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第十二章 到達する物語とハッピーエンド

楊貴妃と薺(なずな)(その4) ※全9部

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 ◇◇◇◇
 
 「はーい、亡者たちの掃討はおまかせくださいね」
 「よっちゃんは緑乱りょくらん様たちの援護をお願い」
 「わかったー」

 言葉の軽さとは裏腹に黄泉醜女さんたちがバッタバッタと亡者たちをなぎ倒していく。

 「こ、これはいったいどういうことでありんす! どうして地獄門の地獄側に大蛇の五男が!?」
 「わりぃな玉藻さんよ。それは俺っちが仕込んでおいたのさ。お前さんの目的が地獄門の開放と聞いて、地獄門の裏側に蒼明そうめいを向かわせた。地獄から出てくる魑魅魍魎や魔獣、魔性を留めるためにな」
 「我らの策は地獄門の表と裏からの両面作戦だったというわけだ」

 そうか、これは大きい緑乱りょくらん黄貴こうきの兄貴が立てた策で、蒼明そうめいが実行部隊だったってわけか。
 頼もしいぜ。

 「まったく、いきなり黄泉醜女のよっちゃんさんを紹介されて作戦を聞かされた時には驚きましたよ。彼女の案内で島根の黄泉比良坂よもつひらさかから本物の黄泉、そして地獄経由で地獄門までたどり着くのは骨が折れました」クイッ
 「……地獄めぐりRTAリアルタイムアタック

 そういや聞いたことがある。
 島根には黄泉の国への黄泉比良坂の入り口があって、そこから黄泉へ行けるって話を。
 ま、黄泉に行くには黄泉の住人の案内が必要だって話だったけどな。

 「ご近所さんでトラブルが起きそうなのを見過ごせませんから。あ、ちゃんと閻魔様にはイザナミ様から話を通して頂きました」

 日ノ本を揺るがす地獄門の開放。
 それを近所のゴミ出しトラブルのような感覚で黄泉醜女さんの一体は言う。
 笑顔で亡者をねじじり倒しながら。

 「じゃあ援軍は!? わっちのクラスメイトは!?」
 「ああ、あれですか。あれならさっき倒しておきました」クイッ

 髪を振り乱しながら問う玉藻に蒼明そうめいは”ゴミは分別して処理しておきました”みたいな感じで返す。

 「バカな! わっちのクラスメイト、十悪がそう易々とやられるはずがありません!?」
 「そうでもないぜ。よっちゃんたち黄泉醜女はひいひいばあちゃんの近衛。八名全員集まりゃ、ひいひいじいちゃんも裸足で逃げ出すって強さだ。その十悪とやらは全員集まればひいひいじいちゃんを軽く倒せるくらいの強さなのかねぇ」

 俺たち兄弟は八稚女やをとめの子。
 ひいひいばあちゃんとじいちゃんは国生みの主神”イザナミとイザナギ”。
 その血統を自慢する気はないが、今はその伝手つてが助かった。

 「ああ、十悪だったのですか、あの方々は。なるほど得心しました」クイッ
 「な、な、なにをでありんす!?」
 「九名の中に少しだけ強い方がいらっしゃいました。『生あるものを全て殺す』とおっしゃってましたが、あれは十悪の”殺生”の方でしたか」フムフム
 「そ、そうでありんす! 十悪最凶最悪の番長でありんす!」
 「その方ならよっちゃんさんが投げた地獄の大岩の下敷きになりました」クイッ

 蒼明そうめいの言葉に玉藻の目が丸くなった。

 「他のみなさんは戦闘向きじゃありませんでしたね。言葉巧みに私たちを惑わそうとしていましたが、物事の正しい理解を追求する"得心とくしん"の権能ちからを継いだ私の敵ではありませんでしたよ」クイッ
 「よく言うぜ。”邪淫”の色っぽい女にだまされそうになったくせによ。オレが助けてなきゃどうなってたか」
 「あ、あれは、相性が悪かったのです!」
 「ほんほん、それじゃ、オレとは相性が良かったと」
 「戦闘という面ではそうですね。もちろんプライベートは別です。それよりも今は! この門を早く!」

 蒼明そうめいが叫んだ瞬間、俺たちの動きが一瞬止まる。
 理由はさっき聞きだした地獄門を閉める条件。

 ”天に上った人、地より戻りし人、、これらの条件を満たす者が地獄門の岩戸へ触れる”

