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第十二章 到達する物語とハッピーエンド
楊貴妃と薺(なずな)(その2) ※全9部
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◇◇◇◇
「す……、鈴鹿御前だと? その姿は神使!? いや神!? バカな!? そんな、お前はそんな女じゃないはずだ! そんな女は存在しない!!」
「アタイのことを忘れちまったってのか? つれないね、三年間も一緒に暮らしたっていうのにな!」
驚愕の目で鈴鹿御前さんを見つめる大嶽丸を、鈴鹿御前さんは逆に冷ややかな目で見る。
「三年!? なんのことだ!? そんなのはオレの記憶にないぞ!?」
「それにしてもアンタもしつこいね。予告通りとはいえ三度も復活するなんて」
「よ、予告!? なんだそれは、そんなものは知らないぞ」
「言い出しっぺのくせに、忘れちまったのか? 霧山嶽で復活したアンタを田村様と一緒に討った時、アンタの最期の台詞だよ。『オレは死なない! 千年を超える時を経て、平和が成った世で再び甦る!』。アタイは片時も忘れたことはなかったぜ」
そう言って鈴鹿御前さんは両の掌に力をグッと込める。
「三度目の正直。今度こそお別れだ、大嶽丸」
ヒュヒュンと風を切る音がして、大嶽丸の首と胴から血しぶきが上がる。
「復活!? 三度目!? フッ、ハハハッ、アハハハハハハッ! そうか、そうだったのか! 理解した! 理解したぞ! やったのだ! オレはやった! オレがやった! やり遂げた! 今、ここにオレたちの大望成就せり! こんな幸せな結末は……、ありだ!」
回る独楽のように、床の白い氷の大地に紅い花を咲かせるように、笑みを周囲にばら撒きながら……。
バタンと大きな音を立てて、大嶽丸は沈んだ。
その身体は塵となって、サラサラと崩れ始める。
終わったみたい、本当に。
ポロ、ポロロン、ポポポロン、ポヒロロロロロン、ポイピラパラララララ
ミタマさんの弦の響きが聞こえる。
きっとこれは鎮魂歌。
”あやかし”の魂は不滅、だけど幽世へ安らかに行けるための。
「いい曲ね、ヒーロー」
「……うん」
崩れゆく大嶽丸に橙依君はそっと近づき、その身体に触れる。
佐藤君も一緒に。
橙依君は大嶽丸の分け身と何か話をしていたみたいだけど、思う所があるのかしら。
「ねえ、珠子姉さん」
「なあに?」
「霧山嶽ってどこか知ってる?」
「岩手山の地方名ね」
「……そう。岩手、いいよね、おいしいものがあって。三陸産とか」
「そうそう、岩手の三陸は海鮮の宝庫! アワビにフカヒレ、ウニにホヤ! ワカメやめかぶも美味しいわよね。でも、なぜ急にそんなこと?」
お腹でも空いたのかしら。
「……聞いてみたかっただけ。ねえ、たてえぼ……、鈴鹿御前さん。”めかぶ納豆”は好き?」
「ああ、好きだぜ。うまいよな、あれ」
「……そう。ねえ、教えて。大嶽丸が二度目の復活した時のこと」
「いいぜ、あれはアタイが立烏帽子とか鈴鹿の鬼女とか呼ばれてたころ。田村様と協力して大嶽丸を倒したアタイは、ちょっとばかし思う所があって罪を償おうと朝廷に出頭した。盗賊だったからなアタイは」
うん、大山崎で出会った時、そんな話を聞いた。
「罪は罪、盗みは大罪。しかも貴族様の財産を盗んじまった行き先は死刑だ。だけどよ、間が良いん悪いんだか、処刑直前に大嶽丸が復活したって報が入った。都のやつらはてんやわんやだったぜ。アタイの処刑なんて後回し、急ぎ戻って来た田村様の嘆願も相成って、アタイは放免された。もう一度、復活した大嶽丸退治に協力するって条件付きで。少し嬉しかった。これでまた田村様と一緒だと思ったからな。だけど、大嶽丸は一枚上手、いやアタイへの執着は消えてなかった。こんな男みたいなナリでもモテるんだぜ、アタイは」
大小ふたつの刀を帯び白拍子姿でクルリと一回転をしながら、鈴鹿御前さんは微笑む。
そういえば、白拍子って元々は男性の衣装だったっけ。
「大嶽丸はアタイを攫って、霧山嶽の棲み処に閉じ込めた。田村様がすぐに来ると思っていたけど、陸奥の山は険しく、大嶽丸の手下どものせいで軍勢を集めるのに時間がかかって、結局は三年も囚われの身だ。つらかったぜ、大嶽丸はアタイのことを変な目で見るし。そうそう”めかぶ納豆”を知ったのもその時だったな」
「……大嶽丸が”めかぶ納豆”を食べさせたの?」
「違う違う、大嶽丸は鯛とかアワビとか真っ白な米の飯とか豪勢な食事でアタイの気を引こうとしたけど、そんなのは御免だ。アタイは下女が食べていた”めかぶ納豆”を一緒に食べたのさ。うまかったぜ、雑穀飯にのせて魚の塩漬け汁をたっぷりかけてさ」
「あ、それは魚醤ですね。魚の塩漬け汁は古代から調味料として使われてたんですよ。それにめかぶ納豆も雑穀ご飯も栄養満点ですしね。現代でも美味しくって健康にいいって人気ですよ」
ゆったりとした白拍子姿にだまされそうだけど、鈴鹿御前さんはスタイルも抜群!
