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第十二章 到達する物語とハッピーエンド

珠子と神饌仕合三本勝負!(その8) ※全13部

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 「珠子選手の菓子は白と黒のケーキ! それが皿ごとにふたつ並んでいます! しかも表面が陽光を浴びてキラキラと輝いています! これは美しい!」
 「エンジェルフードケーキの表面の生クリームには真珠の粉を加えました。そしてデビルズフードケーキのチョコは光沢が出るようにテンパリングしています」
 「ああ! あのチョコを一度溶かして板の上で練っていた作業ですね」
 「はい。このチョコはあたしの自信作ですよ。ウズメ様も試食されますか?」
 「ええ、いいんですか!?」
 「はい、余裕を持って作りましたから。それにケーキといえば女の子のものですもんねー!」
 「ねー!」

 あたしとウズメ様が軽く口調を合わせるけど、その軽さと違い製作過程はかなり重かった。
 審査員の方にホールで食べてもらうために小ぶりのケーキにしなくっちゃいけなかったし、それをたっぷり作る必要があったんだから!
 あたしはその中のワンセットをウズメ様に渡すと、『やったー! わたくしこういうの食べてみたかの!』と笑顔でそれを受け取る。
 審査員のお三方もあたし力作の”エンジェル&デビルズフードケーキ”に見入っている。

 「”無限”か。理解した」
 「おや、やはりおわかりになられましたか」
 「この丸が並んでむげんだいを示すのであろう。理解するのは容易い」
 「真珠の粉の輝きとチョコの光沢も華麗でもある。目でも楽しませてくれるということか」
 「しかしゼロとな? これがどうやってゼロになるのか、興味を引く」
 「そこはお食べになられたらわかりますよ」
 
 さささ、とばかりにあたしは試食を促す。

 「では味だが。まずはこのエンジェルフードケーキから」

 エンジェルフードケーキにフォークが入ると、中心の穴に入れたカラタチのママレードが切り口から姿を覗かせる。
 そしてそのまま口へ。

 「うむ、これは美味! カラタチで作ったママレードの甘さと酸味とほろ苦さ、それらを受け止める絹綿のようなふんわりとしたケーキ! 口の中で弾みながら消えていくようだ。まるで羽根が生えているような軽さ。なるほど、エンジェルフードの名の意味、口で理解した」
 
 卵白と小麦粉と砂糖とバニラエッセンス。
 エンジェルフードケーキのスポンジの材料はこれだけ。
 バターも卵黄も使わないのでとっても軽い味わいなの。
 
 「逆にこっちはガツンとくる! デビルズフードケーキはチョコの味が濃厚で、中のアンズのジャムも濃厚で口を楽しませてくれる」
 「なるほど、田道間守たじまもりの菓子は爽やかさを前面に出したが、こちらのは爽やかで軽いのと濃厚で重厚なのの対比か。ふたつの味で興味を尽きさせぬということか」
 
 橘もカラタチも酸味がものすごく強い。
 生食や果汁をそのまま味わうには不向きの食材なの。
 だから田道間守たじまもり様は寒天にそれを閉じ込め、他の果実の味も添えてそれを活かす玲瓏豆腐こおりどうふに仕立てた。
 あたしは、ママレードに加工した上で、酸味を中和する生クリームと軽いスポンジと合わせた。
 さらに、それでも消えない酸味に負けないよう、濃厚なチョコケーキも用意したの。

 「おっいしー! これって交互に食べるといくらでも食べれちゃう! 酸っぱくって、甘くって、酸っぱいのに、甘いのよ! 私、正直、橘ってあんまり好きじゃなかったけど、これならおいしく食べれちゃう!」

 そしてお菓子といえば女の子のもの。
 ウッキウキでケーキを食べる姿を見ながら、あたしはそう思う。
 そういうものです、誰がなんと言おうと。
 ルッンルンでケーキを食べるダンディなおじさまたちがいてもです。

