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第十二章 到達する物語とハッピーエンド

影法師とパエリア(その4) ※全4部

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◆◆◆◆
 
 ゴォッ

 俺様の新技、妖力ちからの竜巻。
 それがヒュパァンと大嶽丸の氷の剣の軌道を逸らす。
 
 どんな男も得意とする戦闘法があるというもの。
 温羅は剛腕による近距離掃討。
 俺様は俊敏さを活かした近接殲滅せんめつ
 そして大嶽丸は氷の剣による遠距離狙撃。
 狙撃の弱点は明白、狙いを逸らせばいい。
 大嶽丸の氷の剣は俺様の妖力ちからの竜巻をも貫く。
 だが、軌道はズレる。
 俺様は竜巻を盾とし、ヤツに肉薄する。
 だが……

 スカッ

 「また空中に逃れるか! 降りてこい!」

 大嶽丸の飛行の術、これが厄介。

 「そんな気はない。このままお前を倒す」

 パパパパパパッ
 
 今度は数で押すか。
 大嶽丸を中心に曼荼羅まんだらのように無数の氷の剣が無数に浮かび、それが一気に放たれる。

 「そんな俺様の一物イチモツより小さい剣が俺様に届くと思うたか!」

 氷の小剣は妖力ちからの竜巻に巻き込まれカラカラカランと地に落ちる。

 「大きさだけが男の魅力ではないぞ。搦手からめても重要だ。多方から攻められるのはどうだ?」

 再び出現した小剣曼荼羅絵図、それが空中をスゥーと動く大嶽丸に合わせて、一枚二枚三枚四枚五枚と数を増やす。

 「全方位攻撃、これを避けるすべはない」

 ズラズラズラリと並べられる小剣がピタリと狙いを定める。
 狙いとは当然、俺様、酒呑童子だ。

 ヒュパパパパパパッババッ

 空気を切り裂く音を連れて小剣は俺様に肉薄する。

 「届かぬと言っただろうが!!」

 ドンッ!! 俺様の震脚しんきゃくが文字通り大地を揺らしそこから妖力ちからの渦が巻き起こる。
 俺様を中心に起立する大渦は小剣を弾き飛ばし、地下空間を埋め尽くすほどに広がり続ける。

 「ちょっ、センパイったら、あぶないじゃないですか!? ここにはセンパイのお仲間さんもいらっしゃるんですのよ!」

 玉藻が非難の声を上げるが、そんなものに気を取られる暇などない。
 この千載一遇の機会、逃しはしない!
 
 「もらった!!」

 地獄門のある異界の地下空間、ここには壁もあれば天井もある。
 飛行の術を持たずとも、空に大地がある!

 「取ったぞ! 上を!」

 地を埋めるは俺様の大渦、空の大地に踏むのは俺様の豪脚。
 その中間に視界を埋めんばかりに弾き飛ばされている小剣の群れ。
 俺様は浮かぶ大嶽丸に狙いを定め、跳ぶ。

 パァン!! と大気の壁を割る音を残し、風よりも音よりも、頼光らいこうの刀のきらめきよりも速く、俺様の爪が大嶽丸の顔面をわしづかみにした。

 「これで決まりだ!!」

 やはり決めるならばこの技。
 俺様の基本技であり得意技であり必殺技。
 相手を掌で掴んだ上での妖力ちから奔流ほんりゅう
 
 豪々ゴゴゥッ!!

 俺様の渾身こんしんの技が大嶽丸の身体を引き裂き、歪め、形を変えていく。
 飛び散る血が俺様の身体に飛沫ひまつとなって染みを作っていく。

 ガシッ!

