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第十一章 探求する物語とハッピーエンド

彼岸様とすかんぽ(その2) ※全4部

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◇◇◇◇

 あたしはお腹がいっぱいになっちゃったけど、やっぱり男の子たちの食欲はスゴイ。
 テーブルの上には追加の山菜料理を並べておいたけど、この分じゃ満腹まで足りるかしら。
 そんな事を思いながら、あたしを保存用の山菜の処理を始めた。
 一部は冷蔵、一部は塩漬けや醤油漬け。
 特に行者ニンニクの醤油漬けは、本体だけでなく漬け込んだ醤油もニンニク醤油として色々な調理に利用出来るのだ。
 ふふふ、おまえの骨の随、いや茎の随までしゃぶり尽くしてやるわー! ぐへへ。

 「まーた何か嬢ちゃんがいやらしいことを考えてるぜ」
 「いつものことです。むしろこれが自然。明日の天気も快晴でしょう」クイッ

 あたしの表情を見て緑乱りょくらんおじさんと気象予報士鬼畜眼鏡が思い思いのことを言うけど気にしなーい。
 だって、あたしの真意は橙依とーい君が心を読んで知っているんですもの。
 うんうん、理解者がいるって便利よね。
 あれ? どうしたのかな? 橙依とーい君ったら何か考え事をしているみたいだけど。

 「……ねえ、珠子姉さん」
 「なに? 橙依とーい君」
 「”すかんぽ”って山菜知ってる? え物とかにするやつ」
 「”すかんぽ”ってあれか。世話になった婆さんがよく作っていたやつかい」
 「……そうそれ」

 すかんぽ? ああ、ね。

 「知ってるわよ。それが食べたいの?」
 「……うん」
 「わかった。10分待ってね。ちょっと採ってくるから」

 ”すかんぽ”は家の前にも生えてたはず。
 あたしは戸を開け”すかんぽ”を採りに表に出る。
 あった! すかんぽ!
 緑のその茎をポキンと折り、あたしは室内に戻る。

 「……あっ、それ」
 「そうよ。帰りに道すがらに食べた虎杖イタドリ。”すかんぽ”は虎杖イタドリの地方名なの」

 酸っぱい穂で”酸かん穂すかんぽ”、それが虎杖イタドリの俗名。
 
 「……そうなの」
 「そうよ。ちょっと待っててね。すぐに下処理して料理しちゃうから。和え物だったわよね。でも、まずは天ぷら~」

 あたしは茎に付いた若芽をプチッと摘み、衣を付けて油の中へ。
 ジュワーと衣の弾ける音が響き、開きかけの若芽は少し丸まった姿で皿へと移される。

 「まずはこちらからどうぞ、虎杖イタドリの、”すかんぽ”の若芽揚げ”です」

 葉や若芽の揚げる時のコツは焦げやすいので短時間で揚げること。
 パリッと衣の中から食材の風味だけが出るようにするのが美味しいのだ。

 バリッ

 「……あ、これ似てるかも。ちょっと酸っぱくって」
 「そうでしょ。じゃ、次はこっちをどうぞ。すかんぽの醤油和しょうゆあえよ」

 次にあたしが出したのは軽く湯がいて酢水にさらし、出汁と醤油で軽く煮しめたもの。
 さっき言ってたお婆さんが作ってくれた”すかんぽ”料理に間違いなしっ!

 「……違う、この味じゃない」

 えっ!? そんなはずは!?
 あたしは虎杖イタドリの醤油和えを食べるとコリッという食感と鰹出汁と醤油の旨味が味わえる。 、 生のパキッという食感と酸味とは違う蕗にも似た味。
 おいしいと思うんだけど……

 「……おいしいけど味は違う。もっと甘酸っぱかった」

 甘酸っぱい!?
 だとすると煮しめないで、半生にして酸味を残す感じかしら。
 味醂みりんを加えて甘味を出してっと。

 「これならどうかしら?」
 「……味は近くなったけど違う」
 「えー!? まだ違うの」

 うーん、一体なっているのかしら。

 「橙依とーい君。味以外の所はどうですか? 見た目の色とか食感とかは」クイッ
 「蒼明そうめいさんナイス! そう、色合いでどれくらいフレッシュさを残すかがわかると思うわ。どうかしら?」
 「……色も食感も違う。色は緑だったり、黄色もあったり、白かったり。食感はシャキッだったり、コリコリだったりヌルッもあった」
 「はい? なにそれ? そんなのあるの?」
 「それは橙依とーい君の記憶違いでしょう。そんな食材があるとは思えません」クイッ
 「そうですね。実は”すかんぽ”の名前を間違えているとか、光の加減で料理の色合いが違って見えたという可能性もありますし……」

 ”すかんぽ”という名前も記憶違いかもしれない。
 
 「違わない! 何度も何度も100回以上食べたばあの料理を僕は忘れたりなんかしない!」

 いつもとは違うハッキリとした橙依とーい君の声に、あたしは少し驚く。

 「……ゴメン。でも、この”すかんぽ”は僕にとって特別なんだ」
 「いいのよ。こっちこそゴメンね。でも困ったな、もう少しヒントがあるといいんだけど……」
 
 ”すかんぽ”の名前も色も食感も合っているとしたら、一体どんな料理なのかしら。

 「梅肉和えじゃねぇかい。婆さんの料理はよ」
 
 コリコリと”すかんぽ”の醤油和えを食べていた緑乱りょくらんおじさんが、何かに気付いたように言う。

 「そうなんですか!?」
 「おう。婆さんの”すかんぽ”料理は俺っちも何度か食べたぜ。橙依とーい君ほどハッキリ憶えてはいねぇが、確か甘酸っぱい味で赤い何かでえてあったぜ」
 「……そうかも」

 それだ!
 あたしは山菜採りの疲労回復用に準備していた梅干しを使って、虎杖イタドリの醤油和えを梅肉和えに変貌へんぼうさせる。

 コリッ、ココリッ

 「ど、どうかな?」
 「……やっぱ違う」

 嗚呼ああ……、天国のおばあさま。
 どうか珠子に知恵をお貸し下さい。
 橙依とーい君の言う”すかんぽ”料理は、きっと彼にとって大切な思い出の味で。
 あたしは彼の力になりたいのです。

◇◇◇◇

 …
 ……

 ぺったん、ぺったん
 
 …
 ……
 
 ぺたぺたこねこね
 
 …
 ……

 こねこねぎゅぎゅ
  
 「天国のおばあさま、……というわけで、珠子はおばあさまへの捧げものを作っている最中なのです」

 あたしまだ米粒の形の残るお餅に赤いダイヤをまぶしながら心でそう思う。

 「こんな夜半まで何をしているのですか?」クイッ

 あたしが台所で作業している所に、夜更かし鬼畜眼鏡が不意に現れて言う。

 「眠れないので、お彼岸用のお菓子を作ってました。蒼明そうめいさんたちもそうですか?」
 「緑乱りょくらん兄さんは酔っ払って寝ています。橙依とーい君も昼間の疲れからか眠っていますよ。私はもう少し調べたいことがありますので起きていますが」クイッ
 
 そっか、橙依とーい君は寝ちゃったか。
 起きてたら、夜食にでも誘おうと思ってたのに。
 
 「眠れないのは、橙依とーい君のせいですか? 貴女に悪意はなくても、彼の大切な思い出を記憶違いなんて言ってしまったから」クイッ
 「違います。いつもの就寝時間になっていないだけです」
 「ふ、そういうことにしておきましょう」クイッ

 そういうことにしておいて下さい。
 おばあさまの教えに『台所の戦士は寝れる時に寝るもんだ』という言葉があってもです。
 あたしはそう言いながらペタペタとこしあんを餅にまとわせ続ける。

 「彼岸用のお菓子と言っていましたね、その”おはぎ”。つまみ食いしてもいいですか?」クイッ
 「いいですよ。でも”おはぎ”じゃなくって、”ぼたもち”です」
 「同じものでしょう? もち米を加えて炊いたご飯を小豆のあんで包んだものですよね」
 「レシピは同じものですけど違うものです。これは”ぼたもち”、はいどーぞ」

 あたしの言葉に蒼明そうめいさんは首をかしげながらも、つまみ食い用のミニ”ぼたもち”を受取る。
 
 「”ぼたもち”と”おはぎ”の違いは作る季節によるものです。牡丹ぼたんの咲く春に作るのが”牡丹餅ぼたもち”。はぎの咲く秋に作るのが”おはぎ”です」

 モムッ

 「へぇ、そうふうものふすか」
 「食べるかしゃべるかどっちかにして下さい」

 ゴクン

 「そうなのですね。少し得心しました」クイッ
 「そうですよ。ま、地方によっては”おはぎ”で統一している所もあります。西日本は”おはぎ”が多いですね。方言みたいなものです」
 「同じものなのに違う呼び名があるだなんて面白いですね。もしかしたら同じ呼び名なのに違うものを指す食べ物もあるかもしれませんね」
 「あー、ありますね。”ぜんざい”は関東では冷たい白玉にこしあんを沿えたスイーツですが、関西では温かい粒あんの汁に餅を入れた汁物で……」

 同じ呼び名で違う食べ物!?
 橙依とーい君が食べた”すかんぽ”料理は色々な食彩や食感のバリエーションがあって、梅肉和えに似ていた!?

 「どうかしました? いや、貴女どうかしているのは通常運転ですが」ササッ

 動きを止めたあたしの異変に気付いた不躾ぶしつけ鬼畜眼鏡があたしの目の前で手を振る。
 でも、そんなことを気にしている場合じゃない!
 そう! 同じ名前で違う食べ物!
 確かあれもそう!
 ああ、でももう季節が少し過ぎているかも……、でも山の方なら!

 「蒼明そうめいさん! ここは貴方に任せて先に行きます! ラップだけでいいので!」

 あたしはエプロンをバッと脱ぎ捨て、まだ半分残っているお餅と餡を指差す。

 「ちょっと、どうしたのです!? そんな死亡フラグのような事を言って、どこへ行くと!?」

 蒼明そうめいさんのその言葉を背に受けながら、

 「ちょっと山の様子を見にいってきまーーーす!!」
 
 そんな死亡フラグのようなことを言いながら、あたしは月の輝く山里へと飛び出した。
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