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第十二章 到達する物語とハッピーエンド

温羅(うら)とBBQ(その5) ※全5部

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 幻瀑澗げんばくかんか。
 うた権能ちからを乗せ、幻覚を聞かせるとは見事なわざよ。

 「それで、どうなっているのかしら? そちらは大変そうだけど」

 温羅の背中越しに見ると、腕に抱えられた酒呑童子が、そこから逃れようともがいているのが見えた。

 「ええい、放せ! 俺様は鬼道丸を助けに行く!」
 「そう暴れるな酒呑。ここで戻ってもつまらぬ結果にしかならぬぞ」
 「その通り、戻っても無駄だ。あの者は既に鬼王の支配下にある」
 「鬼王の支配下だと!?」
 「そう、我が塵塚怪王ちりづかかいおう殿から聞いた鬼王の特権。強大な戦闘力と全ての鬼を従える特権だ」

 妖怪王や怪狸王、廃棄王といった王の称号。
 塵塚怪王殿の話によると、それは条件を満たせば自然と世界のことわりより与えられるらしい。
 それには様々な特権があるが、中でも鬼王の称号は強力。
 強大な戦闘力と全ての鬼を従えるという特権だ。

 「俺様と茨木、そしてこのデカブツは従ってなんかおらぬぞ!」
 「それはお前らが大嶽を王と認めておらぬからよ。鬼王となる条件は数多くの鬼から最強の鬼と認められること。我輩は大嶽が最強と認めてはおらぬ」
 「当たり前だ! あんな卑怯者より俺様が劣っているとは思えぬ」
 「当然や! 一対一で戦えば、酒呑は最強で最高の男や」

 息がぴったりであるな。
 平安の昔から酒呑童子と茨木童子は阿吽あうんのパートナーであったと聞く。
 時に肩を並べ、時に背中を任せた間柄、お互いにその強さを信頼し合い、勝利を重ねたのだろう。
 だが、鬼道丸は違う。
 鬼道丸は平安の頃の酒呑童子の姿を見ておらぬ。
 おそらく、それが原因。

 「同感だ。我輩や酒呑は今でも正面から戦えば、いや一対一なら負けぬと思っている。だから鬼王の支配下には入っておらぬのだ」
 「すると何か!? 鬼道丸は俺様より大嶽丸の方が強いとでも思ったのか!?」
 「鬼の強さとは武人の強さではない。勝てばいいと考える節もある。あの時点では勝利は大嶽の物だと認めたのだろうよ」
 
 温羅の台詞に酒呑童子は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 「よくわからないけど、大変そうね」
 「ああ。ミタマ殿、京都に落ち着けるホテルを確保している。詳しい事情をそこで説明させてくれぬか」
 「わかったわ。オーナーさんの店にはツケもあるし、協力した方が良さそうね」

 ポロロンと琴を鳴らし、ミタマはそのサングラスに京の町の灯りを映す。

 「だが、まだわからぬ。大嶽や玉藻たちは何がしたいのだ? 鬼王になって鬼どもの大半を従えたとはいえ、国津神たちが本格的に攻めてくれば勝ち目はないと我輩は思うぞ」
 「そうです、そうです。あんな悪い”あやかし”たちは神様に言いつけて成敗してもらいましょう! というか、天神様に泣きつきたい気分ですよ」

 土埃をバンバンを払いながら、女中は半分怒りと半分涙目の表情を見せる。
 温羅の言う通り、数日も経てば吉備真備に率いられた国津神の一団がやってくるだろう。
 人間の退魔僧たちも居る、数日なら人に被害は出まい。
 だが、それでは遅いのだ。

 「いや、神を待っていては手遅れになる。幸いにもあの妖力ちからは隠しきれぬ。敵の本拠地が判明次第、我らも攻勢に出るべきだ」
 「黄貴こうき殿、そう急がなくても傷を治して戦力を集め、万全の体制で攻めた方がよいのではないか?」
 「それでは遅いのだ。敵の目的はおそらく地獄門を開くことにある」
 「地獄門じゃと!?」
 「地獄門!?」
 「黄貴こうき様、それってどんな門なのですか? なんかぶっそうな響きですけど……」
 
 讃美や温羅の驚愕の顔の隣で、女中は少し首をかしげる。

 「地獄門とは、現世うつしよと死の国々までを直結する道のことだ。途中に幽世かくりよのような関所を通さぬゆえ、開けば死者の国々より生前に大罪を犯した極悪非道の魂や悪鬼羅刹あっきらせつ魑魅魍魎ちみもうりょう、魔獣魔物が現世うつしよに溢れ出る」
 「それって大問題じゃないですか!?」
 「そう、それが大嶽丸の目的、日本を魔国にするということ」

 太古より今まで、日本を魔国にしようとする”あやかし”は後を絶えない。
 大嶽丸はその中でも目的を名言するくらいに有名。
 
 「ガッハハ、黄貴こうき殿。それはない。かつて鬼王の称号を得ていた我輩が言うのだから間違いない」
 「どういうことです? えっと、温羅さんでいいんですよね。敵だった」
 「ああ、こっちの方が面白いと黄貴こうき殿に勧められてな。こっち側に付くことにした。よろしく頼むぞ小娘さん。そなたのBBQのタレ、旨かったぞ」
 「あ、ハイ、ありがとうございます。それで地獄門の話なのですけど……」

