377 / 411
第十二章 到達する物語とハッピーエンド
楊貴妃と薺(なずな)(その7) ※全9部
しおりを挟む
◇◇◇◇
ほんの少し色々あったが、仲間の捜索は概ね順調に終わった。
教育によろしくないこと以外は『温羅のことを心で想ってくれ』と言われた黄貴の兄貴が嫌な顔をしたくらいさ。
「アタマも合流したし、これでもうバッチリね」
「よかったです! あたしも死ぬ気で頑張った甲斐がありました」
一時的にとはいえ、英雄となったダメージもなんのその、タフな珠子さんはエッヘンと胸を張る。
「そこのサイネリアのような人にはお世話になっちゃったわね。サイネリアは蕗桜とも呼ばれる色とりどりの花よ。花言葉は”いつも快活”」
「……珠子姉さんにピッタリ」
「そうでーす! いつも快活、笑顔で接客、チップがはずめばあたしも弾む! 歓びでピョンピョンハイテンション! ”金の亡者”こと珠子はいつも元気!」
「本当にサイネリアのような人ね。サイネリアの西洋の花言葉には”Always Delightful”というのもあるの。意味は”いつも愉快”」
「おい、お前ら、今『本当にピッタリ』と思っただろう」
覚の言葉にみんながハハハと笑う。
「さて、いつも愉快な時間はこの辺にしましょう」クイッ
「そうだな。早く戻らねば。地獄門を閉じたといえども、そこの地獄の亡者の魂が現世に出てしまう」
「ああ、そこんとこは大丈夫だぜ。この”迷廊の迷宮”は光も空間も時間も迷っている。ここからなら好きな対象の時と場所へ行けるぜ」
ここの来るのは2度目。
そう言っていた緑乱がこの迷宮の脱出法を語る。
俺も知っていたが、そうだったのか。
「つまり、玉藻を追い詰めたあの日時と場所へ戻れるということか?」
「んー、ちょっち違うな。行けるのは好きな対象の時と場所だ。要するに惚れた相手のとこだ。だから、迷わず道を見失いさえしなければ過去へも行ける。俺っちが飛鳥時代の八百、八百比丘尼になる前の”お八”の所へ行けたように。ま、赤好兄の架橋の権能があるから、道を見失うことなんてないけどな」
なるほど”道を見失いさえしなければ”か。
「それでは誰か現世に想う相手がいる方を先導に赤好兄さんが橋を架け、それをみんなで渡れば戻れるという事ですね」クイッ
「そういうこった。後は大急ぎで地獄門へ向かえばいいってことよ。楽勝! 楽勝!」
そうだな、楽勝だな。
これだけいれば、現世に好きな相手がいるヤツくらいいるだろ。
例えば”はらだし”ちゃんの彼氏の……。
「あ゛」
俺と同じ結論に至ったみんなの視線が天邪鬼に集中する。
「俺か! いいぜ、原田のことをずっと考えてやる!」
「おい、みんな、今『不安しかない』と思っただろう」
「ほ、ほかにおらぬのか? そうだ! 雷獣よ、確か鎌鼬の次女といい感じになってなかったか!?」
「えっと、恋太刀と拙者でござるが、この前、うっかり白美人さんと比較してしまった結果、こっぴどくフラれてしまってでござって……」
ん? ちょっとヤバくないか?
「と、殿! 最近、刑部姫と亀姫といい感じになってきたりとかございませんか?」
「あ、あれはビジネスパートナー的な位置づけで、そんなとこまで」
ヤバいか?