納豆に含まれるイソフラボンには女性のバストアップ効果もあるって話だし。
ぐぬぬ、あたしだって15年、いや10年前にそれを知っていれば!
「……そう、成長したんだね」
「ああ、成長したさ。三年間で身体がひとまわり大きくなったぜ」
「……ううん、成長したのは大嶽丸の方」
「ん? そんなことはなかったぜ。二度目の大嶽丸は前より弱かったぜ。あ、でも、さらに強くなった田村様と成長したアタイだからそう思ったのかもな。ま、なんにせよ、見事に復活大嶽丸を討ち取って凱旋! アタイは勝利の女神だの天女だと祝福されて田村様と結ばれた。今や鈴鹿峠の守り神、鈴鹿御前様だぜ。ま、今風に言えばハッピーエンドってやつ」
「左様であったか。これでひとつ合点がいった。儂が生前読んだ広益俗説弁の矛盾が」
「鳥居様、何か心に思う所があったのですか?」
「左様。広益俗説弁の中に世伝曰くとしてこう記されている。『坂上田村麻呂、勅を奉られ鈴鹿山の鬼女を征す。且つ相婚す。而して女、自ら罪に伏し、囚われ、朝に献つられる。亦、山に逃げ入り、後に田村麻呂は追い至り、夫婦と為る。その鬼女、是、鈴鹿姫也』と。鈴鹿の鬼女は朝廷に出頭した後に逃げた。なのに、それを追いかけた田村将軍と結ばれたことが不思議でならなかった。おそらく、伝えられている間に大嶽丸にさらわれたくだりが端折られてしまったのであろう」
うむうむと納得したように鳥居様は頷く。
あれ? でも?
「鳥居様、その広益俗説弁の鈴鹿の鬼女って処刑されてませんでした? そして田村麻呂が大いに嘆いたって話だったような……」
「む? いやいや、そうではないぞ。珠子殿は何か記憶違いをしているのであろう」
そう言われてみれば、そうだったような。
記憶力に関してはあたしなんかより鳥居様の方が上だし。
あたしの勘違いよね、うん。
「……それで、”りん”はどうなったの?」
「”りん”? ああ”小りん”のことか。すくすく育ったぜ、アタイの孫もポンポン生んでさ。長生きもしたし」
「……違う。”りん”の方」
”りん”という響きに鈴鹿御前さんの顔が少し曇る。
「アタイと田村様の初めての子、”りん”は大人に、いや、子供にすらなれなかった。生まれてすぐに死んだよ。ま、あの時代じゃよくあることだ。”小りん”の名は”りん”から付けた。小さい”りん”ってな。しかしなんでそんな事を知ってるんだ?」
「……別に、ちょっと気になっただけ」
少し、ほんの少し、橙依君の顔が笑ったような気がした。
「そんなことより、そんなことしている暇なんてあるの? さっさと”天に上った人”、つまり神使や神に至った人間を連れて来るんで……。いるわね」
ポポロロンロン
美しい音を爪弾いていたミタマさんの手が止まり、「コタマったら、愉快なこと」とフフフと笑う。
そうだ、大嶽丸の乱入で忘れていたけど、黄貴様の機転と覚の佐藤君の能力で判明した地獄門を閉じる方法!
