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第十一章 探求する物語とハッピーエンド

湯田の白狐と花咲く料理(その5) ※全8部

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◇◇◇◇
 
 そしてやってきたイベント当日、”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”のステージの上ではひとりの女狐が会場の注目を集めていた。
 注目の的はもちろん女狐、玉藻だ。

 「はいっ! これが伝統と達人の技! 空中刀工、白菜空回しでーすっ!」
 
 真っ直ぐに掲げられた手、そこに握られてペティナイフの先で皿回しのように玉藻が白菜がクルクル回す。
 その遠心力で葉が飛び散る花びらのように宙に舞う。
 とんだ大道芸だ。

 「ハイ次っ! ホイッ次っ! ホホイッっと次々!」

 ナイフの先は白菜の真下、そこに円形に刃を入れるものだから、最後に残るのは芯の部分。
 芯とその上に残った薄黄色の柔らかい部分だ。
 その芯の部分が350mlのペットボトルのように大皿にら並べられていく。

 「あの白菜の芯の部分は菜芯さいしんですね。柔らかく、煮るとスープを吸いやすいので中華で重用されます」

 俺たちはステージの脇の選手控えエリアから見物している。
 この料理イベントは普通の料理バトルとはちょっと違う。
 調理時間2時間、審査20分は普通だが、5チームも出場するものだから、調理開始時間にズレが生じているのだ。
 具体的には前のチームの調理開始1時間後、次のチームが調理開始となる。

 調理開始して1時間経過すると、前のチームの審査が始まり、1時間20分経過すると審査が終わる。
 つまり、調理時間の最後の40分はステージは文字通りそのチームの独壇場どくだんじょう
 そこでパフォーマンスを高めて客の注目を集めるのも勝利のキーとなるのさ。

 『調理開始後しばらくは下ごしらえが多いですからね。逆に最後の方は仕上げで見どころがあります。これはよくある料理バトルのパターンですよ』

 料理バトル番組好きな珠子さんは、そう冷静に解説していた。

 「それで、あの料理に勝てるのかい? 後ろの方でグツグツ音を立てている大鍋が気になるが」
 「よゆー、よゆー。後ろのお鍋はスープを作っているんです。地鶏と金華ハムとの高級スープです。味は良さそうですけど、あの女の料理には致命的な欠点がありますから」

 玉藻の調理が始まってから、珠子さんの表情は明るい。
 その根拠が台詞となって表れていた。

 「あいつらの作る料理が読めるのかい?」
 「もちろんです。これからあの女は白菜を蒸して、その芯に刀工を刻みます。葉っぱの先が尖った三角の形になるように」

 珠子さんの読み通り、玉藻は白菜を蒸し上げ、柔らかくなった葉1枚1枚がΔの形になるようにナイフを入れていく。

 「あの女が作るのは開水白菜かいすいはくさいです。あの尖ったつぼみの上からスープをかけると、葉が花びらのように開いていきます。”花咲く料理”ですね」
 「なるほど、古文書の絵の通りってわけかい。流れる水でつぼみが花咲く料理になるような」
 「はい、あの『佳人かじん、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫らんまんにして甘露かんろ』という記述と絵に合致しています。スープは濃厚で少し塩気が強く、白菜の芯は優しい甘さでそれを中和してくれます。スープをかけると動く仕組みといい、味もパフォーマンスとしても優れた料理になるでしょう」
 「だったら、審査員の点は高くならないか?」

 この料理バトルのポイントはみっつ。
 『味』、『古文書と合致しているか』、『湯田の新名物になるか』だ。

 「審査員が一般審査員だけだったら満点もありえるでしょう。ですが、特別審査員には寿師翁さんがいます。あの人がに気付かないはずがありません」
 「そいつが致命的な欠点なのかい?」
 「はい、それは白菜です。白菜が日本に伝来したのは明治時代です。1000年前ではあの料理は作れません」
 「なるほど、昨日ヒストリア珠子さんが言ってたってのは開水白菜だったのか」
 「その通りです。あっ、やっぱり開水白菜で間違いないですね」

 特別審査員のテーブルと一般審査員のテーブルに皿が並べられた。
 その中心には、まだつぼみのように円錐えんすいの形のまま閉じた白菜の芯。

 「さぁーて、みなさま、お立合い! ここに供しましたのは”花咲く料理”! お手元の急須のスープをかけて完成となりまーす! 仕上げは皆さまの手で、花を咲かせて下さいませ! このように!」

