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第十章 躍進する物語とハッピーエンド

八百屋お七とごはんさん(その4) ※全4部

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◇◇◇◇

 プワーン

 「かがやき、はやーい!」

 そう言ってボクは新幹線のホームにおりる。

 「あら、もう着いたの。知っていたけど実際に体験してみると感心するわね」
 「左様、儂が死ぬ直前に新橋横浜間で開業した陸蒸気おかじょうき。それはここまで進歩しておる。徳川様の世では十日はかかった江戸から信州までが、今や一刻もかからぬとは笑うしかない」
 
 鳥居さんはカッカッカッと高笑い。
 ボクたちがやってきたのは長野駅。
 東京駅から1時間半。
 はやかった!

 「さて、ではタクシーで向かおう。なに、十分もあれば着く。珠子殿、もうひとぶんばりですぞ」
 「は、はい、ガンバリマス。ショウノスケサマ、ショウノスケサマ、ショウノスケサマ ノ ケハイガスル!』

 珠子お姉ちゃんはおかおは真っ青なのに、すっごい笑顔。
 これって、あれだよね。
 笑顔はお七お姉ちゃんの笑顔だよね。
 それと……

 「コタマちゃん、どうしたの? そんなむずかしい顔して」
 「なんでもないわ。ちょっと行き先が苦手な所なだけ」
 「あー、”あやかし”はは苦手ですよね。あたしは平気ですけど、クライアントですから」
 「コタマちゃんはどこに行くかわかるの?」

 ボクはわからないや。

 「ここまでお膳立ぜんだてされれば嫌でもわかるわよ。あそこでしょ」
 「左様。では参りましょう。運転手殿、善光寺ぜんこうじまで頼む」
 「かしこまりました」

 タクシーはビューンと進んでボクたちはあっという間にとうちゃーく。
 
 『ココ……、ゴハンサン、アルノ? はい、ありますよ、あの列です」
 
 お寺の中には人のながーいれつ。
 珠子お姉ちゃんが指さしたれつにボクたちも並ぶ。
 
 「あれ? コタマちゃんと鳥居さんは並ばないの」

 れつから少しはなれた所でコタマちゃんは地面にすわって、鳥居さんはうで組みして立っている。
 死神のお姉ちゃんは、すがたを消していっしょ。

 「わたしはパス。あんなのもらったら、どうなるかわからないもん」
 「左様。儂もしばらくは現世うつしよに留まりたいのでな」
 
 へんなの。
 でも、まいっか。

 「じゃあ、珠子お姉ちゃんいっしょにならぼっ」
 「ええ、あと少しデ……ゴハンサン』

 ボクはヨタヨタの珠子お姉ちゃんをささえてならぶ。
 じゅんばん、じゅんばん、じゅんばんまだかなー。
 きたー!

 「はい、ようこそいらっしゃいました」

 れつの1番前では、まっしろな服をきたお坊さん。

 「ごはんさん……ゴハンサン、下さい!」
 「ボクも―!」
 「はい、お七さんとボクに”ごはんさん”……あれ? お姉さんを言い間違えたかな」

 お坊さんはちょっと変なかおをしたけど、ボクたちに向かって大きなハンコをポンッ。
 ふたりのおでこにポンポンッ。

 『ワカル! コレ、ワカル! ゴハンサン! コレ、ゴハンサン! ショウノスケサマガ、庄之助様が伝えた”ごはんさん”!!』

 お七の珠子お姉ちゃんはうれしそうにピョンピョンとジャンプ。

 「なるほど! ”ごはんさん”って、ご飯ではなく判子はんこの”ごはんさん”だったのですね!」

 死神のお姉ちゃんは、そう言って手をポン。

 「そうです。アズラさん……、あたしを、あのお地蔵様”ぬれ仏”の所に連れていって下さい。あ、あそこがお七さんを送るのに、ふさわしい、はず、です」
 
 体はうれしくってクルクル回っているけど、声はションボリ。
 お七の珠子お姉ちゃんは、弱々しい声で赤いずきんのおじぞうさんを指さした。
 
◇◇◇◇

 珠子お姉ちゃんは地面にすわって、おじぞうさんの台によりかかって、ふぅ。

 『ありがとうございます。やっとわかりました。私が欲しかった”ごはんさん”が』

 お七のお姉ちゃんが、珠子お姉ちゃんの身体からスゥーっと出て言った。
 
 「よかった。これでけますね。庄之助さんの下へ」
 『はい、でも庄之助様は待ってて下さいますかしら?』
 「大丈夫ですよ。きっと、ずっと、ずっと待ってらっしゃると思います。いつかお七さんが”ごはんさん”を手に入れて、やって来るのを、ずっと……」