 このままではやられると思ったのか、大嶽丸の両手が俺様の腕を掴む。

 「無駄なあがきを。両手なら片腕くらいは引きがせると思うたか! 貴様が肉片になるまで俺様の妖力ちからが緩むことはない!!」

 血の飛沫は妖力ちからの奔流によって滴となり、霧と化し、俺様の身体を紅く染め上げる。

 「これで終いだ!!」

 最後の一押しとばかりに掌に力と妖力ちからを込め、俺様は勝利を確信する。

 ゴフッ

 「あ……!?」

 そんな猛りたかぶった俺様の熱を冷やすように、身体の中心に冷たいものを感じた。
 見ると、俺様の胸から氷の切っ先が生えておる。
 ガクンと身体から力が抜け、俺様はもはやボロボロの肉塊となった大嶽丸と共に大地に倒れ込む。

 「酒呑童子!」
 「ち、ちちうえー!!」
 「しゅ、しゅてーん、いやあぁぁぁーーーー!!」

 一の兄者と鬼道丸、そして俺様の茨木の悲鳴が空間に響き渡る。
 身体を捻り、後ろを見ると、そこには大嶽丸の姿。

 「わ、分け身か……」
 「そうだ、あのままではらちが明かない。だからオレは小剣曼荼羅に紛れて分け身を生み出していた。酒呑童子、お前に致命的な一撃を与えられるギリギリの妖力ちからを持った」
 「ぬ、ぬかったわ。俺様がよもや本体を見誤るとは……」
 「そうではない。オレの分け身は全てが本体。妖力ちからの大半はお前が今倒しているオレが持っていた。その血飛沫でこっちのオレの妖力ちからが感知出来ないほどに」
 「な、なるほど、貴様の不意打ちを察知できなかったわけだ」

 大嶽丸は読んでいた。
 俺様が最後にあの技で決めにくることも。
 その血しぶきで俺様の感覚が鈍ることも。
 そして、何よりも重要なのは、大地を覆う俺様の大渦で一の兄者や温羅の目がくらむことまで。

 「強く激しく勇ましい。それだけで勝利できれば苦労はない。勝利には犠牲が付きものだ。オレもオレの大半を失った」

 大嶽丸の言う通り、ヤツの妖力ちからはかなり弱っている。
 おそらく、今であれば温羅でも勝てるくらいに。
 だが、ここまでの闘いを見せたのだ、俺様が倒れたら温羅は認めるだろう。
 やはり鬼王は大嶽丸だと。
 俺様も認めざるを得ないか……。

 スン

 そんな時、俺様の鼻が血の匂いではない何かを感じた。
 これは……。

 「ははっ、ははっ、ハハハハハハハッ!」

 地獄門の座する地下異空間。
 そこに流れ込む、日常の香りを感じ俺様は笑いだし、そして立ち上がる。

 「何がおかしい? それに立ち上がったところでお前に勝ち目などないぞ」
 「これが笑わずにいられようか! あいつは、こんな所でも変わらずにいるのだ! 正気とは思えぬ! 本当に人間なのか!? 身体が米で出来ているのか!? ハハハッ!」
 
 もし、あいつがこの台詞を聞いたなら『半分くらいは米で出来ているかもしれませんね』と返すであろう。
 俺様が感じたのは玉ねぎや肉や魚、それに米が軽く焦げた香りだ。
 それが兄者の後ろの扉から、風に乗って流れてくる。
 
 「アイツはこんな時でも己の信条と信念を曲げぬのだ。この程度の傷で俺様が曲がるわけにはいかぬ」

 胸に力を込めると、氷の剣はパキンと割れ、地にカランと落ちる。

 「アイツとは誰だ? オレの知らない男か?」
 「いや、お前は既に会っているぞ。あいつは『酒処 七王子』の看板娘……」

 そして俺様は血の匂いを払うかのように大きく息を吸い込み、

 「珠子だ」

 あの決して折れぬ強い女の名を告げた。

◆◆◆◆
◇◇◇◇

 キィイィィンッ

 飛翔する氷の剣を俺様は片手で払う。
 まるで女が扇で風を払うかのように自然と。

 「なぃ!?」

 そしてそのまま、ゆっくりと歩みを進める。
 思い出せ、頼光に遅れを取るまでの俺様がどうだったのかを。
 
 …
 ……

 そうだ、俺様は最強の鬼であった。
 ”あやかし”も人も俺様を恐れ、恐れを知らぬ不届き者は全てなぎ払った。
 鬼も天狗も入道も、武者も法師も陰陽師も。
 正面からくる者は度胸がある、好ましい。
 人であった時も鬼になった後も、俺様の好みは変わらぬ。
 己の強さを堂々をぶつけてくる者。
 強さとは肉体だけではない、心もだ。

