339 / 411
第十一章 探求する物語とハッピーエンド
湯田の白狐と花咲く料理(その5) ※全8部
しおりを挟む
◇◇◇◇
そしてやってきたイベント当日、”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”のステージの上ではひとりの女狐が会場の注目を集めていた。
注目の的はもちろん女狐、玉藻だ。
「はいっ! これが伝統と達人の技! 空中刀工、白菜空回しでーすっ!」
真っ直ぐに掲げられた手、そこに握られてペティナイフの先で皿回しのように玉藻が白菜がクルクル回す。
その遠心力で葉が飛び散る花びらのように宙に舞う。
とんだ大道芸だ。
「ハイ次っ! ホイッ次っ! ホホイッっと次々!」
ナイフの先は白菜の真下、そこに円形に刃を入れるものだから、最後に残るのは芯の部分。
芯とその上に残った薄黄色の柔らかい部分だ。
その芯の部分が350mlのペットボトルのように大皿にら並べられていく。
「あの白菜の芯の部分は菜芯ですね。柔らかく、煮るとスープを吸いやすいので中華で重用されます」
俺たちはステージの脇の選手控えエリアから見物している。
この料理イベントは普通の料理バトルとはちょっと違う。
調理時間2時間、審査20分は普通だが、5チームも出場するものだから、調理開始時間にズレが生じているのだ。
具体的には前のチームの調理開始1時間後、次のチームが調理開始となる。
調理開始して1時間経過すると、前のチームの審査が始まり、1時間20分経過すると審査が終わる。
つまり、調理時間の最後の40分はステージは文字通りそのチームの独壇場。
そこでパフォーマンスを高めて客の注目を集めるのも勝利のキーとなるのさ。
『調理開始後しばらくは下ごしらえが多いですからね。逆に最後の方は仕上げで見どころがあります。これはよくある料理バトルのパターンですよ』
料理バトル番組好きな珠子さんは、そう冷静に解説していた。
「それで、あの料理に勝てるのかい? 後ろの方でグツグツ音を立てている大鍋が気になるが」
「よゆー、よゆー。後ろのお鍋はスープを作っているんです。地鶏と金華ハムとの高級スープです。味は良さそうですけど、あの女の料理には致命的な欠点がありますから」
玉藻の調理が始まってから、珠子さんの表情は明るい。
その根拠が台詞となって表れていた。
「あいつらの作る料理が読めるのかい?」
「もちろんです。これからあの女は白菜を蒸して、その芯に刀工を刻みます。葉っぱの先が尖った三角の形になるように」
珠子さんの読み通り、玉藻は白菜を蒸し上げ、柔らかくなった葉1枚1枚がΔの形になるようにナイフを入れていく。
「あの女が作るのは開水白菜です。あの尖った蕾の上からスープをかけると、葉が花びらのように開いていきます。”花咲く料理”ですね」
「なるほど、古文書の絵の通りってわけかい。流れる水で蕾が花咲く料理になるような」
「はい、あの『佳人、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫にして甘露』という記述と絵に合致しています。スープは濃厚で少し塩気が強く、白菜の芯は優しい甘さでそれを中和してくれます。スープをかけると動く仕組みといい、味もパフォーマンスとしても優れた料理になるでしょう」
「だったら、審査員の点は高くならないか?」
この料理バトルのポイントはみっつ。
