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第十一章 探求する物語とハッピーエンド

彼岸様とすかんぽ(その1) ※全4部

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 天国のおばあさま、おばあさまは先に戻られましたでしょうか。
 それとも、あたしが家でお出迎えの準備を終えてからいらっしゃいますでしょうか。
 春一番が吹きや九州の桜の開花のニュースが流れ、季節はめぐり、春の足音が聞こえます。
 風は暖かく、水はぬるみ、寂しかった冬の木々からは春の芽吹、大地からは新しい命の息吹が生まれています。
 それを……容赦なくへし折る! 折る! 折る! ペキッ! ペキッ! ペキッ!
 摘む! 摘む! 摘む! プチッ! ブチッ! ブチッ!
 フハハハハ、出る杭が打たれるように、出た芽はもがれるのだ! フハハハハ!
 おおっと、こう見えてもあたしには慈悲の心がある。
 一部は残しておいてやろう! また来年搾取するためにな!
 そうして未来永劫、あたしたちのかてとなるがいい!
 フハハハハ!

 「……珠子姉さん。なに考えてるの?」
 「いやちょっと、あまりに簡単に採れるものだから、つい捕食者の本能が目覚めてしまって」
 
 お彼岸で里帰り中のおばあさま、お久しぶりです。
 珠子はおばあさまと暮らした実家に山菜採りに来ています。

◇◇◇◇

 んっふっふっ~。
 あたしは鼻歌を歌いながら山菜でいっぱいになったザルを抱えて山を下りる。
 ふきの新葉にカラスノエンドウの若葉でしょ。
 コゴミにコシアブラにタラの芽!
 香味にはセリにミツバに行者ぎょうじゃニンニクの若葉たち。
 あとはボリューム系!
 ノビルは根絶やしにしてやる~! くらいの勢いで根っ子ごとズボッ。
 ノビルは鱗茎りんけいだけじゃなく、若葉も食べられるの。
 ウドは何本も生えている所から1本だけ根っ子から切り取る。
 こうすれば来年もまた収穫できるの。
 あっ、虎杖イタドリめーっけ!
 ちょっと疲れたからこれを食べて休みましょ。
 あたしは小さい三角の葉を開きつつある虎杖イタドリの茎をポキッと折る。
 
 「……珠子姉さん、それ、食べれるの? 生だよ」
 「食べられるわよ。こうやって茎の皮をいてガジガジ食べるの。これ橙依とーい君の分ね」
 「……食べるとは言ってないんだけど」

 口ではそう言いながらも体は正直なようで、橙依とーい君はあたしの手から薄緑の茎を受け取る。
 
 「……心で変な言い方しないで」
 
 へへーん、そう言われましても、橙依とーい君が自分の意志であたしの心を読んでいるですもの。
 恥ずかしい思いをしているあたしからのお返しみたいなものです。

 「……全然恥ずかしがってないくせに」

 そう呟きながら橙依とーい君は虎杖イタドリをシャクッと食べる。
 続けてあたしもシャクッ。

 「酸っぱ。でもおいしいかも」

 虎杖イタドリの茎から溢れたのは酸味のある汁。
 多少苦みがあるけど、その味は爽やかで体力回復に役立ちそうな味がする。

 「この酸味はシュウ酸の酸味よ。昔の子供はこれをおやつ代わりに食べて遊んでたの」
 「……そうなの。僕は初めてだけど」

 シュウ酸は食べ過ぎるとお腹を壊すので虎杖イタドリはひとり一本というローカルルールもあったりする。
 都会っ子は知らないだろうけど、昭和の子供の間では常識なのだ。
 あたしと橙依とーい君は緑の茎パイプをくわえながら林道を進む。
 やがて懐かしいおばあさまの実家が見えてきた。
 
 「おっ、帰ってきたな橙依とーい君に嬢ちゃんよ。大漁みたいじゃないか」
 「遅かったですね。こっちはもう終わってますよ」クイッ

 家で待っていたのは緑乱りょくらんおじさんと三角巾さんかくきん鬼畜眼鏡。
 あたしたちが山菜採りに行っている間に家の掃除をお願いしたのだ。
 本当は春のお彼岸にあたしひとりで実家の掃除に行く予定だったんだけど。
 なぜか電車で橙依とーい君が『……となり、いい?』と同行。
 駅で降りたら緑乱りょくらんおじさんが『おう、遅かったな。俺っちはもう始めてるぜ』とワンカップを片手に合流。
 そして、誰もいないはずの実家に着いたら……、
 『待ちくたびれました。暇なので庭の雑草取りは終えておきました』クイッ
 と丁重ていちょう鬼畜眼鏡のおもてなしが待っていた。
 という成り行きで、実家の手入れが大幅に早まったので『じゃあ、山梨の季節の山菜をご馳走します』とあたしが提案したの。
 家の掃除組と山菜採り組に分かれて、互いのミッションは完了。
 ちなみに、あたしが山菜組に入ったのは、あたしじゃないと山菜の見分けがつかないから。

 「かなりの量ですね。『酒処 七王子』で出す分も含まれているのですか」クイッ

 カゴに盛られた山菜は山盛り。
 4名でこれを食べるには多すぎるように見えなくもない。

 「ふせいかーい! ひっひひ、蒼明そうめいさんは山菜の美味力ちからを見くびってますね」
 「どういうことです? この量ですと、たとえ茹でてカサが減ったとしても過多かただと思いますよ」クイッ

 ”私の目算は間違ってません”といった風に蒼明そうめいさんは眼鏡を上げる。

 「すぐにわかりますよ。これから春の山菜をしこたま楽しめば」

 あたしのその物言いを蒼明そうめいさんは『なら味わわせてもらいましょう』と挑戦的に受けた。

◇◇◇◇

 シャクッ、シャクッ、シャククゥ
 モムッ、ムムッ、モッムムッ
 パリッ、パパリッ、パパパリッ

 あたしの準備した山菜料理の前に言葉はいらない。
 ただ音だけが夜の静寂しじまに響き渡る。
 それくらいの勢いでみなさんは食を進めている。

 「なるほど得心しました。私は考えを改めなくてはならないようですね」
 「お前さんは考えが固いねぇ。こういう時は、うめぇ! おかわりっ! って言えばいいのさ」
 「……うめぇ、おかわり」
 「はいはい、まだまだありますから。緑乱りょくらんおじさんは天ぷら、橙依とーい君はおひたしですね」
 「私はウドのサラダをお願いします」クイッ
 
 皿を受け取り、あたしは鍋の中からフキとカラスノエンドウとコゴミのおひたしを、酢水の中からウドを取り出す。
 おひたしには薬味のミツバを乗せて、ウドには山梨名物の甲州味噌を添えてふたりへ。
 
 「俺っちはかき揚げでたのまぁ」
 「はーい、行者ニンニクは加えますか?」
 「おう、多めでな」

 緑乱りょくらんおじさんは山菜個別の天ぷらを楽しんだから、次はミックスのかき揚げを食べたいみたい。
 山菜の王様”タラの芽”に”コシアブラ”と”ウドの若葉”も加えちゃえ!
 最後に行者ニンニクの葉を入れて、溶いた天ぷら粉を潜らせれば、かき揚げの種のかんせーい!
 ボリュームたっぷり! その名も”山菜の大宮殿”! 
 具体的には厚さが5cm近くある。
 これを上手に揚げるのは至難だけど、あたしには秘策がある。
 ジャーン! 二度揚げー!
 低温の油でじっくり熱を通したら、今度は高温の油で揚げる方法を取れば、中までホクホク、外はカラッと揚がるのだ。
 ああ、頭の中で味を想像するだけで心のよだれが出そう。
 うんうん、卓上コンロをふたつ用意した甲斐があったわ、甲斐だけに。

 「……珠子姉さん、最近職場環境に毒されてない? あと僕もそれ欲しい」
 
 あたしの心を読んだのか、橙依とーい君がチラリとこっちを見る。
 
 「ははは、鳥居様とか瀬戸大将さんに影響されているかも。はーい、かき揚げ追加っ!」

 ジジジ、ジューとかき揚げが奏でる音の変化で揚げ時を見極め、いや聞極ききわめ、珠子特製の”山菜の大宮殿”は皿という庭に降り立つ。
 
 「それも美味しそうですね」
 「蒼明そうめいさんも食べますか?」
 「いえ、今は遠慮しておきましょう。私はこのフレッシュなウドが気に入りましたから」シャクッ

 蒼明そうめいさんが食べているのはウドのスティックサラダ。
 皮を剥いて食べやすいスティック状にカットした後、軽く酢水にさらしただけのもの。
 そのままでも美味しいし、甲州味噌を付けて食べても美味しい。

 「店で売っているのと味が違うのですね。これは」シャククッ
 「お店のは光を当てない栽培品が多いですから。太陽の光を浴びて育ったウドは一味違いますよ」シャクッ

 あたしも作ってばかりなのは寂しいのでウドのスティックサラダを口にする。
 少し山というか土のようなほろ苦さがあるけど、さっぱりとした香気が口にあふれ、シャキシャキした食感が心地いい。
 二本目は甲州味噌を付けてシャキッ。
 甲州味噌は珍しい米麹こめこうじ麦麹むぎこうじのミックス味噌。
 辛さと甘さのふたつの味が同時に感じられるの。
 爽やかなウドとの相性バッチリ! うひょー、さいこー!
 さて次は……、やっぱり天ぷらよね。
 ウドのスティックサラダの前菜の後はやっぱりメインの”山菜の大宮殿”。
 このかき揚げは大口を開けないと入らないくらいの大ボリューム。
 いっただっきーまーす! ああああーん!

 バリッ、バリッ、ホロッ

 衣のバリバリを城壁を抜けると、中では山菜の柔らかさとほろ苦さがダンスパーティ。
 だけど、それはオイルのステップにのって中和され、苦さだけを残さない。
 むしろが幾人ものダンスの中で春の風味だけがスポットライトを浴びる。
 スポットライトは”タラの芽”に”コシアブラ”と”ウドの若葉”を行き来して、大宮殿は晩餐会ばんさんかい状態。

 「……このかき揚げとっても美味しい。色んな味が楽しめる」
 
 橙依とーい君はこのかき揚げが気に入ったようで、ひとつ、またひとつと食べ進めている。
 あたしもそうしたい気もあるけど、揚げ物ばかりだと少し胃にもたれるのも知ってるの。
 だから次はこれ!
 あたしは茎の部分は葱のようで、根の部分にビー玉くらいの真っ白な鱗茎りんけいを持つ山菜をテーブルの上に出す。

 「嬢ちゃん、それはノビルかい?」
 「ええ、生のままのノビルと軽く湯通ししたノビルです。揚げ物の次はこちらがオススメです。こちらも甲州味噌でどうぞ」
 
 あたしはノビルの載った皿を差し出しながら、生の方をシャクッ。
 口の中に玉ねぎのようなピリッとした辛さの汁が広がり、それを甲州味噌の甘味の部分がいやしていく。
 天ぷらの油でギトギト感の残る口にこの辛さが心地よい。
 少し湯通ししたノビルはネギのぬめりにもにた食感があり、ノビルが野性のネギであることを再認識させてくれる。

 「こいつはうんめぇな。ノビルの刺激と味噌の旨味のミックス具合がよ。こいつだけで酒がいくらでも飲めそうだ」

 そう言いながら緑乱りょくらんおじさんは日本酒をグビリ。
 何もなくておじさんはいつもも飲んだくれでしょ、と言いたくなったけど、今は止めときましょ。
 だって、あんなに美味しそうに食べてくれているんですもの。
 美味しそうに食べている姿は好き。
 そういう意味ではいつも大人しい橙依とーい君や鉄面皮てつめんぴ鬼畜眼鏡とは違う魅力よね。

 ガッガッ

 「うーん、このかき揚げとってもうんまい。こいつだけでご飯が何杯もいけちゃう。うまうま」

 あれ? 橙依とーい君が急に食べる勢いを増したけど、そんなにかき揚げが気に入ったのかしら。 
 だったら、もう少しサービスっと。
 
 「はい、橙依とーい君。あたしの分のかき揚げも分けてあげるわ」
 
 あたしは特大の山菜のかき揚げを橙依とーい君の皿へ。
 
 「………」
 「どうかした? かき揚げ気に入ったんでしょ?」
 「……だめだこの人……、早く何とかしないと」

 橙依とーい君はちょっと変な事を言った。
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