 キンッ

 俺様は茨木の心が好きだ。
 俺様への好意を素直に投げかけてくれるのだから。
 
 キキンッ

 俺様は周防の心が好きだった。
 俺様に決して屈さず、己の使命を全うしようとする意志は美しかった。

 キキキンッ

 俺様は珠子の心も好きだ。
 俺様を料理でよろこばそうと本気で思っているのだから。

 キキッ、キンッ

 逆に卑劣な真似は好かぬ。
 正面から戦って勝てる強さがあれば、正面から戦えばよいのだ。
 故に頼光とその四天王は好かぬ。
 だから、死角より狙撃を繰り返す大嶽丸も好かぬと思っていた。
 
 パシッ

 舞でも舞うかのように身体を半回転させ、背後からの氷の剣を俺様は腕で掴む。
 見ると、そこにも大嶽丸、だがかなり弱小。
 当たれば上々、当たらぬとも俺様の不意を突けば中々という策か、だがっ!

 そのままクルンとさらに半回転。
 ヒュォッと投げ返された氷の剣を額に受け、矮小わいしょう大嶽丸はパンッと頭を散らす。
 
 「すまんな大嶽丸よ。俺様は貴様への認識を誤っていた」
 「そんなものに興味はない。お前の内心でオレがどう思われようと構わない」
 
 大嶽丸の周囲に氷の剣が多数展開される。
 だが、それはあの曼荼羅絵図より遥かに少ない。
 ヤツの妖力ちからも限界が近いのだ。

 「俺様は貴様を卑怯者だと思っていた。不意打ちや狙撃、そんなものは鬼の戦い方ではないと。正面から正直に戦うのが鬼の戦い方だと」
 「鬼の戦い方。それに正面からという決まりはない」
 「その通りよ。正面からという決まりはない。だが、正直にという気概きがいはある。高丸の戦いの時、貴様は俺様に死角から一撃を与えた。俺様はそれを不意打ちだと思い激昂げっこうした。だが違ったのだ」
 「気付かないお前が悪いのだ」
 「その通り。あれはいずれ俺様と貴様が雌雄を決する時への宣言だったのだ。『オレの戦闘法は死角からの狙撃だぞ』という」

 剣のように氷の表情を浮かべていた大嶽丸が、少し笑ったような気がした。
 
 「オレだけが、酒呑童子の、お前の得意とする戦闘法を把握しているのは興がないからな」
 「同意だ。この傷はそれに気付くのが遅れた代償として甘んじよう。礼に俺様の戦闘法を見せてやる。それで決めよう。どちらが最強の鬼かを」

 真っ直ぐに正面を見据え、俺様は妖力ちからを高める。
 そして、天井まで達する妖力ちからの竜巻をいくつも放つ、斜めに。

 「つまらない技だ、これでは竜巻が盾にもほこにもならない」
 「そうかな?」

 放たれた幾多いくたの竜巻は俺様と大嶽丸を囲むように回り始め、そこに妖力ちからの壁を形成する。
 
 「なるほど、壁になるということか。しかし、この局面では意味がないぞ。お前はオレに近づけない」

 トンッと大地を蹴り、大嶽丸は飛行の術で竜巻の囲みから逃げようとする。
 上の方ならば、竜巻の勢いも弱い。
 そこを突破して、再び距離を取ろうとの判断だろうが、そうはいかぬ。
 
 シャ、シャ、シャシャザァァ

 「なにぃ!? こ、こんなこと、ありえない!?」

 上空に逃れたはずの大嶽丸が血まみれになって、地に落ちる。
 傷は浅い、だが鋭い。

 「貴様はよくもやってくれたよ。万を超す氷の剣をばら撒いてくれたのだからな。だが、数が多すぎた。おかげで大気は息も凍るほどに冷え、地には氷の剣の残骸がごまんとあったわ。俺様の竜巻がそれを巻き上げているのよ!」
 