「……緑乱兄さん。築善さんって八百比丘尼さんと同じ尼僧属性だよね」
「俺っちをババア尼専みたいに言うな! 築善とは腐れ縁! ちっくしょう、誰かいないか!? さっきは惚れた相手と言っちまったが、別に恋愛じゃなくってもいい、家族とか友とかでもいいからよ!」
周囲を見渡しても反応が薄い。
やべぇ、主なカップルがこの中で成立しちまってる。
せめて、黒龍にあかなめ、雨女さんにつらら女さんが残っていればな。
あいつら、この迷廊の迷宮に着いたら、あっさり恋人のことを想って還りやがって。
「あの~」
俺たちが頭を抱えていた時、控え目珠子さんの手が上がり、
「あたしなら還れると思います」
俺にとって衝撃的なことを言った。
「どういうこと!? 珠子姉さん」
「おかしいです! 得心がいきません!?」
「誰だいそいつは!? まさか、こっそり現世に俺の知らない恋人でもいるのか!?」
「金か!?」
「ちがいます! ちがいます! でも、きっと、大丈夫だと思います。そして、戻れる場所は地獄門のそばだと思います」
俺たちの矢継ぎ早の攻勢にショッキング珠子さんは少し焦りながら返事をする。
地獄門のそば……、ひょっとしたらあの時、俺が覚醒した時に聞いた声……。
「なんだ、そういうことか。確かにそれなら戻れそうだな」
「わかるのか? 赤好」
「わかるぜ、珠子さんの意中の相手は少なくとも天邪鬼より確実そうだ。いや、行ける。俺の架橋の権能が橋渡し珠子さんから伸びている橋を捉えたぜ」
意識を集中すると瞳には珠子さんから遠くへと伸びていく光の橋が視える。
これなら大丈夫そうだ。
「よっしゃ! なら、とっとと行こうぜ。嬢ちゃんの背中を迷わず想いながら進めば、一緒に還れるはずさ」
「はいっ、ではみなさん、あたしに付いてきて下さい! 迷廊の迷宮見学ツアー! これにて終了!」
コンダクター珠子さんの周りに俺たちが集まり、その警戒な歩調に合わせて進み始める。
その歩みは数歩進んで止まった。
「ちょっと、アタマ! 遅れてるわよ! 早く来なさいよ!」
振り向くと、俺たちの輪から阿環さんだけがポツンと離れて足を止めている。
「ごめんなさい。私、一緒に行けないわ」
「何言ってんの!? ここにいると死ぬ、ううん、この迷宮の一部になっちゃうわよ!」
「そうなる可能性は高いわね。だけど、ちょっとだけでも他の可能性があるなら、私はそれに賭けてみたいの。みんなの厚意を袖にしてしまうことは、本当に申し訳ないと思っているわ」
そう言って阿環さんは頭を下げる。
だけど、その瞳に迷いはなかった。
俺は彼女の向かう先がわかった。
「阿環さん。いや楊貴妃さん、いやいや楊玉環さんと呼んだ方がいいのかな」
「赤好君の呼びたい呼び方でいいわよ」
「じゃあ、阿環さんにするさ。阿環さん、君は戻るつもりなんだな、1300年前の玄宗と過ごした時代に」
「うん、その通りよ」
「は!? 何言ってんの!? 戻れるわけないでしょ!」
「いや、戻れるかもしれねぇ。俺っちが八百のために時を遡ったみたいに。この迷廊の迷宮は時間も空間も迷わせるからよ。でもさ、べっぴんの姉ちゃん、戻っても姉ちゃんの席はないと思うぜ」
「そうですね。再び玄宗様に逢えたとしても、その隣にはあなた自身が座っていますのよ」
「SFで言う所の”親殺しのパラドックス”ですね。ここでは”夫めぐりのパラドックス”とでも言いましょうか」クイッ。
一意専心一途、その名の通り彼女が今も玄宗のことを想っているのは理解出来る。
再会したい気持ちも。
だけど、そこに彼女の居場所はない。
そこにはかつての彼女が座っているから。
「知っているわ。それでも私は、もう一度、陛下に、玄宗様に逢いたいのの」
「わかった」
「赤好さん!? いんですか!?」
「いいも何も、この迷廊の迷宮からは迷いがあったら脱出できない。阿環さんは俺たちとは一緒に行けないさ」
行く先は彼女次第。
結局、彼女は俺たちと共に歩む道は選ばなかったってことさ。
「それでだな。珠子さん、俺の誕生日のプレゼント、持ってるかい?」
「ええ、ここに」
懐から取り出されたのは時計。
大小様々な真珠が詰められて針が止まった時計だ。
「悪いがそれを返してくれないか? 彼女にあげたい」
「サイテー」
「さいてー」
「サイテ―ですぅ」
「おい、お前等、今、『一度あげたプレゼントを回収して別の女に渡すなんて最低』と思っただろう」
「……口にもした」
橙依のお友達が俺に冷たい視線と言葉を投げる。
「え、いや、でも……」
「それには俺の権能が込められているんだ。迷った時に幸せの方向に導いてくれるような、ちょっとした”まじない”程度だけどさ」
「そ、そうなんでしたか……、それで……」
「な、いいだろ。次はもっといいものをプレゼントするからさ。覚醒済みの俺の権能が入ってるやつさ。そうだ! お値段もお高いやつ!」
「サイテ―ね」
「さいてーだな」
「くひっ、サイテーですぅ」
「おい、お前等、今、『さすがにそれはない』と思っただろう」
「……黒龍さんたちでもそう思ったと思う」
くそっ、外野がうるさい。
「んもう、しょうがないですね。わかりました、いいですよ。でも、約束は忘れないで下さいね」
「ああ、もちろんさ」
しぶしぶ珠子さんから受け取った時計を俺は阿環さんに渡す。
「ほい、選別。これがあれば、道を見失わずに進めるだろうさ。君が唐の時代にたどり着けることを祈っているぜ」
「ありがとう、赤好君。あなたはやっぱりアヤメのようね、吉報だわ。この真珠入りの時計、大切にするわね」
「そいつはゴメンさ。他の男のもらったものを後生大事になんてしちゃだめさ。首尾よく行ったら、粉々にでも砕くといい」
「あらそう、じゃあ、真珠は粉にしてお風呂で使っちゃおうかしら。ふふふ」
「それでいいさ」
「わかったわ。おタマ、コタマ、ミタマ、それにみんな、ありがとう! 私、忘れないわ。あなたたちのこと! うまくいったら、あなたたちにわかるように何かメッセージを残すわ!」
時計を手に希望を湛えた笑顔で阿環さんは女性は手を振る。
「あばよ! せっかく玉藻から助けてやったんだ! 無駄にするんじゃねぇぞ!」
「わかったわよもう! あんたがそうしたいならそうすればいいわ! へたこいたら承知しないからね」
「おさらばでございます」
ペコっと頭を下げて闇の中へ消えていく阿環さんへミタマさんたちが手を振り、俺たちもそれに続く。
そして彼女は、かつて楊貴妃と呼ばれた女性は迷宮の中へと消えた。
「行ってしまいましたね」
「ああ、いっちまったな」
「さて、これでもうこの迷廊の迷宮に忘れ物はないな」
黄貴の兄貴がそう言うと、みんなはそれに大きく頷く。
だけど、俺は……。
やっぱ、このままだと後味が悪いよな。
「わりぃ、兄貴。俺、ちょっと忘れものがある」
俺が瞳に神力を込めると……、見えた、阿環さんが去っていった方向へ、道が。
「赤好!? それは何……」
「ちょっと待っててくれ。すぐ戻るからよ」
軽く手を振りながら、俺はその道へと走り始めた。
ほんの少し色々あったが、仲間の捜索は概ね順調に終わった。
教育によろしくないこと以外は『温羅のことを心で想ってくれ』と言われた黄貴の兄貴が嫌な顔をしたくらいさ。
「アタマも合流したし、これでもうバッチリね」
「よかったです! あたしも死ぬ気で頑張った甲斐がありました」
一時的にとはいえ、英雄となったダメージもなんのその、タフな珠子さんはエッヘンと胸を張る。
「そこのサイネリアのような人にはお世話になっちゃったわね。サイネリアは蕗桜とも呼ばれる色とりどりの花よ。花言葉は”いつも快活”」
「……珠子姉さんにピッタリ」
「そうでーす! いつも快活、笑顔で接客、チップがはずめばあたしも弾む! 歓びでピョンピョンハイテンション! ”金の亡者”こと珠子はいつも元気!」
「本当にサイネリアのような人ね。サイネリアの西洋の花言葉には”Always Delightful”というのもあるの。意味は”いつも愉快”」
「おい、お前ら、今『本当にピッタリ』と思っただろう」
覚の言葉にみんながハハハと笑う。
「さて、いつも愉快な時間はこの辺にしましょう」クイッ
「そうだな。早く戻らねば。地獄門を閉じたといえども、そこの地獄の亡者の魂が現世に出てしまう」
「ああ、そこんとこは大丈夫だぜ。この”迷廊の迷宮”は光も空間も時間も迷っている。ここからなら好きな対象の時と場所へ行けるぜ」
ここの来るのは2度目。
そう言っていた緑乱がこの迷宮の脱出法を語る。
俺も知っていたが、そうだったのか。
「つまり、玉藻を追い詰めたあの日時と場所へ戻れるということか?」
「んー、ちょっち違うな。行けるのは好きな対象の時と場所だ。要するに惚れた相手のとこだ。だから、迷わず道を見失いさえしなければ過去へも行ける。俺っちが飛鳥時代の八百、八百比丘尼になる前の”お八”の所へ行けたように。ま、赤好兄の架橋の権能があるから、道を見失うことなんてないけどな」
なるほど”道を見失いさえしなければ”か。
「それでは誰か現世に想う相手がいる方を先導に赤好兄さんが橋を架け、それをみんなで渡れば戻れるという事ですね」クイッ
「そういうこった。後は大急ぎで地獄門へ向かえばいいってことよ。楽勝! 楽勝!」
そうだな、楽勝だな。
これだけいれば、現世に好きな相手がいるヤツくらいいるだろ。
例えば”はらだし”ちゃんの彼氏の……。
「あ゛」
俺と同じ結論に至ったみんなの視線が天邪鬼に集中する。
「俺か! いいぜ、原田のことをずっと考えてやる!」
「おい、みんな、今『不安しかない』と思っただろう」
「ほ、ほかにおらぬのか? そうだ! 雷獣よ、確か鎌鼬の次女といい感じになってなかったか!?」
「えっと、恋太刀と拙者でござるが、この前、うっかり白美人さんと比較してしまった結果、こっぴどくフラれてしまってでござって……」
ん? ちょっとヤバくないか?
