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第十二章 到達する物語とハッピーエンド

楊貴妃と薺(なずな)(その7) ※全9部

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◇◇◇◇

 ほんの少し色々あったが、仲間の捜索は概ね順調に終わった。
 教育によろしくないこと以外は『温羅のことを心で想ってくれ』と言われた黄貴こうきの兄貴が嫌な顔をしたくらいさ。

 「アタマも合流したし、これでもうバッチリね」
 「よかったです! あたしも死ぬ気で頑張った甲斐がありました」

 一時的にとはいえ、英雄となったダメージもなんのその、タフな珠子さんはエッヘンと胸を張る。

 「そこのサイネリアのような人にはお世話になっちゃったわね。サイネリアは蕗桜ふきざくらとも呼ばれる色とりどりの花よ。花言葉は”いつも快活かいかつ”」
 「……珠子姉さんにピッタリ」
 「そうでーす! いつも快活、笑顔で接客、チップがはずめばあたしも弾む! よろこびでピョンピョンハイテンション! ”金の亡者”こと珠子はいつも元気!」
 「本当にサイネリアのような人ね。サイネリアの西洋の花言葉には”Always Delightfulオールウェイズ ディライトフル”というのもあるの。意味は”いつも愉快”」
 「おい、お前ら、今『本当にピッタリ』と思っただろう」

 さとりの言葉にみんながハハハと笑う。

 「さて、いつも愉快な時間はこの辺にしましょう」クイッ
 「そうだな。早く戻らねば。地獄門を閉じたといえども、そこの地獄の亡者の魂が現世うつしよに出てしまう」
 「ああ、そこんとこは大丈夫だぜ。この”迷廊めいろうの迷宮”は光も空間も時間も迷っている。ここからなら好きな対象の時と場所へ行けるぜ」

 ここの来るのは2度目。
 そう言っていた緑乱りょくらんがこの迷宮の脱出法を語る。
 俺も知っていたが、そうだったのか。

 「つまり、玉藻を追い詰めたあの日時と場所へ戻れるということか?」
 「んー、ちょっち違うな。行けるのは好きなの時と場所だ。要するに惚れたのとこだ。だから、迷わず道を見失いさえしなければ過去へも行ける。俺っちが飛鳥時代の八百、八百比丘尼になる前の”お八”の所へ行けたように。ま、赤好しゃっこう兄の架橋の権能ちからがあるから、道を見失うことなんてないけどな」

 なるほど”道を見失いさえしなければ”か。

 「それでは誰か現世うつしよに想う相手がいる方を先導に赤好しゃっこう兄さんが橋を架け、それをみんなで渡れば戻れるという事ですね」クイッ
 「そういうこった。後は大急ぎで地獄門へ向かえばいいってことよ。楽勝! 楽勝!」
 
 そうだな、楽勝だな。
 これだけいれば、現世うつしよに好きな相手がいるヤツくらいいるだろ。
 例えば”はらだし”ちゃんの彼氏の……。
 
 「あ゛」

 俺と同じ結論に至ったみんなの視線が天邪鬼に集中する。

 「俺か! いいぜ、原田のことをずっと考えてやる!」
 「おい、みんな、今『不安しかない』と思っただろう」
 「ほ、ほかにおらぬのか? そうだ! 雷獣よ、確か鎌鼬カマイタチの次女といい感じになってなかったか!?」
 「えっと、恋太刀こいたちと拙者でござるが、この前、うっかり白美人はくびじんさんと比較してしまった結果、こっぴどくフラれてしまってでござって……」
 
 ん? ちょっとヤバくないか?

 「と、殿! 最近、刑部姫と亀姫といい感じになってきたりとかございませんか?」
 「あ、あれはビジネスパートナー的な位置づけで、そんなとこまで」
 
 ヤバいか? 