 万を超す氷の剣、俺様の手で弾かれ、大地で割れたその欠片。
 それは今や百万の氷の刃となって竜巻の中で舞う。

 「知っているか大嶽丸! 竜巻の最も恐ろしいのはその風速ではない! 巻き上げられた無数の瓦礫がれきがその中でうごめくことなのだ! 次に竜巻の中に入った物を同じく瓦礫に変えてやるとな!」
 「しゅ、酒呑童子! お前は、ここまで考えて戦っていたというのか!? オレの氷の剣が地下空間の床をい埋め尽くす、この局面に賭けるために! そんなのはありえない!」
 「無論!」

 嘘だ。
 氷の刃を巻き込んだ竜巻は今思いついた。
 猛る頭が冷えた今だからこそ思いつけた技。
 そして、そのきっかけを作ってくれたのが、流れて来た芳しい香りよ。

 「この竜巻の包囲網はどんどんせばまるぞ! さあ、選べ! この竜巻に入ってズタズタになるか、それとも俺様と殴り合うか! 教えてやろう! 俺様の得意とする戦闘法は拘束しての接近戦、顔を突き合わせてのむつみ合いよ!」
 
 のんびり選ぶ時間はないとばかりに、俺様は前へ進む。
 それに連れて竜巻も輪を縮めていく。

 「オレはお前の顔を見つめる趣味はない。この間合いが詰まる前に仕留める!」

 逃げ場がないのはお前も同じ。
 そんな大嶽丸の心を語るように氷の剣が空中に生まれ続け、真っ直ぐに俺様へと飛翔する。
 俺様が通る隙間は無い。
 だがっ!!

 「道をひらくのが男というもの! 男とは攻めるもの! 女は守るもの! 貴様も女にしてやる!」

 息も吐かせぬほどに射出される剣であっても、慣れれば接近戦と変わらぬ。
 要は近づいたものを全て打ち払えばいいのだ。
 
 カカカカカカンッ

 俺様の手が掌が甲が肘が手首が肩口が、踊るように舞うように、関節などないように、しなり、うねり、剣の間隙を抜けてゆく。
 
 「鬼ではない!? その動き、蛇か!?」 

 入った! 俺様の間合い!
 踏み出す一歩の速さを腕に乗せ、妖力ちからの奔流を貫手にまとい、俺様は放つ、必殺必滅の一撃を!

 「これで終いだ! 大嶽丸!」
 「その一歩、そうくると思っていた! お前に勝利はない!」

 大嶽丸は氷の剣を瞬時に空中に生み出す。
 それは拳の間合いでも同じこと。
 肘が伸び切る前の刹那。
 速さを乗せた俺様の腕の根本。
 そこに剣が出現する。
 放つために剣ではなく、腕で掴むための剣が。
 徒手空拳の間合いより、剣の間合いの方が長いのが道理。
 俺様の貫手が届くよりも早く、大嶽丸の剣が俺様の肩をズブリと貫いた。

 「勝ったぞ! 酒呑童子! お前の手はオレに届かない!」
 「終いだと言ったぞ! 大嶽丸! 男なら勝利を前にして止まるなどありえぬ!」

 ダァンとさらに一歩足を踏み出す音。
 ズバンと腕の根本が弾け飛ぶ音。
 ギュルンと俺様の腕が妖力ちからの奔流に乗って回転を始める音。
 そして、妖力ちからの奔流を推進力とし、俺様の右腕は全てを貫くやじりと化して放たれた。

 ドンッ!!

 俺様の腕が大嶽丸の胴体に突き刺さり、それでも止まぬ妖力ちからの奔流が大嶽丸を後ろへ吹き飛ばす。

 「ギッ、ギャァアッァアアァ!!」

 氷の刃が渦巻く竜巻に巻き込まれた大嶽丸の悲鳴が響き渡る。
 そして、竜巻が消えた後に残ったのは血まみれで地に伏す大嶽丸の姿だった。

 「やった! 勝ちや! ウチの酒呑の勝利や!」

 茨木が俺様に駆け寄る姿が、見えそうで見えぬ。
 熊たちの喜びの声も、たわけの大嶽丸の喝采も、鬼たちの歓声も、聞こえるようで音にならぬ。
 右腕を失い、胴体には剣の穴、細かい傷は数えられぬ。
 意識は朦朧とし、立つのがやっと。
 いや、もはや立ってられぬな。
 そんな中でも、鼻だけは生きていた。
 血の臭いに交じって、腹がすくような料理の香り。
 そして、だんだんと近づく、俺様好みの匂い。
 そうだ、それがいい。
 倒れ込むなら固くて冷たい大地より。
 柔らかくて温かい……、女の胸だ。