天に上った人、地より戻りし人、人の世で生きる人!
その全てが偶然、ここに揃っていたんだった!
あたしは普通代表の”人の世で生きる人”です。
「……偶然というより奇跡」
「へへー、あたしたちって日頃の行いが良いから。さあ! 行きましょう! アリスさん! 鈴鹿御前さん! 地獄門を閉じて、この日ノ本を守るために!」
「ええ! 待っててランラン! 今、助けに行くから!」
「アタイに任せとけ! この大通連、小通連があれば怖い物なしだ!」
あたしたちに続けてみんなも「「「おー!」」」と勇ましく声を上げる。
そして、あたしたちは再び地下異空間に向けて走り出す。
ん?
「橙依君、どうしたの?」
「……今行く」
完全に崩れ去り、ふわっと浮かぶ氷の霧となった大嶽丸の身体を橙依君は一瞬見上げると、
「さようなら、ポンコツ丸。もし、また出逢うことがあったら、今度は……。恋バナでもしよう」
そう呟いてあたしの隣へ駆け寄った。
◇◇◇◇
禍福は糾える縄の如し。
その言葉の通り、どんなものにも表と裏があるものさ。
俺たち大蛇の兄弟が、おふくろの八稚女より継いだ権能だってそうさ。
権能に覚醒することが幸せにつながるわけじゃない。
黄貴の兄貴の王権の権能だってそうさ。
誰かの上に立つことが幸せとは限らない。
王と王妃は対等じゃなく、上下関係。
王と並び立つのは女王だ。
共に手を取り助け合うという色恋の面では良いことずくめじゃないさ。
願わくば、兄貴には王子のうちにパートナーを見つけて欲しいものだぜ。
藍蘭の兄貴の太極の権能は万能だが、どこまでいっても黒と白。
今はアリスちゃんとよろしくやってるが、いつかケンカもするだろう。
ケンカと仲直り、黒と白、それを続ける運命が待っている。
ま、最近はケンカップルって間柄もあるから、きっとふたりは幸せだろうよ。
蒼明の得心の権能は何でも学び理解する権能だが、世界に知らないことなんて無限にある。
決して終わらない知識と知恵の探求を続けるのは俺は御免だが、本人は楽しんでいるようだからそれもいいさ。
橙依の祝詞の権能は……使うやつを選ぶな。
誰にでも、何ですら捧げることが出来る権能。
自分に恩恵は全くない。
ただ通過するだけ。
延々と”おつかい”を繰り返すだけの日々、よくやるよ。
いや、だからこそ、いつか報われる日が来るのかもしれない。
”おつかい”の駄賃が溜まって貯まって大きなご褒美が来るとかさ。
紫君の鎮魂の権能。
魂を導けたり、魂を宿らせたりするスゴイ権能だ。
紫君のやつは理解していないようだが、使い方によってはこの世の全てを味方に出来るかもしれない。
だけど、当然だが裏の面もある。
紫君に救いを求める厄介な魂が来ないとも限らない。
面倒ごとは御免……。
いや、俺の恋愛事も似たようなものか。
だが、俺は知っている。
いや、思い出した。
俺の弟、緑乱の迷廊の権能。
これだけは覚醒させちゃいけない。
おふくろとおばさんから、そう言い聞かされていた。
俺はまだ小さかったからよ、意味はよくわからなったが『うん、わかった!』って安請け合いした記憶がある。
え? 既に覚醒しているじゃないかって!?
ああ、大きくなった緑乱なら大丈夫だったみたいだな。
だが俺が言い聞かされたのはこうさ。
『お願い、緑乱が権能に覚醒しそうになったら止めて。少なくとも十分に成長するまでは』
『もし、覚醒してしまったら。あなたの権能でみんなを導くのよ』
『『迷廊の迷宮から』』
そう言ったおばさんとおふくろの優しい顔は今も憶えている。
俺の権能が何だったのかは忘れちまった。
俺の名は赤好。
幸と不幸を見極める、この能力を持っている俺はたとえ覚醒していなくても、敗北することは決してない。
だけど、万能で無敵なんてありゃしないように、この俺にだって弱点はある。
俺が弱いのは恋する女の子の瞳さ。
…
……
いいだろ、これくらい。
一度言ってみたかったのさ、この台詞。
どうだい、カッコイイだろ、助っ人スカウト珠子さん。
さて、気張るとしますか!