「と、殿! 最近、刑部姫と亀姫といい感じになってきたりとかございませんか?」
「あ、あれはビジネスパートナー的な位置づけで、そんなとこまで」
ヤバいか?
「……緑乱兄さん。築善さんって八百比丘尼さんと同じ尼僧属性だよね」
「俺っちをババア尼専みたいに言うな! 築善とは腐れ縁! ちっくしょう、誰かいないか!? さっきは惚れた相手と言っちまったが、別に恋愛じゃなくってもいい、家族とか友とかでもいいからよ!」
周囲を見渡しても反応が薄い。
やべぇ、主なカップルがこの中で成立しちまってる。
せめて、黒龍にあかなめ、雨女さんにつらら女さんが残っていればな。
あいつら、この迷廊の迷宮に着いたら、あっさり恋人のことを想って還りやがって。
「あの~」
俺たちが頭を抱えていた時、控え目珠子さんの手が上がり、
「あたしなら還れると思います」
俺にとって衝撃的なことを言った。
「どういうこと!? 珠子姉さん」
「おかしいです! 得心がいきません!?」
「誰だいそいつは!? まさか、こっそり現世に俺の知らない恋人でもいるのか!?」
「金か!?」
「ちがいます! ちがいます! でも、きっと、大丈夫だと思います。そして、戻れる場所は地獄門のそばだと思います」
俺たちの矢継ぎ早の攻勢にショッキング珠子さんは少し焦りながら返事をする。
地獄門のそば……、ひょっとしたらあの時、俺が覚醒した時に聞いた声……。
「なんだ、そういうことか。確かにそれなら戻れそうだな」
「わかるのか? 赤好」
「わかるぜ、珠子さんの意中の相手は少なくとも天邪鬼より確実そうだ。いや、行ける。俺の架橋の権能が橋渡し珠子さんから伸びている橋を捉えたぜ」
意識を集中すると瞳には珠子さんから遠くへと伸びていく光の橋が視える。
これなら大丈夫そうだ。
「よっしゃ! なら、とっとと行こうぜ。嬢ちゃんの背中を迷わず想いながら進めば、一緒に還れるはずさ」
「はいっ、ではみなさん、あたしに付いてきて下さい! 迷廊の迷宮見学ツアー! これにて終了!」
コンダクター珠子さんの周りに俺たちが集まり、その警戒な歩調に合わせて進み始める。
その歩みは数歩進んで止まった。
「ちょっと、アタマ! 遅れてるわよ! 早く来なさいよ!」
振り向くと、俺たちの輪から阿環さんだけがポツンと離れて足を止めている。
「ごめんなさい。私、一緒に行けないわ」
「何言ってんの!? ここにいると死ぬ、ううん、この迷宮の一部になっちゃうわよ!」
「そうなる可能性は高いわね。だけど、ちょっとだけでも他の可能性があるなら、私はそれに賭けてみたいの。みんなの厚意を袖にしてしまうことは、本当に申し訳ないと思っているわ」
そう言って阿環さんは頭を下げる。
だけど、その瞳に迷いはなかった。
俺は彼女の向かう先がわかった。
「阿環さん。いや楊貴妃さん、いやいや楊玉環さんと呼んだ方がいいのかな」
「赤好君の呼びたい呼び方でいいわよ」
「じゃあ、阿環さんにするさ。阿環さん、君は戻るつもりなんだな、1300年前の玄宗と過ごした時代に」
「うん、その通りよ」
「は!? 何言ってんの!? 戻れるわけないでしょ!」
「いや、戻れるかもしれねぇ。俺っちが八百のために時を遡ったみたいに。この迷廊の迷宮は時間も空間も迷わせるからよ。でもさ、べっぴんの姉ちゃん、戻っても姉ちゃんの席はないと思うぜ」
「そうですね。再び玄宗様に逢えたとしても、その隣にはあなた自身が座っていますのよ」
「SFで言う所の”親殺しのパラドックス”ですね。ここでは”夫めぐりのパラドックス”とでも言いましょうか」クイッ。
一意専心一途、その名の通り彼女が今も玄宗のことを想っているのは理解出来る。