 「……緑乱りょくらん兄さん。築善さんって八百比丘尼さんと同じ尼僧属性だよね」
 「俺っちをババア尼専みたいに言うな! 築善とは腐れ縁! ちっくしょう、誰かいないか!? さっきは惚れた相手と言っちまったが、別に恋愛じゃなくってもいい、家族とか友とかでもいいからよ!」

 周囲を見渡しても反応が薄い。
 やべぇ、主なカップルがこの中で成立しちまってる。
 せめて、黒龍にあかなめ、雨女さんにつらら女さんが残っていればな。
 あいつら、この迷廊めいろうの迷宮に着いたら、あっさり恋人のことを想ってかえりやがって。

 「あの~」

 俺たちが頭を抱えていた時、控え目珠子さんの手が上がり、

 「あたしなら還れると思います」

 俺にとって衝撃的なことを言った。

 「どういうこと!? 珠子姉さん」
 「おかしいです! 得心がいきません!?」
 「誰だいそいつは!? まさか、こっそり現世うつしよに俺の知らない恋人でもいるのか!?」
 「金か!?」
 「ちがいます! ちがいます! でも、きっと、大丈夫だと思います。そして、戻れる場所は地獄門のそばだと思います」

 俺たちの矢継ぎ早の攻勢にショッキング珠子さんは少し焦りながら返事をする。
 地獄門のそば……、ひょっとしたらあの時、俺が覚醒した時に聞いた声……。

 「なんだ、そういうことか。確かにそれなら戻れそうだな」
 「わかるのか? 赤好しゃっこう
 「わかるぜ、珠子さんの意中の相手は少なくとも天邪鬼より確実そうだ。いや、行ける。俺の架橋の権能ちからが橋渡し珠子さんから伸びている橋を捉えたぜ」

 意識を集中するとには珠子さんから遠くへと伸びていく光の橋が視える。
 これなら大丈夫そうだ。

 「よっしゃ! なら、とっとと行こうぜ。嬢ちゃんの背中を迷わず想いながら進めば、一緒に還れるはずさ」
 「はいっ、ではみなさん、あたしに付いてきて下さい! 迷廊めいろうの迷宮見学ツアー! これにて終了!」

 コンダクター珠子さんの周りに俺たちが集まり、その警戒な歩調に合わせて進み始める。
 その歩みは数歩進んで止まった。

 「ちょっと、アタマ! 遅れてるわよ! 早く来なさいよ!」

 振り向くと、俺たちの輪から阿環さんだけがポツンと離れて足を止めている。

 「ごめんなさい。私、一緒に行けないわ」
 「何言ってんの!? ここにいると死ぬ、ううん、この迷宮の一部になっちゃうわよ!」
 「そうなる可能性は高いわね。だけど、ちょっとだけでも他の可能性があるなら、私はそれに賭けてみたいの。みんなの厚意を袖にしてしまうことは、本当に申し訳ないと思っているわ」

 そう言って阿環さんは頭を下げる。
 だけど、その瞳に迷いはなかった。
 俺は彼女の向かう先がわかった。
 
 「阿環さん。いや楊貴妃さん、いやいや楊玉環ヤンユーファンさんと呼んだ方がいいのかな」
 「赤好しゃっこう君の呼びたい呼び方でいいわよ」
 「じゃあ、阿環さんにするさ。阿環さん、君は戻るつもりなんだな、1300年前の玄宗と過ごした時代に」
 「うん、その通りよ」
 「は!? 何言ってんの!? 戻れるわけないでしょ!」
 「いや、戻れるかもしれねぇ。俺っちが八百のために時を遡ったみたいに。この迷廊めいろうの迷宮は時間も空間も迷わせるからよ。でもさ、べっぴんの姉ちゃん、戻っても姉ちゃんの席はないと思うぜ」
 「そうですね。再び玄宗様に逢えたとしても、その隣にはあなた自身が座っていますのよ」
 「SFで言う所の”親殺しのパラドックス”ですね。ここでは”夫めぐりのパラドックス”とでも言いましょうか」クイッ。

 一意専心一途いちいせんしんいちず、その名の通り彼女が今も玄宗のことを想っているのは理解出来る。
 再会したい気持ちも。
 だけど、そこに彼女の居場所はない。
 そこには彼女が座っているから。
 
