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第十二章 到達する物語とハッピーエンド
鈴鹿の鬼女とアイスディップ(その4) ※全5部
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変化が起きたのは次の瞬間。
「あ、きた」と紫君が口にすると、鬼火たちの炎が大きくなり、その姿が人の形を取り始める。
『やっと逢えました! 立烏帽子様! おなつかしゅうございます』
『久しぶりの索餅のうまか味に引かれたら、いきなり招集ですとはビックリ仰天! よばれて飛び出てジャジャジャジャーンと再会!』
『あ、立烏帽子様、おひさー。あいかわらず可愛くてキュンです』
『きゃぱい、きゃぱい。もう、たいへん。急にお呼ばれしちゃうんだなんて、もう、霊体ってメイクできるっけ?』
鬼火たちが変えた姿は初老の男性とおっさん、そして女子高生っぽいふたりの女の子。
「お、お前ら、その姿としゃべりは何だ? きゃ、きゃぱい?」
今までとのギャップに立烏帽子ちゃんが動揺する。
あたしも、きゃぱいとかよくわからない。
『あ、この姿ではわかりにくいですよね。よし、みんな、あの時の姿を思い出すぞ!』
『はーい! 前々前々前々前々前世くらいのやつね』
え? あ? ぜんぜんぜん? と動揺を続ける立烏帽子ちゃんの前で、鬼火たちの姿がおじいさんおばあさんへと変わっていく。
「そ、その姿は……、でも確かにおまえらの面影が……」
『はい、ボクたちはここから、こーんなに大きくなりもうした』
ひとりの男性はそう言うと、幼い少年の姿から、ひとまわりもふたまわりも大きな初老の男性の姿へと変化する。
「おまえたち、アタイの後に捕まって殺されたんじゃなかったのか!?」
『いえ、そこは田村様がよくしてくれました。立烏帽子様の死を無駄にしまいと骨を折ってくれたのです。盗賊団の罪は立烏帽子の死と共に消えたと。田とか畑も用立てて頂き、私たちは田村様の庇護の下、天寿を全う出来たのです』
「でも、それならアタイと再会した時のあの姿は……」
『あの時の立烏帽子様は嘆きと悲しみと後悔で荒れ狂っておりました。私たちも生前、何度も立烏帽子様の魂を鎮めようとしましたが、それは叶わず。お鎮め出来たのは私たちの死後、何年も経った時でした』
『あんときは、ちょー大変だったんだから! ババア姿だとわからないだろうって思って、子供の時の姿で何度も呼びかけても、ちょー無視!』
『立烏帽子様ったら、げきおこ』
「げきおこ?」
『げきおこ』
女子高生しゃべりのおばあさんが指で角を作って”げきおこ”を表現。
『やっと立烏帽子様が鎮まった時には、私どもの魂は現世へ留まる霊力は残されておらず、魂のカケラに残留思念を宿らせて幽世へ逝ったのでございます。いつかそれが、再び私たちを立烏帽子様へと導いてくれると信じて』
『えー、残留思念って可愛くなくない? 想いとかハートメッセージとかに言い直さない?』
『それがいいっぴょー!』
……”それに一票”と言いたいのだろうけど、うん、モロサーにはついていけないわ。
「あの鬼火はとても弱い残留思念だったわ。その本質はわたしも気づかなかった。気付いたのは紫君だけよ」
「えっへん! ボクってすごいでしょ! なんたってママの鎮魂のちからをもらったんだからね!」
本当にスゴイ。
あたしでは全く気付けなかった。
「それでね、残ってた魂のカケラをつたって、元の魂にさくべーとアイスをとどけたんだ。そして、これをうけとったら、えぼしちゃんの所へ来てってみちびいたんだ。えっへん!」
『声が聞こえたのです。立烏帽子様が今も悩み続け、己を見失っていると。だから伝えに来たのです。感謝の気持ちを』
『感謝感激や。ちっちゃいワイらの面倒みてくれて、ありがとな』
『サンキュ、いや、ありがとうございました。立烏帽子様のことは子々孫々伝えて参りました』
『立烏帽子様は間違えていないです。ですから、自信を持って下さい。そして、これからは心のままに』
みんなが少し笑顔になって、すこし涙ぐむ。
そう言えば、鳥居様も言ってた。
『あの鬼火が立烏帽子に縁がある者であれば。その実は子供ではなく、大人か老人であろう』
『どうしてですか?』
『考えてもみよ。立烏帽子をかぶっただけの女盗賊の話が、庶民が喜びそうな鬼から天女に転じた伝説に負けず埋もれず、今も伝わっている理由を。すなわち、立烏帽子の名を残さねばならぬと伝え続けた者が、伝え続けた子々孫々が存在したと考えるのが妥当』