「す……、鈴鹿御前だと? その姿は神使!? いや神!? バカな!? そんな、お前はそんな女じゃないはずだ! そんな女は存在しない!!」
「アタイのことを忘れちまったってのか? つれないね、三年間も一緒に暮らしたっていうのにな!」
驚愕の目で鈴鹿御前さんを見つめる大嶽丸を、鈴鹿御前さんは逆に冷ややかな目で見る。
「三年!? なんのことだ!? そんなのはオレの記憶にないぞ!?」
「それにしてもアンタもしつこいね。予告通りとはいえ三度も復活するなんて」
「よ、予告!? なんだそれは、そんなものは知らないぞ」
「言い出しっぺのくせに、忘れちまったのか? 霧山嶽で復活したアンタを田村様と一緒に討った時、アンタの最期の台詞だよ。『オレは死なない! 千年を超える時を経て、平和が成った世で再び甦る!』。アタイは片時も忘れたことはなかったぜ」
そう言って鈴鹿御前さんは両の掌に力をグッと込める。
「三度目の正直。今度こそお別れだ、大嶽丸」
ヒュヒュンと風を切る音がして、大嶽丸の首と胴から血しぶきが上がる。
「復活!? 三度目!? フッ、ハハハッ、アハハハハハハッ! そうか、そうだったのか! 理解した! 理解したぞ! やったのだ! オレはやった! オレがやった! やり遂げた! 今、ここにオレたちの大望成就せり! こんな幸せな結末は……、ありだ!」
回る独楽のように、床の白い氷の大地に紅い花を咲かせるように、笑みを周囲にばら撒きながら……。
バタンと大きな音を立てて、大嶽丸は沈んだ。
その身体は塵となって、サラサラと崩れ始める。
終わったみたい、本当に。
ポロ、ポロロン、ポポポロン、ポヒロロロロロン、ポイピラパラララララ
ミタマさんの弦の響きが聞こえる。
きっとこれは鎮魂歌。
”あやかし”の魂は不滅、だけど幽世へ安らかに行けるための。
「いい曲ね、ヒーロー」
「……うん」
崩れゆく大嶽丸に橙依君はそっと近づき、その身体に触れる。
佐藤君も一緒に。
橙依君は大嶽丸の分け身と何か話をしていたみたいだけど、思う所があるのかしら。
「ねえ、珠子姉さん」
「なあに?」
「霧山嶽ってどこか知ってる?」
「岩手山の地方名ね」
「……そう。岩手、いいよね、おいしいものがあって。三陸産とか」
「そうそう、岩手の三陸は海鮮の宝庫! アワビにフカヒレ、ウニにホヤ! ワカメやめかぶも美味しいわよね。でも、なぜ急にそんなこと?」
お腹でも空いたのかしら。
「……聞いてみたかっただけ。ねえ、たてえぼ……、鈴鹿御前さん。”めかぶ納豆”は好き?」
「ああ、好きだぜ。うまいよな、あれ」
「……そう。ねえ、教えて。大嶽丸が二度目の復活した時のこと」
「いいぜ、あれはアタイが立烏帽子とか鈴鹿の鬼女とか呼ばれてたころ。田村様と協力して大嶽丸を倒したアタイは、ちょっとばかし思う所があって罪を償おうと朝廷に出頭した。盗賊だったからなアタイは」
うん、大山崎で出会った時、そんな話を聞いた。
「罪は罪、盗みは大罪。しかも貴族様の財産を盗んじまった行き先は死刑だ。だけどよ、間が良いん悪いんだか、処刑直前に大嶽丸が復活したって報が入った。都のやつらはてんやわんやだったぜ。アタイの処刑なんて後回し、急ぎ戻って来た田村様の嘆願も相成って、アタイは放免された。もう一度、復活した大嶽丸退治に協力するって条件付きで。少し嬉しかった。これでまた田村様と一緒だと思ったからな。だけど、大嶽丸は一枚上手、いやアタイへの執着は消えてなかった。こんな男みたいなナリでもモテるんだぜ、アタイは」
大小ふたつの刀を帯び白拍子姿でクルリと一回転をしながら、鈴鹿御前さんは微笑む。
そういえば、白拍子って元々は男性の衣装だったっけ。
「大嶽丸はアタイを攫って、霧山嶽の棲み処に閉じ込めた。田村様がすぐに来ると思っていたけど、陸奥の山は険しく、大嶽丸の手下どものせいで軍勢を集めるのに時間がかかって、結局は三年も囚われの身だ。つらかったぜ、大嶽丸はアタイのことを変な目で見るし。そうそう”めかぶ納豆”を知ったのもその時だったな」
「……大嶽丸が”めかぶ納豆”を食べさせたの?」
「違う違う、大嶽丸は鯛とかアワビとか真っ白な米の飯とか豪勢な食事でアタイの気を引こうとしたけど、そんなのは御免だ。アタイは下女が食べていた”めかぶ納豆”を一緒に食べたのさ。うまかったぜ、雑穀飯にのせて魚の塩漬け汁をたっぷりかけてさ」
「あ、それは魚醤ですね。魚の塩漬け汁は古代から調味料として使われてたんですよ。それにめかぶ納豆も雑穀ご飯も栄養満点ですしね。現代でも美味しくって健康にいいって人気ですよ」
ゆったりとした白拍子姿にだまされそうだけど、鈴鹿御前さんはスタイルも抜群!
