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第十章 躍進する物語とハッピーエンド

亀姫とチュクチュク(その2) ※全5部

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◇◇◇◇

 コポポポポ

 コンクリートジャングルと呼ばれ水道が整備されて久しい東京であっても、旧来前とした湧き水はある。
 ここ、旧甲州街道の蛇滝口じゃたきぐちの湧水もそのひとつ。
 昔懐かしい開放された屋根付きの水汲み場で、誰でもこの水を汲むことが出来る。
 
 「んふふ。これで明日の水道代も浮いたわ。元々払ってないけど」

 なーんて、あたしの共感を呼ぶ台詞を言いながら、亀姫様はウキウキの笑顔でポリタンクに水を注いでいる。
 
 「手伝います」
 「助かりますわ」

 あたしはポリタンクを持ち上げリアカーに載せる。
 そして重くなったリアカーをふたりでキコキコと引き始めた。
  
 「亀姫様はこうやって節約してお金を貯めているんですね」
 「その通りでございます。城を失い下野げやして200年余。最初の100年は知り合いの所を転々としていましたけど、人間は予算がどうたらでちっとも城を再建しようとしませんでした。だったら”自分で金を出して再建してやる”って一念発起いちねんほっきした次第でございます」

 そう言って亀姫様は遠い目で北の方角を見る。
 あたしも、あたしの城というか料亭を手に入れるためにお金を貯めている。
 なんだか、あたしと亀姫様って境遇が似ていて親近感を覚えちゃう。

 「大変苦労があったのですね」
 「ええ、下々と同じように働いて、ある程度の蓄えが出来たと思ったら戦争でパァになったりもしましたの」

 おおう……。

 「その後、戦後復興と高度経済成長期に乗って、城の建設の頭金くらいのお金は貯めたのですが……」

 城の建設費は100億円くらいって聞いたことがある。
 頭金だとすると数億円かしら。
 すごいなー、でも……、ですが?

 「人間たちがバブルと呼んだ時代に『そのお金を一気に増やしましょう絶対儲かります!』という話を聞いてゴルフ会員権を買ったのですが……、バブル崩壊とやらで今では二束三文になってしまいましたの」

 頬に手を当てながら亀姫様は軽く溜息を吐く。

 「そ、そうですか。大変だったのですね」
 「その次は『今は株の時代です。個人でも手軽に口座が作れて買えます! これで六本木ヒルズに住めるくらいに増やしましょう』って誘いを受けて”生きている扉リビングドア”とか”万能の天才ダヴィンチ”などの株を買ったのですが……」
 
 あっ(察し)。

 「どれも不祥事などで株が紙クズになったり、亜米利加アメリカの事情で大幅に値下がりしてしまってしまいましたの。サラリーマンショックだったかしら」
 「リーマンショックではないかと」
 「そう、それですわ。ふふふ、私って少し不幸なのかしら」

 ひょっとして、亀姫様って……。

 「それで、やっぱり地道に働くのが一番って思いまして、借金をして今のカフェカーの経営を始めたのですわ。身分証のない私にでもお金を貸してくれる良い人がいらっしゃいましたの」

 やっぱり! よくない大人に騙されている!
 これって、相当よくないコースだわ!

 「亀姫様! その借金ってどうなっているんですか!? というか、あのカフェカーの経営状況は?」
 「ご心配なさらないで珠子様。カフェカーの経営は黒字ですし、借金もほとんど……」
 
 ピリリリリリ

 亀姫様がそう言った時、彼女のスマホが音を立てた。

 「あっ!? ちょっと失礼します」

 彼女の携帯が鳴り、亀姫様が少し慌てて電話に出る。

 「あっ、はい、利息分だけは何とか、今週末には……、えっ!? もう待てない!? そんな利息分だけでいいって……」

 傍から聞いているだけでもわかる。
 あれは金融業の人からの電話。
 借金もほとんどって言ってたけど、今までの話から相手はきっと亀姫様を食いものにしようとしている人間。
 ”猪苗代城を再建したい”という亀姫様の純粋な夢に付け入るなんて許せない!
 
 「ちょっと代わって下さい!」
 「えっ、あっ」

 あたしは奪うようにスマホを手に取る。

 「なに考えてんです! こんな時間に迷惑ですよ!」
 『は!? 誰だてめぇ』
 「彼女の友人です!」
 『友人だかなんだか知らねぇが、こっちは大事な金の話をしてんだ。いいから代われ!』
 「代わりません! 隣で聞いてたけど、利息がどうとかこうとか。どうせ違法な金利で金貸しやってんでしょ!」
 『うっせえ! いいか、こっちは法定金利ギリギリで金を貸してやってんだ! いいか合法! ご、う、ほ、う! わかる!? わからないならバカはすっこんでろ! それともお前が肩代わりするってのか!?』
 「うっ、それは……」

 借金の肩代わりというキーワードにあたしの声が詰まる。
 
 『金を持ってないやつはすっこんでろ! いいか、来週末までだからな! そう女に伝えておけ、ゆーじんちゃんよ、ギャハハッ!』

 プッ

 そう下品なわらいい声を残して、電話は切れた。

 「すみません、あたしでは肩代わりするという覚悟が出てこなくって……」
 「よいのです珠子様。借金は借金ですし、合法という話ですから。人間の社会にお世話になっている以上、ルールは守らなくてはなりません」

 視線を伏せるあたしから、亀姫様は優しくスマホを受け取る。
 
 「でも、どうして借金の督促が? さっきカフェカーの経営は順調で、借金もほとんど返したみたいな事を言っていましたよね」
 「はい、あのお店を立ち上げる時の借金は半年ほど前に利息も含めて返しました」
 「え? だったら、今の話は?」
 「それが珠子様に相談したいことでございます。あ、着きました。ここが私の今の棲み処です」

 あたしたちが辿り着いたのはコンテナが重なった敷地。
 所謂いわゆるトランクルーム、貸し倉庫だ。
 そのひとつの扉の鍵を開け、亀姫様は扉をギギギを開く。

 「借金が無くなった時、ひとりの人間が私の所にやって来ました。”丸もうけ証券”の営業員の方で『絶対にもうかる金融商品があります』という話を持ってきたのです」
 「えっ、それって……」

 嫌な予感がする。
 一度でも借金をした人は二度借金をする。
 二度あることは三度ある。
 そんな言葉があたしの頭に浮かんだ。
 
 「か、亀姫様、まさか再び借金をして、その金融商品を……」
 「はい、珠子様のご明察の通りです」
 「それって絶対やっちゃいけないってやつですよー!!」

 『いいかい珠子。旨い話には裏があるんだよ。悪い大人に騙されないよう気をつけるんだよ』

 この言葉は、おばあさまが幼いあたしに口を酸っぱくして何度も言い聞かせた言葉。

 「でも、あの営業員の方はちゃんと説明してくれましたよ。『最悪の事態になっても”現引き”になるだけ』だと。私もまあそれならと商品を購入したのですが……」

 ”現引き”という用語をあたしは知っている。
 金融商品は株価や物価の上下を予想し、決済の時にそれが当たれば利益が出る、外れれば損失が出る。
 だけど、損失が出た時、お金を失う方法以外で決済が出来る商品もあるのだ。
 ”現引き”という物品を受け取る形で。
 天国のおばあさま、すっごい嫌な予感がします!!

 「か、亀姫様。亀姫様が買った金融商品というのは、もしかして”先物取引”では……」

 あたしの台詞と同じくして、亀姫様が電気スイッチを入れ、コンテナの中に光が灯る。
 そこには、あたしの嫌な予感が現実となって現れた。

 「はい、”米の先物取引”でございます」
 
 コンテナの中は天井まで米袋で埋め尽くされていた。

◇◇◇◇

 あたしが”先物取引”を知ったのは蒼明そうめいさんが読んでいた経済雑誌から。
 その中では先物取引に失敗して、手に入ってしまった大豆の海で反省する男のエピソードが語られていた。
 あの時は業界与太話だと思ったけど、本当だったみたい。

 「ち、ちなみに亀姫様。これってどれくらいあるのですか? 1トン、いや3トンくらいでしょうか?」
 「それが聞いて下さいな。なんと200俵もあるのでございますわ」
 「えっと、1俵が約60kgだから200俵で……12トン!?」

 茶色い米袋で埋め尽くされたコンテナを見ながら、あたしは驚愕の声を上げる。

 「それで、やはり、ご相談というのは……これですよね?」
 「はいっ!」

 うわぁ、いい笑顔。

 「借金まで背負ってしまいましたが、これだけのお米が手に入ったんですもの。私はきっと幸運ですわ。お米はお金みたいなものですし」
 「江戸時代ならそうだったんですけどね。現代だと売りさばけるアテがないと、ただのお荷物です」

 世間知らずの姫様に先物取引を勧めるなんて、なんてひどい営業員なのかしら。

 「珠子様。これを『酒処 七王子』で引き取って下さいませんかしら? 大繁盛しているって聞きましてよ」
 「そうは言っても、ウチじゃ1日100食、10kgくらいが限界ですから……。12トンの米は12万食分ですからね。単純に1日100食出たとしても、1200日かかります。それでは米の鮮度がちません」
 「でしたら……やはり売りさばくしかありませんね」
 
 幸いなのは、この詰まれているお米は今年の新米で、玄米の状態であるってこと。
 精米機なら『酒処 七王子』にあるし、玄米のままなら1年くらいは保存していても味の劣化は少ない。
 だけど、この量は……。

 「お願いします! 何とかこのお米を売りさばく策を授けて頂けないでしょうか。利益が出ましたら、その半分をお支払いしますから! あと、私に出来ることなら何でも致します!」

 そう言って亀姫様は頭を下げる。
 普通の礼じゃない、いわゆる土下座。
 その所作からは、これまで何度も頭を下げ続けた彼女の苦労の歴史が感じられた。
 まいっちゃったな、そこまでされちゃうと、再び城を再建するという夢を応援したくなる。
 あたしも、あたしの本当に欲しい城のためにお金を貯めているから。
 でも、それはちょっと恥ずかしいから。
 少し茶化す感じにしちゃいましょ。

 「そいつを先に言って下さいよ! さすがは亀姫様ですね。私の二つ名をご存知のようです!」
 「ええ! 珠子様の高名は知れ渡っていますわ! 妖怪王候補黄貴こうき様の食の部下! 『金の亡者』こと珠子様! 金と料理が絡むなら、ふたつ返事で台詞はイエス! と」

 なんだかあたしの噂がスゴイことになってる!
 だけど、その噂に乗ってやろうじゃない!

 「イエス! あたしが”金の亡者”こと珠子ですっ!」

 言葉で決心するとやる気が出て来た。
 天国のおばあさま、珠子は今日、人生最大の敵と戦う決心をしました!
 でもない敵です!
 
◇◇◇◇

 「ちょっと、まちなさーい!」
 
 あたしが決意を胸に決め、亀姫さんの手を握ってその上体を起こした時、聞き覚えのある声がコンテナの扉を開けて飛び込んで来た。

 「コタマちゃん!? どうしてここに?」
 「お知り合いなのですか?」
 「ええ『酒処 七王子』に何度か訪れている”あやをかし学園”の生徒さんです」

 あたしのその声にコタマちゃんは狐の耳と日本の尻尾をピンと立てて応える。

 「わたしはコタマ! 幼面短髪無二狐ようめんたんぱつむにのきつねのコタマよ! 気になったからから珠子の後を付けていたの! 面白そうな話じゃない!」

 コンテナの奥まで高く積まれた米袋の山を見上げながら、コタマちゃんは言う。

 「面白いって、亀姫様は本当に悩まれているんですよ」
 「そんなのわたしは興味ないわ。興味あるのは貴女がこの米の山をどうするかだけ。で、どうするつもりなの?」

 コタマちゃんはあたし小悪魔的な笑いを浮かべ、あたしに向かって挑戦的に言う
 
 「決まってます! ちゃんと調理して売りさばきます! あたしがこの米の山を亀姫様のキッチンカーで販売できるお弁当に仕立て上げますっ! 目標1日400食!」

 おぼろげながらも見えてきた。
 この米の山を1年以内に売りさばく方法が。
 12万食を1年で売りさばくなら、1日400食は必要。
 だけど、それは飲食店では大規模ファミレスチェーンでもない限り無理な数字。
 だとすると、キッチンカーの弁当販売でこなすしかない。

 「いい返事ね! だったら勝負よ! この米を使ったお弁当を作って、どっちが多く売りさばけるか! じゃ、これはもらっていくから」

 コタマちゃんはそう言うとトントンッと奥に進み、米袋をヒョイとかついで去っていった。
 その自然で強引な行動にあたしたちはしばし呆気あっけにとられる

 「あ、嵐のような方ですね、珠子様。よろしいのですか? 一方的に勝負する方向になってしまいましたが」
 「い、いいと思うますよ。彼女は悪い子じゃありませんから。それに……」
 「それに?」
 「こっちの方が盛り上がって売れると思いません。御前試合ならぬ御前御膳ごぜんごぜんみたいで」

 あたしの台詞に亀姫様は『まあ、それは愉快でございますね』とフフフと笑った。

◇◇◇◇
 
 コトッ、コトコトッ

 あたしたちの手の中でお椀が揺れる。

 「ひさしぶりでございますわ。この”ことこと飯”」
 「あ、やっぱりご存知でしたか」

 亀姫様とあたしが作っているのはお椀の中にご飯を入れ、フタをして揺らしてつくる”ことこと飯”。
 この方法だと短時間でまあるいおにぎりがいっぱい作れるの。
 元は戦国時代に男たちが急に戦に行くことになった時、女房衆が吶喊とっかんでおにぎりを大量に作ったのが発祥だけど、諸説あるのよね。
 でも、流石は亀姫様。
 鎌倉から戦国まで、戦の前線基地として活躍した猪苗代城にんでいただけあって、その手付きは巧み。
 姫だけど、たわむれに人間の真似をしたことがあるのかしら。

 「まんまるおにぎりの山ですわ。たったあれだけの時間なのに」
 「亀姫様のでもない量のお米を売りさばくミッションには、お弁当を毎日提供する体制作りが必須ですからね。調理は出来るだけ短時間で簡単に、そして使用する他の食材も少ないのが望ましいのです。経済的にも」

 出来上がった”ことこと飯”に仕上げのココナッツフレークをまぶしながら、あたしは亀姫様に説明する。

 「流石は叡智で名高い珠子様ですわ。なるほど、簡単に作れて、しかも毎日作っても負担にならないのが肝要なのですね」
 「そうです、はいっ出来上がり―! あとは詰めるだけです」

 あたしはトントンとプラスチックの容器に丸いおにぎりを入れる。
 
 「ここ『酒処 七王子』には精米機もありますし、余剰の炊飯器もあります。ここの設備をお貸ししますから、毎日ここで仕込むといいですよ」
 「何から何まで至れり尽くせりで感謝でございますわ。これなら毎日1000食でも作れそうです」
 「ひとりで1000食はちょっと厳しいですかね。まずは200食を目指しましょう。売れ行きが好調でしたら500食に増やせれば万々歳です。500食売れたら、あの12トンの米が1年ちょっとでさばけますよ」

 12トンの米は約12万食分。
 500食出れば240日でさばける計算。
 1年の平日は約200日だから、1年ちょっとでさばける計算。
 ま、取らぬ狸のなんとやらだけど。
 
 「でも、そんなに売れますでしょうか? 私のキッチンカーの近くにはお弁当の移動販売も多数ございます。」
 「うーん、そこはあたしを信じて下さいとしか言えませんね」
 「あ、私に先物取引の営業をかけて来た人間の方もそう言いましたわ」

 おおう……、ロクでもない金融商品を売りつけるセールスマンの常套句じょうとうく
 
 「あ、あたしは違いますよ」
 「ふふふ、どうかしら」

 あ、ちょっと意地悪そうな笑み。
 これが正調姫ムーブってやつかしら。

 「では証拠を。おひとつ、いやおふたつどうぞ」

 あたしはヒョイパクとおにぎりを自分の口に放り込みつつ、亀姫様にもおにぎりを差し出す。

 「ふふ、つまみぐいのご相伴にあずかりますわ」

 あたしが差し出したピンポン玉ほどのおにぎりを亀姫様は上品に三本の指でつまんで口に運ぶ。

 モムッ

 「あっ、これおいしいですわ! 最初はこのココナッツフレークの甘さが感じられて、お米と相性ばっちり!」
 「それはマーシャル諸島で主食として食べられている”チュクチュク”という料理です。おにぎりにココナッツフレークをまぶしただけの単純なものですけど、飽きがこない味が魅力です」

 世界中でお米が主食として愛されているのは、それだけでも美味しいのに、ちょっとしたフレーバーを加えるとで味がもっと高まること。
 しかも毎日食べても飽きがこない。
 日本では米に塩少々が定番だけど、ココヤシの産地、マーシャル諸島ではココナッツフレークをまぶして食べるのだ。
 国の中から感じるほんのりとした甘さを堪能しながら、あたしは説明する。

 「へぇ、異国ではお米をこんな風にして食べますのね」
 「はい、もうひとつも南国の料理、マレーシアの”ナシ・レマ”です」

 純白だった”チュクチュク”とは違い、あたしが指さした”ナシ・レマ”はうっすらと象牙色が付いている。
 
 「ふふ、こちらもおいしいのでしょうか」

 にっこりと期待の笑みを浮かべ、亀姫様は”ナシ・レマ”のおにぎりを口にする。

 「あまいです! でも、甘いのにスッキリとしてクリーミー!」
 「そのお言葉の通りです。マレーシア語でナシは”ご飯”を、レマは”リッチでクリーミー”という意味があります。秘密はご飯を炊く時にココナッツミルクとジンジャーとレモングラスを加えている所ですね。これで甘みがあるのにスッキリとした味わいになるのです」

 モムッ、モムッ

 「おいしいわ。おいしいわ。昔食べたどんな豪勢な膳よりこの”ことこと飯”が」

 あたしの説明を聞きながら、亀姫様はおひとつ、おふたつ、おみっつ、そしてよっつと食べ進める。
 
 「どうです? 少しは信じて頂けましたか?」
 「ええ、こんなに美味でございますなんて、珠子様の腕は噂以上でしたわ」
 「いやぁ、それほどでも。でもさらに。こちらもどうぞ」

 あたしはそう言うと、魔法瓶から黒い液体をコポポとカップに注いで亀姫様に差し出す。
 
 「これはエスプレッソですわね。私のキッチンカーで出している」
 
 コクッ

 両の手で茶器でも持つような所作で、亀姫様はエスプレッソをコクリと飲む。

 「あ、この甘さとほろ苦さ……、先ほどの”チュクチュク”と”ナシ・レマ”の味と相性バッチリ! もっと食べたくなってしまいます!」
 「どうぞ、ここには食べ切れないくらいありますから」
 
 最終的には12万食売るんだもの、彼女の胃袋くらいは掴まなくっちゃね。
 オフィスビル街の人たちの胃袋もつかめないわ。

 「おいしいです! おいしいです! ズッ。 甘くって酸味があって、ほろ苦くって、ズズッ、お米の味が懐かしくも新しくって!」

 称賛の声を上げながらも亀姫様はパクパクパクと食を進め、10食に到達した所でその指はやっと止まった。

 「もう大満足でございます! これなら大繁盛間違いなしですわ! 珠子様の勝利以外、考えられませんわ!」
 「そうですね。勝てるといいんですけど」

 コタマちゃんがあたしに投げかけた挑戦状。

 ”このお米を使った料理で、より多くのお弁当を売りさばいた方が勝ち”
 
 あの倉庫で、なしくずし的にあたしは勝負を受けた。
 でも、実の所、勝敗はどうでもいい。
 品数を増やしてお弁当が売れればそれでいいのだ。

 「これより美味しい料理があるのでございますか?」
 「ありますよ、いくらでも。でも、亀姫様の目的は12トンのお米を売り切ることですからね。1年間、飽きられず、さほど調理に手間がかからず作れる料理じゃなきゃ意味がないのです」

 亀姫様の住居兼倉庫には大量の米がある。
 言い換えると
 だから、作るべきお弁当はお米と少しの食材で形になって、そして人目をく物でないといけない。
 チュクチュクはお米を炊いて丸いおにぎりの形にしたらココナッツフレークをまぶすだけ。
 ナシ・レマもココナッツミルクとジンジャーとレモングラスを入れてお米を炊いたら、丸いおにぎりにするだけ。
 誰でも簡単で大量に作れちゃうのだ。

 「まあ、そこまでお考えとは! わたしく感服いたしましたわ。もし、そうでないお弁当をコタマさんが持ってきたなら、主催者権限で敗北のジャッジを致しましょう」
 「ありがとうございます。そういう意味では、あたしの”チュクチュク”と”ナシ・レマ”に対抗出来る料理は少ないです。あるとすれば……」

 あたしはこの勝負で最初に考えて、そして没を出した料理を心に浮かべる。
 
 「あるとすれば?」
 「”ゆうれい寿司”ですね」
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