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第十一章 探求する物語とハッピーエンド

斧沼(よきぬま)の姫とエビチリ(その5) ※全5部

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 ◇◇◇◇

 「はいっ! それじゃあ、本番スタート!」

 …
 ……

 スタンドに据え付けられたスマホがピコッと音を立て、レンズが俺っちと姫ちゃんに向く。
 俺っちは斧を落とした村人役だ。

 「あ、あなたが落としたのはこの金の斧ですか? それとも銀の斧ですか? それとも、この那珂川名産テナガエビの長い手スティックフライですか?」
 「いいえ、俺っちが落としたのは普通の斧です」
 「まあ、なんて正直な。そんなあなたには普通の斧と試食用のスティックフライを与えましょう」
 「うひょー! こいつはポリッと香ばしくてうめぇや!」

 ……
 …

 「はい、カットぉー! いい映像が取れました! 早速アップしてみますね」
 「人気が出るといいのですけど……、この再生数と”いいじゃん”の數が人気を表わしているのですよね」
 「はい。あっ、ひとつ”いいじゃん”が付きましたよ。あ、さらに増えた」

 俺っちたちが覗き込むスマホの画面で、その動画はどんどん再生数を”いいじゃん”を稼いでいった。
 これがどれくらいスゴイかはわからないが、嬢ちゃんの顔を見ると、相当なものらしい。
 
 「あ、コメントが付きました『やっぱ正直なのが一番だな』てのが! 他に『試食ダイマ乙』ですって、これは褒められているんですよ」
 「うれしいです。今はこんな形で人間を導くことが出来るんですね!」
 「ええ、今回はテナガエビのスティックフライですが、他にも水戸や那珂川の名産品の紹介という形にすれば、バリエーションはいくらでも増やせます。これも緑乱りょくらんおじさんのおかげです。ありがとう! つまみを作ってくれて!」

 そう言って嬢ちゃんはスティックフライをポリッと食べて、満面の笑みを浮かべる。

 「私からも感謝致します。この地の魅力が配信できれば、土地神の私も神力ちからを取り戻し、やがでこの斧沼よきぬまも、昔のように水を湛えるようになるでしょう。ありがとうございます。緑乱りょくらん様」

 姫ちゃんはそう言って俺っちに頭を下げる。
 様付けなんて、ちょっとこそばゆいぜ。
 
 「そいつはよかった。実はな俺っちはな、他にも良い動画のアイディアを考えてみたぜ」
 「いいですね。もっと動画のバリエーションを増やしましょう!」
 「流石です緑乱りょくらん様! 是非ともそれもやりましょう!」

 スティックフライの成功に気を良くしたのか、嬢ちゃんと姫ちゃんがノリノリで俺っちの意見に耳を傾ける。

 「よっし、んじゃやるか。斧沼よきぬまの姫ちゃん、その右手に金の斧、左手に銀の斧を持ってな」
 「はい、こうでございましょうか」
 「いいぜ、そのまま脇を締めて」
 「はっ、はいっ!」

 いいねぇ、素直で。

 「そして、3本目の普通の斧をな、こうやって胸の谷間に挟んでな。『落としたのはこの金の斧? こっちの銀の斧? そ・れ・と・も、こ・こ・の?』って胸を突きだしゃ、閲覧者はうなぎ上りの大入り満員さ。もちろん、俺っちは正直に『もちろん、こ・こ』って答えるぜ」

 …
 ……

 おや? 姫ちゃんの顔がちょっち怖い笑顔になっちまってるぞ。

 「うふふ、緑乱りょくらん様ったら、バカ正直なあなたにはこの3本の斧を脳天に与えましょう!」
 「あーっ!? ちょ、ちょ、ちょっとした冗談だっての! わかった、ごめん、すまねぇ! あやまるからさ! な、その斧をしまってくれよ」
 「駄目です! さあ! 斧沼よきぬまの斧をドタマで受け取り下さい!」
 「あぁぁー!?」

 ブォンという風切り音が俺っちの鼻先をかすめる。
 やっべぇ、あと一歩前に出てたら俺っちの頭は海老の殻みたいに割られてたぜ。
 姫ちゃんが元気になったのはよかったけどよ。

 「まったく、何をやってんだか、このセクハラおじさんは。それじゃダメですよ」

 嬢ちゃんがハァと溜息を吐きながら、俺っちのナイスアイディアにダメ出しをする。

 「えーっ!? 斧沼よきぬまの姫ちゃんが怒るのは当然だけどよ、ウケはいいと思うぜ」

 俺っちは襲いくるお礼の斧を必死に避けながら言う。
 
 「ダメです。、もうとっくに誰かがやってますから。二番煎じどころか、百番煎じくらいですよ」
 「斧だけに、Oh Noオーノーってか」

 …
 ……

 「斧沼よきぬまの姫様、やっちゃって下さい」
 「はいっ!」
 
 なんてこった、姫ちゃんがとっても元気になっちまいやがったぜ!

◇◇◇◇

 「ふんふんふんふーん、いつもは毛ほども感じぬリュックが今日はいやに重いわ!」
 「嬢ちゃん、そりゃ使い方を間違えていないか。そりゃ落ち武者の台詞だぜ」
 「間違ってもいいんですよー! この重みは夢の重み! あたしの城取りの橋頭保きょうとうほなんですから」

 斧沼よきぬまの姫ちゃんから斧をもらって嬢ちゃんは上機嫌だ。
 嬢ちゃんが動画共有サイトにアップした動画は数時間で数百回の”いいじゃん!”ボタンが押されたって話だ。
 斧沼よきぬまの姫ちゃんは、その結果に自信を取り戻し、お礼にと斧をプレゼントしてくれた。
 もちろん、嬢ちゃんは大喜びさ。

 『ついでに緑乱りょくらんおじさんの用件にも付き合いますよ。今回のお礼です』
 
 そんな事を言って、今は上機嫌で俺っちの隣で歩いている。
 
 「おっとっと!」

 パシャッと音を立てて、嬢ちゃんが水溜まりに足を取られる。

 「気いつけなよ嬢ちゃん。ここは観光ルートよりさらに奥で獣道しかねぇからよ。やっぱ俺っちが荷物を持とうか。斧を2本も持ってたら重いだろ」
 「大丈夫ですよ。ふふふ、これはあたしのハッピーエンドの重みなのですから」
 
 斧沼よきぬまの姫ちゃんからはお礼に『正直とバカ正直な珠子様とエロオヤジ様には、金と銀と普通の斧を授けましょう。私にはもういらなそうですから』と普通の斧と一緒に金と銀の斧まで貰っちまった。
 嬢ちゃんは大喜びだからいいけどよ、ちょっちは重いぜ。
 全部俺っちが持とうかと申し出たけどよ、『じゃあ、おじさんはこの普通の斧を』って金と銀の斧は嬢ちゃんのリュックの中さ。
 
 「ところで緑乱りょくらんおじさん、袋田の滝の先に何か用でもあるんですか?」

 俺っちの目的地は袋田の滝の奥、奥久慈男体山おくくじなんたいさん
 そこに俺っちはを確認しに行く。
 確認といっても、ちょっと岩場道なのを除けば、楽しいハイキングにしかならねぇはずだ。

 「前も言ったろ、ちょっとした野暮用さ」
 「野暮用ってことは、どなたかと逢引きですかぁ?」
 「そんなんじゃねぇよ。俺っちと八百の思い出の場所ってだけだ」
 「へー、ロマンチックですね」
 「まあな、ちょっとした郷愁ってやつさ。おっと」

 俺っちの足下で水溜まりがバシャと音を立てる。
 
 「水溜まりが多いですね。この前、雨が降ったからでしょうね」
 「だろうな。去年はこんなんじゃなかったんだけど……」

 妙だ……、何かおかしい。
 ここは柔らかい土じゃねぇ、岩場だ。
 こんなに水溜まりが出来るような地形じゃなかったはず。
 
 「ねぇ、緑乱りょくらんおじさん。この水溜まりって何かの足跡に見えません? ほら、おまわりさんも熊の目撃情報があるって言ってし、ひょっとしたら熊のかもしれませんね」
 「いやいや、そんなはずはねぇ。この岩は熊の体重くらいじゃビクともしねぇよ」
 
 俺は知っている。
 この山の土台となっている岩はかなり固え。
 袋田の滝の瀑布ばくふを長年受けても、全然削れねぇくらいの固さを誇る。
 その名も男体山火山角礫岩なんたいさんかざんかくれきがん
 だからこそ、ここが選ばれた。

 「でも、同じくらいの大きさで一定の間隔で水溜まりがありますよ。これって獣の足跡の特徴です。あたしのジビエ知識がそうだと告げています」
 「本当マジだ……」

 嬢ちゃんの言う通り、これはの足跡。
 だとすると、熊よりもっと大きくて強靭きょうじんなヤツか!?。

 「あー、ちょっと待って下さいよー!」

 嬢ちゃんの声が聞こえるが、俺っちはそれを無視して岩場を駆け上がる。
 ここだ、この坂を登ればが見えるはず。
 そこは1周目の歴史で俺と八百が初めて出逢った場所。
 視界が開け、傾きかけた日の光の中には現れる。
 
 「うそ……だろ……」
 「ハァハァ……。んもう! 置いてかないで下さいよ。熊が出るかもってちょっと不安なんですから。あ、ここですね思い出の場所は。夕日が山肌を照らして綺麗ですねー。おや?」

 嬢ちゃんの視線が俺っちと同じ物へ、岩壁にポッカリ空いたへこみへと移る。

 「あそこの一角だけ崩れていますね。雷でも落ちたんでしょうか?」
 「そんなんじゃはビクともしねぇよ」
 「へー、そうなんですか」

 そう、アレは雷程度じゃ破壊出来ねぇ。
 八百はアレを数か月かけて溜めた法力ちからでやっと壊せたと言ってた。
 壊せるとしたら、日本三大妖怪の2体の全力でやっとだろうとも。
 その堅牢けんろうさは俺っちが一番よく知っている。
 
 ガラッ

 俺っちは砕かれた岩壁の欠片を手に取り、じっと見つめる。
 そんなに昔じゃねぇ、数か月前くらいか。
 ちょっちマズイな。

 「どうしたんです? この崩れた岩壁に八百さんとの思い出の品でもしまっていたのですか?」

 嬢ちゃんが微妙に鋭い。
 当たらずとも遠からずさ。

 ピリリピロピロ

 「あ、慈道さんからだ。珍しいな。はい珠子です。すみません、本日は定休日で……」
 『珠子殿!? ご無事ですか!?』
 「ええ、無事もなにも元気に男体山でハイキング中です。何かあったのですか?」
 『”酒処 七王子”に異変が起きております。周囲に黒いモヤのような結界が張られており中に入れませぬ。だが、珠子殿が外出で無事なのは幸い』

 結界?

 「おい、慈道! それはどんな結界だ!?」

 俺っちは嬢ちゃんの顔に顔を近づけて会話に割り込む。

 『緑乱りょくらん殿もそこにおられたのか。結界なら師匠が正体を探っております。中に人間が居るなら拙僧らはそれを救わねばなりませぬゆえ。おっ、師匠が様子見から戻られたようですぞ』
 『どうなってんだい、この結界は!? 何度中に入ろうとしても外側に出ちまうよ』

 間違いないねぇ、そいつは迷廊めいろうの結界だ。

 「築善! 慈道! そいつに手を出すな! その中に居るヤツはお前らの手に負えるやつじゃねぇ!」
 『ずいぶんな言いようだね。お前さんなら何とか出来るっていうのかい?』
 「ああ、俺なら、俺しか出来ねぇ。他の誰でもに勝てねぇ」

 俺は出来るだけ真剣に、その真剣さが伝わるように重い口調で話しかける。

 『ふぅん、言うじゃないか。じゃ、そのヤバそうなヤツは任せるよ。ウチらは他に人間が中に居ないか調べる所から始めるとしようか。居たらその救出を優先して
、戦闘は避けるようにするさ』
 「ああ、そうしてくれ。俺もすぐに駆け付ける」
 『わかった。期待半分で待ってるよ』

 その言葉で通話は切れた。

 「みなさんは大丈夫でしょうか……。うーん電話も通じないですね」

 嬢ちゃんが兄妹たちへの連絡先を何度も押すが、どれも『電波の届かない所に……』と定型なアナウンスしか流れねぇ。
 やべぇな、早くしないと。

 「嬢ちゃん。悪りぃが、俺は一足先に『酒処 七王子』に戻るぜ」
 「あたしも一緒に行きます!」
 「ダメだ。嬢ちゃんは安全な所に避難しているんだ。そうだな……築善の旦那の店、銀座の”魚鱗鮨”がいい。あそこなら他の退魔の連中が詰めてるから安全だ」
 「どうしても駄目ですか?」
 「ああ。どうしてもだ。事が終わるまで『酒処 七王子』に近づいちゃいけねぇ」

 わかってくれ。
 そう心で念じながら、俺は真剣な目で嬢ちゃんを見つめる。

 「わかりました。安全が確保出来るまで『酒処 七王子』には戻りません。でも、ひとつだけ教えて下さい。そのってのはそんなにヤバイ相手なんですか? 他の方々が、蒼明そうめいさんでも苦戦するくらいの」
 「ああ、そうだ。蒼明そうめいでも勝てねぇ」
 「緑乱りょくらんさんがそう言い切るなんて、いったいどんなヤツなんです? 教えてくれないと付いていきます」

 ああ、こりゃ教えんと絶対付いて来そうな目だな。
 しょうがねぇ、付いてこられるよりましだ。

 「嬢ちゃん、俺たち兄弟が昔、封印されていたのは知ってるよな」
 「ええ、それに封印から出た時期は違うって聞きました」
 「そうだ。俺たちは妖力ちからが強いほど強固に封印されていた。つまり、後から出てきたヤツほど腕っぷしが強いってことさ」
 「すると蒼明そうめいさんが一番で紫君しーくんが二番目ということですよね」
 「そうだ。だけどよ、外からの力で封印が弱まっちまった場合は出てくるのが妖力ちからの順番通りというわけにはならねぇ。橙依とーい君だって戦争がなきゃ、もうちっと封印の中に居ただろうよ」

 ”外からの力”、その言葉を聞いて、嬢ちゃんは後ろの崩れた岩壁を交互に見る。
 
 「すると、つまり、ひょっとして、今、『酒処 七王子』を襲っている相手はここに封印されていて、何者かに封印を壊された……、まさか!?」

 もし、俺に表情から心を読む能力ちからがあったなら、嬢ちゃんの顔からこう読むだろう。
 『まさか、でも、それしかありえない』ってな。

 「緑乱りょくらんおじさん! それってもしかして!?」
 「ああ、嬢ちゃんの予想の通りだ。ここに封印されていたのは、兄弟の中で最強の、その強さは俺っちが一番よく知ってる男……」

 俺はそう言うと、まだ見ぬ、よく知った顔を脳裏に浮かべて言葉を続ける。

 「この2周目の歴史のだ」

◇◇◇◇

 ガタンガタンと電車に揺られ、あたしは東京へ向かう。
 あの後、あたしは緑乱りょくらんおじさんの小脇に抱えられて水戸の駅まで送られて、そこで別れた。
 すごかったな、あの時の緑乱りょくらんおじさん。
 以前、蒼明そうめいさんの背に乗った時よりずっと速かった。
 パンッって音がしたと思ったら、もう駅に到着していたんですもの。
 そういえば夢の中で観た緑乱りょくらんお兄さんも西洋の”あやかし”の大群を八百比丘尼さんとふたりでなぎ倒していったっけ。
 そのもうひとりの緑乱りょくらんさんが相手だったとしたら、本当に無敵鬼畜眼鏡でも、みなさんが束になってもかなわないかもしれない。
 
 …
 ……

 やだ、ちょっと不安になってきちゃった。
 そうだ! 酒呑さんたちに助太刀を頼もう!
 そうよ、あたしは『酒処 七王子』に近づかないって約束したけど、味方を呼ばないとは言ってない!
 そうと決まれば茨木さんにピピッと。

 ピロロロ……、ピロロロ…、ピロロロ……、出ない。

 んもう! こんな時に茨木さんったら。
 
 ピリリピロピロ

 あ、かかってきた。
 きっと茨木さんが折り返してくれたのね。
 あれ? 非通知設定……、誰かな。
 酒呑さんか四天王の誰かが新しくスマホを契約したのかな。

 ピッ
 
 「はい、珠子です」
 『ああ、よかった! つながりました! 珠子様でいらしゃいますか!?』
 「はい、珠子ですよ」

 電話から聞こえてきたのは女性の声。
 うーん、どこかで聞き覚えがある声だけど、誰だったかな?
 のかしら。

 『おねがいです。助けて下さいませ。酒呑様を助けて下さいませ』
 「いったい何が起きているのです!?」

 声の様子から、ただ事でないことを感じ、あたしはスマホに耳を傾ける。

 『大江山を鬼たちが包囲しているのでございます!』
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