納豆に含まれるイソフラボンには女性のバストアップ効果もあるって話だし。
ぐぬぬ、あたしだって15年、いや10年前にそれを知っていれば!
「……そう、成長したんだね」
「ああ、成長したさ。三年間で身体がひとまわり大きくなったぜ」
「……ううん、成長したのは大嶽丸の方」
「ん? そんなことはなかったぜ。二度目の大嶽丸は前より弱かったぜ。あ、でも、さらに強くなった田村様と成長したアタイだからそう思ったのかもな。ま、なんにせよ、見事に復活大嶽丸を討ち取って凱旋! アタイは勝利の女神だの天女だと祝福されて田村様と結ばれた。今や鈴鹿峠の守り神、鈴鹿御前様だぜ。ま、今風に言えばハッピーエンドってやつ」
「左様であったか。これでひとつ合点がいった。儂が生前読んだ広益俗説弁の矛盾が」
「鳥居様、何か心に思う所があったのですか?」
「左様。広益俗説弁の中に世伝曰くとしてこう記されている。『坂上田村麻呂、勅を奉られ鈴鹿山の鬼女を征す。且つ相婚す。而して女、自ら罪に伏し、囚われ、朝に献つられる。亦、山に逃げ入り、後に田村麻呂は追い至り、夫婦と為る。その鬼女、是、鈴鹿姫也』と。鈴鹿の鬼女は朝廷に出頭した後に逃げた。なのに、それを追いかけた田村将軍と結ばれたことが不思議でならなかった。おそらく、伝えられている間に大嶽丸にさらわれたくだりが端折られてしまったのであろう」
うむうむと納得したように鳥居様は頷く。
あれ? でも?
「鳥居様、その広益俗説弁の鈴鹿の鬼女って処刑されてませんでした? そして田村麻呂が大いに嘆いたって話だったような……」
「む? いやいや、そうではないぞ。珠子殿は何か記憶違いをしているのであろう」
そう言われてみれば、そうだったような。
記憶力に関してはあたしなんかより鳥居様の方が上だし。
あたしの勘違いよね、うん。
「……それで、”りん”はどうなったの?」
「”りん”? ああ”小りん”のことか。すくすく育ったぜ、アタイの孫もポンポン生んでさ。長生きもしたし」
「……違う。”りん”の方」
”りん”という響きに鈴鹿御前さんの顔が少し曇る。
「アタイと田村様の初めての子、”りん”は大人に、いや、子供にすらなれなかった。生まれてすぐに死んだよ。ま、あの時代じゃよくあることだ。”小りん”の名は”りん”から付けた。小さい”りん”ってな。しかしなんでそんな事を知ってるんだ?」
「……別に、ちょっと気になっただけ」
少し、ほんの少し、橙依君の顔が笑ったような気がした。
「そんなことより、そんなことしている暇なんてあるの? さっさと”天に上った人”、つまり神使や神に至った人間を連れて来るんで……。いるわね」
ポポロロンロン
美しい音を爪弾いていたミタマさんの手が止まり、「コタマったら、愉快なこと」とフフフと笑う。
そうだ、大嶽丸の乱入で忘れていたけど、黄貴様の機転と覚の佐藤君の能力で判明した地獄門を閉じる方法!
天に上った人、地より戻りし人、人の世で生きる人!
その全てが偶然、ここに揃っていたんだった!
