1976年生まれ、氷河期世代の愚痴

第１０章 氷河期とデフレ

その３ 食事という冒険は続く

じゃが、それは叶わなかった。
経営者にとっては意外、じゃが当の本人にとっては至極当然の事態が起きたのじゃ。
起きたのは消費税増税の少し前、2014年2月の頃じゃ。

深夜だっていうのに客が多すぎ、そして店員は俺だけ……
見ろ！　この食器を席から回収する暇すらない状況を！！
もう我慢ならん！　ＳＮＳで訴えてやる！

これが、すき家店員の反乱、通称『すき家ワンオペ事件じゃ』

たったひとりで『調理』『会計』『片づけ』を行っておったアルバイトが席に残ったままの食器の惨状をＳＮＳにアップされ始めたのじゃ。

これはひどい！！
どうしてこうなった！？

すき家は売上に応じた店舗毎のコストを計算しておってな、そのコストに応じて店員数を調整しておったのじゃ。

そして生まれたのが『ワンオペ』
ひとりで店舗を運営する形態じゃ。

この時期、牛丼戦争に敗北しかけていた吉野家が『牛すき鍋膳』を出して回復してきておった。
それを真似してすき家も『牛すき鍋定食』を出したのじゃ。

あー、これ好き、500円程度で贅沢した気分になるよね。

作者をはじめとしたサラリーマンにウケた牛すき鍋じゃったが、調理も片づけも大変だという欠点があったのじゃ。

これがトドメとなった。

こんな複雑なオペレーションひとりでできるか！！

現場からこんな声が上がり始めた。
いや、上がっていたが経営層に無視されておったので、ＳＮＳで世間に訴える方向にシフトしたのじゃ。

さらに、消費税増税の2014年4月に280円→270円になった時、さらに店舗の人員を減らした。

ただでさえ少なかった店員が、さらに減ってしまったのね。

そうじゃ、たったひとりで途絶える事のない客を捌ききれるはずもない。
ついに、人類の限界を超えたオペレーションを命じる結果となり、限界に達したのじゃ。
ここでは労働環境だけでなく、長時間労働も問題となったぞい。

『12時間連続勤務なんて序の口、18時間もざら』
『俺なんて28時間連続勤務中だぜ』

労働基準法はアルバイターでも適用されます！！

そして、普及したＳＮＳがそれを広めたのね。

うむ、今までだったら店員の愚痴で済んだかもしれん、じゃがそれが世間に周知された時、社会問題に発展した。

限界を迎えたアルバイトや、アルバイトが集まらず長時間勤務を余儀なくされた店長が内情を暴露し始めたのじゃ。

また、以前から深夜ワンオペのすき家には強盗が頻発するという事件が起きており、その問題も指摘された。

セキュリティ対策をするより、たまに売上１０万円強盗にあった方が得。
強盗被害は特別損失で計上できるしな。

きっと経営者はそう言っているぜ、という噂もささやかれるほどじゃった。

警察からは、何度も指摘や指導を受けておったのじゃが、経営者はコスト優先でそれを無視しておったのじゃ。

これも糾弾に拍車をかけた。

『会社は労働者の安全を守る義務があるのに、それを守ってないじゃないか』
『法律はおろか最低限の安全と待遇すら守らない、そんな会社でバイトなんかしない！』

戦争の行きつく先は、兵士の反乱と市民からの糾弾だったのね。

うむ『戦争』という命名も間違っておらんじゃろ。

この結果、2014年2月下旬ごろからすき家はバイト不足や世間からの糾弾から一部店舗の営業停止や深夜営業の停止する事態に陥ったのじゃ。
『パワーアップ工事』という建前じゃったぞい。

すき家のワンオペの惨劇をＳＮＳにアップするぜ！（客）

こんな客が現れるようになったから、もはや経営者も動かざるを得なかったのじゃ。

特にゴールデンウィークの稼ぎ時を失ったのが痛かった。

その結果、すき家を経営するゼンショーホールディングスは2014年度（2014年4月～2015年3月）の決算で純利益▲111.4億円の赤字に転落した。
昨年11億円の黒字から赤字転落の上に、創業初の赤字じゃ。
これは、ブラック労働環境の改善のため、店舗の改装などを実施したためじゃ。

人を大事にせず、ブラックな労働環境を放置したツケを払わされたのね。

うむ、すき家は2014年度の約１年かけて労働環境の改善を行った。
ワンオペは基本的になくなったぞい。

その改善が功を奏し、翌年（2015年度）の純利益は約40.2億円の黒字に改善したのじゃ。
ちなみに、その間のゼンショーホールディングスの利益はこんな感じになったぞい。

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営業利益
2013年度：81.3億円
2014年度：25億円
2015年度：121.1億円

純利益
2013年度：11.0億円
2014年度：▲111.4億円
2015年度：40.2億円
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ワンオペ止めた2015年の方が利益が出てるじゃない！
というか、その前の2013年よりも利益が出てるわ！

そうじゃ、この理由は労働環境の改善による効率化だけではなく、牛丼が値上げされた事にある。
松屋も2014年後半から、280円の牛めしは一部店舗のみに限定し、380円のプレミアム牛めしに切り替えたのじゃ。

七味だけプレミアムになっただけで、その他が何も変わっていないプレミアムね。

公式発表では上質な肉を使っているらしいが、正直、違いは良くわからんかった。

そして吉野家も牛丼を380円に値上げした。
『牛丼戦争』という名の長き戦い、値下げ合戦は終わったのじゃ。

これが2000年から続いた牛丼の消費者物価指数の推移じゃ。

図：一般外食と牛丼の消費者物価指数の推移

2015年には牛丼の価格は上がっているのね。
行き過ぎたデフレはブラックな労働環境を生み、企業経営にも害がある事がやっとわかったのね。

そうじゃ、これがデフレの弊害じゃ。

コスト意識は重要だけど、現場で出来るレベルを超えると、ブラック労働環境を生んだりするのね。

うむ、現場への過度の締め付けは飲食業だけでなく、自動車業界でも安全検査の虚偽報告という形で現れておる。

あー、最近よく聞くわね。

これが起きると、対策に工数や費用が掛かり、結局は業績が悪化してしまうのじゃ。
工数が掛かると仕事量が増える、業績が悪化すると給料が悪くなる。
労働者や経営者にとっては踏んだり蹴ったりじゃ。
それなら、最初から締め付けない方がましじゃ。

ちなみに、この牛丼戦争の口火を切った神戸らんぷ亭は2015年7月に全店閉店になっておるぞい。
（今はラーメンチェーンの壱角家に業態変更）

牛丼戦争に負けて……戦線離脱しちゃったのね。

デフレって嬉しい事ばかりじゃないんだね……

作者もやっと理解したようじゃの。
経済活動全体としてはマイナスなんじゃよ。

あれ？　でも……
デフレのデメリットは労働者や経営者だけに影響があるので、老人世代や専業主婦といった消費しかしない層はそれを気にしないんじゃ……

その通りじゃ！　
この国のデフレが終わらない原因のひとつは、消費者層の大部分を占める老人と専業主婦層にもあるぞい。
最近は専業主婦は減ってきておるので、影響が大きいのは老人じゃな。

すき家ワンオペ事件が起きた2014年で65歳だクマ―
労働者への悪影響なんて、もう気にしないクマ―
安い方が良いに決まっているクマ―

とまあ、世代人口が最大の団塊がデフレが止まない大きな要因じゃな。

おおう……

ああ、だから冷たい飯に……