 TV中継の映像を意識して、カメラの前で玉藻は白菜の芯にスープをかける。
 流れ落ちるスープで白菜の芯は花びらのようにパアァァと広がっていき、それを見た観客が「本当に花開いた!」「すっごーい」と歓声があがる。

 「これは開水白菜であるな。中国料理の中でも、白菜の素朴な味と旨味深いスープが楽しめる逸品いっぴん。ふむ、見事ぞ」

 貫禄のある説明をしている審査員長は寿師翁じゅしおう
 
 「ええ、このスープもとっても良い味が出ていますし、美しい花が咲き開くギミックも面白いです」
 「”花咲く料理”に相応しいですね」
 「その通りよ。だがっ!」

 その言葉を聞いて珠子さんが軽くガッツボーズ。
 
 「白菜の日本伝来は明治! よって少し歴史考証が甘い! あとは、余った葉をそのままにしておるのも欠点よ! スープがまだ残っておるので、もう一品”白菜のスープ”を作らなんだのが惜しい所よ」
 「あらま、手厳しい。次は精進いたしますわ。でも、味はよろしかったですよね」
 「うむ、美味だ」
 「なら、もっと食べて下さいませ」
 「無論、最後まで頂こう。それが礼儀であるからな」

 寿師翁はそのまま開水白菜を食べ進め、最後に「ごちそうさまであった」と一言ひとこと出して箸を置いた。

 「さぁーて! 一番手の”ホテル大牡丹”の見事な料理でした! それでは採点と参りましょう!」

 司会者が合図を送ると、審査員の手がテーブルのタブレットを操作する。
 
 デンデンデデデデデッ!

 中央の大型モニターの数字が回転を始めた。

 「きっと80点くらいですよ。寿師翁さんが欠点を指摘しましたからね。それに気付かされた人の点が厳しくなりますから」

 余裕の珠子さんが、フフンと鼻を鳴らすが、俺はどうも嫌な予感がする。

 デデンッ!

 「出ましたー! 97点! これは最初から高得点だー!!」
 「えっ!? なんで!? 寿師翁さんが7点しか入れていないのに、他の特別審査員も一般審査員も満点を入れているなんて!?」

 特別審査員席を見ると、珠子さんの言った通り、寿師翁以外は満点の10点を入れている。
 当の寿師翁も『はて、みんな甘口じゃのう』といった風だ。
 ひょっとして!?

 「まさか!? あいつ!」
 「兄者も気づいたのか」

 そう声をかけてきたのは、今まで真剣な目で玉藻の調理を見ていた酒呑。

 「おふたりとも、何に気付いたのですか?」
 「最悪の事態だ。あの女狐め、ハナからまともに勝負しようとしておらぬ」
 「ああ、俺も感じた……、あの料理には……」
 「「術がかけられている!!」」

 俺たちの声に珠子さんは、とても怖い顔をした。

◇◇◇◇

 「じゅ、術って、それは反則じゃないですか!?」
 「あの女狐はきっとそんなことを思っておらんぞ。ルールーブックに”妖術で審査員を操ってはいけない”なんてことは載っておらぬからな」
 
 酒呑が開いたのこの料理バトルのルールブックの禁止事項のページ。
 そこには『暴力禁止』『違法行為禁止』『違法、脱法食材の禁止』などが書かれていた。
 しかし、あたりまえだが『妖術で人心を操るの禁止』といった項目はない。

 「それで、どんな術なんですか!?」
 「おそらく心酔の術だな。あの料理を食べたら女狐の狂信者になるような術だ。さほど強くも効果時間も長くはなかろう、半日も過ぎれば元に戻る」

 感じた妖力ちからはごくわずか。
 すぐに元に戻るという酒呑の言葉も正しいだろう。
 だけど……。

 「半日も効果が続くんですか!? それだと審査は!?」

 そう珠子さんが声を上げた時、ステージから大きなどよめきが上がった。

 「あーっと、これはどうしたことでしょう! 2番手の”銀山楼ぎんざんろう”! 23点! 百合根で作った花が閉じ込められた煮凝にこごり! 半透明な煮凝りの中で、花のようにあしらえられた百合根の花弁! それらを並べることで川をイメージした料理は思わぬ酷評を得てしまったー!!」
 
 特別審査員席を見ると、寿師翁は7点を入れているが、その他の特別審査員は1点か2点。
 一般審査員席からは「やっぱ、玉藻様のより見劣りするよね」、「玉藻様が最高だったわ」、「玉藻様に立てつくなんておこがましい」なんて声が聞こえてくる。
 ヤバイ完全に術中にはまっているぜ。
 寿師翁だけが、困惑したような表情を見せている。
 
 「ふむ、あの風格のある人間だけは術中にはまらなかったようだな。なかなかの豪の者よ」
 「感心している場合じゃありません! これじゃ勝負どこじゃないですよ!」

 確かに、こうなったら料理の出来とかを気にする場合じゃない。

 「あーら、どうされました? そんなにオタオタして。まさか、わっちのあまりにもの高得点に恐れをなしたのでありんすか?」
 「何を白々しい」
 「あなたってば、最初から真面目に勝負する気なんてなかったのですね! 早く、あの術を解きなさい!」

 くってかかる勢い、いや、本当に珠子さんは玉藻にくってかかりながら叫ぶ。

 「やーん、こわーい。でも、わっち、そんな脅しになんて負けたくなーい。誰かぁ、たーすけーてー」

 玉藻がそう言うと、屈強なコックが「はいはい、玉藻様から離れなさいね」とふたりを引きはがす。

 「ふふふ、術なんて、わっちしらなーい。自分で何とかなさったら?」
 「ええ、いいですよ! 退魔僧の慈道さんに連絡して、あんたなんかの術なんて、すぐに何とかしてもらいますから!」
 「それは名案でありんすね。退魔僧なら、あれくらい錫杖で頭をコツンとしたら簡単に解除できましょ。でもあそこに退魔僧の一団が現れて、罪のない一般人を小突いて回ったら、どうなりまひょか」

 玉藻のその声を聞いて、スマホを操作する珠子さんの手が止まる。

 「とーぜん、会場は大混乱。勝負は水入り引き分けになるでっしゃろなぁ。ええんよ、わっちは引き分けでも。賭けはどうしまひょか。無しにしてもええし、どっちも履行するでもええよ。わっちは何処何某いずこのなにがしを売りに出す、酒呑はわっちに二度とわない、探さないで」
 
 やっぱそれが目的か!
 こいつは最初から料理勝負なんてどうでも良かった。
 酒呑が珠子さんを気に入っていることを知っているから、この賭けを持ちだしたんだ!
 
 「引き分けの時は互いに賭けを遂行する。俺様はそれでもよいぞ」
 「さよか! なら決まりですね。センパイ」

 くそっ、玉藻め、してやったりの顔しやがって。
 
 「いいんですか? 酒呑さん」
 「勝てばよいのだ」
 「あらま、スゴイ自信でありんすね。ま、精々がんばりやす。たとえ術が解けても、わっちたちの点を超えるとは思えまへんが。それじゃま、わっちは高見の見物とさせて頂くでありんす。カコンコンッ」

 高笑いを残して、玉藻は去っていく。

 「酒呑さん。ありがとうございます」
 「これくらいは礼を言われるまでもない。だが、術を解かんとな」
 「どうやったら術は解けるんです?」
 「そいつは、さほど難しくはないさ。強い刺激を与えればいい。目の覚めるような」
 「兄者の言う通りだ。策としては、俺様たちの料理に妖力ちからを込めるというのがある。ひと口分程度に」
 「だな。純粋な妖力ちから、それは人間に恐れをもたらす。危機を感じたなら人間は心で強く身構える。それで大半の人間は術から脱出できるはずさ。だけど……」

 この策には欠点がある。

 「それって、最初のひと口ので怖気おぞけが来ちゃいません?」
 「そうなんだよ。困ったな……」

 俺たちの料理は玉藻の97点を超える自信がある。
 まともに審査されれば、だ。

 「話は聞かせてもらったわ。赤好しゃっこう君、お困りのようね」

 この澄んだ声は……。
 そこにあるだけで花となる。
 そんな存在が俺たちの後ろに立っていた。

 「あなたは”フラワーエデン”の……」
 「はい、タマタマと申します。でも、おひいさんと呼んで下さい」 
 「タマタマさん……ですか」
 
 珠子さんが何だか複雑な声でつぶやいた。
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