 脱線しそうな話を戻しながら、再び女中は温羅へと尋ねる。
 
 「地獄門はな、本来現世うつしよの鬼たちが幽世かくりよや地獄へ戻るための非常回廊なのだ。それを開くには、天と地と人の鬼の3鬼の同意が必要なのだ」
 
 そう、我も知っている。
 天地人を司る鬼が同意すれば地獄の門が開くという話は。
 だが、そんなことは不可能だと思っていた。
 先ほどまでは。

 「天地人の鬼の同意って具体的にはどの鬼なのですか?」
 「天の鬼とは天より下った鬼、地の鬼とは地より出でし鬼、人の鬼とは人より生じた鬼のことだ。現世うつしよには地獄出身の鬼は多い、我輩や大嶽丸もそうだ。人より生じた鬼も多い、この酒呑童子や橋姫や清姫といった人より転じた鬼、鬼道丸のように人より生まれた鬼がそうだ。だが、地獄門を開くには特定の鬼である必要はない。天と地と人の属性を持つ鬼が1体ずつおれば十分」
 「だったら、ピンチじゃないですか!? さっきの話だと鬼王には鬼たちを従える特権があるんですよね!?」
 「違うのだ娘さん。そうならば我輩が鬼王であった太古の昔に地獄門は開いておったぞ。だが、それは出来なかったのだ。ある天より下った鬼の種族はたったひとつ。その種族は絶対に鬼王の特権に従わぬからな」

 そう言って温羅はガッハハと笑う。
 だが、それを聞いて女中の顔が青ざめた。
 気付いたのだ。

 「知ってるだろう、天邪鬼を。天邪鬼は絶対に鬼王には従わぬよ」

 そして再び温羅はガッハハと笑うが、それこそ我が懸念していた最悪の事態。

 「う、温羅さん! お願いです! 今から東京の『酒処 七王子』に行って下さい! 大ピンチなんです!」
 「手遅れだ女中。今しがた最悪の連絡が入った」

 こうなっては、鳥居と紫君しーくんが上手くやってくれることに期待するしかない。
 そう思いながら、我は女中にスマホに入った一通のメールを見せる。
 それは藍蘭らんらんから我へと助けを求めるメール。
 内容は……。

 『橙依とーいさらわれた』

◇◇◇◇

 ど、どどーしよ、どーしよ、どうすればいいの?
 大江山から何とか逃げ出したあたしたちは京都のホテルで身体を休めていた。
 シャワーも浴びて着換えもして、いつでも厨房に立てる臨戦態勢……。

 「って、ちがーう! こんなことをしている場合じゃないのに!」
 「落ち着け女中。それにどこに行こうとしている」
 「どこって、もちろん橙依とーい君を助けにですよ! 場所はざっくりとわかりますから!」

 あの時、大嶽丸が鬼王の称号を得た時に感じたおそれはまだ感じられる。
 それを辿っていけば、きっと橙依とーい君の所へ行けるはず。

 「大嶽丸への対抗策は準備している。それが整うまで待つのだ」
 「でも、黄貴こうき様、あたしは心配で心配で。橙依とーい君が」

 リュックをしょったまま、あたしはホテルの部屋をグルグルグル。
 あー、もう! 落ち着かない!
 黄貴こうき様は色んな所に電話して手を回してくれているのはわかっているけど……。

 「珠子、しばし待て。俺様の傷はあと半日もすれば癒える。さすれば、大嶽丸を八つ裂きにしてくれるわ」

 酒呑さんは酒呑さんで、バクバクバクと売店で買ったカロリーの高い菓子パンを食い散らかしながら、怖い顔をしているし。
 黄貴こうき様の権能ちからで回復速度は上がっているって話だけど……。
 うーん、いつもならこんな時、美味しい料理でも振る舞う所だけど、とてもそんな気になれないし……。

 「そうか、場所のあたりが着いたか」
 『左様。やはり桂川でございました。今、紫君しーくん殿とそこに向かっております』

 紫君しーくん!?
 黄貴こうき様の電話越しに聞こえた鳥居様の声に、あたしの耳が反応する。
 
 「紫君しーくんは無事なの!?」
 『あー、珠子おねえちゃんだ。うん、元気だよ。今は鳥居さんといっしょ』
 「よかった。橙依とーい君がさらわれたって聞いたから、他のみんなはやられちゃったと思った」
 『橙依とーいおにいちゃん、さらわれちゃったの?』

 あれ? 知らないのかな。

 「ああ、それを助けるために紫君しーくんには一働きしてもらいたい」
 『わかったー! ボクがんばる! がんばって、す、す、すず、えーと、えーと、』
 『鈴鹿御前すずかごぜん、正確には立烏帽子たてえぼしと呼ばれた女盗賊でございます』
 『そうそう! その”えぼし”ちゃんを見つけて、なかまにするね』

 鈴鹿御前!? 立烏帽子!?
 それって、坂上田村麻呂伝説の大嶽丸退治に登場するヒロインよね!
 なるほど! それが味方になれば、あの大嶽丸って卑怯な”あやかし”にマウントが取れる!
 ぐふっふっふ。

 「黄貴こうき様、お願いがあります!」

 あたしの顔を見て察したのか、黄貴こうき様がハァと溜息を吐く。

 「止めても聞かぬのであろう」
 「聞きますよ! 聞き流しますけど!」
 
 それを聞いて黄貴こうき様は再び溜息。

 「わかった。だが無理はするな。危険を感じたらすぐに逃げるか助けを求めるのだぞ。あと、緊急連絡用にこのねずみも連れていくがいい」

 頼豪さんのお仲間がチゥと鳴き、あたしの肩に乗る。

 「聞こえていたか鳥居。今から女中をそちらに向かわせる。協力して任に当たれ」
 『御意』
 「おねえちゃんといっしょ、やったー!」

 その声を背中にあたしは部屋の出口へと向かう。
 天国のおばあさま、どうか橙依とーい君をお守りください。
 というか無事でいて!
 いや、無事でいさせるんだから!
 
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