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第十二章 到達する物語とハッピーエンド
影法師とパエリア(その3) ※全4部
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◇◇◇◇
「えー、やっぱりヒーローと似ているわ。ちょっと面影があるもの」
「くひっ、でもちっちゃくってカワイイですぅ~」
「そうか? 心の清い君の方が華奢な感じがするぞ。身体は小さいが、義兄上の方が筋肉質だ」
戦いの途中で倒れたアイツは、橙依君のお友達の女の子に囲まれていた。
なんでい、あっちは天国かよ。
みょんみょんみょんみょん
「……はい、おわった。あれだけ打たれてたのに頑丈」
「八百に鍛えられたからな。『滅多に当たらない防御を持つ男こそ、いざ食らった時に耐えれるようにするもんだ』ってな」
おかげで助かったぜ、八百。
「しかしどうしてコイツはいきなり倒れたんだ?」
「それはですね。血糖値不足、低血糖ですよ」
シャカシャカシャカとスポーツドリンクを振りながら、嬢ちゃんが言う。
「低血糖? それって腹が減るとクラクラするやつか?」
「はい。軽度だとそれで済みますが、さらに進行すると頭痛、顔面蒼白、手足の痙攣、意識の混濁から昏睡に陥ります。対処法はブドウ糖の摂取ですね。スポドリに溶かして飲むといいですよ。はい緑乱君、飲んで。楽になるわよ」
「……う、うん」
弱々しくも意識は少しはあるようだな。
女の子の膝枕でお酌とは、いい身分だぜ。
「それで、どうしてコイツはいきなり低血糖なんかになっちまったんだ? 俺っちも腹は減ってるがそこまでじゃないぞ」
「あたし思ったんですよ、時をやりなおす術で、ダメージがなくなっても記憶は継承するはずだと」
「そうだろうがよ、そいつが何か関係あるのか?」
「おおありですよ。頭を使うにはカロリーが必要なのです。一瞬で何百、何千回もの記憶を未来から引き継いで覚えるとしたら、その一瞬で脳はブドウ糖を大量消費してしまいます」
「……頭を使うとお腹が減る理論。僕もあの日をもう一度を使い過ぎた時には頭痛がした」
なるほど、わかってきたぜ。
「そして、ブドウ糖は通常は肝臓などに蓄えられ、不足するとそれが放出されます。ですが、もちろん限界があります。身体の脂肪から生成することも可能ですが、それは一瞬では無理っ!」
「……つまり、情報量の多さが彼のネック。おそらく今までしらない料理”パエリア”の知識、ドヤドヤとやってくる僕たちの仲間。それで頭が疲労」
「音と嗅覚の刺激も重要よね。調理の工程で”パエリア”は匂いが変わっていきますから。緑乱君はマルチタスクで情報を吸収し、それを覚え続けてしまって、脳が飢餓状態になっちゃったんです」
「そうだったのかい。こりゃビックリだ。まさか”勝つまで繰り返す”てなチート技にこんな弱点があったとはな」
「おじさんが、頑張って耐えたからですよ。他の方じゃそうはいかなかったと思います」
お疲れ様とばかりに嬢ちゃんがポンと肩を叩く。
「あ、緑乱君も意識がハッキリとしてきたみたいですね。大丈夫? どこか痛いとこない? パエリア食べる?」
俺っちの影法師が働かない頭をフルフルと振りと、やがて状況を把握したのか、顔が青くなって赤くなる。
「うっ、うっ、うわっ……、あああ~~~ん! まけちゃった! りょくらんけちゃったぁぁ~~!」
「あっ、ほら、泣かないで。パエリア食べる?」
「いらない! ぜったいにタマコとトーイをタマモママのところへつれていくってやくそくしたのに! りょくらんやくそく、まもれない。やくそくまもらないのわるいこ。いやー、わるいこ、いやーぁぁあんあん」
まったく、本当にガキだな。
俺っちも八百と出逢ったばかりのころは、こうだったかと思うと、背筋が寒くならぁ。
「大丈夫よ。君は悪い子じゃないわ。パエリア食べる?」
「でも、でも、やくそく、ヒック」
何か嬢ちゃんが『パエリア食べる?』しか言ってない気がするぜ。
「いいのよ。あたしが、この珠子が君と一緒に玉藻ママの所へ行ってあげるわ。もちろん、橙依君も一緒よ。ねっ」
「いっしょにいってくれるの?」