権能で本質を見抜いた紫君と違って、立烏帽子の伝承が伝わっていることから鬼火の真実を推察するなんて、鳥居様は勘で”そうじゃないかなー”なんて考えたあたしとはレベルが違うわ。
その推察の通り、この鬼火たちは立派に成長して、立烏帽子ちゃんの伝説を残した。
「そっか、アタイは間違ってなかったんだな……。奪い続けたことも。罪を償おうとしたことも」
『はい、それ以上のものを私達に与えて下さいました』
「そっか、そいつはよかった。アタイは処刑されちまって、今もここでグダグダしてたが、お前たちは今も元気でやってるみたいだしな」
『はい、私は幽世で次の転生待ちでございます』
『ワイは普通のサラリーマンや。妻ひとり、子ふたりの』
『それって、結構なエリートコースじゃん』
『うんうん、普通って結構難しいのよね』
『『アタシたちは東京でJKを満喫中でーす。おっとっと』』
お婆さん姿のJKが決めポーズを取ると、その姿が揺らぎ始める。
「うーんと、そろそろ時間切れかな。元の所へもどった方がいいかも」
紫君の鎮魂の権能によって導かれた魂たち。
それは本来幽世に居たり、現世の肉体に宿っているもの。
長時間、ここに留まるのは難しいみたい。
「そうか。ではまたな、縁があったらまた逢おう」
そして、立烏帽子ちゃんはひと呼吸おいて。
「また逢えて、話が出来て嬉しかった」
笑顔で消えていく鬼火たちを見送ったのです。
◇◇◇◇
「うんっ、よしっ! アタイは間違えてなかった! うん! アタイってばサイコーにいい女!」
岩の上からピョンと跳び下りて立烏帽子ちゃんはウーンと伸びをする。
「元気出して頂いてよかったです」
「ああ、お前の、お前たちの菓子もサイコーだったぜ! えっと……、紫君と……」
「はーい」
「コタマよ」
「珠子です。いつも清潔綺麗な衣装! 珠衣の珠子」
「おう、コタマに珠子かヨロシクな。さてと、大嶽丸の話だったよな」
「はい、お願いします! 助けて下さい!」
あたしが頭を下げると、立烏帽子ちゃんは任せておけと胸を叩く。
「アタイは間違えてなかった。少なくとも奪った罪を償おうとしたことはな。なら、嘘でアイツを騙した罪も償ってみるか。とりあえず詫びでも入れに行くか」
「いいの? 下手すると大嶽丸はアナタを殺そうとするかもよ」
少し真剣な口調でコタマちゃんは立烏帽子ちゃんに言う。
「そんときゃ、股でも開いてみるさ。知ってっか? アイツっては結構ウブなんだぜ。アタイへの文にも真実の愛とか本当の気持ちとか、つらつらと書いてたし」
「へぇ、意外ね」
「でも、”あやかし”ってそういうの多いですよね。あたしの店に来る方も純愛派が多いですよ」
赤好さんのお友達のあかなめさんや黒龍さんに、雨女さんにつらら女さん。
藍蘭さんとアリスさんの関係もそうだし、蛇女房さんもそうだった。
あの大嶽丸も怖そうに見えたけど、惚れた相手には弱いのかもしれない。
弱くあって欲しい。
「ま、田村様も似たようなもんだったし、男ってのはグイグイ攻められるのに弱いのかもな。りんのことは残念だったけどな」
「その”りん”ってのが、死んじゃったアンタの子ね」
「ああ、産まれてひと月ほどで乳を飲まなくなって、ひきつけを何度か起こして、眠ったまま死んじまったよ」
「それは……、痛ましいですね」
「ああ、何が悪かったんだろうな? それだけは今も夢に見る」
少し暗い表情で、立烏帽子ちゃんは一瞬目を瞑る。
「まだ小さいのに無理するからよ。もっとおっきくなってから産みなさい」
「かもな。ちんちくりんだもんな、アタイは」
「そう……、ですね。あと、2年、いいえ、あと1年あれば産むのに十分な身体が育っていたと思います」
彼女が言った症状の原因には心当たりがある。
だけど、もう、それは終わったことだから、あたしは言うのを止めた。
「ま、死んだ子の歳を数えてもしゃーないし、切り替えていくぜ。で、大嶽丸のヤツは今どこにいる?」
「ちょっと待って下さいね。今、黄貴様に連絡を……」
あたしがそう言ってスマホを取り出すと、チュチュッと鼠が鳴き、あたしの肩に乗る。
『今はボスは鳥居の旦那と通話中だぜ。俺の鼠が敵の根城を見つけたからな』
鼠が頼豪さんからの声を伝えると、スマホを片手に鳥居様がこっちへ向かって来るのが見える。
「それで、どこなんです?」
『何処何某って料亭さ。今、一番近くなのは嬢ちゃんと鳥居の旦那だぜ』
何処何某!?