あたしは普通代表の”人の世で生きる人”です。
「……偶然というより奇跡」
「へへー、あたしたちって日頃の行いが良いから。さあ! 行きましょう! アリスさん! 鈴鹿御前さん! 地獄門を閉じて、この日ノ本を守るために!」
「ええ! 待っててランラン! 今、助けに行くから!」
「アタイに任せとけ! この大通連、小通連があれば怖い物なしだ!」
あたしたちに続けてみんなも「「「おー!」」」と勇ましく声を上げる。
そして、あたしたちは再び地下異空間に向けて走り出す。
ん?
「橙依君、どうしたの?」
「……今行く」
完全に崩れ去り、ふわっと浮かぶ氷の霧となった大嶽丸の身体を橙依君は一瞬見上げると、
「さようなら、ポンコツ丸。もし、また出逢うことがあったら、今度は……。恋バナでもしよう」
そう呟いてあたしの隣へ駆け寄った。
◇◇◇◇
禍福は糾える縄の如し。
その言葉の通り、どんなものにも表と裏があるものさ。
俺たち大蛇の兄弟が、おふくろの八稚女より継いだ権能だってそうさ。
権能に覚醒することが幸せにつながるわけじゃない。
黄貴の兄貴の王権の権能だってそうさ。
誰かの上に立つことが幸せとは限らない。
王と王妃は対等じゃなく、上下関係。
王と並び立つのは女王だ。
共に手を取り助け合うという色恋の面では良いことずくめじゃないさ。
願わくば、兄貴には王子のうちにパートナーを見つけて欲しいものだぜ。
藍蘭の兄貴の太極の権能は万能だが、どこまでいっても黒と白。
今はアリスちゃんとよろしくやってるが、いつかケンカもするだろう。
ケンカと仲直り、黒と白、それを続ける運命が待っている。
ま、最近はケンカップルって間柄もあるから、きっとふたりは幸せだろうよ。
蒼明の得心の権能は何でも学び理解する権能だが、世界に知らないことなんて無限にある。
決して終わらない知識と知恵の探求を続けるのは俺は御免だが、本人は楽しんでいるようだからそれもいいさ。
橙依の祝詞の権能は……使うやつを選ぶな。
誰にでも、何ですら捧げることが出来る権能。
自分に恩恵は全くない。
ただ通過するだけ。
延々と”おつかい”を繰り返すだけの日々、よくやるよ。
いや、だからこそ、いつか報われる日が来るのかもしれない。
”おつかい”の駄賃が溜まって貯まって大きなご褒美が来るとかさ。
紫君の鎮魂の権能。
魂を導けたり、魂を宿らせたりするスゴイ権能だ。
紫君のやつは理解していないようだが、使い方によってはこの世の全てを味方に出来るかもしれない。
だけど、当然だが裏の面もある。
紫君に救いを求める厄介な魂が来ないとも限らない。
面倒ごとは御免……。
いや、俺の恋愛事も似たようなものか。
だが、俺は知っている。
いや、思い出した。
俺の弟、緑乱の迷廊の権能。
これだけは覚醒させちゃいけない。
おふくろとおばさんから、そう言い聞かされていた。
俺はまだ小さかったからよ、意味はよくわからなったが『うん、わかった!』って安請け合いした記憶がある。
え? 既に覚醒しているじゃないかって!?
ああ、大きくなった緑乱なら大丈夫だったみたいだな。
だが俺が言い聞かされたのはこうさ。
『お願い、緑乱が権能に覚醒しそうになったら止めて。少なくとも十分に成長するまでは』
『もし、覚醒してしまったら。あなたの権能でみんなを導くのよ』
『『迷廊の迷宮から』』
そう言ったおばさんとおふくろの優しい顔は今も憶えている。
俺の権能が何だったのかは忘れちまった。
俺の名は赤好。
幸と不幸を見極める、この能力を持っている俺はたとえ覚醒していなくても、敗北することは決してない。
だけど、万能で無敵なんてありゃしないように、この俺にだって弱点はある。
俺が弱いのは恋する女の子の瞳さ。
…
……
いいだろ、これくらい。
一度言ってみたかったのさ、この台詞。
どうだい、カッコイイだろ、助っ人スカウト珠子さん。
さて、気張るとしますか!
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表紙・挿絵:深月くるみ様
イラストの無断転用は固くお断りさせて頂いております。
☆マークの話は挿絵入りです。
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