 お七のお姉ちゃんはそれを聞いて、とってもうれしそうなやさしいかお。
 
 「ねえ、珠子おねえちゃん。いったいどういうこと? ボク、よくわかんないよ」
 「いいわよ。まずお七さんが言っていた『ゴハンサン』というのはご飯じゃなくって、この信州善光寺の判子はんこ御印文ごいんもんだったってことはわかる?」
 「うん、ハンコだから”ごはんさん”なんだよね」

 死神のお姉ちゃんもそう言ってた。

 「そう。この善光寺では1月7日~15日まで御印文頂戴ごいんもんちょうだいってイベントをやっているの。昔から”ごはんさん”の愛称で呼ばれているわ。で、その”ごはんさん”なんだけど、ものすごいご利益があって、具体的には押されると極楽浄土行きが決定するというチートアイテムなの」
 「なにそれ! スゴイ! でも、そんなの使っていいの?」

 ボクは死神のお姉ちゃんもチラッ。

 「あんまりよくありませんけど、わざわざこの善光寺にお参りに来る人は根っからの悪人はいませんですからね。閻魔様はお目こぼしをしています」
 「ですよねー、無理に地獄の悪人を使って取り戻そうとすると、落語の『お血脈』みたいに取り戻しに来た悪人は、その場で自分に使っちゃいますもんね。地獄の大泥棒石川五右衛門いしかわごえもん! 閻魔様の使命を受けて”ごはんさん”の奪取に成功! だけど、その場で自分に押して極楽行き! みたいに。あれって実話なんですか?」
 「そ、それは……企業秘密です」

 死神のお姉ちゃんはちょっとあせったようにお口の前でバッテン。

 「で、今回のお七さんのお話は、お七さんの想い人の庄之助さんが何とかふたりでのハッピーエンドを迎えようとして頑張ったお話でもあるの」
 「左様。儂が生まれる百年以上の前の出来事であるが、お七が死罪となった後、庄之助は仏門に帰依きえし、お七の魂を慰めるために全国を行脚したと伝えれている。ここ善光寺もそのひとつ。そして、庄之助は考えたのであろう。今生では結ばれなかったが、せめて極楽浄土で一緒になりたい、と」
 「ね。まったく、お高いよね。仏門に帰依した庄之助はともかく、火付けの罪人と一緒に極楽に行きたいなんて。普通なら無理よ。でもない限りね」

 ちょっとあきれ顔でコタマさんは笑顔いっぱいのお七のお姉ちゃんを見る。

 『やっとわかりました。私が霊魂となって墓の前で泣いていた時、かすかに聞こえてきた庄之助様の言葉。『お七、”ごはんさん”を手に入れておくれ。そして、一緒になろう』。あれは、私と極楽浄土で一緒になりたい。そのために何とかこの善光寺に来て御印文を押してもらってくれ、という意味だったんですね』
 「左様であろうな。だが不幸なことに、お主は”ごはんさん”が何を指すかを知らず。また、円乗寺の墓に縛られておった。普通なら墓を参る人々の念を受けて成仏する所であるが、庄之助が言った”ごはんさん”を手に入れておらぬうちにはけぬと必死に現世うつしよに留まろうと抵抗していたのであろう。人の善意の念を袖にするのは辛かったであろう」

 お七のお姉ちゃんのおはかには花やおそなえものがいっぱい。
 ふつうなら、あれだけ死後のめいふくをいのられたらにいっちゃう。
 けど、お七のお姉ちゃんは庄之助さんとの約束を守ろうと、いっぱいがんばってたんだ。

 「どれだけ死神たちが説得しても無駄だったわけですね。恨みなら恨みの相手が死ねば消えますし。未練ならば冥福を祈る声で浄化されます。だけど、好きな男と一緒に極楽浄土に行くという約束なら、そう簡単には念は消えません。極楽浄土に無条件でける”ごはんさん”のヒントを聞いていたならなおさらです」
 「やだなぁアズラさん。そこは”念”じゃなくってロマンティックに”想い”って言葉にしときましょうよ」

 珠子お姉ちゃんはそう言うと、ヨロヨロと立ち上がる。

 「お七さん。この”ぬれ仏”は”八百屋お七のぬれ仏”とも呼ばれていて、これはお七が死罪になった1683年から39年後の1722年にお七の霊を慰めるためにこの善光寺の法誉円信ほうよえんしんによって造立されたと伝えられています。ですが、そのきっかけはここを訪れた庄之助であったことは想像に難くありません。だから……」

 そう言って珠子お姉ちゃんはボクにウインク。
 うん、わかった。
 わかってる。
 ここにある庄之助さんの想いと、お七のお姉ちゃんの幸せを願った人々の想いを使えばいいんだね。
 ボクはここにある何百年もの想いを、ママからついだ鎮魂のちからを使ってつづる。

『集いし鎮魂のいのりよ、時をこえた想いのしゅうまくよ、彼のものをみちびきたまえ。
 永久とこしえのねがいの果てよ、”ごはんさん”のしゅくふくよ、ふたりに幸せな結びを……』

 『あたえたまえ』
 
 最後の言葉がつむがれた時、光がひろがった……
 おじぞうさんから光のはしらが立ち上がり、お七のお姉ちゃんはその光にのって彼方かなたへ消えていく。
 最後に……、お七のお姉ちゃんが誰かとギュッとするようなすがたが見えて、『『ありがとう』』という声が聞こえた気がした。

◇◇◇◇

 「いやー、今回はちょっとしんどかったわ」
 「普通の人間なのに無理するからよ。死神と紫君しーくんの助けがなければ死ななくても発狂しててもおかしくなかったわ」
 「そうね。ありがとう紫君しーくん

 珠子お姉ちゃんはそう言ってリンゴチップスをスッ。

 「うわああああーん!」

 「今回は運も良かったですね、善光寺の御印文頂戴ごいんもんちょうだいは1月7日~15日までしかやっていませんから。アズラさんの研修日程と合致してよかったです」
 「わたしと紫君しーくんがお七の魂をあるていどしずめておいたのも忘れないでね」
 「ええ、ありがとうございます。お礼に高坂こうさかリンゴのアップルパイでもいかがですか。高坂リンゴは今や希少な和リンゴで、生食ですと酸味が強いですがドライチップスにしたり加熱調理すると甘味が増しておいしいですよ」
 「うん、このリンゴチップスおいしー!」

 ちっちゃいリンゴをドーナツみたいに切ったこのリンゴチップスはパリッとしてて、あまくって、おいしい。

 「いただくわ」
 「ボクもー! これ食べたら次はアップルパイ」
 「儂もいただこう。和洋折衷わようせっちゅうの菓子とは面白い」
 「はい、ちょうど焼きあがったとこです」

 湯気といっしょにかおりをのせて、アツアツのアップルパイがカウンターにトンッ。

 「くひぃぃぃいいいいーん。いいにおおーいが、やってくるぅ、たべたくてくるぅーーーー!!

 珠子お姉ちゃんが長野で買ったちっちゃいリンゴ。
 あれは昔ながらの日本のリンゴなんだって。

 「今はリンゴといえば西洋リンゴが主流ですからね。和リンゴはレアなんです。酸っぱいけど、ジャムやお酒にすると美味しいんですよ。この高坂リンゴをブレンドしたシードルは現地でしか買えない限定品です。アップルパイとの相性も抜群!!」
 
 コポポとグラスに注がれたリンゴのワイン”シードル”はボクも好きなあまいーお酒。
 
 「わたくしも頂いていいかしら。知っていらっしゃいます? 死神はリンゴが好物なんですよ」
 「もちろんどうぞ。イールさん」

 「ああああああ、いーる! いかないでぇーーーー!」

 「わたくしには休憩が必要ですの。あらっ、おいしいですわ。酸味を感じるのにそれ以上の甘味が舌を襲いますわ」
 
 アップルパイを食べた死神のイールお姉ちゃんが、うっとり。

 「アップルパイは甘味と酸味のバランスが命! 日本で栽培されている西洋リンゴの大半は生食用に甘味が強い品種なんですよ。生食にはそっちの方がおいしいんですけど、加熱用には酸味が強い品種が一番なんです。紅玉こうぎょくが代表品種ですが、和リンゴもおいしいですよ。嘘じゃないです閻魔様。証拠ならここに!」
 「あら、もう死んだ後の予行練習? 気が早いわね」
 「へへっ、舌を抜かれないように、あたしの舌に価値があるって閻魔様に認めてもらわないと。あたしが押してもらった”ごはんさん”はお七さんにあげちゃいましたからね。極楽浄土行きのプレミアムチケットが無い以上、その時に備えておかなくっちゃ」
 「ふーん、そうなの……」

 コタマちゃんはそう言ってアップルパイをパクッ。
 そして、シードルをコクッ。

 「ん、おいしいわね。ま、わたしも今回はしてやられた感じがして悔しいけど、貴女あなたの腕は本物みたいね。死神にも恩を売れたみたいだし、死後は安泰だと思うわ」
 「ええ、わたくしもそう思いますわ」
 「お墨付きありがとうございまーす」

 「くっそー! あと三冊! ひぃぃぃぃーーー! 時間がなーい!」

 「イールさん、アズラさんを手伝わなくってよろしいのですか?」
 「いいのよ。元はと言えば、お七の件を自分で解決しなかったアズラが悪いんだから」
 
 お七のお姉ちゃんをに導いて、そこで庄之助さんと再会して、ふたりで極楽ハッピーエンド!
 死神のアズラお姉ちゃんも、かだいをやっつけて、ばんばんざい!
 ……のはずだったんだけど。

 「しかし、死神殿の世界も厳しいですな。課題を解決しただけでは落第とは」
 「半落第ですわ。スキルアップの研修ですもの。課題を地上の者に委託して解決するだなんて、死神業務始まって以来の恥ですわ。アズラ、追加研修にならなかっただけありがたいと思いなさい。わたくしの擁護ようごが無ければレポートと筆記課題では済みませんでしたのよ」

 そう、ボクたちが、ぜーんぶやっちゃったせいで、死神のアズラお姉ちゃんは死神の先生におこられちゃったんだ。
 宿題は自分でやらないといけないよね。

 「そこには感謝しているけど、こんな量は聞いてないぃぃぃー!! ああ、研修が終わったら地上のおいしいものを食べ歩きしようって思ってたのにぃぃぃぃぃー!」

 そんな死神のアズラお姉ちゃんの声を聞きながら、ボクたちは長野で育ったリンゴのアップルパイを食べる。

 ガブッ

 おいしい!
 中からはとろーりと半分溶けたリンゴのあまーいジュースが出て来て!
 かむと、少しシャキッとした歯ごたえから、ちょっとすっぱさを感じる。
 だけど、あまーい味がそれを消して、あまあまずっぱい、あまずっぱい。
 いっぱい、いっぱいおいしいな。
 
 「アツアツやきたてのアップルパイおいしー!」

 ボクは珠子お姉ちゃんのスペシャルアップルパイをパクパクッ。
 そしてシードルをのむと、それはあまいのにスッキリと口のなかに広がって、リンゴのおいしさひとりじめ。

 「おいしいわね。少し悔しいけど見事だわ。後でレシピを教えてくれるかしら」
 「いいですよ、コタマちゃん。あたしの自慢のレシピをお教えします」

 コタマちゃんと珠子お姉ちゃんも仲良く笑っている。
 鳥居さんも、たてロールのイールお姉ちゃんも笑いがお。
 もちろん、ボクも。
 
 「うわあああああーーーーーん! まにあえー!!」

 死神のアズラお姉ちゃんは、いっぱい泣いた。
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