そこっておばあさまの元料亭!
今はあの玉藻が女将を務めている店だけど、鬼たちのたまり場にしているだなんて!
しかも、そこに橙依君が囚われているかもしれないんでしょ!
げきおこぷんぷんおおたけまる!
「わかりました。黄貴様に伝えて下さい。珠子は一足先に敵地へ乗り込むと。行きましょう! 立烏帽子様!」
「お、おう、でもいいのかよ」
「いいんです。黄貴様からは『無理はするな』、『危険を感じたらすぐ逃げろ』と命じられていますが、今は無理でも危険でもありません! ただ先走っているだけです!」
ふんす! と鼻息を荒くして、あたしは立烏帽子ちゃんの腕を引いて河原から道へ走り出す。
「まってー! 橙依おにいちゃんを助けるんでしょ、ボクもいくー!」
「アンタだけじゃ無理よ。わたしも行くわ」
隣を見ると、紫君とコタマちゃんが、テトテトとあたしに付いて来る。
本当は危ないから帰ってと言いたい所だけど、その真剣な目は言ったからといって聞きそうにもない。
というか、ふたりはあたしより強い。
「わかったわ。だけど、あたしたちは大嶽丸や鬼たちを倒しに行くんじゃないの。橙依君を助けたらすぐ逃げる。いいわね?」
「うん、わかったー!」
「ま、それくらいしかできないでしょうね」
あたしたちは頷き合って、車道へ駆けあがり、たまたま走っていたタクシーを捕まえる。
何処何某は小さいころに何度か訪れた。
ここからならタクシーで10分もかからない。
窓の外には鳥居様が焦った表情で何か叫んでいるのが見えたけど、止まるわけにはいかない。
待ってて、橙依君!
今から珠子デリバリーサービスがお届けに伺うから!
…
……
いつもだったら、こんな近くの距離でこんな事を考えていたら、橙依君から心のツッコミが返ってくるんだけど……。
やっぱり、何か心が通じない事情になっているのね!
「あ、きた」と紫君が口にすると、鬼火たちの炎が大きくなり、その姿が人の形を取り始める。
『やっと逢えました! 立烏帽子様! おなつかしゅうございます』
『久しぶりの索餅のうまか味に引かれたら、いきなり招集ですとはビックリ仰天! よばれて飛び出てジャジャジャジャーンと再会!』
『あ、立烏帽子様、おひさー。あいかわらず可愛くてキュンです』
『きゃぱい、きゃぱい。もう、たいへん。急にお呼ばれしちゃうんだなんて、もう、霊体ってメイクできるっけ?』
鬼火たちが変えた姿は初老の男性とおっさん、そして女子高生っぽいふたりの女の子。
「お、お前ら、その姿としゃべりは何だ? きゃ、きゃぱい?」
今までとのギャップに立烏帽子ちゃんが動揺する。
あたしも、きゃぱいとかよくわからない。
『あ、この姿ではわかりにくいですよね。よし、みんな、あの時の姿を思い出すぞ!』
『はーい! 前々前々前々前々前世くらいのやつね』
え? あ? ぜんぜんぜん? と動揺を続ける立烏帽子ちゃんの前で、鬼火たちの姿がおじいさんおばあさんへと変わっていく。
「そ、その姿は……、でも確かにおまえらの面影が……」
『はい、ボクたちはここから、こーんなに大きくなりもうした』
ひとりの男性はそう言うと、幼い少年の姿から、ひとまわりもふたまわりも大きな初老の男性の姿へと変化する。
「おまえたち、アタイの後に捕まって殺されたんじゃなかったのか!?」
『いえ、そこは田村様がよくしてくれました。立烏帽子様の死を無駄にしまいと骨を折ってくれたのです。盗賊団の罪は立烏帽子の死と共に消えたと。田とか畑も用立てて頂き、私たちは田村様の庇護の下、天寿を全う出来たのです』
「でも、それならアタイと再会した時のあの姿は……」
『あの時の立烏帽子様は嘆きと悲しみと後悔で荒れ狂っておりました。私たちも生前、何度も立烏帽子様の魂を鎮めようとしましたが、それは叶わず。お鎮め出来たのは私たちの死後、何年も経った時でした』
『あんときは、ちょー大変だったんだから! ババア姿だとわからないだろうって思って、子供の時の姿で何度も呼びかけても、ちょー無視!』
『立烏帽子様ったら、げきおこ』
「げきおこ?」
『げきおこ』
女子高生しゃべりのおばあさんが指で角を作って”げきおこ”を表現。