再会したい気持ちも。
だけど、そこに彼女の居場所はない。
そこにはかつての彼女が座っているから。
「知っているわ。それでも私は、もう一度、陛下に、玄宗様に逢いたいのの」
「わかった」
「赤好さん!? いんですか!?」
「いいも何も、この迷廊の迷宮からは迷いがあったら脱出できない。阿環さんは俺たちとは一緒に行けないさ」
行く先は彼女次第。
結局、彼女は俺たちと共に歩む道は選ばなかったってことさ。
「それでだな。珠子さん、俺の誕生日のプレゼント、持ってるかい?」
「ええ、ここに」
懐から取り出されたのは時計。
大小様々な真珠が詰められて針が止まった時計だ。
「悪いがそれを返してくれないか? 彼女にあげたい」
「サイテー」
「さいてー」
「サイテ―ですぅ」
「おい、お前等、今、『一度あげたプレゼントを回収して別の女に渡すなんて最低』と思っただろう」
「……口にもした」
橙依のお友達が俺に冷たい視線と言葉を投げる。
「え、いや、でも……」
「それには俺の権能が込められているんだ。迷った時に幸せの方向に導いてくれるような、ちょっとした”まじない”程度だけどさ」
「そ、そうなんでしたか……、それで……」
「な、いいだろ。次はもっといいものをプレゼントするからさ。覚醒済みの俺の権能が入ってるやつさ。そうだ! お値段もお高いやつ!」
「サイテ―ね」
「さいてーだな」
「くひっ、サイテーですぅ」
「おい、お前等、今、『さすがにそれはない』と思っただろう」
「……黒龍さんたちでもそう思ったと思う」
くそっ、外野がうるさい。
「んもう、しょうがないですね。わかりました、いいですよ。でも、約束は忘れないで下さいね」
「ああ、もちろんさ」
しぶしぶ珠子さんから受け取った時計を俺は阿環さんに渡す。
「ほい、選別。これがあれば、道を見失わずに進めるだろうさ。君が唐の時代にたどり着けることを祈っているぜ」
「ありがとう、赤好君。あなたはやっぱりアヤメのようね、吉報だわ。この真珠入りの時計、大切にするわね」
「そいつはゴメンさ。他の男のもらったものを後生大事になんてしちゃだめさ。首尾よく行ったら、粉々にでも砕くといい」
「あらそう、じゃあ、真珠は粉にしてお風呂で使っちゃおうかしら。ふふふ」
「それでいいさ」
「わかったわ。おタマ、コタマ、ミタマ、それにみんな、ありがとう! 私、忘れないわ。あなたたちのこと! うまくいったら、あなたたちにわかるように何かメッセージを残すわ!」
時計を手に希望を湛えた笑顔で阿環さんは女性は手を振る。
「あばよ! せっかく玉藻から助けてやったんだ! 無駄にするんじゃねぇぞ!」
「わかったわよもう! あんたがそうしたいならそうすればいいわ! へたこいたら承知しないからね」
「おさらばでございます」
ペコっと頭を下げて闇の中へ消えていく阿環さんへミタマさんたちが手を振り、俺たちもそれに続く。
そして彼女は、かつて楊貴妃と呼ばれた女性は迷宮の中へと消えた。
「行ってしまいましたね」
「ああ、いっちまったな」
「さて、これでもうこの迷廊の迷宮に忘れ物はないな」
黄貴の兄貴がそう言うと、みんなはそれに大きく頷く。
だけど、俺は……。
やっぱ、このままだと後味が悪いよな。
「わりぃ、兄貴。俺、ちょっと忘れものがある」
俺が瞳に神力を込めると……、見えた、阿環さんが去っていった方向へ、道が。
「赤好!? それは何……」
「ちょっと待っててくれ。すぐ戻るからよ」
軽く手を振りながら、俺はその道へと走り始めた。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる