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第十一章 探求する物語とハッピーエンド

刑部姫とポイズンクッキング(その3) ※全5部

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◇◇◇◇
 
 姫路城大天守閣最上階、鳥居の話によるとそこには刑部姫をまつる小さいやしろがあると聞いているが……。
 さて、この裏姫路城では何があるか。
 我がそこにたどり着くと、部屋の奥に流麗な紋で彩られたとばり野筋のすじで覆われた几帳きちょうが見えた。
 部屋は薄暗いが、几帳の中には光が灯り、刑部姫と思われる姿が影となって浮かび上がっている。

 「刑部姫殿、従者殿の申しつけの通りひとりで参りました。秘中の話ゆえに、ふたりっきりで逢いたいという話でしたね」
 「はい、その通りでございます。どうぞ、この中へ」

 とばりの影が手招きし、それに従って我は几帳の中へと足を運ぼうとする。
 
 シュル、シュルルルッ、ビシッ!

 几帳を覆う布に触れた瞬間、それを装飾していた紐のような布、野筋のすじが生き物のように我の手足のに絡みついた。
 クンッと引いてはみたものの、かなりの張力で身動きが取れぬ。

 「ケッケッケーン! 大蛇の長兄が見事に罠にかかったわ!」
 「刑部姫殿、悪い冗談は止めてもらいたい。『この拘束を解いてくれぬか』。こういった趣向は我にはいささか高度過ぎる」

 我は首を後ろに向け、この拘束の主へと声をかける。
 だが、拘束は緩まない。

 「ほう、妖力ちからの出どころがわかったか。流石は東の大蛇。だが、もう遅い。おい、出て来ていいぞ」
 「……はい」

 背後から衣擦きぬずれの音が聞こえると、部屋の暗闇から十二単の女性が現れる。
 それは昼に会見した刑部姫とそっくりな美しい顔立ち。
 だが気品が違う。

 「なるほど、昼間にった刑部姫殿はお前が化けた姿か」
 「今頃気付いたのか! 間抜けめ! そう、今は俺様がこの姫路城の裏主うらあるじよ!」
 「ならば貴様に命じよう。『この拘束を解け』」

 我の権能ちからある言葉が偽刑部姫の脳髄を揺らし、この拘束が解かれる、……はずだった。

 「なるほど、先ほどの本物の刑部姫殿への言葉も、貴様への言葉も通じぬか」
 「ケッケッケーン! その通りよ。ここは裏姫路城大天守閣! ここの支配者はそこの刑部姫だ! お前の”王権”の権能ちからは半ば封じられているのも同然なのだ! 特に、王の称号を持つ俺様にはな! はそれを見越して俺様をここに寄越したのだ! この黴毒大王ばいどくだいおうを!」

 偽刑部姫はそう言うと、その十二単を脱ぎ捨て、本性を現わす。
 現れたのは武者鎧姿の狐の”あやかし”。

 「ふむ”黴毒大王ばいどくだいおう”か。確か江戸時代の船越 敬祐ふなこし たかすけが著した『絵本黴瘡軍談えほんばいそうぐんだん』に登場する”あやかし”であったな。九尾の狐が封じられた殺生石の欠片、そこから発する陰気から生まれたという」

 鳥居が持っている漢方の本の中にそのような”あやかし”が載っていたのを覚えている。
 
 「ほほう、物を知っているようだな。その通り俺様こそ毒と病の王、黴毒大王ばいどくだいおうよ!」
 「なるほど、ゆえに貴様は毒の料理を所望したのだな。おかげで我の配下がひどい目に遭った」
 
 さて、あと少しといった所か。

 「これからもっとひどい目に遭うのだ! おとなしくしていれば他の大蛇への人質として生かしておいてやろう! お前の配下共々に! そこの刑部姫の小姓と共にな!」

 背後で顔は見えぬが気配でわかる。
 刑部姫殿が唇を噛んで耐えているのが。
 やはり、人質を取られていたか。

 「さあ、こうべを垂れて俺様に従え! さすれば命だけは助けてやろう」
 「断る。我が頭を下げるのは父と母と我自身がそうすべきと認めた相手だけだ」

 動けぬ我を前に、黴毒大王はふんぞり返ってそう言うが、無論従う気はない。

 「そうか、ならば死ねい!!」

 黴毒大王の大声と共に巨大な軍配が我に迫る。
 だが……

 ガンッ!!

 その軍配がとらえたのは我の脳天ではなく、天守閣の床。
 
 「何をしている刑部姫! こいつを捕らえておかぬか!」
 「いいえ、姉様はもう、あなたの言うことは聞きません!」

 そう断じるりんとした声の主は亀姫。
 そして彼女の傍らに立つのは白小袖しろこそでと緑の麻の葉模様の掛衣かけぎぬを腰にまとった少女の”あやかし”。
 あれはきっと元亀姫の女小姓で、今は刑部姫の下へ出向中の大禿おおかぶろであろうな。
 
 「お前は!? いや、お前たちはどうして!?」

 黴毒大王の視線が亀姫と刑部姫にしがみつく女小姓たちに集中する。

 「ああ……、みなの者、よくぞ無事で」
 「はい、刑部姫様も息災で何よりでございます」

 涙ながらに抱き合う刑部姫とその女小姓を横目に見つつ、我は黴毒大王に向き合う。

 「さて、形勢逆転といった所かな。まあ、不利と思ってはいなかったが」
 「左様。この程度、儂らにとっては造作もないこと」
 「そうだぜ。ま、余裕余裕」
 「ふたりとも、妾の化けの術、の術のおかげでもあることを忘れるでないぞ」

 続けて天守閣へ昇って来たのは我の臣下たち。

 「なぜだ!? なぜ!? 毒を食ったおまえらがピンピンしている!? どうやってそこのメスガキどもを助けた!?」
 「当然であろう。亀姫からの文の返事を持ってきたのは狐の従者。その文の中には大禿の話は一文もなし。要求は『毒を食してみたい』というもの。しかも手紙が黴臭かびくさいとなったら、姫路城で異変が起きていると気付くのは当然。我の配下『金の亡者』こと珠子は臭いに敏感であるぞ」
 「左様。そして、ならば刑部姫殿を救わんと、殿が火中の栗を拾おうとしたまで」
 「テメエをだますために、バカなもんを食わされちまうしよ。ま、ちょいと休めば回復するのはわかってたけどな」

 フフフ、カカカ、クククと我らは邪悪そうに我う。

 「たとえ異変に気付いてやって来たのだとしても、そいつらの居場所を知ることなんて出来ないはずだ! この裏姫路城の隠し部屋に閉じ込めていたのだぞ!」
 「であろうな。だが、裏姫路城ならば表の姫路城と構造は似ているとも考えられぬか。なあ、鳥居」

 我の言葉に「左様」と鳥居が一歩前に出る。

 「かつて徳川幕府の南町奉行を勤め、今は我の臣下である『獅子身中の虫』こと鳥居耀蔵ならば、姫路城の隠し部屋を知っていても不思議ではなかろう」
 「だ、だが! あそこは狐の手下たちが見張っていたはずだ。それこそ猫の子一匹通さないくらい厳重に!」
 「猫の子一匹か。それは悪手だな。そう思わんか『外道教主』こと頼豪、またの名を鉄鼠てっそよ」
 「ボスの言う通りだぜ。猫を通してりゃ俺の可愛いねずみたちが入れなかったかもしれないのによ。鳥居が隠し部屋のあたりを付けて、俺の鼠が探索する。そうすりゃ、この可愛い子ちゃんたちの隠し部屋を見つけるのは余裕ってもんだ」

 チュチュチュと鼠を肩に乗せ、頼豪がクックッと笑う。

 「それでも警備は厳重なはずだ! 大蛇の長兄とその配下は戦闘では大したことないという情報だったぞ」
 「そうだな。だが、貴様は王でありながら知らぬとみえる」
 「何をだ!?」
 「戦というものだ。戦は個々の戦闘力だけで決まるものではない。兵の配置も重要。具体的には敵のきょを突くことだな」
 「どういうことだ!?」
 「こういうことよ」

 我が軽く手を上げると、空中から徳利とっくりや皿が飛来し、カチカチと組みあがっていく。

 「カチカチ、カッチン、勝ちんと登場! 瀬戸大将! キノコの料理はいくらでも食べれまする。さて、その心は?」
 「あない料理だからであろう。見事であったぞ。『金で買われた王の器』こと瀬戸大将よ」
 「さっすが王様! 今日も冴えていらっしゃるっ!」

 頭の徳利をペチンと叩き、瀬戸大将がその武者姿を現す。

 「黴毒大王よ。貴様は遊興に毒の膳をそこの女小姓たちに食わそうと、子狐に膳を持っていかせただろう。その器が瀬戸大将だったとは気づかずに」
 「あ、ああ……」
 
 今、気付いたようだな。

 「どんなに厳重な警護であっても、内と外から攻めればもろい物なのじゃ! 妾が鳥居殿や頼豪殿にで狐に化けさせ、表から奇襲をかけたのじゃ! ふふっ、けーこく、けーこく、けいじょーっと」
 「そう『傾国のロリババア』こと三尾の狐の讃美ならば、鳥居や頼豪を狐に化けさせるのも容易。表からは奇襲、裏からは瀬戸大将で挟撃きょうげき。さすれば、個々の戦闘力の差なと問題になるまい。実際そうであったしな」

 我の見事な作戦の成果は救出された従者たちを見れば一目瞭然いちもくりょうぜん
 
 「だ、だが、あの小娘共は俺様の毒に侵されていたはずだ。なぜ動ける!?」
 「ああ、それはな……」

 我はそこで言葉を止める。
 やはり、この決め台詞は本家から言ってもらうのがよかろう。

 トントントンと階段を昇る音が聞こえ、三角巾姿の女中が現れる。

 「おっまたせしましたー! 勝利の宴の準備は出来ていますよ。そして、これまでの会話はこのインカムで聞いていましたっ!」
 「そうか、ならば頼む」
 「はいっ! これこそ人類の叡智! スマホの勝利ですっ! じゃーん!」

 女中が決め台詞と共に人間なら誰でも持っているスマホを高く掲げると、我も一門の者たちもそれを手に取る。

 「これにトランシーバーアプリを入れておけば、みなさんのスマホで連絡を取りながら作戦を進めることが可能なのですっ! 飲食店の店員さんの間ではもはや常識!」 
 「黴毒大王よ。少し我とのおしゃべりが過ぎたようだな。貴様が名乗った時点で我らはその情報を共有したのだ。そして我の臣下は知恵者ぞろい。鳥居は即座に貴様の毒への解毒剤を言い当てたぞ」
 「左様。黴毒大王の天敵と言えば『絵本黴瘡軍談えほんばいそうぐんだん』に書かれている通り”延寿丸えんじゅがん”と決まっております。これは一般的には腸の働きを良くし排便排毒を促す漢方薬。儂の手持ちの漢方に常備してあるもの」
 「え、延寿丸だと……」
 
 黴毒大王の顔の歪みが、その薬が正解であることを告げる。
 だが、その歪んだ顔は数秒後にわらいに変わる。

 「ケッケッケーン! さすがにが警戒するだけのことはあるな! だが、それがどうした!? 人質を解放した!? 俺様の毒への解毒薬がある!? だからどうした! 所詮しょせんは優男に女子供にジジイに鼠にコワレモノよ! 俺様の武力だけで、全てなぎ倒してくれるわ!」

 黴毒大王の放つ妖気が、我らにその言葉が真実だと告げる。
 
 「確かに貴様の武力はかなりのようだな。我でも遅れを取るやもしれぬ」
 「ぬかせ! お前なぞ一撃の下にほふってくれるわぁ!!」

 巨大な軍配を大上段に振りかぶり、黴毒大王は我に向けて突撃してくる。

 「だが、勝負は既についている。貴様は先ほど言ったな『ここの支配者は刑部姫である』と」

 我と刑部姫の目が一瞬合う。
 それだけで十分。

 「黄貴こうき様、あなたの見事な采配、この刑部姫の心にみました。貴方を王と認めましょう。妖怪王の後継者である黄貴こうき様の前で無礼であるぞ! 『控えよ下郎!』」

 先ほどまでの弱々しい声とは打って変わって、気品と強さを併せ持つりんとした声が天守閣へ響き渡り、先刻まで我を拘束していた野筋が逆に黴毒大王を縛る。
 そして、我は母様より継いだ王権の権能ちからを言葉に乗せ、放つ。
 
 「妖怪王の嫡子であり、姫路城の王である我が命ず! 無頼者よ! 『伏してひざまずけ!』」

 姫路城の主たる刑部姫が認めたのだ、我こそが”王”だと。
 ゆえに、我の王たる言葉の重みは、では絶対となる。
 
 ズドンッ!

 王の言葉の前に黴毒大王は狐の敷物のように床に広がった。
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