 ”天に上った人”はわかる、人から神となった鈴鹿御前さん。
 ”地より戻りし人”もわかる、臨死状態から生還したアリスさん。
 問題は”人の世で死んだ人”、俺たちの中にそんなヤツはいない。
 いや、いないわけじゃない。
 でも、それは……。

 「どうしました!? さとりが地獄門を閉める条件を悟ったのでしょう!?」

 蒼明そうめいが叫ぶが、俺たちの動きは鈍い。
 だが、そんな状態を打破するように動く影がふたり。
 慈道と築善の退魔僧コンビ。

 「聞いたね慈道!」
 「はい、師匠!」
 「おふたりとも、どうする気です!? まさか!?」
 「そのまさかさね! 慈道! あたしが地獄門に触れたら、ひとおもいにやりな!」
 「はい、師匠!」

 そう、人の世で死んだ人はいない。
 でも、それには

 「死ぬ気か!?」
 「そうさね! 退魔僧としてこんなのは見過ごせないさね!」
 
 シャリンと襲い来る亡者の群れを打ち払いながらふたりは地獄門へと進む。
 その覚悟は本物。
 なら、その意を汲むしかない。

 「させまへん! 亡者たち! 鈴鹿御前とアリスとかいう小娘、それに退魔僧を止めはりっ!」

 玉藻の号令で地下空間の亡者と地獄門から湧き出てくる亡者のターゲットが地獄門を止める条件を持つ者たちに集まる。

 「くっ!? この数!?」
 「なによこれ! これじゃ近づけないじゃない!」
 「ええい! 邪魔くさいね!」

 俺たちも援護するが、亡者の群れの数が多すぎる。

 「カコンコンッ! おやまあ、これでは地獄門を閉じれる者は近づけまへんなぁ。このうちに、わっちは六尾へと進化し、さらには九尾にまでなってしまいますよ。そうなったら、クラスメイトのみなさんがいなくても、わっちひとりで地獄門を守りきれます」

 コタマちゃんの身体は七割がた玉藻の身体に沈み、その目が虚ろになっていく。
 くそっ、このままじゃ時間切れになっちまう。
 そんな時、地獄門から意外な人の声が聞こえた。
 いや、そんな予感はしていた。

 「着きました! 珠子、一番乗りですっ!」
 
 珠子さん!?
 地の岩戸、直方体の岩にかじりついているのは、意外性の珠子さん。
 玉藻のターゲットから外れた人間。

 「どういうことさ! もう”人の世で生きる人”は不要なんだぞ!」

 俺の叫びに珠子さんが首をフルフルと振る。
 
 「あたし、天に上ったことがあります! 幽霊列車に乗って天上の幽世かくりよまで! 地からも戻ったこともあります! 黄泉平坂から戻ってきたことも! 条件をふたつ満たしています! そして! 最後の条件も満たせます!」

 何を言ってるんだ!?
 地獄門を閉めるのは”天に上った人”、”地より戻りし人”、””の三人のはず……。
 いや、玉藻は三人とは言ってなかった、だとしたら、全ての条件さえ満たせば、ひとりでも閉めれるってことか!?

 「も、亡者ども! あの小娘を殺し……、地獄門からひきはがし! 早く!」

 さとりが心を読むまでもなく、答え合わせは済んだ。
 彼女なら出来る、でも俺たちに出来るわけないだろっ!
 だけど、俺には視える、視えちまう。
 今にも死にかねない彼女の不幸が。

 「早く! もう時間がありません!」

 そんなことは出来ない、誰もがそう思うはず。
 だけど、ここには居た。
 鬼が。

 「よく言った珠子! 俺様がお前の初めてをもらってやる!」
 「こういう時は、こう言ったらいいんですかね! 痛くしないでって!」
 
 応えたのは酒呑童子。
 その手には拳大こぶしだいの石。
 
 「安心しろ、痛みなど感じぬよう一瞬で終わらせてやる!」
 
 酒呑童子がその腕を大きく振りかぶり、岩が今にも放たれんとする。
 ダメだ! そんなのはダメに決まっている!
 それが彼女の望みだろうが、俺は認めない!
 俺は亡者の群れの間を抜けながら、彼女の下へ進む。
 石が放たれた。
 速い、間に合わない。
 ああ、誰か、誰でもいい、蒼明そうめいでも、橙依とーいでも、どこかのだれかでも。
 俺の持つ幸運を、彼女を救いたいという気持ちを、その不幸が晴れるように。
 彼女を助けたいんだ、俺の愛しの珠子さんを。

 『橋を架けるんだよ。届けておくれ。私を珠子の所まで』
 
 そんな時、俺の耳元で誰かの声が聞こえた。
 橋? 
 その言葉を聞いた瞬間、俺には視えた。
 不幸の塊のような珠子さんの気配に、魂に、そこに繋げる”橋のきわ”が。
 そして、俺と愛しの珠子さんを隔てる空間に俺の橋が赤い橋が架かる。
 いや、架けた。
 俺の身体は一瞬で珠子さんへと届き、そして俺は彼女をかばうようにその身体を包み込む。
 飛んでくる石がスローモーションのように感じた。

 ズッ

 その瞬間、珠子さんが必死に押していてもピクリともしなかった岩戸がズズッと動き、俺と珠子さんがガクンと前のめりに倒れる。
 石は俺たちの頭の上を通過し、岩壁にめり込んだ。

 「あいたぁ!」

 珠子さんの声が痛みを訴えるものか、岩戸が閉じゆくことを示したかはわからない。
 だけど、ひとつだけわかることは、彼女の手によって地獄門は閉じられたってことさ!

 「バカな! そんなことはありえないでありんす! どうして、地獄門が閉じるのですのか!?」

 玉藻が驚愕の声を上げ、信じられないものを見るような目で地獄門とミラクル珠子さんを見る。
 そして、その隙が見逃されるはずがなかった。

 「ミタマ、加勢するぜ!」
 「はい、セッションと参りましょう!」

 ミタマさんの手におタマさんの手が重なり、それを押し留めていた玉藻の掌が押され始める。

 「これでこちらも四尾、勝負は互角ですね」
 「まだどす! この二尾を吸収して六尾になれば!」

 コタマちゃんが玉藻の身体に沈んでいく速度が増す。
 くそっ、状況はマシになったが、このままじゃ彼女が危ない。
 地獄門は閉じたといえども、六尾になったなら、玉藻は一目散に逃げの一手を打つ。
 そうなればまた暗躍あんやくするに違いない。
 こんなのがまた繰り返されちまう。
 
 ピタッ

 コタマちゃんが沈んでいくのが止まった!?
 その手が誰かに握られている!?
 こんなことをするのは……、いつの間にか俺の下から抜け出していたアンブッシュ珠子さん以外にありえない!

 「へへーん、油断しましたね。言いましたよね『ダッシュで動く』と、霊力ちからの弱いあたしなら隙を付いて近づけると思っていましたよ」
 「ふん、どこまでも邪魔をする小娘ですね。ですが、この程度の霊力ちからで引っ張ろうと、この二尾の吸収は止められまへん」

 止まったのは一瞬、再びコタマちゃんはズブブと玉藻の身体に沈んでいく。
 これを黙って見ているわけにはいかねぇ!

 ガシッ

 俺は珠子さんの身体をガシッと掴みそれを引っ張る。

 「力を貸すぜ、剛腕珠子さん! このままコタマちゃんを引っ張りだすぞ!」
 「はいっ!」
 「あら、サンピン三男大蛇さんまでご一緒ですか。仲睦まじいことで。でも無駄どす。そんなことをしたらその小娘さんの身体は千切れちゃいますえ」
 「あたしを見くびってください! こんな時、物語の主人公なら隠された力に目覚める所ですが、そんなものはないのが重々承知! 出来ない時には助けを呼ぼう! ホワイト企業ならそれが出来ます! 紫君しーくんお願い! いつもの逆! 安達ケ原の鬼婆さんのように魂の欠片をあたしに!」
 「そっか! わかった!」

 紫君しーくんも珠子さんの身体にガシッと掴まり、そして何かを唱え始める
 
 「だめだ嬢ちゃん! ここのそこかしこに散らばった魂の欠片を取り込んで一時的に英霊化しようとしてるんだろうが、そんなことをしたら身体がもたねぇ!」
 「もつかもたぬかは他人が決めます! どうです赤好しゃっこうさん! あたしの身体に不幸は視えますか!?」
 「みえねぇよ! これが正解のルートだ!」

 さっきまではわからなかったが、触れ合っていたらわかる。
 彼女に不幸の気配なんてありゃしないさ!!

 「ですって! これなら多分死にません! さあ、紫君しーくん!」
 「うんっ!」

 俺の右下から紫君しーくんの声が聞こえてくる。
 
 「さすらう魂のかがやきよ、つながる命のきずなよ、このものに集いて宿りたまえ。
 強き荒魂あらたま、やさしき和魂にぎたま、きたえし奇魂くしたま、みちびく幸魂さきたま、この魂にひとときの力を……」
 「あたえたまえ!」
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