「……しょうがない。わかったよ。僕も天野が心配だし」
「うん、これで決まり。ご飯を食べて玉藻ママの所へ行きましょ。パエリア食べる?」
「ぱえる! パエリアぱえる!」
やれやれ、今泣いたカラスがもう笑らっちまってらぁ。
「はい、めしあがれ。あーん」
「あーん……。おいしいっ! おさかなとおにくとごはんのあじがする!」
「それはよかった。お代わりもあるから、いっぱい食べてね」
涙なんてどこへいっちまったのか、俺の影法師はパエリアをうまそうにガツガツ食べる。
「嬢ちゃん。俺にも頼まぁ」
「はい、どうぞ召し上がって下さい」
スッスッとしゃもじが鍋の黄色い草原に線を描き、そこからトントンと皿にパエリアが盛られていく。
貝とエビと肉が均等に盛る所が嬢ちゃんらしいや。
色んな味が楽しめて嬉しいねぇ。
パクッ、モムッ
「おお! 匂いからして絶品だと思ったが、こいつはいい! 米が具材の旨さを吸い込んでいるぜ! しかも粥みたいに柔らかすぎねぇ!」
「パエリアの魅力は旨味を全て吸収したお米ですからね。でも、もうひと口食べてから絶品だと言って下さい」
ん? もうひと口? ま、いいけどよ。
パクッ、フワッ
「おっ!? さっきと味が違うぜ! さっきはエビの味が強めだったが、今度は貝だ! するってぇと、こっちは……」
匙を少し動かして別の位置から米を取ると……
「こっちは肉の味だ! 鶏肉の旨味がギュっとしてらぁ!」
「これが炊飯釜と違って高さのないパエリアパンの醍醐味! 米を煮詰める過程で鍋の中での対流が起きないので、エビの近くはエビのエキスが、ムール貝の近くでは貝の味が、鶏肉の近くではチキンの旨味が濃く炊きあがるんです」
「しかもあなた、米を炊く時に入れたチキンブイヨンに昆布と鰹節の和風だしも入れてたでしょ」
「さすがはコタマちゃん。おわかりになりますか」
いつのまにか近くに来ていたコタマの嬢ちゃんがモムモムとパエリアを口にしながら言う。
料理談義が出来るお友達が出来て良かったな。
「気付くわよ。トマトの陸の植物由来のグルタミン酸、昆布の海の植物由来のグルタミン酸。鶏肉とチキンブイヨンの陸の動物由来のイノシン酸、カツオ節とシーフードの海の動物由来のイノシン酸。陸と海、両方から生まれた旨味成分を米に浸みこませているのね。それで鍋の場所によっても味の濃さに偏りがあるのに、調和が取れているように感じるんだわ」
「すごーい! コタマちゃんものしりー!」
「これくらい当然よ。でも、こんな米料理もあったのね」
「はい、米料理といえばアジア圏のものと思いがちですが、ヨーロッパでも美味しい米料理はたくさんありますよ。スペイン名物のパエリアはそのひとつです。うん、我ながらいい出来」
モムモムと自画自賛をしながら嬢ちゃんもパエリアを食べる。
橙依君のお友達や兄貴のお仲間も旨そうに食ってら。
まじいな、このままじゃ全部食べられちまいそうだ。
「嬢ちゃん。お代わりを頼むぜ」
「りょくらんにもー!」
「はい、最後にスッペシャルなパエリアもあるんですよ。それをお代わりにしますね」
「スッペシャル? 他の鍋でもパエリアを作ってるのかい?」
「違いますよ。スッペシャルなのはこれ!」
嬢ちゃんが鍋にしゃもじを入れると、ジャリッと音が響く。
パエリアパンの底にこびりついた米が、薄い布のようにめくれ上がった。
「嬢ちゃん、それは?」
「これはSocarrat! おこげのパエリア版ですっ! お米をお釜で炊いた時、底に出来るおこげに愛好家がいるように、スペインにもソカラの愛好家がいらっしゃるんですよ。緑乱おじさんは”おこげご飯の握り飯””好きでしたよね。でしたらこれも気に入るとおもいますよ。クルッっと巻いて、さ、ふたりともどうぞ!」
クレープのようにクルッと巻かれた”パエリアおこげ”が俺っちの前に差し出される。
わかるぜ、こいつは俺っちが絶対お気に入りになるやつだ。
「わーい、りょくらんおかわりぱえる!」
スッっと手が伸び、俺の影法師が”おこげパエリア”をパリッと食べる。
「おいしー! パリパリとしてて、おいしー! パリパリー!」
まったく、コイツは味の表現までお子様だな。
どれ、俺っちもっと。
パリッ