 「知っているわ。それでも私は、もう一度、陛下に、玄宗様に逢いたいのの」
 「わかった」
 「赤好しゃっこうさん!? いんですか!?」
 「いいも何も、この迷廊めいろうの迷宮からは迷いがあったら脱出できない。阿環さんは俺たちとは一緒に行けないさ」

 行く先は彼女次第。
 結局、彼女は俺たちと共に歩む道は選ばなかったってことさ。

 「それでだな。珠子さん、俺の誕生日のプレゼント、持ってるかい?」
 「ええ、ここに」
 
 懐から取り出されたのは時計。
 大小様々な真珠が詰められて針が止まった時計だ。
 
 「悪いがそれを返してくれないか? 彼女にあげたい」
 「サイテー」
 「さいてー」
 「サイテ―ですぅ」
 「おい、お前等、今、『一度あげたプレゼントを回収して別の女に渡すなんて最低』と思っただろう」
 「……口にもした」

 橙依とーいのお友達が俺に冷たい視線と言葉を投げる。

 「え、いや、でも……」
 「それには俺の権能ちからが込められているんだ。迷った時に幸せの方向に導いてくれるような、ちょっとした”まじない”程度だけどさ」
 「そ、そうなんでしたか……、それで……」
 「な、いいだろ。次はもっといいものをプレゼントするからさ。覚醒済みの俺の権能ちからが入ってるやつさ。そうだ! お値段もお高いやつ!」
 「サイテ―ね」
 「さいてーだな」
 「くひっ、サイテーですぅ」
 「おい、お前等、今、『さすがにそれはない』と思っただろう」
 「……黒龍さんたちでもそう思ったと思う」

 くそっ、外野がうるさい。

 「んもう、しょうがないですね。わかりました、いいですよ。でも、約束は忘れないで下さいね」
 「ああ、もちろんさ」

 しぶしぶ珠子さんから受け取った時計を俺は阿環さんに渡す。

 「ほい、選別。これがあれば、道を見失わずに進めるだろうさ。君が唐の時代にたどり着けることを祈っているぜ」
 「ありがとう、赤好しゃっこう君。あなたはやっぱりアヤメのようね、吉報だわ。この真珠入りの時計、大切にするわね」
 「そいつはゴメンさ。他の男のもらったものを後生大事になんてしちゃだめさ。首尾よく行ったら、粉々にでも砕くといい」
 「あらそう、じゃあ、真珠は粉にしてお風呂で使っちゃおうかしら。ふふふ」
 「それでいいさ」
 「わかったわ。おタマ、コタマ、ミタマ、それにみんな、ありがとう! 私、忘れないわ。あなたたちのこと! うまくいったら、あなたたちにわかるように何かメッセージを残すわ!」

 時計を手に希望をたたえた笑顔で阿環さんは女性は手を振る。

 「あばよ! せっかく玉藻から助けてやったんだ! 無駄にするんじゃねぇぞ!」
 「わかったわよもう! あんたがそうしたいならそうすればいいわ! へたこいたら承知しないからね」
 「おさらばでございます」

 ペコっと頭を下げて闇の中へ消えていく阿環さんへミタマさんたちが手を振り、俺たちもそれに続く。
 そして彼女は、かつて楊貴妃と呼ばれた女性は迷宮の中へと消えた。

 「行ってしまいましたね」
 「ああ、いっちまったな」
 「さて、これでもうこの迷廊めいろうの迷宮に忘れ物はないな」

 黄貴こうきの兄貴がそう言うと、みんなはそれに大きく頷く。
 だけど、俺は……。
 やっぱ、このままだと後味が悪いよな。

 「わりぃ、兄貴。俺、ちょっと忘れものがある」

 俺が瞳に神力ちからを込めると……、見えた、阿環さんが去っていった方向へ、道が。

 「赤好しゃっこう!? それは何……」
 「ちょっと待っててくれ。すぐ戻るからよ」
 
 軽く手を振りながら、俺はその道へと走り始めた。
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