『味』、『古文書と合致しているか』、『湯田の新名物になるか』だ。
「審査員が一般審査員だけだったら満点もありえるでしょう。ですが、特別審査員には寿師翁さんがいます。あの人がアレに気付かないはずがありません」
「そいつが致命的な欠点なのかい?」
「はい、それは白菜です。白菜が日本に伝来したのは明治時代です。1000年前ではあの料理は作れません」
「なるほど、昨日ヒストリア珠子さんが言ってたアレってのは開水白菜だったのか」
「その通りです。あっ、やっぱり開水白菜で間違いないですね」
特別審査員のテーブルと一般審査員のテーブルに皿が並べられた。
その中心には、まだ蕾のように円錐の形のまま閉じた白菜の芯。
「さぁーて、みなさま、お立合い! ここに供しましたのは”花咲く料理”! お手元の急須のスープをかけて完成となりまーす! 仕上げは皆さまの手で、花を咲かせて下さいませ! このように!」
TV中継の映像を意識して、カメラの前で玉藻は白菜の芯にスープをかける。
流れ落ちるスープで白菜の芯は花びらのようにパアァァと広がっていき、それを見た観客が「本当に花開いた!」「すっごーい」と歓声があがる。
「これは開水白菜であるな。中国料理の中でも、白菜の素朴な味と旨味深いスープが楽しめる逸品。ふむ、見事ぞ」
貫禄のある説明をしている審査員長は寿師翁。
「ええ、このスープもとっても良い味が出ていますし、美しい花が咲き開くギミックも面白いです」
「”花咲く料理”に相応しいですね」
「その通りよ。だがっ!」
その言葉を聞いて珠子さんが軽くガッツボーズ。
「白菜の日本伝来は明治! よって少し歴史考証が甘い! あとは、余った葉をそのままにしておるのも欠点よ! スープがまだ残っておるので、もう一品”白菜のスープ”を作らなんだのが惜しい所よ」
「あらま、手厳しい。次は精進いたしますわ。でも、味はよろしかったですよね」
「うむ、美味だ」
「なら、もっと食べて下さいませ」
「無論、最後まで頂こう。それが礼儀であるからな」
寿師翁はそのまま開水白菜を食べ進め、最後に「ごちそうさまであった」と一言出して箸を置いた。
「さぁーて! 一番手の”ホテル大牡丹”の見事な料理でした! それでは採点と参りましょう!」
司会者が合図を送ると、審査員の手がテーブルのタブレットを操作する。
デンデンデデデデデッ!
中央の大型モニターの数字が回転を始めた。
「きっと80点くらいですよ。寿師翁さんが欠点を指摘しましたからね。それに気付かされた人の点が厳しくなりますから」
余裕の珠子さんが、フフンと鼻を鳴らすが、俺はどうも嫌な予感がする。
デデンッ!
「出ましたー! 97点! これは最初から高得点だー!!」
「えっ!? なんで!? 寿師翁さんが7点しか入れていないのに、他の特別審査員も一般審査員も満点を入れているなんて!?」
特別審査員席を見ると、珠子さんの言った通り、寿師翁以外は満点の10点を入れている。
当の寿師翁も『はて、みんな甘口じゃのう』といった風だ。
ひょっとして!?
「まさか!? あいつ!」
「兄者も気づいたのか」
そう声をかけてきたのは、今まで真剣な目で玉藻の調理を見ていた酒呑。
「おふたりとも、何に気付いたのですか?」
「最悪の事態だ。あの女狐め、ハナからまともに勝負しようとしておらぬ」
「ああ、俺も感じた……、あの料理には……」
「「術がかけられている!!」」
俺たちの声に珠子さんは、とても怖い顔をした。
◇◇◇◇
「じゅ、術って、それは反則じゃないですか!?」
「あの女狐はきっとそんなことを思っておらんぞ。ルールーブックに”妖術で審査員を操ってはいけない”なんてことは載っておらぬからな」
酒呑が開いたのこの料理バトルのルールブックの禁止事項のページ。
そこには『暴力禁止』『違法行為禁止』『違法、脱法食材の禁止』などが書かれていた。
しかし、あたりまえだが『妖術で人心を操るの禁止』といった項目はない。
「それで、どんな術なんですか!?」
「おそらく心酔の術だな。あの料理を食べたら女狐の狂信者になるような術だ。さほど強くも効果時間も長くはなかろう、半日も過ぎれば元に戻る」
感じた妖力はごくわずか。
すぐに元に戻るという酒呑の言葉も正しいだろう。
だけど……。
「半日も効果が続くんですか!? それだと審査は!?」
そう珠子さんが声を上げた時、ステージから大きなどよめきが上がった。
「あーっと、これはどうしたことでしょう! 2番手の”銀山楼”! 23点! 百合根で作った花が閉じ込められた煮凝り! 半透明な煮凝りの中で、花のようにあしらえられた百合根の花弁! それらを並べることで川をイメージした料理は思わぬ酷評を得てしまったー!!」
特別審査員席を見ると、寿師翁は7点を入れているが、その他の特別審査員は1点か2点。
一般審査員席からは「やっぱ、玉藻様のより見劣りするよね」、「玉藻様が最高だったわ」、「玉藻様に立てつくなんておこがましい」なんて声が聞こえてくる。
ヤバイ完全に術中に嵌っているぜ。
寿師翁だけが、困惑したような表情を見せている。
「ふむ、あの風格のある人間だけは術中にはまらなかったようだな。なかなかの豪の者よ」
「感心している場合じゃありません! これじゃ勝負どこじゃないですよ!」
確かに、こうなったら料理の出来とかを気にする場合じゃない。
「あーら、どうされました? そんなにオタオタして。まさか、わっちのあまりにもの高得点に恐れをなしたのでありんすか?」
「何を白々しい」
「あなたってば、最初から真面目に勝負する気なんてなかったのですね! 早く、あの術を解きなさい!」
くってかかる勢い、いや、本当に珠子さんは玉藻にくってかかりながら叫ぶ。
「やーん、こわーい。でも、わっち、そんな脅しになんて負けたくなーい。誰かぁ、たーすけーてー」
玉藻がそう言うと、屈強なコックが「はいはい、玉藻様から離れなさいね」とふたりを引きはがす。
「ふふふ、術なんて、わっちしらなーい。自分で何とかなさったら?」
「ええ、いいですよ! 退魔僧の慈道さんに連絡して、あんたなんかの術なんて、すぐに何とかしてもらいますから!」
「それは名案でありんすね。退魔僧なら、あれくらい錫杖で頭をコツンとしたら簡単に解除できましょ。でもあそこに退魔僧の一団が現れて、罪のない一般人を小突いて回ったら、どうなりまひょか」
玉藻のその声を聞いて、スマホを操作する珠子さんの手が止まる。
「とーぜん、会場は大混乱。勝負は水入り引き分けになるでっしゃろなぁ。ええんよ、わっちは引き分けでも。賭けはどうしまひょか。無しにしてもええし、どっちも履行するでもええよ。わっちは何処何某を売りに出す、酒呑はわっちに二度と遭わない、探さないで」
やっぱそれが目的か!
こいつは最初から料理勝負なんてどうでも良かった。
酒呑が珠子さんを気に入っていることを知っているから、この賭けを持ちだしたんだ!
「引き分けの時は互いに賭けを遂行する。俺様はそれでもよいぞ」
「さよか! なら決まりですね。センパイ」
くそっ、玉藻め、してやったりの顔しやがって。
「いいんですか? 酒呑さん」
「勝てばよいのだ」
「あらま、スゴイ自信でありんすね。ま、精々がんばりやす。たとえ術が解けても、わっちたちの点を超えるとは思えまへんが。それじゃま、わっちは高見の見物とさせて頂くでありんす。カコンコンッ」
高笑いを残して、玉藻は去っていく。
「酒呑さん。ありがとうございます」
「これくらいは礼を言われるまでもない。だが、術を解かんとな」
「どうやったら術は解けるんです?」
「そいつは、さほど難しくはないさ。強い刺激を与えればいい。目の覚めるような」
「兄者の言う通りだ。策としては、俺様たちの料理に妖力を込めるというのがある。ひと口分程度に」
「だな。純粋な妖力、それは人間に恐れをもたらす。危機を感じたなら人間は心で強く身構える。それで大半の人間は術から脱出できるはずさ。だけど……」
この策には欠点がある。
「それって、最初のひと口ので怖気が来ちゃいません?」
「そうなんだよ。困ったな……」
俺たちの料理は玉藻の97点を超える自信がある。
まともに審査されれば、だ。
「話は聞かせてもらったわ。赤好君、お困りのようね」
この澄んだ声は……。
そこにあるだけで花となる。
そんな存在が俺たちの後ろに立っていた。
「あなたは”フラワーエデン”の……」
「はい、タマタマと申します。でも、おひいさんと呼んで下さい」
「タマタマさん……ですか」
珠子さんが何だか複雑な声でつぶやいた。
そしてやってきたイベント当日、”湯田温泉! 伝説の料理バトル!”のステージの上ではひとりの女狐が会場の注目を集めていた。
注目の的はもちろん女狐、玉藻だ。
「はいっ! これが伝統と達人の技! 空中刀工、白菜空回しでーすっ!」
真っ直ぐに掲げられた手、そこに握られてペティナイフの先で皿回しのように玉藻が白菜がクルクル回す。
その遠心力で葉が飛び散る花びらのように宙に舞う。
とんだ大道芸だ。
「ハイ次っ! ホイッ次っ! ホホイッっと次々!」
ナイフの先は白菜の真下、そこに円形に刃を入れるものだから、最後に残るのは芯の部分。
芯とその上に残った薄黄色の柔らかい部分だ。
その芯の部分が350mlのペットボトルのように大皿にら並べられていく。
「あの白菜の芯の部分は菜芯ですね。柔らかく、煮るとスープを吸いやすいので中華で重用されます」
俺たちはステージの脇の選手控えエリアから見物している。
この料理イベントは普通の料理バトルとはちょっと違う。
調理時間2時間、審査20分は普通だが、5チームも出場するものだから、調理開始時間にズレが生じているのだ。
具体的には前のチームの調理開始1時間後、次のチームが調理開始となる。
調理開始して1時間経過すると、前のチームの審査が始まり、1時間20分経過すると審査が終わる。
つまり、調理時間の最後の40分はステージは文字通りそのチームの独壇場。
そこでパフォーマンスを高めて客の注目を集めるのも勝利のキーとなるのさ。
『調理開始後しばらくは下ごしらえが多いですからね。逆に最後の方は仕上げで見どころがあります。これはよくある料理バトルのパターンですよ』
料理バトル番組好きな珠子さんは、そう冷静に解説していた。
「それで、あの料理に勝てるのかい? 後ろの方でグツグツ音を立てている大鍋が気になるが」
「よゆー、よゆー。後ろのお鍋はスープを作っているんです。地鶏と金華ハムとの高級スープです。味は良さそうですけど、あの女の料理には致命的な欠点がありますから」
玉藻の調理が始まってから、珠子さんの表情は明るい。
その根拠が台詞となって表れていた。
「あいつらの作る料理が読めるのかい?」
「もちろんです。これからあの女は白菜を蒸して、その芯に刀工を刻みます。葉っぱの先が尖った三角の形になるように」
珠子さんの読み通り、玉藻は白菜を蒸し上げ、柔らかくなった葉1枚1枚がΔの形になるようにナイフを入れていく。
「あの女が作るのは開水白菜です。あの尖った蕾の上からスープをかけると、葉が花びらのように開いていきます。”花咲く料理”ですね」
「なるほど、古文書の絵の通りってわけかい。流れる水で蕾が花咲く料理になるような」
「はい、あの『佳人、花咲く料理を食す。流麗にして美味、爛漫にして甘露』という記述と絵に合致しています。スープは濃厚で少し塩気が強く、白菜の芯は優しい甘さでそれを中和してくれます。スープをかけると動く仕組みといい、味もパフォーマンスとしても優れた料理になるでしょう」
「だったら、審査員の点は高くならないか?」
この料理バトルのポイントはみっつ。
『味』、『古文書と合致しているか』、『湯田の新名物になるか』だ。
「審査員が一般審査員だけだったら満点もありえるでしょう。ですが、特別審査員には寿師翁さんがいます。あの人がアレに気付かないはずがありません」
「そいつが致命的な欠点なのかい?」
「はい、それは白菜です。白菜が日本に伝来したのは明治時代です。1000年前ではあの料理は作れません」
「なるほど、昨日ヒストリア珠子さんが言ってたアレってのは開水白菜だったのか」
「その通りです。あっ、やっぱり開水白菜で間違いないですね」
特別審査員のテーブルと一般審査員のテーブルに皿が並べられた。
その中心には、まだ蕾のように円錐の形のまま閉じた白菜の芯。
「さぁーて、みなさま、お立合い! ここに供しましたのは”花咲く料理”! お手元の急須のスープをかけて完成となりまーす! 仕上げは皆さまの手で、花を咲かせて下さいませ! このように!」
TV中継の映像を意識して、カメラの前で玉藻は白菜の芯にスープをかける。
流れ落ちるスープで白菜の芯は花びらのようにパアァァと広がっていき、それを見た観客が「本当に花開いた!」「すっごーい」と歓声があがる。
「これは開水白菜であるな。中国料理の中でも、白菜の素朴な味と旨味深いスープが楽しめる逸品。ふむ、見事ぞ」
貫禄のある説明をしている審査員長は寿師翁。
「ええ、このスープもとっても良い味が出ていますし、美しい花が咲き開くギミックも面白いです」
「”花咲く料理”に相応しいですね」
「その通りよ。だがっ!」
その言葉を聞いて珠子さんが軽くガッツボーズ。
「白菜の日本伝来は明治! よって少し歴史考証が甘い! あとは、余った葉をそのままにしておるのも欠点よ! スープがまだ残っておるので、もう一品”白菜のスープ”を作らなんだのが惜しい所よ」
「あらま、手厳しい。次は精進いたしますわ。でも、味はよろしかったですよね」
「うむ、美味だ」
「なら、もっと食べて下さいませ」
「無論、最後まで頂こう。それが礼儀であるからな」
寿師翁はそのまま開水白菜を食べ進め、最後に「ごちそうさまであった」と一言出して箸を置いた。
「さぁーて! 一番手の”ホテル大牡丹”の見事な料理でした! それでは採点と参りましょう!」
司会者が合図を送ると、審査員の手がテーブルのタブレットを操作する。
デンデンデデデデデッ!
中央の大型モニターの数字が回転を始めた。
「きっと80点くらいですよ。寿師翁さんが欠点を指摘しましたからね。それに気付かされた人の点が厳しくなりますから」
余裕の珠子さんが、フフンと鼻を鳴らすが、俺はどうも嫌な予感がする。
デデンッ!
「出ましたー! 97点! これは最初から高得点だー!!」
「えっ!? なんで!? 寿師翁さんが7点しか入れていないのに、他の特別審査員も一般審査員も満点を入れているなんて!?」
特別審査員席を見ると、珠子さんの言った通り、寿師翁以外は満点の10点を入れている。
当の寿師翁も『はて、みんな甘口じゃのう』といった風だ。
ひょっとして!?