 「でも、これってちょっとカロリーが気になるわ。わたくしのこのスタイル、維持が大変なのよ」

 そう言ってウズメ様は全然つまめないお腹の肉を無理やりつまむ、ぐぬぬ。

 「大丈夫ですよ、ウズメ様。これは食べごたえ満点ですけど、いくら食べても太らないんですから」
 「本当!?」
 「ええ、今、ウズメ様のお腹の中で天使エンジェル悪魔デビルが戦っています。どっちが勝つと思いますか?」
 「そりゃ天使よ。もしくは共倒れ」
 「そう! 天使が勝ったなら、その羽の軽さだけ体重が減り! どちらも消滅したなら何も残らない! つまりカロリーゼロ!」
 「いや、そうはならんでしょ!」

 ウズメ様の会場のみんなからもツッコミが入る。

 「あら、この超カロリーゼロ理論は人間のネットの中では一般的ですよ」

 あたしが示したスマホにはネット大喜利おおぎりのカロリーゼロ理論がズラリ。
 ”ピザは野菜だからカロリーゼロ”
 ”甘い物と酸っぱいものは相殺するからカロリーゼロ”
 ”牛肉は草を食べて育つ、草は野菜、よってカロリーゼロ”
 などなど

 「ハハハ、なんと愉快な知性だ! まさにれ者の知恵よ! それでは日ノ本の大地と山の実りを閉じ込めた先生の玲瓏豆腐こおりどうふに遠く及ばぬぞ!」
 「あら、そうでしょうか? だったらご自身でお確かめになってはいかが? 論理と実践こそ人類の叡智! 珠子理論が間違っているというなら、それを胃をもってお示し下さい。みなさんで」

 あたしが数歩下がり、クロスをめくると、そこには大量のエンジェル&デビルズフードケーキが。
 その数、ざっと30。
 四つ切りにすれば会場のみんなで分けられるくらい。

 「……ヒャッハー! 早いもの勝ちだぁ!」
 「誰にもわたさねぇ! こいつは俺だけのケーキだぁ!」

 あたしの意を汲んだ橙依とーい君と佐藤君が我先にとフェンスを乗り越えてキッチンへと殺到する。
 一拍子遅れてあたしの応援団のみなさん。
 そして数テンポ遅れて神々のみなさんも。

 「すっぱ! でも、うっま! エンジェルの名を冠するだけあって、口に優しい! 生クリームの甘味がカラタチの酸味を中和するぜ!」
 「こっちのデビルの方は濃厚! 弾力のあるチョコをそのまま食べているみたい! アンズのジャムもしっかりとして、これがカラタチのママレードと合うのよね!」
 「じゃーん! 合体させて同時に口の中に入れてみた! ムグムグ! おっ!? おおおっ!? これはおつ!」
 
 知性と甘いものは相性がいい。
 だって脳には糖分が必要だから。
 あたしのキッチンはケーキを奪い合う神々でちょっとしたカオス。

 「ええい! お前ら、これは神饌仕合の場であるぞ! ええい、小娘! このれ者め! 最初からこれが目的だったのだな! この仕合を台無しにするつもりだったのだな」
 「だってテーマのひとつは痴性ちせいですもの。あたしはそれをお菓子で表現したまでです」
 
 怒りの形相で真備様があたしを睨むけど、それをあたしは軽く受け流す。

 「もう我慢ならん! そこに直れ! われが仕置きしてやる!」
 「待て、真備。この事態を招いたのは珠子の御業ならぬ仕業。これもそこの娘の策なら、その先を読むのが知性ということ。そこを理解せねばならん」
 「ですな。痴には”物事に対して夢中になる”という意味もある。これはそれを体現したのであろう。いやいや、これは楽しい見物」
 「食は時に神の心を惑わすということか。なるほど、我らも一瞬己を見失ってお嬢さんの菓子を食べてしまった。この観察には興味がわく」
 
 お三方の皿は空。
 それはあたしのエンジェル&デビルズフードケーキが食が進むケーキだったことの証左。
 だけど、お三方の表情は暗い、ううん、何か思案している感じ。

 「しかし、理解出来ぬのは……」
 「珠子選手が『評価は純粋な味とビジュアルにして欲しい』と言い出したことよ」
 「その裏にどんな意図があるのか。そこが興味の分かれ目よ」

 そう言ってお三方は腕を組む。

 「どうせこのでは先生に敵わぬと思ったのであろう。さっきも目張りをするなど策を講じおるし、まったく小賢しいやつよ」
 「そうとも思えぬのだ。私の理解ではこのエンジェル&デビルズフードケーキには田道間守たじまもりの高次元玲瓏豆腐こおりどうふに匹敵する知性が含まれている。痴性というのは、場を和ませるための方便であるのは明らか」
 「その知性とは”超立方体”と”大地と山の実り”に対し、”むげんだい”とネットミームの”カロリーゼロ理論”、それにもうひとつメッセージ性ある」
 「ですな。そのメッセージ性が込められているのにも関わらず、知性をを外す申し出をするとは。はてさて?」

 突然のあたしからのルール変更の申し出、その裏を探ろうとお三方は思案を巡らす。

 「そ、そのもうひとつのメッセージ性とは!?」

 真備様があたしの方を一瞬見つめ、視線をお三方と田道間守たじまもり様へと移す。

 「ふむ。それは素材のグローバル性じゃな。儂が日本の海と山から摂れる材料で菓子を作り国際語にもなっているTOFUトーフを使って、これこそ日本を表現したのに対し。娘さんは世界各地から素材を集め菓子の世界の広がりを表現しておる」
 「その通りですっ! カラタチは元々カラから来たバナ、アンズは唐桃とうももとも呼ばれ中国由来、エンジェルフードケーキとデビルズフードケーキは北米生まれ! 香り付けのバニラビーンズはアフリカのマダガスカル産! カカオは南米! 真珠の養殖は日本発祥! そしてチョコレートケーキといえばヨーロッパ! スイーツに国境などなし! おいしいものを作るために、世界を駆けた人類の叡智! その結晶がここに!」

 じゃーんとあたしは最後に残ったエンジェル&デビルズフードケーキを示す。
 そして、それを田道間守たじまもり様の手に。

 「はい、約束の品です」
 「ふむ、確かに受取った。真備よ、お主も半分食ってみい」
 「え? われがですが?」
 「年寄りにこれは少々重たい。それにお主も批判するなら食った上でした方がよかろう」
 「では、そのように」

 田道間守たじまもり様と真備様は仲良くケーキを半分ずつ分け合って食べる。

 「ぬ!? これは思ったより良い味だな」
 「ふむ、フワフワと軽い食感がカラタチの強い酸味が受け止めておる。ならば次のデビルの方だが……」

 シャリッ

 「ふむ、この食感は……」
 「ふっ、ハハハッ、ハハハハッ! 所詮は小娘よ! ここにおいて重要なミスをしよったわ!」

 デビルズフードケーキを食べた真備様が勝利を確信したかのように笑う。

 「聞けい! みなの者! このデビルズフードケーキには欠点があるぞ!」
 「えぇぇ~~!? 私にはとってもおいしいチョコケーキだと思えましたが!? その欠点とは!?」

 ウズメ様が差し出すマイクの前に真備様は満面の笑み。
 
 「真備様。それはあたしの菓子が田道間守たじまもり様に明らかに劣るということですね」
 「その通りよ! この程度の腕で先生に挑むとは片腹痛い!」
 「ならばそれを示して頂けないでしょうか!」
 「無論!」
 
 そう言って真備様はのデビルズフードケーキをガブリ。

 「それはチョコの食感! このコーティングしているチョコの食感がジャリッとしている所よ! チョコといえば滑らかな口どけが命! おおかた、練り直している時に失敗したのであろう! ハハハッ!」

 真備様の笑いに合わせて、まだデビルズフードケーキを食べ切っていない方々も、それを口にする。
 
 「本当! ザラメのような砂糖のジャリッと感があるわ!」
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