「おお! うんめえ! パリパリしててよ! うめえな! パリッとしてて!」
「……五十歩百歩」
「いやいや、そうとしか言いようがないんだって! そりゃよ、魚貝と肉と野菜の旨みがサフランの香りと相まって、柔らかさとパリパリの食感が口の中で旨味の嵐を巻き起こしているみたいだとか俺っちも言えるけどよ。それをパリッの言葉の裏に含めてだな」
パリッ
もうひと口食べると、味がよくわかる。
ほんのりと甘さを感じるほどに焦げた部分は油でコーティングされ、どちらかというと中華おこげに近い。
その油には魚貝と肉の旨味が溶け込んでいるからよ、甘味の中にも旨味を感じるぜ。
甘さと旨さがスパイスで引き締められると極上になるってのは、世界の真実だ。
「うん、うんめえな! 俺っちもこれが気に入ったぜ! 今度はお釜のおこげご飯と食べ比べしてみてえな」
「いいですね、それ! 帰ったら作りましょう!」
「りょくらんもいっしょにぱえるー! タマコママといっしょに!」
「ま、ママ……。えっと、あたしはそんな年じゃないんだけどなー」
嬢ちゃんが少し困ったように笑う。
まったく、大したもんだぜ。
俺っちは少なくとも、この影法師の俺を叩きのめさなきゃならんと思っていた。
覚悟もしていた。
だが、蓋を開けてみりゃパエリアが出来ていた。
蓋を開けるだけで、コイツを傷つけることなく懐かせちまうとはよ。
誰も傷つかず、笑顔とハッピーエンドにもっていく。
俺には絶対出来ないことだ。
いや、他の誰にも出来ねぇだろうよ。
「歓談中の所、すまない」
「どうされました若菜姫さん」
和やかな中でひとり真面目な顔で若菜の嬢ちゃんが口を開いた。
「これから天野を助けに行くって話だったな」
「……うん。天野は地下異空間で黄貴兄さんと一緒にいるんだよね」
「そうだ。そこでは今、酒呑童子が戦っている。相手は”鬼王大嶽丸”だ」
若菜の嬢ちゃんの耳にキラリとしたものが見える。
ありゃ蜘蛛の糸か?
「今、私は蜘蛛の糸で黄貴のお義兄さんと連絡を取っているのだが……」
なるほど、若菜の嬢ちゃんは、蜘蛛の糸を使って糸電話のように兄貴と連絡を取っているのか。
良いチームワークだぜ。
「酒呑童子が負けそうだと連絡が入った」
「えー、やっぱりヒーローと似ているわ。ちょっと面影があるもの」
「くひっ、でもちっちゃくってカワイイですぅ~」
「そうか? 心の清い君の方が華奢な感じがするぞ。身体は小さいが、義兄上の方が筋肉質だ」
戦いの途中で倒れたアイツは、橙依君のお友達の女の子に囲まれていた。
なんでい、あっちは天国かよ。
みょんみょんみょんみょん
「……はい、おわった。あれだけ打たれてたのに頑丈」
「八百に鍛えられたからな。『滅多に当たらない防御を持つ男こそ、いざ食らった時に耐えれるようにするもんだ』ってな」
おかげで助かったぜ、八百。
「しかしどうしてコイツはいきなり倒れたんだ?」
「それはですね。血糖値不足、低血糖ですよ」
シャカシャカシャカとスポーツドリンクを振りながら、嬢ちゃんが言う。
「低血糖? それって腹が減るとクラクラするやつか?」
「はい。軽度だとそれで済みますが、さらに進行すると頭痛、顔面蒼白、手足の痙攣、意識の混濁から昏睡に陥ります。対処法はブドウ糖の摂取ですね。スポドリに溶かして飲むといいですよ。はい緑乱君、飲んで。楽になるわよ」
「……う、うん」
弱々しくも意識は少しはあるようだな。
女の子の膝枕でお酌とは、いい身分だぜ。
「それで、どうしてコイツはいきなり低血糖なんかになっちまったんだ? 俺っちも腹は減ってるがそこまでじゃないぞ」
「あたし思ったんですよ、時をやりなおす術で、ダメージがなくなっても記憶は継承するはずだと」
「そうだろうがよ、そいつが何か関係あるのか?」
「おおありですよ。頭を使うにはカロリーが必要なのです。一瞬で何百、何千回もの記憶を未来から引き継いで覚えるとしたら、その一瞬で脳はブドウ糖を大量消費してしまいます」
「……頭を使うとお腹が減る理論。僕もあの日をもう一度を使い過ぎた時には頭痛がした」
なるほど、わかってきたぜ。
「そして、ブドウ糖は通常は肝臓などに蓄えられ、不足するとそれが放出されます。ですが、もちろん限界があります。身体の脂肪から生成することも可能ですが、それは一瞬では無理っ!」
「……つまり、情報量の多さが彼のネック。おそらく今までしらない料理”パエリア”の知識、ドヤドヤとやってくる僕たちの仲間。それで頭が疲労」
「音と嗅覚の刺激も重要よね。調理の工程で”パエリア”は匂いが変わっていきますから。緑乱君はマルチタスクで情報を吸収し、それを覚え続けてしまって、脳が飢餓状態になっちゃったんです」
「そうだったのかい。こりゃビックリだ。まさか”勝つまで繰り返す”てなチート技にこんな弱点があったとはな」
「おじさんが、頑張って耐えたからですよ。他の方じゃそうはいかなかったと思います」
お疲れ様とばかりに嬢ちゃんがポンと肩を叩く。
「あ、緑乱君も意識がハッキリとしてきたみたいですね。大丈夫? どこか痛いとこない? パエリア食べる?」
俺っちの影法師が働かない頭をフルフルと振りと、やがて状況を把握したのか、顔が青くなって赤くなる。
「うっ、うっ、うわっ……、あああ~~~ん! まけちゃった! りょくらんけちゃったぁぁ~~!」
「あっ、ほら、泣かないで。パエリア食べる?」
「いらない! ぜったいにタマコとトーイをタマモママのところへつれていくってやくそくしたのに! りょくらんやくそく、まもれない。やくそくまもらないのわるいこ。いやー、わるいこ、いやーぁぁあんあん」
まったく、本当にガキだな。
俺っちも八百と出逢ったばかりのころは、こうだったかと思うと、背筋が寒くならぁ。
「大丈夫よ。君は悪い子じゃないわ。パエリア食べる?」
「でも、でも、やくそく、ヒック」
何か嬢ちゃんが『パエリア食べる?』しか言ってない気がするぜ。
「いいのよ。あたしが、この珠子が君と一緒に玉藻ママの所へ行ってあげるわ。もちろん、橙依君も一緒よ。ねっ」
「いっしょにいってくれるの?」
「……しょうがない。わかったよ。僕も天野が心配だし」
「うん、これで決まり。ご飯を食べて玉藻ママの所へ行きましょ。パエリア食べる?」
「ぱえる! パエリアぱえる!」
やれやれ、今泣いたカラスがもう笑らっちまってらぁ。
「はい、めしあがれ。あーん」
「あーん……。おいしいっ! おさかなとおにくとごはんのあじがする!」
「それはよかった。お代わりもあるから、いっぱい食べてね」
涙なんてどこへいっちまったのか、俺の影法師はパエリアをうまそうにガツガツ食べる。
「嬢ちゃん。俺にも頼まぁ」
「はい、どうぞ召し上がって下さい」
スッスッとしゃもじが鍋の黄色い草原に線を描き、そこからトントンと皿にパエリアが盛られていく。
貝とエビと肉が均等に盛る所が嬢ちゃんらしいや。
色んな味が楽しめて嬉しいねぇ。
パクッ、モムッ
「おお! 匂いからして絶品だと思ったが、こいつはいい! 米が具材の旨さを吸い込んでいるぜ! しかも粥みたいに柔らかすぎねぇ!」
「パエリアの魅力は旨味を全て吸収したお米ですからね。でも、もうひと口食べてから絶品だと言って下さい」
ん? もうひと口? ま、いいけどよ。
パクッ、フワッ
「おっ!? さっきと味が違うぜ! さっきはエビの味が強めだったが、今度は貝だ! するってぇと、こっちは……」
匙を少し動かして別の位置から米を取ると……
「こっちは肉の味だ! 鶏肉の旨味がギュっとしてらぁ!」
「これが炊飯釜と違って高さのないパエリアパンの醍醐味! 米を煮詰める過程で鍋の中での対流が起きないので、エビの近くはエビのエキスが、ムール貝の近くでは貝の味が、鶏肉の近くではチキンの旨味が濃く炊きあがるんです」
「しかもあなた、米を炊く時に入れたチキンブイヨンに昆布と鰹節の和風だしも入れてたでしょ」
「さすがはコタマちゃん。おわかりになりますか」
いつのまにか近くに来ていたコタマの嬢ちゃんがモムモムとパエリアを口にしながら言う。
料理談義が出来るお友達が出来て良かったな。
「気付くわよ。トマトの陸の植物由来のグルタミン酸、昆布の海の植物由来のグルタミン酸。鶏肉とチキンブイヨンの陸の動物由来のイノシン酸、カツオ節とシーフードの海の動物由来のイノシン酸。陸と海、両方から生まれた旨味成分を米に浸みこませているのね。それで鍋の場所によっても味の濃さに偏りがあるのに、調和が取れているように感じるんだわ」