『やっと立烏帽子様が鎮まった時には、私どもの魂は現世へ留まる霊力は残されておらず、魂のカケラに残留思念を宿らせて幽世へ逝ったのでございます。いつかそれが、再び私たちを立烏帽子様へと導いてくれると信じて』
『えー、残留思念って可愛くなくない? 想いとかハートメッセージとかに言い直さない?』
『それがいいっぴょー!』
……”それに一票”と言いたいのだろうけど、うん、モロサーにはついていけないわ。
「あの鬼火はとても弱い残留思念だったわ。その本質はわたしも気づかなかった。気付いたのは紫君だけよ」
「えっへん! ボクってすごいでしょ! なんたってママの鎮魂のちからをもらったんだからね!」
本当にスゴイ。
あたしでは全く気付けなかった。
「それでね、残ってた魂のカケラをつたって、元の魂にさくべーとアイスをとどけたんだ。そして、これをうけとったら、えぼしちゃんの所へ来てってみちびいたんだ。えっへん!」
『声が聞こえたのです。立烏帽子様が今も悩み続け、己を見失っていると。だから伝えに来たのです。感謝の気持ちを』
『感謝感激や。ちっちゃいワイらの面倒みてくれて、ありがとな』
『サンキュ、いや、ありがとうございました。立烏帽子様のことは子々孫々伝えて参りました』
『立烏帽子様は間違えていないです。ですから、自信を持って下さい。そして、これからは心のままに』
みんなが少し笑顔になって、すこし涙ぐむ。
そう言えば、鳥居様も言ってた。
『あの鬼火が立烏帽子に縁がある者であれば。その実は子供ではなく、大人か老人であろう』
『どうしてですか?』
『考えてもみよ。立烏帽子をかぶっただけの女盗賊の話が、庶民が喜びそうな鬼から天女に転じた伝説に負けず埋もれず、今も伝わっている理由を。すなわち、立烏帽子の名を残さねばならぬと伝え続けた者が、伝え続けた子々孫々が存在したと考えるのが妥当』
権能で本質を見抜いた紫君と違って、立烏帽子の伝承が伝わっていることから鬼火の真実を推察するなんて、鳥居様は勘で”そうじゃないかなー”なんて考えたあたしとはレベルが違うわ。
その推察の通り、この鬼火たちは立派に成長して、立烏帽子ちゃんの伝説を残した。
「そっか、アタイは間違ってなかったんだな……。奪い続けたことも。罪を償おうとしたことも」
『はい、それ以上のものを私達に与えて下さいました』
「そっか、そいつはよかった。アタイは処刑されちまって、今もここでグダグダしてたが、お前たちは今も元気でやってるみたいだしな」
『はい、私は幽世で次の転生待ちでございます』
『ワイは普通のサラリーマンや。妻ひとり、子ふたりの』
『それって、結構なエリートコースじゃん』
『うんうん、普通って結構難しいのよね』
『『アタシたちは東京でJKを満喫中でーす。おっとっと』』
お婆さん姿のJKが決めポーズを取ると、その姿が揺らぎ始める。
「うーんと、そろそろ時間切れかな。元の所へもどった方がいいかも」
紫君の鎮魂の権能によって導かれた魂たち。
それは本来幽世に居たり、現世の肉体に宿っているもの。
長時間、ここに留まるのは難しいみたい。
「そうか。ではまたな、縁があったらまた逢おう」
そして、立烏帽子ちゃんはひと呼吸おいて。
「また逢えて、話が出来て嬉しかった」
笑顔で消えていく鬼火たちを見送ったのです。
◇◇◇◇
「うんっ、よしっ! アタイは間違えてなかった! うん! アタイってばサイコーにいい女!」
岩の上からピョンと跳び下りて立烏帽子ちゃんはウーンと伸びをする。
「元気出して頂いてよかったです」
「ああ、お前の、お前たちの菓子もサイコーだったぜ! えっと……、紫君と……」
「はーい」
「コタマよ」
「珠子です。いつも清潔綺麗な衣装! 珠衣の珠子」
「おう、コタマに珠子かヨロシクな。さてと、大嶽丸の話だったよな」
「はい、お願いします! 助けて下さい!」
あたしが頭を下げると、立烏帽子ちゃんは任せておけと胸を叩く。
「アタイは間違えてなかった。少なくとも奪った罪を償おうとしたことはな。なら、嘘でアイツを騙した罪も償ってみるか。とりあえず詫びでも入れに行くか」