◇◇◇◇

 あたしは迷宮と化したおばあさまの元料亭、何処何某いずこのなにがしを進む。
 道案内は蜘蛛の糸をたぐる若菜姫さん。
 この先で酒呑童子さんと大嶽丸が戦っているはず。
 ふたりの妖力ちからのぶつかり合いは、霊力ちからの乏しいあたしでも感じるほど強く激しい。

 「状況は腹に氷の剣をぶっさされた酒呑童子が劣勢。これから酒呑童子は最後の賭けに出るようだって話だ」

 若菜姫さんが糸を手繰たぐりながら、状況を解説してくれている。
 大丈夫かな酒呑さん。
 それに鬼王の命令に従わざるを得なかった鬼道丸さん。

 「いいか、大嶽丸が生き残っていたら、アタイを盾にしろ。少しだけど注意が引けると思う」
 「本当にいいんですか? 立烏帽子さん」
 「いいってことよ。そのために来たんだからな」

 因縁の相手との邂逅かいこうを前に立烏帽子さんがやる気を見せた。
 本当は無理して欲しくないんだけど。
 立烏帽子さんは、英霊や神使になれなかった魂で、霊力ちからはあたしとどっこいどっこいだから。
 
 「ギッ、ギャァアッァアアァ!!」

 そんな時、通路の奥から鬼のく悲鳴が聞こえた。
 あの声は!?
 みんなが駆け足となって扉の中に入ると、そこには片腕を失い血まみれで茨木さんの膝の上で目を閉じている酒呑さんの姿。

 「酒呑さん!」
 
 あたしが駆け寄ると、酒呑さんはまるで気だるい午睡のように瞳を上げた。

 「なんだ珠子か。お前も俺様の寝具になりたいのか。よいぞ、枕は茨木の役目だから、敷布団か掛布団の好きな方を選べ。ちょうど腰から下が寒かった所だ」
 「なっ、あっ、あたしは布団じゃありません!」

 よかった、いつもの酒呑さんだ。

 「そうか、なら右腕を頼む」
 「それってイヤらしい意味じゃないですよね」
 「ぷっ、ふははっ、そうか、そういう言い方があったか! お前も俺様のがわかるようではないか。アタタ」
 「ほら、酒呑。安静にしとかんと」
 
 冗談は言えるみたいだけど、身体は相当重傷。
 あたしが右腕を拾うと、その指先はグチャグチャで腕の部分も無数の傷まみれ。

 「これでいいですか酒呑さん」
 「ああ、あとはしばらく抑えておけば自然にくっつく」

 あたしが運んだ右腕を肩にくっつけると、そこを茨木さんがギュッと抑える。

 「父上! 師匠! この度は誠に申し訳ありませんでした! かくなる上は死んでお詫びを!」
 「よい。お前が一瞬でも大嶽丸の方が強いと思ってしまったのは、俺様が戦う姿を見せたことがなかったからだ。茨木や熊たちには平安の頃に何度も見せた姿をな」
 「たわけ、と言わないのでございますか?」
 「言って欲しいのか?」
 「ぜ、是非!」
 「この大たわけ。今回だけは許す。だから、泣くな。息子が泣き虫だと、親も幼いころはそうだったと思われるではないか」
 「あれ? そうやなかったっけ」
 「いらんことを言うな茨木。まったく」

 よかった。
 鬼王の特権で大嶽丸に従っていた鬼道丸さんも元に戻ったみたい。

 「さて、玉藻よ。万策が尽きたな。大嶽丸は瀕死、鬼王の称号も失ったようだ。それに我らのこの手勢。後ろの鬼たちも、最早お前には従うまい」
 「ガッハハ、年貢の納め時という所か」

 黄貴こうき様が一歩出て玉藻の前に立つ。
 隣には温羅さん。
 敵はひとり、それに対しあたしたちは多勢。
 うん、一時はどうなることかと思ったけど、来てみたら楽勝だったわ。

 「おねがい、いちばんおっきいにーにー。タマモママにひどいことしないで!」
 「そなたは……、緑乱りょくらんか!?」
 「うん、そーだよ。おねがい」
 「わかった。素直に従えば危害は加えないと約束しよう。どうだ玉藻?」
 「せやねぇ。やっと地獄門を開ける算段が付いたかと思いましたが。これでは勝ち目がなさそうでありんす。こんな状態では地獄門の開放に賛同してくらはる方は天地人の鬼はおろか、いらっしゃらないでしゃろねぇ」

 うんうん、温羅さんの話では地獄門の開放には天より下った鬼、地より出でし鬼、人より生じた鬼、その全ての同意が必要って話だったけど、これなら大丈夫よね。
 誰も賛成しないでしょ。

 「いや、いるぜ! ここにひとりな!」
 
 居た。
 こんな時に、ううん、こんな時にだけ賛同する鬼が。
 天邪鬼の天野君。
 あれ? 今、あの玉藻がわらった!?

 「マズイ! みんな! 早く玉藻を止めろ!」

 赤好しゃっこうさん!?
 どうして、たったひとりで玉藻に向かっていってるの!?

 「ホホホ、気付いたのは下種の勘ぐり大蛇だけでしたようですね。さあ、鬼たちよ! 約束を果たしなさい! 鬼王の名代たるわっちに従い、地獄門の開放に賛同するのです!」

 玉藻がそう言った瞬間、鬼道丸さんの身体がビクンと硬直し、口がゆっくりと動き出す。

 「なんだ!? 何が起きた!? 鬼道丸しっかりしろ!」
 「わっかんねぇのかよ! 湯田でテメエも受けた約束を強制させる術だよ!」
 「そうどす! わっちとの”狐の約定”の術は必定! 一度合意したなら、絶対に守ってもらいますえ!」

 約束を強要させる術!?
 そういえば、以前、串刺し入道さんが蒼明そうめいさんとの河豚対決の時にも”天狗の約定”って術を使ってたような!
 それと同じ術!?

 「いったい、いつ鬼たちと約定を結んだのだ!?」
 「あの時だよ! 俺が気絶したふりをしていた時! 橙依とーいは見ただろ!」
 「しまった! 見た! 言ってた! 大嶽丸のマルチモニタの中で、玉藻が鬼王の名代を名乗って地獄門の開放に賛同するように鬼に言ってた! 鬼たちも、それに応えていた!」
 「そうどす! さあ! 約定の時でありんす」

 え? 何? どうなってるの? 
 よくわからないけど、ピンチ!

 「茨木! 鬼道丸の口をふさげ!」
 「遅いどす!」
 「ひ、人より生まれし鬼道丸は賛同す、する。じ、地獄門の開放を」

 ヒュゥゥゥと地下空間に冷たい風が流れる。
 見ると、奥の方の岩の壁が少し動いて、そこから寒気のする空気が、ううん、風が流れてくる。

 「さあ! 最期に気張りなはれ! 大センパイ!」
 
 玉藻の声に反応して、今まで地面でピクリともしなかった大嶽丸が、ゆっくりと肘を着き上体を起こす。

 「地獄より出でし大嶽丸は賛同する。地獄門よ! 開け!」
 
 ゴゴゴゴゴゴゴと重たい音が響き、直方体の岩が、地獄門の岩戸が動いていく。

 「やった! やりました! ついに日ノ本が魔国に変わる日がやって来たのでありんす! カココンコンッ! カココンコンッ!」

 玉藻は空間中に響き渡るような狂乱にも似たわらい声を上げているけど、誰もそっちは見ていない。
 みんなの視線の先はひとつ。
 地獄門。
 ああ……、天国のおばあさま、どうか珠子を、みんなをお守り下さい。
 あたしの目の前で地獄門が開き、その中から見るだけで背筋の凍るような亡者の群れが溢れ出した。

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