「すごーい! コタマちゃんものしりー!」
「これくらい当然よ。でも、こんな米料理もあったのね」
「はい、米料理といえばアジア圏のものと思いがちですが、ヨーロッパでも美味しい米料理はたくさんありますよ。スペイン名物のパエリアはそのひとつです。うん、我ながらいい出来」
モムモムと自画自賛をしながら嬢ちゃんもパエリアを食べる。
橙依君のお友達や兄貴のお仲間も旨そうに食ってら。
まじいな、このままじゃ全部食べられちまいそうだ。
「嬢ちゃん。お代わりを頼むぜ」
「りょくらんにもー!」
「はい、最後にスッペシャルなパエリアもあるんですよ。それをお代わりにしますね」
「スッペシャル? 他の鍋でもパエリアを作ってるのかい?」
「違いますよ。スッペシャルなのはこれ!」
嬢ちゃんが鍋にしゃもじを入れると、ジャリッと音が響く。
パエリアパンの底にこびりついた米が、薄い布のようにめくれ上がった。
「嬢ちゃん、それは?」
「これはSocarrat! おこげのパエリア版ですっ! お米をお釜で炊いた時、底に出来るおこげに愛好家がいるように、スペインにもソカラの愛好家がいらっしゃるんですよ。緑乱おじさんは”おこげご飯の握り飯””好きでしたよね。でしたらこれも気に入るとおもいますよ。クルッっと巻いて、さ、ふたりともどうぞ!」
クレープのようにクルッと巻かれた”パエリアおこげ”が俺っちの前に差し出される。
わかるぜ、こいつは俺っちが絶対お気に入りになるやつだ。
「わーい、りょくらんおかわりぱえる!」
スッっと手が伸び、俺の影法師が”おこげパエリア”をパリッと食べる。
「おいしー! パリパリとしてて、おいしー! パリパリー!」
まったく、コイツは味の表現までお子様だな。
どれ、俺っちもっと。
パリッ
「おお! うんめえ! パリパリしててよ! うめえな! パリッとしてて!」
「……五十歩百歩」
「いやいや、そうとしか言いようがないんだって! そりゃよ、魚貝と肉と野菜の旨みがサフランの香りと相まって、柔らかさとパリパリの食感が口の中で旨味の嵐を巻き起こしているみたいだとか俺っちも言えるけどよ。それをパリッの言葉の裏に含めてだな」
パリッ
もうひと口食べると、味がよくわかる。
ほんのりと甘さを感じるほどに焦げた部分は油でコーティングされ、どちらかというと中華おこげに近い。
その油には魚貝と肉の旨味が溶け込んでいるからよ、甘味の中にも旨味を感じるぜ。
甘さと旨さがスパイスで引き締められると極上になるってのは、世界の真実だ。
「うん、うんめえな! 俺っちもこれが気に入ったぜ! 今度はお釜のおこげご飯と食べ比べしてみてえな」
「いいですね、それ! 帰ったら作りましょう!」
「りょくらんもいっしょにぱえるー! タマコママといっしょに!」
「ま、ママ……。えっと、あたしはそんな年じゃないんだけどなー」
嬢ちゃんが少し困ったように笑う。
まったく、大したもんだぜ。
俺っちは少なくとも、この影法師の俺を叩きのめさなきゃならんと思っていた。
覚悟もしていた。
だが、蓋を開けてみりゃパエリアが出来ていた。
蓋を開けるだけで、コイツを傷つけることなく懐かせちまうとはよ。
誰も傷つかず、笑顔とハッピーエンドにもっていく。
俺には絶対出来ないことだ。
いや、他の誰にも出来ねぇだろうよ。
「歓談中の所、すまない」
「どうされました若菜姫さん」
和やかな中でひとり真面目な顔で若菜の嬢ちゃんが口を開いた。
「これから天野を助けに行くって話だったな」
「……うん。天野は地下異空間で黄貴兄さんと一緒にいるんだよね」
「そうだ。そこでは今、酒呑童子が戦っている。相手は”鬼王大嶽丸”だ」
若菜の嬢ちゃんの耳にキラリとしたものが見える。
ありゃ蜘蛛の糸か?
「今、私は蜘蛛の糸で黄貴のお義兄さんと連絡を取っているのだが……」
なるほど、若菜の嬢ちゃんは、蜘蛛の糸を使って糸電話のように兄貴と連絡を取っているのか。
良いチームワークだぜ。
「酒呑童子が負けそうだと連絡が入った」
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