「いいの? 下手すると大嶽丸はアナタを殺そうとするかもよ」
少し真剣な口調でコタマちゃんは立烏帽子ちゃんに言う。
「そんときゃ、股でも開いてみるさ。知ってっか? アイツっては結構ウブなんだぜ。アタイへの文にも真実の愛とか本当の気持ちとか、つらつらと書いてたし」
「へぇ、意外ね」
「でも、”あやかし”ってそういうの多いですよね。あたしの店に来る方も純愛派が多いですよ」
赤好さんのお友達のあかなめさんや黒龍さんに、雨女さんにつらら女さん。
藍蘭さんとアリスさんの関係もそうだし、蛇女房さんもそうだった。
あの大嶽丸も怖そうに見えたけど、惚れた相手には弱いのかもしれない。
弱くあって欲しい。
「ま、田村様も似たようなもんだったし、男ってのはグイグイ攻められるのに弱いのかもな。りんのことは残念だったけどな」
「その”りん”ってのが、死んじゃったアンタの子ね」
「ああ、産まれてひと月ほどで乳を飲まなくなって、ひきつけを何度か起こして、眠ったまま死んじまったよ」
「それは……、痛ましいですね」
「ああ、何が悪かったんだろうな? それだけは今も夢に見る」
少し暗い表情で、立烏帽子ちゃんは一瞬目を瞑る。
「まだ小さいのに無理するからよ。もっとおっきくなってから産みなさい」
「かもな。ちんちくりんだもんな、アタイは」
「そう……、ですね。あと、2年、いいえ、あと1年あれば産むのに十分な身体が育っていたと思います」
彼女が言った症状の原因には心当たりがある。
だけど、もう、それは終わったことだから、あたしは言うのを止めた。
「ま、死んだ子の歳を数えてもしゃーないし、切り替えていくぜ。で、大嶽丸のヤツは今どこにいる?」
「ちょっと待って下さいね。今、黄貴様に連絡を……」
あたしがそう言ってスマホを取り出すと、チュチュッと鼠が鳴き、あたしの肩に乗る。
『今はボスは鳥居の旦那と通話中だぜ。俺の鼠が敵の根城を見つけたからな』
鼠が頼豪さんからの声を伝えると、スマホを片手に鳥居様がこっちへ向かって来るのが見える。
「それで、どこなんです?」
『何処何某って料亭さ。今、一番近くなのは嬢ちゃんと鳥居の旦那だぜ』
何処何某!?
そこっておばあさまの元料亭!
今はあの玉藻が女将を務めている店だけど、鬼たちのたまり場にしているだなんて!
しかも、そこに橙依君が囚われているかもしれないんでしょ!
げきおこぷんぷんおおたけまる!
「わかりました。黄貴様に伝えて下さい。珠子は一足先に敵地へ乗り込むと。行きましょう! 立烏帽子様!」
「お、おう、でもいいのかよ」
「いいんです。黄貴様からは『無理はするな』、『危険を感じたらすぐ逃げろ』と命じられていますが、今は無理でも危険でもありません! ただ先走っているだけです!」
ふんす! と鼻息を荒くして、あたしは立烏帽子ちゃんの腕を引いて河原から道へ走り出す。
「まってー! 橙依おにいちゃんを助けるんでしょ、ボクもいくー!」
「アンタだけじゃ無理よ。わたしも行くわ」
隣を見ると、紫君とコタマちゃんが、テトテトとあたしに付いて来る。
本当は危ないから帰ってと言いたい所だけど、その真剣な目は言ったからといって聞きそうにもない。
というか、ふたりはあたしより強い。
「わかったわ。だけど、あたしたちは大嶽丸や鬼たちを倒しに行くんじゃないの。橙依君を助けたらすぐ逃げる。いいわね?」
「うん、わかったー!」
「ま、それくらいしかできないでしょうね」
あたしたちは頷き合って、車道へ駆けあがり、たまたま走っていたタクシーを捕まえる。
何処何某は小さいころに何度か訪れた。
ここからならタクシーで10分もかからない。
窓の外には鳥居様が焦った表情で何か叫んでいるのが見えたけど、止まるわけにはいかない。
待ってて、橙依君!
今から珠子デリバリーサービスがお届けに伺うから!
…
……
いつもだったら、こんな近くの距離でこんな事を考えていたら、橙依君から心のツッコミが返ってくるんだけど……。
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