「まさか!? あいつ!」
「兄者も気づいたのか」
そう声をかけてきたのは、今まで真剣な目で玉藻の調理を見ていた酒呑。
「おふたりとも、何に気付いたのですか?」
「最悪の事態だ。あの女狐め、ハナからまともに勝負しようとしておらぬ」
「ああ、俺も感じた……、あの料理には……」
「「術がかけられている!!」」
俺たちの声に珠子さんは、とても怖い顔をした。
◇◇◇◇
「じゅ、術って、それは反則じゃないですか!?」
「あの女狐はきっとそんなことを思っておらんぞ。ルールーブックに”妖術で審査員を操ってはいけない”なんてことは載っておらぬからな」
酒呑が開いたのこの料理バトルのルールブックの禁止事項のページ。
そこには『暴力禁止』『違法行為禁止』『違法、脱法食材の禁止』などが書かれていた。
しかし、あたりまえだが『妖術で人心を操るの禁止』といった項目はない。
「それで、どんな術なんですか!?」
「おそらく心酔の術だな。あの料理を食べたら女狐の狂信者になるような術だ。さほど強くも効果時間も長くはなかろう、半日も過ぎれば元に戻る」
感じた妖力はごくわずか。
すぐに元に戻るという酒呑の言葉も正しいだろう。
だけど……。
「半日も効果が続くんですか!? それだと審査は!?」
そう珠子さんが声を上げた時、ステージから大きなどよめきが上がった。
「あーっと、これはどうしたことでしょう! 2番手の”銀山楼”! 23点! 百合根で作った花が閉じ込められた煮凝り! 半透明な煮凝りの中で、花のようにあしらえられた百合根の花弁! それらを並べることで川をイメージした料理は思わぬ酷評を得てしまったー!!」
特別審査員席を見ると、寿師翁は7点を入れているが、その他の特別審査員は1点か2点。
一般審査員席からは「やっぱ、玉藻様のより見劣りするよね」、「玉藻様が最高だったわ」、「玉藻様に立てつくなんておこがましい」なんて声が聞こえてくる。
ヤバイ完全に術中に嵌っているぜ。
寿師翁だけが、困惑したような表情を見せている。
「ふむ、あの風格のある人間だけは術中にはまらなかったようだな。なかなかの豪の者よ」
「感心している場合じゃありません! これじゃ勝負どこじゃないですよ!」
確かに、こうなったら料理の出来とかを気にする場合じゃない。
「あーら、どうされました? そんなにオタオタして。まさか、わっちのあまりにもの高得点に恐れをなしたのでありんすか?」
「何を白々しい」
「あなたってば、最初から真面目に勝負する気なんてなかったのですね! 早く、あの術を解きなさい!」
くってかかる勢い、いや、本当に珠子さんは玉藻にくってかかりながら叫ぶ。
「やーん、こわーい。でも、わっち、そんな脅しになんて負けたくなーい。誰かぁ、たーすけーてー」
玉藻がそう言うと、屈強なコックが「はいはい、玉藻様から離れなさいね」とふたりを引きはがす。
「ふふふ、術なんて、わっちしらなーい。自分で何とかなさったら?」
「ええ、いいですよ! 退魔僧の慈道さんに連絡して、あんたなんかの術なんて、すぐに何とかしてもらいますから!」
「それは名案でありんすね。退魔僧なら、あれくらい錫杖で頭をコツンとしたら簡単に解除できましょ。でもあそこに退魔僧の一団が現れて、罪のない一般人を小突いて回ったら、どうなりまひょか」
玉藻のその声を聞いて、スマホを操作する珠子さんの手が止まる。
「とーぜん、会場は大混乱。勝負は水入り引き分けになるでっしゃろなぁ。ええんよ、わっちは引き分けでも。賭けはどうしまひょか。無しにしてもええし、どっちも履行するでもええよ。わっちは何処何某を売りに出す、酒呑はわっちに二度と遭わない、探さないで」
やっぱそれが目的か!
こいつは最初から料理勝負なんてどうでも良かった。
酒呑が珠子さんを気に入っていることを知っているから、この賭けを持ちだしたんだ!
