボトルの名前だ。
 ありていに言えば、水道水の事である!
 ボゴンボゴンと音を立てて、水はマシーンにセットされる。

 「蘭子選手! 米と水を東京産にしてきたぁー! 江戸前寿司と言えば江戸の海で採れる海産物の寿司の事ですが、今回は東京前寿司! その米と水を東京産にしてきましたー!」
 「ほほう、儂と同じ考えに至るとは……あのボインちゃんもやるものよ」

 寿師翁が研いでいるのも同じ東京の米だ。

 「儂の水は玉川上水の源流、羽村の水よ」

 玉川上水は江戸時代、江戸の水資源を担っていた水道の事だ。
 寿師翁は普通の炊飯機で炊くようだ。

 「この寿司マシィーンはね! 研いだお米をセットすれば、炊いて、酢と調味料も加えて、握ってくれるのよ!」

 蘭子が酢と砂糖をマシーンに注いでいる隣で部長が解説している。

 「はっ、寿司マシーンだと! そんな機械ごときで、美味い寿司が握れるはずがなかろう! これは勝ったも同然だな」

 隣で土御門が気勢を吐く。

 「それはどうかな!」

 その隣で俺はコックコートを脱ぎ、泥棒猫の宅配屋の衣装に早着替えする。

 「フハハハハ! そうだ、土御門よ! これからが、拙者たちの絆の力よ!」
 「俺っちもいるでよ!」

 ゴウンゴウンと重い音を立てて、それはゆっくりと会場に入って来る。

 「★超絶! 悶絶! 料理バトル!★ FAQその18! 会場に搬入出来るならば、何でも持ち込みOK!」

 青空に浮かぶは大漁旗、けん引されて来るのは、魚吉さんと、その仲間たちが乗った船だ。

 「嬢ちゃん! 釣果は上々やで! 釣りたてピチピチで鮮度もばっちりや! ほら、この通り!」
 
 魚吉さんとその仲間がクルーザーの生け簀いけすから、たも網で魚を取り出す。

 「種類分けくらいは、俺っちにまかせるでよ!」
 「フハハハハ! 目利きは拙者が受け持とう!」
 「搬入は俺だぜ! ヘイお待ち!」

 俺はクルーザーから木箱を受け取ると、ステージの蘭子のテーブルに置く。

 「ありがと~、りっく……じゃなかった、搬入のお兄さん」
 「どんどん、もって来るからな」

 俺は再びクルーザーに向かう。

 「まてまてまてまて待てーい! あれは、調理助手じゃないのか!? 特に目利きの所!」

 土御門が物言いを付けるが、それは俺たちの想定内だ。

 「えっと……」
 「ラウンダ! ★超絶! 悶絶! 料理バトル!★大会ルール第8条!」
 「は、搬入作業とそのスタッフに制限はありません! 番組スタッフか自前のスタッフをお使い下さい!」
 「という事だ! 今の俺は単なる搬入スタッフよ!」
 「フハハハハ! 土御門よ! 目利きの利いた搬入業者が魚市場で旬の魚を買って届けるのは、この業界では日常茶飯事! それが分からぬ貴様ではあるまい!」
 「くっ、確かに……」

 土御門が言葉に詰まる。
 ラウンダもフードコンピュータも何も言わない。

 「なかなかやるようですね。ですが、絆と愛は別物! ネクサスNexusラブLoveは別物です! 愛の無い料理では技術の差は埋められません!」

 安寿さんが日本語と英語で同じ事を言ってる!

 「あいならあるよ~! このりっくんにもらった、愛刀が~!」

 蘭子が光らせるのは俺が小さい時にプレゼントした出刃包丁だ。
 今や、小出刃になるまですり減っている。

 「あっ!? あの、愛のパワーは!? 輝くまで送られたあの力は!?」
 
 一流の寿司職人は愛を可視化出来るらしい。

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