「引き分けの時は互いに賭けを遂行する。俺様はそれでもよいぞ」
「さよか! なら決まりですね。センパイ」
くそっ、玉藻め、してやったりの顔しやがって。
「いいんですか? 酒呑さん」
「勝てばよいのだ」
「あらま、スゴイ自信でありんすね。ま、精々がんばりやす。たとえ術が解けても、わっちたちの点を超えるとは思えまへんが。それじゃま、わっちは高見の見物とさせて頂くでありんす。カコンコンッ」
高笑いを残して、玉藻は去っていく。
「酒呑さん。ありがとうございます」
「これくらいは礼を言われるまでもない。だが、術を解かんとな」
「どうやったら術は解けるんです?」
「そいつは、さほど難しくはないさ。強い刺激を与えればいい。目の覚めるような」
「兄者の言う通りだ。策としては、俺様たちの料理に妖力を込めるというのがある。ひと口分程度に」
「だな。純粋な妖力、それは人間に恐れをもたらす。危機を感じたなら人間は心で強く身構える。それで大半の人間は術から脱出できるはずさ。だけど……」
この策には欠点がある。
「それって、最初のひと口ので怖気が来ちゃいません?」
「そうなんだよ。困ったな……」
俺たちの料理は玉藻の97点を超える自信がある。
まともに審査されれば、だ。
「話は聞かせてもらったわ。赤好君、お困りのようね」
この澄んだ声は……。
そこにあるだけで花となる。
そんな存在が俺たちの後ろに立っていた。
「あなたは”フラワーエデン”の……」
「はい、タマタマと申します。でも、おひいさんと呼んで下さい」
「タマタマさん……ですか」
珠子さんが何だか複雑な声でつぶやいた。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
後宮の隠し事 嘘つき皇帝と餌付けされた宮女の謎解き料理帖
四片霞彩
キャラ文芸
旧題:餌付けされた女官は皇帝親子の願いを叶えるために後宮を駆け回る〜厨でつまみ食いしていた美味しいご飯を作ってくれていたのは鬼とうわさの皇帝でした
【第6回キャラ文芸大賞で後宮賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。
【2024/03/13 発売】改題&加筆修正
「後宮の隠し事〜嘘つき皇帝と餌付けされた宮女の謎解き料理帖〜」
笙鈴(ショウリン)は飛竜(フェイロン)皇帝陛下が統治する仙皇国の後宮で働く下級女官。
先輩女官たちの虐めにも負けずに日々仕事をこなしていた笙鈴だったが、いつも腹を空かせていた。
そんな笙鈴の唯一の楽しみは、夜しか料理を作らず、自らが作った料理は決して食さない、謎の料理人・竜(ロン)が作る料理であった。
今日も竜の料理を食べに行った笙鈴だったが、竜から「料理を食べさせた分、仕事をしろ」と言われて仕事を頼まれる。
その仕事とは、飛竜の一人娘である皇女・氷水(ビンスイ)の身辺を探る事だった。
氷水から亡き母親の形見の首飾りが何者かに盗まれた事を知った笙鈴は首飾り探しを申し出る。
氷水の身辺を探る中で、氷水の食事を毒見していた毒見役が毒殺されてしまう。毒が入っていた小瓶を持っていた笙鈴が犯人として扱われそうになる。
毒殺の無実を証明した笙鈴だったが、今度は氷水から首飾りを盗んだ犯人に間違われてしまう。
笙鈴を犯人として密告したのは竜だった。
笙鈴は盗まれた氷水の首飾りを見つけられるのか。
そして、謎多き料理人・竜の正体と笙鈴に仕事を頼んだ理由、氷水の首飾りを盗んだ犯人とは一体誰なのかーー?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?
小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。
だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。
『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』
繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか?
◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています
◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります
下宿屋 東風荘 5
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆
下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。
車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。
そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。
彼にも何かの能力が?
そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__
雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!?
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆
イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。
下宿屋 東風荘 4
浅井 ことは
キャラ文芸
下宿屋 東風荘4
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..
大きくなった下宿に総勢20人の高校生と大学生が入ることになり、それを手伝いながら夜間の学校に通うようになった雪翔。
天狐の義父に社狐の継母、叔父の社狐の那智に祖父母の溺愛を受け、どんどん甘やかされていくがついに反抗期____!?
ほのぼの美味しいファンタジー。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..
表紙・挿絵:深月くるみ様
イラストの無断転用は固くお断りさせて頂いております。
☆マークの話は挿絵入りです。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる